[使いかた] [ファイルの投稿方法] [ワード検索] [過去ログ] [管理用]
おなまえ Eメール(任意)
URL(任意) アイコン  (ファイルの参照はクリアされます)
タイトル
発言内容

ファイル 1 各種のファイルを投稿できます。
ファイルの数 投稿するファイルの数を変更できます→ (ファイルの参照はクリアされます)
削除キー ←英数字で8文字以内。自分の投稿内容を修正・削除する場合に使うパスワードです。
文字色
・・・枠のある画像はクリックすると拡大表示します・・・

まだ出戻り非常勤日記 74回 投稿者:新井 明 投稿日:2017/12/29(Fri) 22:50 No.1339

 出戻り日記12月版 後半です。

12月某日
 都内某所で会議。いよいよ大詰めに近い。

12月某日
 孫1のママが仕事、パパはテストを受けるというので、我が家に孫1を預かる。
 まず、母がいる老人ホームに連れて行き、表敬訪問。小学校一年生なのだが、学校で一番小さいのとママが大阪育ちであることもあり人懐こいところがあり、みんなからかわいいねと言われていた。老人を嫌がる気配もなく、なかなかの老人たらしである。
 帰宅後、昼食。午後、孫2と合流。
 この二人、以前はうまく遊べなかったが、両方とも成長したのか、楽しそうに遊び始める。そのうち、スイッチがはいったのか、まあ騒ぐこと騒ぐこと。二人とも一人っ子なので、家庭では一人遊びが多いので、その反動か。大騒動であるが、これもよし。
 孫2を自宅まで送り届けたら、どっと疲れてしまう。

12月某日
 前日の反動もあり、閑居の一日。

12月某日
 年賀状の準備をする。
 プリントゴッコは昨年からあきらめ、パソコンで作成。ただし、妻に言わせると「へだら」私から言えば「おことば」部分は、手書きにして、スキャナーで読み込ませたものを作成。原稿ができたら印刷なのだが、インクが足りないことがわかり、本日はここまで。
 夕方から、FPの人たちとの集まり「まん月の会」に出かける。
 年に3から4回季節ごとに、会の名前になっているそば屋で銘酒をいただき、そばを食べる。全国を飛び回っているFPの人たちの話は面白い。造り酒屋周りが趣味のFPの方は、つぶれる酒蔵と復活する酒蔵の違いやその戦略、担い手の話などをしてくれる。本日は、秋田の新政という銘柄の後継ぎとその戦略の話が面白かった。
 別の方とは、本の話。大西巨人の『神聖喜劇』の話などがでる。飯嶋和一の新作がでませんねというのが共通の話題。

12月某日
 糸井重里氏のインタビューのメモを作成。
 『レインボーニュース』の次号の対談者である。ほぼ日の上場に関連して、これまでの活動などの話を聞いたもの。
 本当は、学生運動の話や、現在でもほぼ日にアップされている吉本隆明との関係などを聞きたかったが、冊子の趣旨から言って無理ということで、質問されてはいない。私たちの世代から言えば、どうしてもそのあたりの団塊世代の生き方と思想とのかかわりが気になる。
 そうはいっても、若い人たちにとって糸井重里という人そのものが、糸井WHO?ということになっているのかもしれない。

12月某日
 年賀状を印刷する。こんなに早く準備ができたのは久しぶりだが、冬の教室の準備などもあり、書く気持ちになれないのが問題。

12月某日
 すっと気になっていたユーロを両替する。
 第一次リタイア前に三年連続でヨーロッパにでかけ、翌年もゆくつもりで残っていたユーロを両替していなかった。
 ところが、夏の経済教室が四会場になり、それに伴い、なかなか日程が組めなくなって、加えてテロ事件、難民問題なども起こり出かける機会を失ってしまった。一番大きいのは体力問題で、12時間近く飛行機に乗り、そのあとの行程を考えると躊躇してしまうこともあり、のびのびになり、ついにはもうゆかないだろうということになっていた。
 大手銀行の地元支店で交換できるとHPにはあったのに、出向いたらドルだけという。仕方がないので、郵便局の本局に出向く。ここでは、無事に交換できる。1ユーロ=130円なりであった。かなりの為替差損。とはいえ、大した金額ではないので我慢の範囲。
 FXなど絶対にできないなと思う。それにしても、海外よりも近くの温泉の方がよいという齢になってしまったか。

12月某日
 大谷いづみ先生の支援の件で、関係の先生のところに会いに行く。
 いろいろお世話になりながら、11月の会合の後の報告や今後に関してメールでのやり取りだけであったので、一種のオフ会のつもりでの面会である。
 彼の勤務校は、昔の旧制高校を母体とした学校なので、一度、どんなところにあるのかと行ってみたくもあった。予想通り、広い校庭、少し丘の上にあって、こういうところに学校はつくるのだなということが観察できた。
 二時間ほど、話をしたが、大谷さんの支援では、大学に解決を求める手紙や問い合わせを高校の教員がすることが効果的ではという話になった。そのほか、その学校で進めている「学びの共同体」の成果や課題、生徒の読解力をつける方法など、有意義な話ができた。
 メールのやりとりだけではつかめない、場の力を感じる面談だった。

12月某日
 一日、教科書の指導書の校正。
 使える指導書を目指して書き方などを工夫してきた。今回のこれが最後のご奉公になるかと思いながら、読み込んでゆく。
 ところが、私は校正が大の苦手。だから、メールもこの日記も誤字、変換ミスなど多数。座右の銘が「適当」だからダメなんだろう。

12月某日
 冬の教室の準備。メールのやり取りで結構時間を使うが、これをおろそかにすると、後が怖い。

12月某日
 冬の教室の準備のために慶応の関係者は慶応義塾大学というところへ。
 手順を前日までに考え、加藤先生のコメントもいただいていたので、ほぼ予定通りに前日準備は進む。多忙な中、集まってくれた落合先生、杉田先生、絹川さん、動いていただいた加藤先生に感謝。

12月某日
 冬の経済教室本番。
 予約段階ではオーバーフローだったが、想定内の欠席者数で、パイプ椅子を出さないで全員座ることができた。上智でやっている指定席方式をとったが、詰めて座ってもらう方法としては、正解だったかと思う。
 用意したppが冒頭使えなかったが、講演、実践報告、質疑と、講演の内容と実践報告の中身がかみ合い、これまでとは一味違った教室となったのではなかったかと思う。
 主権者教育に一石を投じることになると企画を進めてきた人間としてはうれしい。一緒に企画を進めてきた落合先生にも感謝である。
 ご苦労さん会は、人数の予測を間違えてちょっと申し訳なかったが、これも参加者の一言があり、良かったと自己評価。
 二次会には出ずに、早めに引き上げる。

12月某日
 今日こそ年賀状を書こうと思っていたら、孫2が中耳炎になったという。
 ママと孫2を載せて耳鼻科へ。そのあと、ママは会社に出勤。孫2の保母さん保父さんを妻とともにやる。とはいっても、テレビを見せて、あとは部屋で遊んでいるのを見ているだけ。午後になったら、つまらないと言い出し、ちょっと近くの公園に散歩。薬をのみ、保育園に行かなくていいということになると、安心したのか、少しの熱でも動きたがる。
 夕食まで食べさせ、会議を早く引きあげてきたパパに渡す。さすがに、パパが迎えに来てくれたのがうれしいのか、飛びついてゆく。
 今日一日は、孫に振り回された。
 夜、年賀状を書き始める。

12月某日
 朝から年賀状書き。午前中で終了。すぐに、投函。はたして一日に着くか。
 やっと一段落で、すこし周辺を整理。日記も書きだす。

 この間読んだ本。
 トニー・ジャット『20世紀を考える』みすず書房。
 ジャットは、1948年生まれ。私とほぼ同世代。ロンドン、イーストエンドの東方系ユダヤ人の家庭に生まれる。ケンブリッジのキングスカレッジに入学したが、シオニズムに影響されイスラエルのキブツにいたこともある。その後、パリのエコールノルマルに行き、フランスの左翼知識人の思想史と社会史を研究、博士号を得る。さらにアメリカに渡り、ニューヨーク大学で教鞭をとる。1980年代末の東欧革命に遭遇して、中欧を含む全ヨーロッパを視野に入れた『ヨーロッパ戦後史』を発表している。その後の活躍が期待されていたが、ALSにかかり、2010年死去。
 この本は、ALSが進行しているなかで、ティモシー・スナイダーという若手の歴史学者とのインタビューと討論をまとめたもの。
 スナイダーに言わせると、ジャットの歴史書であり伝記であり、倫理書ということになる。ジャットの本は、以前に『ヨーロッパ戦後史』など数冊を読んでいたが、今一つピントこなかった。それが、この対談を読んで、全てがつながった気持ちになった。
 ジャットの本から、プリモ・レ―ヴィやアーサー・ケストラーの本を手にしてきたので、共産主義体制のなかの知識人の動きや中欧ユダヤ人の歴史、その複雑性をある程度知ってはいたが、改めてヨーロッパの知的世界の深さや広がり、またその暗さも思い知らされた本である。
 経済産業省の若手の発言や小石川の生徒たちの優等生ぶりを見てゆくとき、何かが欠けていると思ったのは、ジャットがあぶりだしたような骨太の知的世界を抜けてきていないということであろうと思い立った。
 とはいえ、教育社会学者の竹内洋が指摘する「教養主義の没落」が現代であり、これはもう日本で復興することはできないと考えると、私なども時代の子でその最後ということになるのだろう。
 経済教育のHPでこんな本を進めるのは野暮だろうが、興味関心のある向きは手に取られると良い。ただし、高い。
 ちなみに、この本、大谷いづみ先生からの推薦本。



まだ出戻り非常勤日記 73回 投稿者:新井 明 投稿日:2017/12/29(Fri) 20:19 No.1338

 12月の出戻り日記です。師走で本当に走って抜けた月だったように思います。まずは、前半から。

12月某日
 小石川授業、そのあと上智へ。
 小石川は最後の国際経済の個所。
 上智は、いのちの授業の作り方ではなく、やってはいけないこと。今年は、最後に大谷いづみ先生の紹介と現在の状況の話を入れた。

12月某日
 メルマガで扱った読解力のテーマで紹介した情報研の新井紀子先生からメールが入る。
 メルマガの文章を東証におられた石山晴美さんから教えてもらって読んで、自分の研究に注目してくれて有難いという内容だった。
 e-教室に誘っていただいた縁で、新井先生とは知り合い、本を出したり、オフ会などにも参加したりで、世界が広がった。その縁が続いていることを確認した。
 本日、昼過ぎに孫2が来宅。一緒に近所の公園に。その間に、ママは買い物。

12月某日
 ホームに母を訪問。キャラメルに関心が向いている。まあ、食べる欲望があるうちは大丈夫ということで、こっそり数粒を置いてくる。

12月某日
 閑居の日。
 夕方から雨になり、孫2を迎えにクルマを出す。

12月某日
 閑居。一歩も出ず。
 陰謀会議で扱う、実践論文を詳細に見てゆく。博士課程にいる現職教員の論文なので、査読者になったつもりで、かなり厳しい注文を付けてゆく。

12月某日
 本日も閑居。
 冬の教室の受付が定員をオーバーして、その対応でやりとり。参加申し込みが多いのは有難いが、オーバーしたときの対応は難しい。

12月某日
 妻が風邪ひき。家事を手伝う。家事能力がないとこんな時には困る。

12月某日
 娘が早朝から会議ということで、朝、孫2を預かり保育園に。夕方引き取り夕食を食べさせる。妻が回復してくれたので、二人で対応できる。

12月某日
 小石川はテスト。
 午後、答案を引き取りに行き、その足で上智へ。
 上智は、法教育に入り、「それでもボクはやってない」を導入とした法教育の話。

12月某日
 午後から陰謀会議。
 先日見ていた実践論文の著者を招いての拡大会議となる。現場の実践に役立つ論文とは何か、また、どのようなものを書けば学術論文となるのか、教科教育の世界の難問と取り組む。現場の人間として教科教育のハードコアには入らなかった、入れなかった人間にとっても新たな課題である。とはいえ、この齢なので後継者にその課題をバトンタッチしてゆければと思う。
 伝統継承の会は、へぎそば。

12月某日
 ホームに母、訪問。変化なし。

12月某日
 一日、採点。
 テストはセンター問題の文章を使った組み合わせによる四択問題と、論文。
 論文は、戦後の日本経済もしくは世界経済の歩みを指定語句をいれて書くエッセイ。事前に準備しておくようにという指示を出しているので、よくかけている。
 ただし、詳細に見てゆくと、本当に分かっている答案と、字句だけで書いている答案が明確に区別できる。文章を三回読んで、一回目は、ざっと読み、二回目に細かくチェックを入れ減点してゆき、三回目は、もう一度読み直して修正するという手順を取る。通信添削のようなテストである。
 人数が少ないからできるのだろうと思うが、読解力、文章構成などがかなりわかる。この生徒は受かりそうだということもある程度予測がつく。
 途中、気晴らしに、文房具やと本屋に行き、プリンターのインクと何冊か新刊書を購入。

12月某日
 先輩の先生と恒例の国立ランチ。
 今回のテーマは、その先生が東京のトップ校、いや、日本のトップ校と言ってもよいかもしれないが、そこでゲストティーチャーとしてやった、日本の平和主義と安全保障に関するテーマ授業に関する話題。
 彼曰く、社会科公民科の授業だけでなく、教科書も含めて、本当に大事な課題をやっていないのではないか。だから学会の発表を聞いても、インパクトも感じないし、行く気がしない。本当にこれでよいのかという思いを禁じ得ないというものである。
 本命は、憲法改正をどう授業で扱うかということになる。これは、主権者教育でもさけて通れない問題であり、まずはご意見拝聴ということで4時間ほど話し込む。
 たしかに、現在の教室で、このようなデリケートな問題を扱うことに対しては腰が引けていることは事実。とはいえ、彼の言うように、日本の社会、生徒たちの将来を考えると重大問題であることも事実。それをどう突破するのか、授業の方法や素材の扱い方、また、これまでの政治過程の分析など、まさに多面的な議論となった。
 議論というより、私が聞き役ということではあるが、重要な問題提起とうけとめた。先日の実践論文が安保法案を巡る合意形成の授業だったこともあり、臨時の陰謀会議が開きたいということで別れた。
 重いランチになった。

12月某日
 小石川2学期最後の授業。
 答案返却と積み残しの時事問題やセンター対策の方法などをレクチャーする。
 この学年の生徒たちとは中3の時に公民を教えたこともあり、成長を感じるとともに、ややもどかしい部分も感じた。
 もどかしいのは、ゆっくり成熟しているという感じよりも、まじめに育ってきたなという印象が強いところである。贅沢な思いであるが、中等教育学校の良さと問題が同居していることが分かる。
 良さは6年間一環であること、中学から高校並みのそれもかなり手厚い指導が受けられることである。問題は、とにかく忙しい生活であることと、中学の文化が高校まで延長している点である。かつての都立高校の、また、一部の私立高校にあった放牧型とは逆の面倒見の良さの反映であろう。
 現代では、放牧型の教育は死滅しつつあるが、それとは異なる風土から出てきた若者の結果がどうでてゆくか。10年後の彼らの成長や活動ぶりが楽しみである。

12月某日
 小石川へ。
 中学3年生が外部コンテストに挑戦しているので、そのレクレクチャーをしてくれと頼まれて出てゆく。
 課外の自発的な活動であり、有志が集まってこれまでの取り組みの中間報告をして、締め切りまでの課題を発見してゆこうという趣旨の会である。
 ところが、授業外の時間帯での活動のせいもあり、集中度や取り組み方がはなはだよろしくない。途中で、思わず声を荒げて、こんな態度や内容では、私が出てきた意味がないというような発言をした。
 生徒は、びっくりしたようだ。ひょとしてこんな怒られ方をされたことがないのかもしれない。「君たちは自分が何様だとおもっているのか」という言葉も出した。「今、公立の中三は、自分の実存をかけて受験にのぞんでいるんだ、それがない君たちは、精神年齢で確実に後れを取る」ということも言った。
 さすがに優秀な生徒たちなのだろう、その後の展開はしっかりしたものになった。
 終了後、担当の先生には傷つきやすい生徒もいるだろうから、よくフォローして欲しいと頼んでおいた。
 そういえば、今の6年生が3年の時にも、教室が凍り付くような怒り方を何回かした。中学生というのは、そういう時期なのだろう。これが企業だとパワハラということになろうか。生徒たちは、退職教員のこの怒りをどう受け止めたのだろうか。

12月某日
 上智の講義に出かける。
 本日は、三匹の子豚を使った裁判のロールプレイ。この教材は、非常によくできているので毎回使っている。
 今回は、ロールプレイのあと5人一組で討議をさせて、班の結論を出させて、全体での結論に導くというやり方をやってみた。結果は、一組を除いて有罪。あとで、学生のリアぺを見たが、推定無罪を主張したが多数決で負けた。それでも僕は無罪というものもあった。
 専門家でない教員がどこまでこの種の微妙な問題を指導できるか、また宿題をもらった感じである。

 この間に読んだ本。
 経産省若手プロジェクト『不安な個人、立ちすくむ国家』文芸春秋。
 この本、ウエッブで公開されて話題になったものをもとにプロジェクトに参加した若き官僚たちの声と、三人の識者の対談を組み合わせた本である。
 提言の内容は、それほどびっくりするようなものではないけれど、官僚が自分たちの問題意識を表に出して問いかけるという意味では画期的なものと思う。
 本にして、さらに面白い問題提起になった。70代の養老猛司、60代の冨山和彦、50代の東浩紀、そして20代から30代の官僚たち。それぞれが自分の立ち位置やそれまでの価値観を踏まえてかなり自由に発言をしている。
 気になったのは、官僚たちが優秀だけれど、優等生だということ。官僚だから当たり前なのかもしれないけれど、小石川の生徒たちに通じるある種の危うさをもっているかということである。
 それに対して、面白いのは、50代の東浩紀の発言。「日本を本気で変える気があるのか」という質問に、東曰く「僕個人はおもっていないです。むしろ、そんなことに僕の人生は使えないと思っている」と答えているくだりである。文脈を超えて引用すると誤解を招くが、若手の素直な危機感と、それを一蹴する手練れの評論家の答え。関心のある向きは、ぜひ本文で確認してもらえると良い。
 我々の陰謀集団や先のオールド世代の危機感なども含めて、これをたたき台にして授業をつくりたいと思わせる内容である。



まだ出戻り非常勤日記 72回 投稿者:新井 明 投稿日:2017/12/05(Tue) 16:49 No.1337

11月某日
 小石川に出校。国際経済の分野に入る。受験生なので、リカード理論の面白さや射程距離などの話はあまりせずに、淡々と解き方を教える。
 国際収支表では、今の金融収支の表示より、昔の資本収支の表示が直感的に分かりやすいなと思いながら、これって改悪ではないかなどと思う。
 自作のテキストにはI,Sバランスまで取り上げているが、時間の関係でここまでは十分踏み込めず。ここがキモだと思うが、なかなか教えるとなると簡単には行かない。

11月某日
 小石川1時間、その後上智で講義。
 上智の講義後、小石川の卒業生と会う。彼らは現在大学4年生。中等4年(高1)生の時の「政治・経済」と5年生の時の「小石川フィロソフィー」という選択授業で教えた生徒たちである。それにつけても、もう小石川には8年もやっかいになったのだと思う。
 話は、昔のことよりも、これからの話が中心になる。二人とも大学は違うのだが、政治学を専攻したという。一人はイギリスに留学が決定したとのこと。もう一人は通信社の記者になるとのこと。大学で元気に勉学に励んでくれていることがうれしい。
 とはいえ、気になる話も聞いた。ゼミが活発でなかったという話である。二人ともゼミ長などゼミのけん引役だったそうだが、ゼミ員が本気になってくれず苦労したという。有名大学なのだが、学生の気質がそうなっているのか、それとも偶然の巡り合わせなのか、指導者の問題なのか。
 知の空洞化が現在の大問題とすると、高偏差値の大学でもそれが進んでいるとなると日本はどうなるなどと思ってしまいたくなる。

11月某日
 国立高校の卒業クラスの保護者の会に出席。
 10年以上続いている行事。メンバーは固定してきているが、それでも保護者との関係がこんなに続いているのはクラス替えがない学校だからこそかもしれない。
 卒業生に言わせると「親の相手で、先生も大変だねえ」だそうだが、こんな関係もまた良しである。
 今年は、差し入れにフェアトレードのチョコを持参する。このあたりが教員魂。

11月某日
 ホームに行き、母と面会。
 帰宅後は、メールの整理など。

11月某日
 一日閑居。閑居すると本当に一歩も外に出ない。

11月某日
 本日も閑居。上智の中間レポートのコメント入れ作業。
 最終レポートの授業案の準備のために、A4、1枚の中間レポートを課すようにした。以前は最終レポート一発であったため、出来不出来の落差が大きかった。それでこのような形で準備をさせることにした。
 今年の特徴は、人権問題を扱う学生が増えたことである。昨年は18歳選挙権があり、選挙を取り上げる学生が多かったことから、主権者教育への関心は学生レベルでは低下したのかと感じる。

11月某日
 本日も閑居。午後は、妻の買い物に付き合う。
 閑居ついでに、ネットで映画を見る。アマゾンのプライム会員なので、無料で見られる映画がある。本日は、『殿、利息でござる』という映画である。
 経済がらみの話で、実話を基にした映画だそうだ。仙台藩の宿場町で伝馬役の負担が重いので、それを軽減してもらうために、財政難の藩にお金を貸し、その利子を街に還元しようというプロジェクトの顛末を描いたものである。
 映画としては、悪人が出てこない、ヒューマンタッチの喜劇でそれなりに面白いと感じる。肝心の経済に関しては、当時の貨幣制度や藩による銭の乱発と貨幣価値の下落など参考になる箇所もある。利子論や金融論の話というより、公共サービスとその運用、資金、フリーライダー問題などの話である。お時間があるときにご覧くださいという星3・5〜4くらいの佳品だと思う。
 いくつか気になったのは、藩のレベルで銭の乱発ができるのか、また、受け取った利息を街の住民に山分けするのだが、それでよいのかどうかなどである。特に後者では、ベーシックインカムの発想なのだろうが、当初の荷役制度の重さを軽減するのであれば、公共施設の整備や荷役時の負担に補填する方が良いように思った。本当に、山分けしたのだろうか。それは正しいやり方だったのだろうかと考えてしまった。

11月某日
 休日。午後、孫2とママ来宅。
 午前中は風雨が強かったが、孫2のパパは魚釣りにでかけ、母子家庭の親子の来宅というわけである。午後は天気が急回復したので、孫2を連れて近所の公園に散歩。
 このところ急速に体力がつき、ジャングルジムのてっぺんに上ろうとする。見ているだけで高所恐怖症のジジは怖いが、子供は平気のようだ。成長は早い。

11月某日
 小石川1時間、上智講義の日。
 大失敗で、上智の講義に使うUSBを自宅に忘れ、取りに戻る。この間1時間半。少し早めに出たからよかったが、参る。時間コストが高い人間ではないから良しとするしかない。
 上智では、講義前教室の窓からの夕焼けがきれい。新宿のビル群がシルエットになって絵のようであった。講義は、アイヒマン裁判。重たい話題だが、学生は真摯に参加していた。

11月某日
 都内某所で会議。
 出席前に、贈り物をいただいた先輩にお礼のお菓子をデパートの出店から送ってもらった。あとで気づいたら、そのデパートの特設売り場からお歳暮でおくると送料が無料になっていた。ネットからでも良いという。情報収集を怠ると結構な差額がでてしまうという体験。
 二日続けて、合理的個人としては落第の体験をする。

11月某日
 いつものホームに面会にゆくことと、妻の買い物に付き合う休日である。

11月某日
 閑居の日。本日は、少し家の掃除の手伝いなどをする。

11月某日
 東京部会に出席。
 その前に、神田の古本屋で、柳田國男の全集の端本を200円で購入。アマゾンでは100円だが送料をいれるとこちらの方が安い。朝日新聞の論説委員の時代の文章であるが、これは半分。下巻は数が少なくアマゾンでは2000円。探したが、さすがにない。さて、下巻はどうするか。後で考えることにする。
 部会では、前日に掲載された、金子、杉田両先生の新聞記事、指導要領解説の読み解き、高橋先生の実践の検討など盛りだくさん。
 終了後、懇親会に参加。久しぶりに午前様になる。

11月某日
 退職教員の特権で、ゆっくり起床。
 髪の毛がうるさくなったので、床屋に。今回も900円なりでカットのみ。3800円と比較するとどうしても安い方に行ってしまいがち。個人のサービス業の敗退の理由がよく分かる。
 午後は、メルマガ原稿を作成して、送信。

11月某日
 小石川出講の日。
 授業が本日で終わるクラスがある。国際経済の残りと問題演習をやる。
 声が出なかった時のやり方、プリントを読ませ、教科書の該当部分を読ませる方式ですすむ。これも怪我の功名か。
 11月もあっという間に終わる。

この間読んだ本
 経済の本をほとんど読んでいない。
 ・『政治の本質』中公文庫。
これは、マックス・ヴェーバー「職業としての政治」とカール・シュミット「政治的なるもの」の戦前の翻訳。翻訳者は清水幾太郎。シュミットの翻訳には、検閲で空欄がある。本文よりも、この二人を対比させて、一書にして刊行した清水幾太郎の時代感覚が面白い。苅部直の解説も推理小説の解説のようでこれも面白い。
 ・『論集福沢諭吉』平凡社ライブラリー
 福澤読書の一環。山路愛山から遠山茂樹までの論者の福澤論。福澤は、生前から毀誉褒貶があったが、死後もその論と影響をどう評価するかで支持から批判、非難まで多様である。この論集は、1970年代に出されたものの復刊であるが、数は少ないが、バランスよく論者を集めている。また、44年後のあとがきという編者の市村弘正の解説も、近年の書誌学的な福澤論者の粗雑さを批判して説得的。
また、掲載された文章のなかでは、マルクス主義歴史学に立つ遠山茂樹の福澤批判の文章が素晴らしいと感じた。昭和史論争では、現在は悪役になっている遠山であるが、時代を見る目、人物を見る目は確かだとその文章から感じる。批判、批評とはかくあるべしという見本かと感じる。ちょっとほめ過ぎか。



まだ出戻り非常勤日記 71回 投稿者:新井 明 投稿日:2017/11/20(Mon) 14:33 No.1336

11月某日
 もう11月になってしまった。
 一日閑居。午後から、散歩に。途中で、障害者団体がやっているお菓子作りの事務所により、12日の会合ようにパウンドケーキとクッキーの詰め合わせを20人分注文する。
 単なるお菓子を準備するのではなく、こんなことも、支援活動の一環として視野に入ってきたということ。

11月某日
 小石川の授業3時間。
 いつもの老人クラブで、今日も怪気炎。これが精神の健康のもとか。
 風邪もなおり、声もでてきたが、あまりしゃべらない方式を続ける。これも怪我の功名。

11月某日
 休日。しかし、都内某所での会議。
 本日は合同会議だったので、聞き役。秋吉貴雄『入門公共政策学』中公新書、にある政策決定のプロセスを実践している感じである。

11月某日
 くもり、はれ、またくもり時々雨という不順な天候。
 一歩も外に出ず、読書や授業準備などで一日過ごす。読書と言っても、仕事をやりながらちらちら横目で読んでゆくというスタイル。どうしても腰を据えてということにはならない。このあたりがダメなところ。

11月某日
 老人ホームの母の面会にいったのみ。あとは、閑居。世は連休なのだが、我が家は別世界。

11月某日
 病院に。検査結果を聞きに行く。
 結果は、腫瘍はあるが良性だろうという。ただマーカー値が高いのが不思議ということで、2か月後にもう一度変化を見ることになった。
もう無罪放免だろうと思っていたが、今度は別の臓器に影があるという。こちらも良性だろうが専門医に見てもらった方がいいだろうということで、同じ病院の別の部門を紹介される。
 本当に、臓器ごとに専門が分かれていることがよくわかる。医原病の現実。まあ、出てきてしまうのだから最後まで付き合うしかないだろう。

11月某日
 晴天。一日閑居。
 午後、久しぶりに近所の都立公園に。大きな公園で整備もされているところ。ほんの近くなのだが、なかなか行かない。出不精なのである。
 自転車コースを一周して、紅葉を楽しむ。近くでいいのだ。

11月某日
 昼から上智に行き、大学院生と打ち合わせ。
 支援をしている先生を囲む会が次の日曜日にあるので、そのロジ関係のお手伝いを、私の講義を受講して現在大学院に席を置いている院生にお願いした。その打ち合わせ。
 会場が上智を使えることになって、いろいろな人とのつながりができたり、復活したりで助かっている。本日の打ち合わせもそのネットワークの賜物。
 会場の整備、茶菓の準備、鍵の管理など細かいところまで、彼は事情が分かっているのでスムーズに話が進む。

11月某日
 ぎっくり腰になる。
 プリンターの電源をいれようと、腰を伸ばしたらギクッと来てしまった。
 このところ、かなり気をつけていたのであまり来なかったのだが、ちょっと油断をしたことがまずかった。
 悪いことに小石川に出かけなければいけない日。動かし方で痛みが違うので、そろりそろりと動く。駅まではよちよち歩きのようだったが、電車に乗ったらしゃきっとした。それでも角度によって痛みがズキッとくる。
 先日の声がれ、今回のぎっくり腰、また、大きなところでは病気の疑いなど、そろそろ店じまいの警告かと思ったりする。
 それでも、授業は何とかできるので、ほっとする。

11月某日
 痛みが続くが、本日も出校の日。
 ぎっくり腰には湿布薬をはるだけでなく、鎮痛剤を飲めばいいのだと気づく。むかし、ぎっくり腰で整形外科に行ったときに、強い鎮痛剤を処方されたことを思い出して、自宅にあるものを飲む。
 角度によって痛みは残るが、これが功を奏したかもしれない。大分楽になる。
 上智で印刷をして、小石川に回り授業をやり、また上智に戻り講義をする。
 ちょっとハードな一日だったが、なんとかこなすことができた。今回のぎっくり腰は軽かったのかもしれない。

11月某日
 小学校一年生になった孫1の学芸会(ミニ音楽会)に出かける。
 音楽会の前に授業公開もあるというので、少し早めに出かける。腰は大分楽になった。
 授業は、学級活動だった。テーマは「あいさつうんどうに参加しよう」である。
 クラスは24人。扇形に座り、先生からの問いに答え、二人一組や四人一組で話し合いもして発表もする。
 先生は、子どもの意見を聞きながら板書を進めて、まとめてゆく。一連の指導ぶりを保護者(といってもジジ、ババ)というより、教員として観察をしてしまった。
 授業を見ての結論。日本の教員は頑張っている。これなら大丈夫という肯定的な気持ちになった。まだ、私も頑張らねばという気持ちにもなった。
 音楽会では、学年で一番小さい孫1も大きな口をあけて楽しそうに歌っていた。それで良し。

11月某日
 「大谷いづみ先生を囲む集い」に参加。
 これまでは、名前を出さなかったが、京都でも同種の会を行い、新聞(京都新聞)にも記事が出ているので、実名を出す。
 大谷さんは、東京都の教員だったが、やめて研究者の道を歩んで、立命館大学の教授になった人。その彼女が同僚からのパワハラによるPTSDにより出校がままならなくなってしまっている。原因は、加害者のその後の行動と、それに対して適切な対応をしなかった大学(産業社会学部)の誤った対処であると私は認識している。
 大谷さんとは、研究会活動の中で知り合い、断続的に交流を続けてきた。彼女から、5月に裁判傍聴の依頼がはいり、そこからこの件に関わることになった。その経過は日誌にも書かせてもらっている。
 これまで障害を持ちつつ一人で闘ってきた彼女を支援するには、何ができるかと考えて浮かんだのは、彼女の研究の話を聞き、そこから事態を知り、支援の輪を広げること、特にメンタル・サポートが大事ではないかということであった。
 会合は、彼女の出身でもある上智で行うことができた。参加者は彼女の知り合い、教え子、元同僚、研究会の関係者などで、小人数だが親密なものだったと思う。
 内容は、後日、支援をしている上智の島薗進先生、立命館の立岩真也先生のHPにアップされる予定である。
 経済教育のページに、この種の記事は合わないかもしれないが、彼女の専門としている生命倫理学では、医療や福祉に関して経済学の知見が求められている。また、逆に、経済学からの見えない圧力への批判もある。その意味では、経済と倫理の問題を考える一つのきっかけになるのではないかと思う。
 会合は昼過ぎまでで終了。
 お手伝いをしてくれた院生とちょっと遅い昼食を食べ、帰宅する。腰は痛くならなかったので、湿布薬と痛み止めは成功だったようだ。

11月某日
 娘、といっても一児のママだが、が風邪をひき、病院へ連れてゆく。
 熱が高く、ほっておけないので、我が家で休ませる。
 夕方、孫2をひきとり、娘と一緒に夕食を食べさせて、帰宅させる。
 孫2のパパは管理職となり、朝の送りはできるが、帰りは10時近いのが普通になってしまっている。ワークライフバランスと言っても、結局は女性側のワンオペに近くならざるを得ないのが現実。

11月某日
 娘はまだ回復せず。それでも、自宅で休むというので、私は閑居して雑用をこなす。
 夕方、孫2を引き取り、娘のところに届ける。子供が元気なのがなにより。孫2はまた忍者に熱中している。ころころ趣味が変わるやつだ。

11月某日
 病院に検査結果を聞きに行く。
 疑われていた臓器、肝臓であるが、肝血管腫、良性の腫瘍のようなものということで無罪放免。料金は220円なりであった。あとは、来年のもう一度のCTで放免されることを期待している。
 この間、検査料だけで結構な値段だった。ということは、保険がきかなければびっくりするような金額(大学病院の検査では保険適用で3万円だったので推定がつくであろう)になる。高齢化と医療費の増大のサンプルのような経過である。また、ある程度の収入がなければ、医療の仕組みにも乗れないということなんだとも思う。
 それでも、いったん乗ってしまったこの流れを拒否するのは難しい。

 ここまでで、11月の半分である。
 最近の読書。
・現在読んでいるのは、福澤諭吉関係の本。前回紹介した『文明論の概略』からはじまり、昔読んだ『自伝』『学問のすすめ』などを再読したり、丸山真男の福澤論を読んだりしている。
・『概略』にはスミスも出てくる、ミルも出てくる。現在のような時代だからこそ、温故知新なのだろうと思っている。
・福澤関係では、猪木武徳さんの『公智と実学』慶応義塾大学出版会、を読み直した。丸山とは違った福澤のとらえ方、特に公共性に関する考察が面白い。また、金玉均と福澤の関係を紹介した論文も、そうだったのかという発見がある。福澤=脱亜論という定式を打ち破るアジアと福澤の関わりなど、研究者は知っているのかもしれないが、私には新鮮だった。



まだ出戻り非常勤日記 70回 投稿者:新井 明 投稿日:2017/11/01(Wed) 17:31 No.1335

 10月後半の日記

10月某日
 雨。一日閑居。夕方、孫2をお迎え。夕食はおでん。寒い日には有難い。

10月某日
 やっと雨が上がる。
 夜、卒業生から相談のメール。勤務先とどうもうまくいっていないようだ。闘うのなら覚悟が必要であり、そのつもりなら支援をすると返事を出しておく。

10月某日
 冊子の取材で、足立区の中学へ。
 梅島駅集合ということだったが、教員になりたての時につとめていた定時制にはこの付近から結構生徒が通っていたので、懐かしい地名。
 授業は、「会社をつくろう」というプログラムの設立した企業のプレゼンテーションをして、どの企業がよかったかを投票させるもの。3人もしくは4人一組のチームが9つの会社を設立する。それを教室内の三つの個所でプレゼンをする。
 一人一役で、どこかで必ず登場する。あまりしゃべるのが得意でない生徒も、頑張ってプレゼンしていた。あとで担当の先生にお聞きしたら、全員参加でフリーライダーを作らないためには、このスタイルにゆきついたという。一種のジグゾー法でもある。
 発表3分、質問1分で少々あわただしかったが、質問もそれなりに出ていて、生徒の参加度は高かった。
 授業後、担当の先生のお話を聞く。
 アクティブラーニング(主体的、対話的で深い学び)と今頃言っているが、文科省が私たちにやっとついてきたと思っているという言葉にこれまでの経験の重さを感じる。
 校長先生の話では、3年ほど前からALを学校全体で取り組んできて、今では、全国学力状況調査ではB問題が全国平均を上回っているという。
 教えるのではなく、引きだすという意味で、ALの一つのモデルを見た感じであった。

10月某日
 雨。小石川に出校。
 本日は、財政がテーマ。

10月某日
 本日も雨。
 小石川で1時間授業をやって上智へ。
 上智では、経済の授業の作り方がテーマ。冒頭に「熱気球ゲーム」を学生にやらせる。なかなか面白い結果がでた。
 このゲーム、今夏の全公社研の大会で、筑波大学の唐木さんが紹介して、私も体験したもの。その時は、選択肢の質が違い過ぎると批判的に見ていたが、実際にやらせてみると、簡単で、使いみちが広い面白いゲームだということが判明。
 上智の学生さんは、精神的な価値を重視する者と物質的な価値を重視する者に完全に二つに分かれていた。大学の特性がよく表れていると感じる。(ゲームの紹介はメルマガ11月号に掲載した。)
 終了後、杉田先生と簡単な反省会。

10月某日
 本日も雨。
 午前中に、「哲学プラクティス連絡会」という会が主催するシンポジウムに出かける。
 テーマは「民主主義の危機に哲学は何ができるか」。出席者は、上智大学の寺田先生、中野晃一さん、元SEALDsの本間さんの三人。
 寺田先生は、小石川で哲学対話をやった時にお世話になった方。中野さんは、リベラル派の運動に参加している政治学者、本間さんは大学院生。三者三様で、きわめて面白い、刺激的な話を久しぶりに聞いた。
 午後は、都内某所で会議。
 午前中に聞いた内容とかけ離れているので、ちょっとくらくらする。

10月某日
 本日も雨。台風接近。
 ホームにでかける。一週間に一度行くことで、つながりが保てるということでもある。
 午後は、降雨の中、投票に。雨でもやりでも降ってこい。這ってでも行くゾの心境である。
 帰宅後、知人の支援の集いの連絡をはじめる。一斉送信をやらない方針なので、結構時間がかかる。
 前日に聞いた、シンポでの中野さんの発言、迷いながらやっている、何かのきっかけではじめたものは自分のなかで決着がつくまではやらなければ、という言葉が思い浮かぶ。

10月某日
 やっと晴れる。
 選挙は、自民党の大勝。というより野党の敗北。オセロゲームのような展開だったなというのが感慨。こんな風に、歴史は曲がり角を曲がるのかとも。
 午後、髪があまりに伸びて(薄くなっても伸びるところは伸びる)うるさくなったので、床屋へ。カットだけのつもりで安い店にいったのだが、満員。雨があがって年寄りが一斉に出てきた感じである。
 時間コストは安い新井君であるが、さすがにあの人数では引き下がる。
 本屋に立ち寄り、何冊か購入。

10月某日
 曇り。
 朝一番で、昨日の床屋にでかける。すでに2人入っている。職人は3人で、待たずにセーフ。カットだけなので15分もかからず。本日は勝利。
 帰宅して、妻に命じられて庭の草を刈ったり、落ち葉を掃いたり。これも早起きの成果。ついでにお隣から越境しているバラの木をチョキン、チョキン。(後日、ありがとうと言うことでお菓子をいただいてしまった)
 民法流に言うと、これは私権の侵害になるが、いままでもお互いに話し合いながら、ご近所づきあいをしてきたからだと思う。

10月某日
 また雨。
 本日は、病院に。先日、検査で疑問アリと言われたので、紹介状を持ち出かける。今は、大きな病院は紹介状と予約をしておかないと受け付けてもらえないシステム。
 それでも予約時間には結構な人。問診、検査、その結果をうけての問診と続く。結局、別の病院でもう一つ検査を受けるように指示されて、そこで予約を取る。
 今は、検査技術や医療技術が進歩していて、微小なもの初期のものでも発見できるということなのかもしれない。
 待っている患者(高齢の女性)曰く、「病気の人がきているのに、病気になりそう」。本当にそうだと感じる。

10月某日
 小石川に検診に。
 これは、定期健診。前日も検診だったが、まあセカンドオピニオンだと思って受診。
 思えば、3年前にこの定期健診で二次検診を指示され、CTを取ってからの病院通い。その時は、結局良性で経過観察ということであったが、なんだかバタフライ効果のような検診の連鎖である。
 午後は、作家の森絵都さんのインタビューに立ち会う。
 『みかづき』をはじめとして、この間、ずいぶん森さんの作品を読んだ。
 ご本人は、とても物静かな方だった。インタビューは、森さんの作品とリンクした部分が多く、興味深かった。先生方も参考になるような発言も結構あったと思う。
 インタビューの内容は、『レインボーニュース』でご覧ください。

10月某日
 晴れ。
 本日は上智だけ。11月の会合の会場の下見や、お手伝いをお願いしようと思う大学院生と打ち合わせなどを行う。
 講義は、経済の二回目。おはこのオークション、公共財ゲームの二つを実施。学生さんのリアぺを見ると、結構いい反応。
 今年の受講生諸君は、反応が素直だと思う。話し合いなども積極的。大学の講義も少しずつ変化をしていることが実感される。

10月某日
 また雨。
 母の冬物を準備するために妻と買い物に。帰りに、灯油を仕入れてくる。ストーブをたかなければいけないくらい寒い。

10月某日
 本日も雨。台風接近。
 雨の中、ホームに昨日購入した冬物を持参する。母は、着る者よりはキャラメルを欲しがる。むかしは、「みんないいものを着ているよ」と言って、着るものにこだわっていたのだがそれはなくなってきた。こんな風に、だんだん衰えてゆくのだろう。
 「もう十分」というのが口癖だが、「おなかがすく」ともいう。「そう言っている間はまだお迎えはないからね」と親不孝な息子。

10月某日
 晴れ。台風一過で、木枯らし一番。
 予約をしていた大学病院に検査へ。
 検査そのものは何も苦痛ではないが、人がいっぱいいるのでそれだけで疲れてしまう。最初の病院が1だとすると、次のところが2、ここは4の倍々ゲーム。まあ、大学病院だから仕方がないだろう。
 朝から水以外を飲んでいないので、終了後はなんだかラーメンが食べたくなったが、さすがにそれはないだろうということで、蕎麦にする。
 帰宅後、ちょっとぐったり。

10月某日
 一日閑居。締め切りのある仕事を行なう。
 気持ちが落ち着かないときは、昔流にいえばしこしこ仕事をすればよいのだろう。
 かなりはかどる。
 夕方から孫2を預かる。ママが仕事で遅くなるので、夕食を食べさせてママの帰りを待つ。あまりてこずらせなくなった。健気である。
 これで怒涛の10月は終了。検査結果は次回判明するだろう。

この間に読んだ本

・河合雅司『未来の年表』講談社新書。
人口問題をテーマにしている産経新聞論説委員の本。これから半世紀におこることを前半は年表風に、後半は処方箋を書いた本。人口減、高齢化、少子化の現実をこれでもかこれでもかと書いている。最後が、「外国人が無人の国土を占拠する」とあるのは、いかにも産経的かと思うが、内容は具体的でリアル。
処方箋で書かれている、戦略的に縮めるというのは納得。また、イタリア化がモデルというのも共感。とにかく問題が提起されていることは、半分は解決に近づいているというマルクスの言ではないが、前半の問題状況を踏まえて、各自が処方箋を考えてみるという読み方をしてみると使える本になると思う。

・ラング編『アイヒマン調書』岩波現代文庫
 上智の講義で、毎年、アイヒマンを扱う。一度図書館から借りて読んでいるが、じっくり読むために購入。
 アイヒマンがイスラエルの警察で取り調べを受けた記録をまとめたもの。調査役のレス大尉は家族をホロコーストで失っているが、極めて冷静にアイヒマンを追求しているのが印象的。アイヒマンは、自分を小さくすることで責任を転嫁しようとしている。それを具体的な証拠で追い詰めてゆくのはスリリング。
 この本をベースにして、アーレントを読み返している。

・柳田國男『都市と農村』岩波文庫
 柳田を少しずつ読んでいる。これは岩波文庫の新刊。柳田の全集を買おうと思ったが、さすがに全集を買っても積読になるだけだろうということで、ぽつぽつ、文庫になったものを読んでいる。
 この本、昭和4年に出版されたもの。昭和恐慌で大きな打撃をうけた農村をいかに立て直すかという問題意識にあふれているが、記述は柳田流で、ストレートではない。とはいえ、農村で不在地主制を打ち破り、自治を目指す農民組合の運動を評価しているところや、農村と都市の関係の分析など、鋭い問題意識を読み取ることができる。
 柳田の民俗学の実践的部分の象徴のような本である。昭和のはじめの農村や都市の様相が先の『未来の年表』では崩壊することが予言されている。現代から柳田の説がどこまで射程距離を持つか、そんなことを考えながら読むとよいかもしれない。

 今回も、経済学の本が少ない。これも生命力の衰えか。
 訂正、前回加山雄三さんは80歳でした。5歳もサバを読んでしまいました。



まだ出戻り非常勤日記 69回 投稿者:新井 明 投稿日:2017/10/23(Mon) 11:38 No.1334

 約一か月空いてしまった。この間、シュトルム・ウント・ドランクであった。そんな日々を簡単に。

9月某日
 夕方から妻とNHKホールに。
 なんと、公開放送に抽選であたってそれを見にゆくことになった。演歌番組で、どんなふうに会場を整理するか興味津々。
 開場は6時半からだったが、その前から長蛇の列。幸いに天気がよかったからいいけれど、雨など降ったら目も当てられないだろう。並んでいるのは年寄り夫婦と歌手のファンクラブの人間のみ。ちょっと異様な集団である。高齢化の現実が目の前に出現した感じである。
 席は抽選となっていたが、テレビ映りを考えて、ブロックごとに並んだ人間に適当な番号を受け付け係が渡す方式。これなら、たしかに、前ブロックから埋まってゆくなと思わず納得。われわれは、全部抽選だと思ってゆっくり言ったので、結局三階席。全体は見渡せるが、歌手は遠く見えるだけ。それでも、モニターのテレビがステージ上にあり、遠くても大丈夫という仕組み。
 生放送だったが、慣れているのだろう、進行もスムーズ。歌手は、若手がダメでへにゃへにゃ。ベテランはすごい。85歳の加山雄三の声量にびっくり。きたえれば、こうなるという見本。天童よしみの演歌がいい。新井君はクラッシクモ好きだが、天童よしみが好きなのだ。

9月某日
 検査の結果を聞きに行く。
 主目的の甲状腺と脾臓は問題なし。良性で進行もしていないということで放免。ところが別のところに影が見えるという。ただし、これもそこをきちんと見ているわけではないので、心配だったら検査をしてもよいですよというのが診断。
 大変だからすぐ見てもらえでもなく、のんきに言われて、なんと考えたらよいか分からず。とりあえず帰宅。今は、検査の精度が高くなりいろいろ発見される。甲状腺だって、集団検診で指摘されて、街の医者、専門医と回っての結果。医療の進歩はいいのか悪いのか。

9月某日
 小石川は模擬試験でなし。
平日に外部の模試をやるというのはどうも抵抗があるが、出講しないですむのは有難い。
 買い物など妻とつきあう。

9月某日
 小石川1時間。
 このクラスの生徒とは気楽に付き合える。おもしろいもので、二クラスあると、陽と陰にわかれる。人間の性なのかもしれない。

9月某日
 ホームに。妻と冬物を持参。
 高齢になると、寒がりになる。はやめに厚手のものを用意しなければということで入れ替えを行う。

9月某日
 休日だが、都内某所で会議。

9月某日
 知人の支援の件で、二人の先生に電話。学校で現役の先生をつかまえるのは意外に難しい。結局、一度ではらちがあかず、何度か電話。それでも、通じたのでほっとする。

9月某日
 閑居。学会関係の準備。発表用のドラフトを書くが、最後は息切れ。一番肝心な、機会費用の教育性の個所を詰め切れなかった。これは経済学の問題であるとともに教育哲学、人間観、どんな人間を育てるのかの問題でもある。こんなところが研究者ではない現場の人間の限界かもしれない。

9月某日
 支援関係で、メールを送る。一斉送信は避けるという方針にしたので、結構時間がかかる。半日それで費やす。ロジ担の重要性を実感する日々である。

9月某日
 小石川3時間。
 昼休みの老人クラブのコーヒータイムが楽しみ。本日も前期高齢者の怪気炎。若い人は迷惑だろうな。

9月某日
 小石川1時間。上智始まる。
 小石川終了から上智にいって印刷などすると時間が足りなくなるので、まず、自宅から上智に行き、資料の印刷をして、そこから小石川に回り1時間授業をやり、それが終わってから上智に戻り講義をするという流れにする。
 移動が面倒と言えば面倒だが、これが一番効率的であることが実感できる。
 今年の上智は50人強の登録。最盛期に比べると半減。教員免許状の魅力が薄くなっているということだろう。今年の特徴は、経済、法学部が一人もいないこと。文系の就職の好転による影響とみている。
 講義では、最初に常識テストをして、君たちはこんなに知識に穴があるんですよということを自覚させることからはじめる。アクティブラーニングの前に、やはりどこかで体系的な知識を注入していないとその後が対応できないというのが私の認識。とはいえ、あなぼこだらけの新井君ではあるので、ちょっと権力的にぶちかますということでもある。
 その後は、なぜ教員になったのか、教員をやるのか、何を生徒に伝えたいのかなどの話。ここで自己開示。その後は、今回は次期指導要領の概説をする。
 翌日があるので、終了後は早々に帰宅。

9月某日
 朝4時に起きて、富山へ。
 経済教育学会が富山大学であるのにひっかけて、一日目はフィールドワーク(大人の修学旅行)をやろうと企画。そのための早朝からの移動である。
 8時半過ぎに富山駅で前日から来ている陰謀会議賢人たちと合流。クルマで、埋没林、宇奈月で黒四の資料、トロッコ列車を見て、立山神社の資料館にまわり、最後は砺波の散居村を山の上から見るという、地理歴史、公民が全部つまった見学を一日がかりで行う。非常に充実した、面白いフィールドワークだった。杉田先生有難う。
 夜は、市内の居酒屋で富山の特産品を食べながら話をする予定だったが、となりに高校の野球部の保護者会のご苦労さん会の会合がいて、その騒音に敗北。このあたりがケチのつきはじめだったのかもしれない。

10月某日
 朝から、学会へ。市電(路面電車)にのり大学へ。
 城下町、路面電車がある、海に近いというのが私の住みたい町の三条件。温泉があればなお良しである。富山はそれにあてはまる。この三条件のある町はたいてい旧制高校が置かれていた町。ただし、富山は冬が寒いので移住しようとは思わない。
 学会は、午前は司会をたのまれて、それなりに発表を聞かなければいけない立場。知り合いの某先生の発表は、二日酔いなのか趣旨が不明で、研究者、実践者としての姿勢が問われると思い、残念。ほかには、面白い発表が多く、収穫あり。
 昼は、陰謀賢人の購入してきた「ますずし」を三人で食す。
 午後は、私の発表。いきなり、サムエルソンの『経済学』での機会費用の記述の変化を言われても、へ―そうですかという感じであろう。質問は、機会費用の教え方の部分に集中。ドラフトの最後の部分の詰めが甘かったところを指摘された思い。
 終了後、富山に転居した陰謀会議元メンバーの先生にピックアップしてもらい、空港へ。そこで情報交換。本当に盛りだくさんの二日間だった。
 久しぶりに飛行機に乗り、11時には帰宅。

10月某日
 前日の疲れがのこったのか、ちょっと調子が悪くなる。
 孫2のママが会議で遅れるというので、我が家で孫2の夕食を食べさせる準備をしていたら(鳥のから揚げが大好物でそれをフライマンの私があげている最中)急に冷や汗が出て、妻に交代するというハプニング発生。
 すこし休んだら回復したので、我が家に迎えに来たパパに孫2を託して、私は早々と寝ることに。

10月某日
 支援問題で面談の約束があったので上智まで。
 ちょっと調子が悪かったが、動けないほどではないので、四ツ谷往復をした。帰宅後、ちょっとぐったり。どうも風邪をひいたらしい。妻曰く「若い人たちからさそわれたからといってホイホイついていったばちですよ」。
 うーん。若い人なのかな?我が家ではこれ以来「S&Kかぜ」という表現になったが、賢人のお二人ごめんなさいね。

10月某日
 一日閑居。寝ているほどではないので、講義の準備などをする。

10月某日
 小石川に出講。
 3時間話をしたら、のどをやられて声が出なくなってしまった。完調ではなかったのを押して動いたのがまずかったようだ。

10月某日
 小石川1時間、上智講義。
 声が出ないのは回復せず。発熱をしているわけではなかったので、そのまま出講したが、生徒はびっくり。上智ではそれでも少し回復していたが、マイクを使って何とか講義はできた。
 支援のための会合の会場問題が解決しそうでほっとする。会合はどこでやるかというトポスが問題。彼女の出身大学であり、後見人の先生も、私も関係している上智でやれそうということで、すこし道が見えてきた。出会いのありがたさを感じる。

10月某日
 大学に移った先生と会う。
 ちょっと疲れ気味かと思ったが、約束でもあり、立川まででかける。
 休日の立川駅の人の多さにびっくり。ターミナル駅として多摩の中心になっていることを実感。
 話は、研究のこと、大学の様子、知人の支援の話など盛りだくさん。面白かった。
 帰宅後、ぐったりしてしまう。ちょっと無理をしすぎたのか。

10月某日
 微熱がでて、一日ごろごろ。咳も出て、声がでなくなる。それでも食欲はある。

10月某日
 休日。やはり一日寝ている。咳は弱まる。しかし声はでない。でも食欲はある。

10月某日
 声がでないが、取材のため赤坂へ。
 漢方薬の会社が、北海道の夕張で地域振興もふくめて、農業の6次産業化を目指した活動をしているというので、その話を聞きに行く。
 漢方の話、現在の状況、夕張での取り組みの様子などを担当者から聞く。私はメインではなく、補助的な役割なのだが、声がでないので質問がうまくできない。
 人間の体で何かを失うと、こんなにバランスが崩れてしまうのかという思いを抱く。
 帰宅後、やはり寝てしまう。

10月某日
 かかりつけの内科医に行く。
 今回は、風邪とのどの回復の相談。私「のどをやられたんですが、どうにかなりませんか?」、医者「咳と声が出ないのは違う。声がでないのは声帯が傷ついたのだから、出さないこと。」、私「職業柄むりなんですけれど」、医者「とにかく使わないこと。それしか回復の方法はない。」私「…」
 これで1440円なり。だいたい治りかけで医者に行くので、薬を処方されたが、薬剤師の人は、余ったら残しておいていいですよと言ってくれた。長い付き合いになると、こんな便宜もありなのだと思う。

10月某日
 小石川出講。
 できるだけ声を出さない授業に挑戦してみる。プリント授業なので、プリントを生徒に読ませて、解説は最低限にして考えさせるような授業にしてみる。これが意外とうまくゆく。しゃべりすぎの授業をやっているんだなと実感。この方式で3時間をクリアーする。

10月某日
 小石川から上智へ。
 前日と同じ方式。それでも声が少しずつ回復しているので、なんとかクリアー。
 上智では、国際関係のテーマでじゃんけんゲームをさせるなどのアクティビティと話し合いで進める。話し合いまでさせてそれを回収するとなると、90分では足りない。やはり、詰め込み過ぎ。

 ここまででほぼ一月。前半の飛ばし過ぎ、後半のダウンという起伏の大きなこの間だった。
 読んだ本。
 取材準備のために、森絵都さんの小説を読み返したり、新たに読んだりした。
 『みかづき』『風に舞いあがるビニールシート』『永遠の出口』『カラフル』『いつかパラソルの下で』など。お金より大事なものにかける人たちが登場する話が多い。また、ちょっとひりひりする話も多い。丁度、いってきた佐渡が舞台の小説もある。塾を舞台にした小説もある。
 学校のなかで、心をすり減らしている先生方に手に取って読むとよいなという話が多い。おすすめである。森さんのインタビューはこれから。何を語ってくれるのか、楽しみである。
 もう一つは、福澤諭吉『文明論之概略』。
 現代語訳が角川文庫で出たのを三田の本屋でみつけて購入。現代語訳はちくま学芸文庫にもあるが、角川版は大変読みやすい。
 福澤のこの本には、丸山眞男の岩波新書の『文明論之概略を読む』という名著がある。そのなかで丸山は原文を音読しながら読み進めると良いと書いている。しかし、それでは全体像がつかめない。明治の本も現代語訳でまず内容を確認して、あとで必要に応じて原文(岩波文庫にあり)を読むと良いのではと思う。
 内容的には、明治8年にこれだけの内容の本を書いた福澤のすごさ、偉大さを改めて感じる。福澤は、日本史の教科書では脱亜論が紹介され、悪者風であり、倫理の教科書では1ページ以上福澤を扱っているが、百科事典的な紹介にとどまり、本当の面白さは全く伝わってこない。日本は翻訳大国であるから、どんどん現代語訳にして、それぞれの思想家の本質を大きくつかむような学習方法がもっと求められてもよいとこの現代語訳を読んで感じた。
 明治の初期にこれだけの知的な水準があったからこそ、その後の発展があったと感じさせる本だ。ちょっとほめ過ぎだが一読の価値あり。
 私は、福澤の発想と柳田の発想の違いや対比なども考えてみたいと、この本を読んで触発された。



まだ出戻り非常勤日記 投稿者:新井 明 投稿日:2017/09/27(Wed) 11:22 No.1333

9月某日
 新学期、震災記念日。
 9月の声を聞くとややあせる。むかし、受験生だった時に9月の青空をみて、せつない思いを抱いた記憶がどこかにあるのだろう。
 午後から上智へ。図書館により、その足で、知人の問題を話にその後見人の先生と打ち合わせをする。これから何らかの動きをしなければいけないという気持ちになる。

9月某日
 午前の雨がのちに回復。
 JCEEの資料をネットで検索して、読む。
 戦後初期のアメリカの経済教育の実情は日本ではよくわからないことが多い。ネットで検索しても、文書やテキストなどの原資料がでてくるわけではないので、本格的に調査をするならニューヨークの本部に行くしかない。まあ、できるだけやってみるというところか。

9月某日
 さわやかな秋の日。
 妻と秋物を準備のために近くのスーパーに。最近はとんとデパートで買い物をしなくなった。高齢化の故か、単なるケチなのか。

9月某日
 小石川の授業準備をする。
 午後は、近くの図書館に行って、文献さがし。パワハラ関係の裁判例や処理法のノウハウ本を借りてくる。

9月某日
 病院の検査日を1週間まちがえるポカをする。
 むかし修学旅行の集合時間を1時間間違えた人間なので、いかにもと苦笑して引き下がる。そういえば、大学の時もテスト時間をまちがえて、単位を落とした(教職)ことがあったなと思い出す。

9月某日
 くもりで寒い。我が家は22度。
 いろいろな雑件処理。学会発表用のppを印刷。今回は、文章資料にせずプレゼンに重点をおいて啓蒙する予定。

9月某日
 小石川授業始まる。
 行事週間前に1回やると3週間間があくというスケジュール。今の高校生は大学生より勉強時間が少ない。とはいえ、行事をやることで成長する部分もあるので、そのあたりは大目に見るとしても、これで十分な学力がつくのだろうかとずーっと思っている。
 授業は、経済に入り、順調。

9月某日
 小石川授業1時間。その後、ネットワーク理事会に出席。

9月某日
 午前中、ネットワーク事務室で「陰謀会議」。来週の学会発表の内容確認。
 昼に、東京部会の会場の慶応大学に移動。山食のカレーライスを食べる。昭和の味と雰囲気をのこしている学食である。
 東京部会は、土曜開催で新しい顔も参加。杉浦先生の授業を検討したが、若い人が意欲的に挑戦するのを援助するのはネットワークの務めだと改めて思う。
 三田の路地裏の店で懇親会。ここも昭和の雰囲気。

9月某日
 ホームの母を訪問。変化なし。
 帰宅後、前日の部会の内容整理などを行う。二日つづけての懇親会参加は体力のキャパをこえていると実感。

9月某日
 一歩も外に出ず、機会費用論を書き続ける。
 篠原代表から連絡をいただく。先日、相談した知人のケース。ルール通りに処理をするしかないのだろうが、そうなるとどうしても問題が残るが、客観的にみると手が出しようがないというお話。
 その通りだと思うが、現実に被害と救済を求めている人間がいる場合に、どう動くのかということでもあるので、電話のあと考え込む。

9月某日
 前週、まちがった検査に行く。
 3年前の健康診断で腫瘍があるといわれたのだが、心配はない、経過をみましょうと言われた、その後の検査。CTを取る。
 孫2を保育園から連れて帰るときに、虹がでていた。

9月某日
 文献調査に一橋大学の経済研究所に出向く。
 ここにはサムエルソンの『経済学』の各版がおいてあるので、確認のため。10冊ほどだしてもらって、必要な個所を調べる。
仮説(機会費用が経済教育はいっていったのは、サムエルソンの影響ではないか)としていた部分がなく、推定は間違えであることがわかる。手元にあった文献で間違いないと思っていたことが、全部を調べてみると必ずしもそうではなかったという例。持っていた文献(初版、5版の原本、とんで13版の邦訳)がたまさか、仮説を裏付けるようなものだったのがいけなかった。
 ブラックスワンの話かもしれない。
 収穫ではあるが、では、どうして、また、誰がという疑問がでてくる。これが調査や研究のプロセスなんだろう。

9月某日
 知人の件で、研究会の事務局をやっている先生と面談をする。
 知人は、かつてその研究会の事務局をやっていたことがあったので、協力要請のため。ただし、問題が問題なので、あくまでも個人でできる範囲でとお願いした。

9月某日
 一日、学会準備など。閑居。

9月某日
 台風接近。曇りから雨になる。知人の支援の件で、難しい問題発生。この種の「運動」をすすめるのはなかなか難しいと実感。それでも、助けを求めている人に手を差し伸べないわけにはゆかないと思いなおす。でもこれは心情倫理。何か動いた場合は責任倫理がもとめられる。経済でいえば、ウオームハートとクールヘッドの問題でもある。
 検査を1週間間違える新井君だから、やっぱり穴やが逆配置もたくさんあるよな。

9月某日
 学会発表のために千葉大まで。
 台風の余波の雨の中でかけるが、途中で風とも弱くなってきて助かる。
 私の発表は、予想通り。実践部分で、柳田民俗学の知見がないじゃないかという指摘はその通り、課題ですと回答。実際に、これから考えて高校生にぶつけたいと思った。
 柳田復活の啓蒙という意味では、受け容れてもらえたのではと感じたが、楽観的過ぎるかな。
 陰謀会議のメンバー、杉田先生の発表は聞けなかったが、金子、塙両先生はそれぞれの持ち味を生かして説得力があるものだった。杉田先生のものも含めて、かなりのインパクトを与えているのではと感じる。もちろん、批判というリアクションもでてきていて、これも大事な反応。
 午後は、杉田先生の地元津田沼に出て、総括集会。台風の影響か、店に客がすくなく、非常によい環境だった。

9月某日
 孫1と息子が来宅。その足で、ホームの母(孫からいえばひいおばあちゃん)に表敬訪問。敬老の日で、自分が書いた絵を持参。ホームの母の部屋に張ってくる。
 小学生くらいになると年寄りを嫌がり始めるのではと思ったが、孫1はそんな様子もなく、きわめて自然にふるまっている。母もとても喜び、いい訪問だった。
 帰宅後、孫2も来宅。二人で一緒に遊ぶ。一年前は、うまく遊べなかったのだが、それなりになかよく遊ぶことができるようになってきた。これも成長。
 孫の成長に反比例して、われわれは後退するのだろうと思う。その交代をいかにスムーズにするか、個人の課題でもあり、社会全体の課題でもある。

 今回はここまで。
 この間に読んだ本。
 ・経済学の本が圧倒的に多い。
 機会費用の扱いがどうなっているのかを確認するために、熊谷尚夫、宮沢健一などのもうなくなった経済学者の入門テキストを古本で入手して読んだが、現代の教科書、これは大変よくできているのだが、それに比べると重厚であり、ある種の人格がにじみ出ているのが大変印象的であった。
 同じく、人格がわかるという点では、森嶋通夫の本なども個性的で面白いと言えば面白いものだった。
 ・中川茂美『戦争を読む』岩波新書。
 国文学研究者が戦争やその周辺の本、70冊を紹介したもの。京都新聞のコラムをもとにしているので、一つは短い。しかし、その本の内容、また紹介文が素晴らしい。胸に響く。良質な読書案内だと思う。



まだ出戻り非常勤日記 67回 投稿者:新井 明 投稿日:2017/09/03(Sun) 17:13 No.1331

8月某日
 二日連続での夏の教室の進行役で疲れたので、閑居、昼寝。
 合間に、記録の整理をはじめる。
 これは、メモ書きの授業ノートをきちんと書き直すという作業と同じだなと感じる。そういう生徒がいて、無駄な作業だと思っていたが、時間さえあれば、ちょっと大変なようだが、非常に良い復習になる。いい勉強の機会だと感じて取り組む。

8月某日
 中学向けの夏の教室に参加。
 今回は記録係だけだので、pcを持ち込みメモ作りをしながら講義を受ける。
 手書きのメモをもとにあとから復元するのとどちらが良いかの比較である。
 本日は、終了後、関係者との情報交換会を行う。東証から、15分ほどあるく。ビルの改築や再開発の様子がわかりちょっとしたフィールドワークだった。

8月某日
 夏の教室二日目。
 本日もpc持参。今年は、中学向けの教室の参加者が多く、本日もほぼ満員。最後のワークショップもかなりの数の先生が参加されていた。
 孫2の迎えがあり、最後は途中で引き揚げさせてもらった。

8月某日
 一日閑居。教室の記録の整理に入る。手書きのメモとpcのメモを整理するのとどちらがいいかであるが、今回比較をして手書き派の勝利だと思った。
 pcのメモをさらに文章化するのは正直面倒。結局、中学はメモ書きのようなものになってしまった。多分、これでは講師の先生方は納得しないだろうなと感じる。
 とはいえ、手書きの復元も、これはこれでこちらの理解力を試されるので、なかなか記録をとることは難しい。

8月某日
 本日も一日閑居。学会費の払い込みや、各種の問い合わせをする。こんなことも思い切ってやらなければやれないもの。
 問い合わせでは、pcにいれたソフトの件で、一年自動更新というのを忘れていて、なぜ、お金が引き落とされているのかと問い合わせて、ちょっと恥をかく。情報時代の落とし穴である。

8月某日
 かかりつけの内科に定期訪問。
 30秒診察と処方箋をもらうため。いつもは体重と血圧をはかるだけだったのが、看護師さんがかわったためか、身長も測りますと言われた。
 結果は、0.5センチ身長が低くなっていた。測り方が悪かったのかと思ったが、髪の毛が薄くなったせいだと判明。これはショック。
 私の父は、若くして薄くなった。私は白くなったのでセーフかと思っていたら、だんだん薄くなり、やはりアウトであった。盗塁失敗、振り逃げ失敗である。

8月某日
 補講に出かける。
 非常勤なので補講の義務はないが、頭を切り替える意味も含めて、例年やっている。
 今回の参加者は4人。少なくとも結構。午前に戦後の日本経済史、午後に農業、中小企業問題などを語る。
 受験講座ではあるが、受験を超えた話に耳を傾けてくれる生徒がいるのは有難い。

8月某日
 補講二日目。
 本日は、労働、福祉問題と問題演習。だんだん調子が出てきて、結構情熱的に社会的選択の難しさを語ってしまった。だから年寄りは困るんだな。
 最後は、コンビニで手に入れたブラックサンダーをご褒美に配り、ここでもうんちくを語る。二日間、面白かった。生徒もよく聞いてくれた。
 終了後、陰謀会議に。
 杉田、金子両メンバーは夏の教室で展示した教科書を事務所に搬入。教科書分析の最中。学会発表のためには、教科書の分析や先行研究の調査なども必須。単なる陰謀ではない足固めが必要。
 陰謀会議終了後の伝統継承会議には、都内某所で会議をしていた塙先生が関係の先生を誘ってくれて、拡大の情報交換会となった。
 陰謀が少しずつ広がってゆく。

8月某日
 母に面会のためにホームに。
 キャラメルを所望される。これはちょっと曰くがある。以前、深夜、もっていたキャラメルを皮ごとたべてしまい、自分で持たせないようにしている。ところが母に言わせると、ヘルパーの人たちが忙しすぎて、欲しいと言えないという。だから、自分でちゃんと管理するから欲しいというのである。
 危ないからダメというと悲しそうにする。次回、こっそり持ってゆくから楽しみにしていなと言ったら喜ぶ。
 この歳まで生きた人間は、どこかそういうずるさ、サバイバルの意欲というか欲望があるんだろうと感じる。これがなくなった時が終わりだろう。

8月某日
 妻と佐渡へ。
 お子さんが佐渡で地域おこしの仕事についている同僚の先生がいて、その方も、退職後には佐渡に移りたいと言っている。一度は、どんなところか行ってみようというのが動機。
 新幹線、フェリーを使い昼に到着。船中では、お祭りの神輿をかつぎにゆくという新潟の集団と遭遇。なかなか面白い集団であった。到着後、両津からクルマを借りて移動する。
 幸いにして、天気が回復、スカイラインで山越えをして、金山へ。「早く酒がのみたい」という人形と目があってどっきり。無宿人をつれていって強制労働をさせていたというイメージが強かったが、ほとんどは正規の職人たちで、細かく仕事が分かれて、結構な待遇であったことが展示されていて、イメージだけで判断してはいけないと思う。
 夕方西の方から雲がでてしまい、夕日が沈むところはうまく見ることができなかったが、温泉にはいってちょっとゆっくり。

8月某日
 佐渡二日目。
 旅館から、クルマで小木に出て、千石船を見に行く。
 日本海側の港町は、北前船で豊かであることがよくわかる。千石船は実物大で再建されていて、これは見ものであった。
 近くの宿根木という集落を歩く。村社が白山神社であることを確認。丁度、柳田の『先祖の話』などを読んでいたので、ここが村の氏神だなと思う。
 昼のフェリーにのるために、クルマを走らせる。途中、トキに似た鳥を見たが、シラサギの見間違えだろうと思う。
 帰りは、行きと同じ。フェリーで毛布をかりて、昼寝をして、後は新幹線で帰宅。佐渡滞在丸一日の旅であった。

8月某日
 海外出張で母子家庭となった孫2を、朝、夕と保育園に送迎。
 結構、ワンオペ育児になっている。これが日本の企業社会の現実。そこの構造を変えないと少子化は止まらない。
 9月号のメルマガ準備を始める。

8月某日
 都内某所で会議。
 終了後、参加の先生とビール、煮込みで短時間だったが情報交換。

8月某日
 一日閑居。学会発表の準備などで日暮す。気候不順の8月もこれで終了。

この間、読んだ本
・柳田國男『先祖の話』『孤猿随筆』『笑いの本願・不幸なる芸術』『小さき者の声』『毎日の言葉』
 このなかでは、『先祖の話』が圧倒的に面白い。昭和20年の空襲のさなかに書かれたもので、柳田の晩年の思いが詰まっていると感じた。特に、「国のために戦って死んだ若人だけは、何としてもこれを仏人のいう無縁ぼとけの列に、疎外しておくわけにはいくまいと思う。」という文章は強烈。また、10月書かれたまえがきの「国民をそれぞれに賢明ならしめる道は、学問より他に無い」という言葉も、戦後の柳田の活動を考えるうえでの重要な示唆であろう。
・田辺俊介『民主主義の危機』勁草書房。これは図書館から借りた本。
 サブタイトルが国際比較調査から見る市民意識となっている。この本で参考になるとおもったのは、第一部の民主主義のクエスチョンという論文。若者は本当に政治に無関心なのか、シチズンシップは涵養出来るのか、だれが民主政治に参加しないのか、などの論文は、主権者教育の有効性と限界を国際調査から分析している。仮説、データ検証という流れの社会学の調査方法を知ることもできるし、学校教育の影響力をデータで確認することができる。ただし、これは量的調査なので、質的調査は現場教員がしっかりやらねばならないと感じさせる本である。
・赤江達也『矢内原忠雄』岩波新書。
 戦後東大総長だった矢内原忠雄の評伝。内村鑑三、新渡戸稲造門下の、大学知識人と伝道者という二つの顔を持つ人物の思想史的意義を分析している。小石川の近くには、無協会派の集会所があり関心を持っていた。小さいけれど、日本におけるキリスト者の生き方を考えさせられるいい本である。それにしても、柳田も含めて、この種の肚のすわった人間がどうしたらでてくるのか、考えてしまう。
・ワルラス『純粋経済学要綱』、根岸隆『ワルラス経済学入門』
 ついにワルラスまで手を出した。しかし、出しただけで打ち倒されている。根岸さんの本を手掛かりに挑戦中だが、これをしっかり読むのは無理だろうとすでに腰が引けている。上記の矢内原などとの違いであろう。それでも、全体として何が問題になっているのかを実際に確認することが大切と思い直している。フィールドワーク的読書である。



Re: まだ出戻り非常勤日記 67回 新井 明 - 2017/09/03(Sun) 17:43 No.1332

私にとって非常に重要な一日を付け加えます。

8月某日
 京都から上京?した知人と会合。
 彼女は、8月1日に京都での勉強会の講師をした人物である。
 彼女を知っている知人二人も参加。修道院の応接室をお借りして(彼女は信者)、久闊を叙する。
 各人の近況報告をして、彼女が抱えている問題を紹介してもらい、自由な討議をする。
 今後何らかの支援活動をしなければいけなくなるだろう、その時にはどんなことができるのかも含めて、結構重要な話し合いとなる。(だからここで書いてよいか迷ったが、いずれオープンにしてゆくことになろうということで書かせてもらいます。)
 会合の終わりごろ、猛烈な雷雨となり、この件の難しさと、それでも前進しなければいけないという予兆のようなものを感じる。
 それにしても、修道院にお邪魔するなどというのは、貴重な体験であった。



まだ出戻り非常勤日記 66回 投稿者:新井 明 投稿日:2017/08/23(Wed) 08:41 No.1330

8月某日
 京都往復。
 京都在住の知人が、障害者団体の勉強会で講演をするというので出かける。彼女は、元都立高校の先生で、現在は大学に勤務。学内でのある事件で、精神的にかなり大変な状況にあると聞いたので、その支援もかねての行動。
 昼過ぎに着き、会場まで地下鉄でゆくのがいやなので、歩いてしまう。二駅なのでちょっと頑張ると歩ける距離。途中、地域の公共センターで昼食。
 講演会は良かった。彼女のこれまでの研究と現在の課題を熱をこめて語った。聞いている障害者の人たちは、ほとんどみな介助者が必要な人で、なかにはうつ伏せで生活している人もいた。障害者の自立支援ということをあわせて考えさせられる会場であった。
 終了後、会のリーダーが、障害をもった研究者(彼女も障害をもっている)の発言で、今日ほど自分たちの気持ちに寄り添う内容はなかった」と高く評価していたのが印象的。
 そのあと、簡単な懇親会をもったが、非常に気持ちのよい会であった。
 終了後、電動車いすに乗った彼女と地下鉄で京都駅まで出て、駅のスタバで話し込む。事件後の大学の対応などを終電近くまで聞く。
 帰りは、新幹線に飛び乗り、車内でビールと遅い夕食。午前様に帰宅。

8月某日
 前日の疲れがでて、一日ボーッとしている。
 しかし、そういってもいられないので、秋の学会発表をエントリーしている機会費用関係の文献をひっくり返し始める。これは20年来のテーマ。オーストリア生まれの機会費用という概念がイギリス経由で、また直接にアメリカに渡り、主流派経済学の基本概念にどうしてなったのか、また、それが経済教育にどう取り入れられたのかがテーマ。さらに、機会費用を学ぶことがどうして大事なのか、その教育的意味を考えるのもテーマである。
 一年以上間隔があいたので、まずは、昔読んだ文献の再読からはじめる。
 これがなかなか難物。一字一句なめるように読んでゆく。以前分からなかったところもすこし理解できるようになり始めるが、道は遠いなあ。

8月某日
 夕方から息子、孫1のパパと会う。
 できそこないの愚息だが、親としては放っておけないので、時々活をいれるために会う。妻子が実家に帰っているので、飯でもということで、今回は息子のリクエストのイワシ料理の専門店にゆく。
 イワシなんてと思っていたが、これが結構いける。店は客でいっぱい。回りがうるさくゆっくり話をする雰囲気ではなかったが、イワシのフルコースを堪能。
 愚息の方も、部署替えが功を奏したのか、意外としっかり考えていてちょっと安心。

8月某日
 機会費用関連の本を読み続ける。
 今回は、メンガーの『一般理論経済学』まで手を伸ばす。この種の経済本を読むのは本当に大変。でも、なぜこんなにぐだぐだ論理を追いかけるのか、それは何のためなのか、それによってどんなメリットがあるのか、など素人の視点で読んでゆけばいいんだろうと居直ることにしたら、すこし全体が見えてきた(感じがするだけ)。
 夕方からはFPの人たちと恒例のそば屋での会合にでかける。
 昨日のイワシに続いて、今日は蕎麦のフルコース。少々胃が疲れてくる。会はとても面白かった。

8月某日
 午前はホームに母の面会。
 昼に、娘と孫2が来宅。パパが釣りにいって、母子家庭になったので遊びにきたというわけ。孫2のパパは妻子を置いて、結構この手の趣味に走る。
 孫2は、夏休み中にいった沖縄のエイサーが気に入ったらしく、太鼓をたたきたいという。しかたがないので、ゴミ箱につかっている紙製の筒を太鼓にみたて、ラップの芯をばちにしてたたかせる。パソコンでエイサーの画像がでてきたら、一緒にたたく。
 娘に言わせると、沖縄は暑くて、歩きたがらず、まいったらしい。行く前に、夏の沖縄に子どもを連れて行っても無駄と言ったのに、現代の親子である。
 孫2は以前は忍者がブームだった。エイサーもすぐブームは去るだろうが、成長の一過程を見るのは面白い。でも、太鼓だけでなく家じゅうの壁や家具をたたき始めるのにはまいった。

8月某日
 台風接近で、閑居して機会費用関連の本を読み続ける。

8月某日
 午前中は、クルマの点検でディーラーまで。半年点検。今のクルマは悪いところはないだろう。
 午後は、上智へ。前述の京都の知人の件で、相談相手になっている宗教学の先生と面談。東京での支援の方法や先日の講演会のはなしなど情報交換をする。
 大学のこの種の事件は、こじれると難しいなというのが感想。それでも、この先生のような碩学が支援者としているということは心強い。
 面談後、図書館で、ミーゼス『ヒューマンアクション』の翻訳を借りる。電話帳のように厚い本だ。書いた人間もすごいが、これを訳した人間もすごい。

8月某日
 一日閑居。読書を続ける。
 午後、妻とスーパーに買い物でクルマを出したのみ。

8月某日
 妻の実家の墓参で塩尻往復。
 恒例の行事。4時に起きて、5時に自宅をでて、途中朝食をとり、8時には現地に着く。暑くなる前に、墓の周辺の草取りなど。除草剤を用意してたくさん撒いておく。その後、土地を耕してもらっている家を訪問。地代がわりの野菜をどっさりいただく。
 親戚訪問。お茶ととうもろこしがでて、それを食す。うまい。
 少し昼寝をして1時過ぎにでて、4時過ぎに帰宅。この日だけは太陽がでて、甲府ではクルマについている温度計が40度をさしていた。東京に帰ったら雨。気候の変化が激しい。

8月某日
 前日の疲れがでて、一日閑居。
 夕方、また母子家庭になった娘と孫2が来て、夕食を一緒に食べる。孫2は、まだエイサーをやる。孫2は甘いものがきらいという今どき珍しい偏食。肉をたべさせると喜ぶというので、それ食べろとばかりたくさん用意する。

8月某日
 山の日。こんな日はいらないと思っていたが、サラリーパーソンにとっては貴重な休日といわれて、そうかと思った記憶がある。
 機会費用の本ばかり読んでいてもらちがあかないので、原稿を書き始める。書き出すと、確認のためにまた周りに本が積み重なってゆく。

8月某日
 気温が低い。27度しかない。
 文献を読みながら、原稿を書いてゆくが、なかなか進まない。
 昼は、いただいてきた最後のトウモロコシ。いただいてきたトマトなどもそろそろ終わり。

8月某日
 家にいてばかりだったので、久しぶりに近くの図書館に。
 ふつうは自転車でゆくが、散歩方々歩き。
 何も借りないつもりだったが、民俗学関係の本を数冊借り出してきた。こちらは柳田國男への関心から。柳田と主権者教育が今年のもう一つのテーマである。こちらも着手しなくては。

8月某日
 東京の夏の教室がはじまる。
 10年目。進行役も10年やったことになる。
 大阪からの実践報告がなかなか良い。また、吉川先生の講演も、オーソドックスな内容であったが、聞きごたえのあるものだった。篠原先生の歴史シリーズは、経済学からのアプローチの鮮やかさを感じさせた。
 終了後の懇親会は、近くの中華料理店。やすい、はやい、うまい(正確にはまずます)の店。上智の卒業生なども来てくれて歓談した。

8月某日
 夏の教室2日目。
 今日は、入試問題を扱う日。お二人の方向性をまとめることができたかなと少し手ごたえを感じた。
 びっくりしたのは、村田先生の講演。メモなし、レジュメなしで90分を語りとおした。記録係も兼ねているので、メモを取りながら聞いたが、吉川先生との対比が面白かった。ともに、人口問題が切り口で、これからの世の中を考えている。
 村田先生の講演ではトランプの話より、LGBTの話が面白かった。
 本日の終了後の懇親会は、焼き鳥屋。2日間、さすがに緊張していたのだろう。ホットする。
 夏の教室は、どんどん進化、深化していると感じる二日間だった。

 これで半分。
 この間に読んだ主な本。
 ・ブキャナン『選択のコスト』。これは再読。今回は、後半の公共財の費用、社会的費用、非市場における費用をしっかり読む。小さいけれど難解な本であることを再確認。山田太門氏の解説も読み直して、翻訳をすることは学ぶこと、研究することなんだということを確認。
 ・ロビンズ『経済学の本質と意義』。新訳で通読する。旧訳は頻繁に引用されるが絶版でなかなか入手できなかったが、新訳が京都大学学術出版会からでて、活用できるようになった。これも、訳者の小峰敦氏の解説が良い。また、文献リストなども充実していて、小さな本だが、非常に良心的に作られていると思う。日本の学術の底力が感じられる本だ。
 関連していえば、重要なのだが入手が難しい本には、スラッファの『商品による商品の生産』がある。これなど新訳で現在の研究レベルを踏まえた解説が欲しいところ。
 ・杉本栄一『近代経済学史』と中山伊知郎『純粋経済学』ともに岩波全書。ロビンズの小峰解説に触発されて積読だったが読んでみた。ともに、一橋系の近代経済学系の学者の教科書。ケンブリッジ学派とマルクス経済学に傾斜している前書と、一般均衡論を祖述している後者。その対比が面白い。とはいえ、全部理解できたわけではないが、この手の本を「眺め読み」をするのも一興である。
 ・メンガー『一般理論経済学』。これも積読で10年以上本棚のほこりをかぶっていた本。こんな思索本が経済学であったという時代の本。とはいえ、希少性が中学校の指導要領にはいってきた現在、その起源(本当はワルラス)までさかのぼって、きちんと考察しておくことも必要かと感じる。関連の個所を中心に眺め読みをした。ワルラスも所持しているが、ここまでは手が回らなかった。




まだ出戻り非常勤日記 65回 投稿者:新井 明 投稿日:2017/08/06(Sun) 12:29 No.1328

7月某日
 ホームに母を訪問。帰宅して閑居。

7月某日
 非常勤の大学に出講。本日は金子授業。
 前半は、女子グループによる模擬授業。模擬裁判のシミュレーション。それなりに形にはなっているが、典型的なはい回る経験主義。「これで何を伝えたいのか」という厳しい質問が学生の中からも出た。
 後半は、金子授業。金子さんの十八番の折り紙自動車から分業と協業、生産性、国富論とつながる授業である。『レインボーニュース』に「ユニーク授業」として掲載されていたのを読んでいたが、実際に参加すると紙ベースでの授業紹介とは全く違う世界が展開される。
 内容的に優れているだけでなく、授業者としての金子さんの優れたところ全開であった。学生の感想に「最初からこころをわしずかみされた」というのが出てくるほどのもの。
 終了後、学生さん有志とオフ会。
 高田馬場に出たが、ここも外国人の町化していた。学生さんとの交流も彼らが高校までの授業で何を感じていたのか、何を求めていたのかがよくわかり収穫あり。

7月某日
 昼食に「冷や汁」を食す。
 「冷や汁」は大分のご飯にかけるものが有名だが、こちらは埼玉のうどんの食べ方。「すったて」ともいう。
 これは、我が家に伝わるソウルフード。これを食すと「ああ夏がきた」と思う。
 ちなみに、作り方は簡単。味噌をだし汁でといた冷たい汁に、きゅうりやネギ、ミョウガ、シソなどの薬味を切ったものを入れて、それを汁にしてうどん(今回は冷や麦)をつけて食べるだけのもの。

7月某日
 学生のレポート採点。
 16名なので、比較的簡単。ただし、内容的には厳しいものが多いので、どうコメントをつけてゆこうか悩む。レポートをしっかり書いた経験がない、もしくは指導されていないのだろう。幼児教育学科の学生は、指導案の書き方はできているが、そのコンテンツに関するリサーチ(下調べ部分)が薄い。他学科の学生は両方が壊滅的なものもいる。上出来が2人。数人は再提出をさせることにする。

7月某日
 一日閑居。昼寝生活である。
 あまり暑いので、夜はテイクアウトの寿司を食す。この寿司は、コスパがよく。こんな料理をしたくない日には最適。時には妻にも手抜きをさせなければ。

7月某日
 久しぶりに隣の駅の大型書店にゆく。購入したのは、柳田の文庫本『婚姻の話』とおなじく岩波文庫のシモーヌ・ヴェイユの『重力と恩寵』。新書の『保育園問題』。
 柳田本は、上野千鶴子の解説が面白い。性愛、婚姻、出産、家族という現象を碩学柳田がどう解いたのか、それを上野がどう見ているのか、なかなかスリリング。これは収穫。
 ヴェイユは、衝動買いだったが、時々覗くことで何かを感じるという本になりそう。こんな本が書棚に会ってもいいじゃないかという感じである。
 『保育園問題』は、夏の教室で取り上げる入試問題との関連で購入。著者の前田正子さんは、元横浜市副市長で保育園問題取り組んだ人。待機児童問題、保育士不足、建設は対運動など実際に体験した事例をもとに包括的に保育園問題を取り上げている。この問題を考えるための基本的事実を知るための好著である。
 この現実を経済学者がどうとらえて分析しているか、そちらの方も読まなくてはということで、自宅にある鈴木亘氏の本などもひっくり返す。

7月月某日
 『鋼の錬金術師』映画版の二作目をpcで見る。アマゾンのプライム会員なので無料で見られるのである。
 この原作者は『銀の匙』と同じで、『銀の匙』を貸してくれた学生がこちらも面白いよと言っていたので、食指を伸ばした。
 1920年代、ナチのミュンヘン一揆を取り込んだ話で、それなりに面白いと思う。農業高校の話と錬金術、現代史とどう結びつくのか、分かりかねるところがあるが、マンガの力を感じる作品ではある。

7月某日
 落語を聞きに亀有まで。
 卒業生のご亭主が主宰する落語会。案内が来たので出かける。驚いたのは、前座をつとめたのがスウェーデン人の落語家。日本語はどう覚えたのと聞いたら、向こうの大学で。来日何年目と聞いたら、4年目とのこと。国際化は進む。
 国際化と言えば、亀有の町も中国語が飛び交わっている。高田馬場もうそうであったが、足元で地盤変動が始まっているのを実感した。
 落語は、大阪から来た枝光師匠が「はてなの茶碗」、ご亭主の好太郎師匠が「宿屋の富」という東西の代表的な話をして面白かった。

7月某日
 非常勤前期の最後の出講。
 本日は、杉田授業と最終総括。
 杉田授業は、テーマは比較優位。前週の金子授業も素晴らしかったが、こちらも味わいが違う。さすがにすぐれた授業者である。特に、比較優位からキャリア形成のはなし、これからの生き方の話まで説得的に語る。この授業も、学生から「これが教育のプロの授業かと驚いた」という感想がでてくる渾身の授業であった。
 後半は、レポート返却と総括授業。
 レポートは、かなり赤字を入れたのでこれを参考に精進してくれることを期待したいところ。再提出の学生には一人一人どうすればよいかを読んで話をする。少人数だからできること。
 総括授業は、新井の十八番の「40年周期説」。ここから自分たちの世代の取り組みの課題を感じてくれればうれしい。
 最後は時間があまったので、教室でフェアウエル・パーティ。最後は多摩の一本締めで終了するという前期講義であった。
 ただし、これで終わりでなく、再提出の確認、それが終わってからの成績処理が残っているが、一段落であることは事実。

7月某日
 暑くなり、頭がうっとうしくなったので床屋に出かける。てっぺんは薄いのであるが、すそがうるさいのである。
 本日も、よもやま話をしながら夏バージョンで丁寧にやってくれる。これで3800円なり。

7月某日
 夕方から陰謀会議。
 三人の授業実践と学会発表に関する陰謀をこらす。
 伝統継承の会は、へぎそばを食しながら、冬の教室の企画などの相談。相談ではなく、これも陰謀か。

7月某日
 一日閑居。
 政治状況が混とん。安倍内閣の支持率が急落。政策ではなく、スキャンダルで落城近し。とはいえ、そう簡単には権力を手放さないだろうな。

7月某日
 唐木氏の講演を聞くために全公社研の大会にでかける。
 陰謀会議で、唐木さんの主権者教育論文を批判したことがあり、そんなことはないと杉田先生の反論をうけていたので、実際に確認しなければというのがその理由。
 実際に聞いてみて、優れた研究者であることを確認。また、われわれ陰謀集団が行おうとしている方向性が間違いではないことも確認できた。とはいえ、唐木氏の弱点も発見。これは現在の教科教育が持つ弱点だとも感じた。
 それが何で、どう埋めるのか、今後陰謀会議で深めてゆきたいと感じる90分であった。
 孫2の送迎があり、講演だけで退出。

7月某日
 再提出レポートが届いて、コメント付きで返信する。
 全員、箸棒状態からは脱した。かなりしっかりした内容になった学生もいる。まあ、ここまで頑張ったのだからということで、全員合格する。
 それでも、彼ら彼女らが来年実習に行ったら、現場は大変だろうなと思う。そうならないためにも、厳しめの成績をつけ、警告を発してゆくことは非常勤でも使命だろう。

7月某日
 都内某所での会議。
 本日は、帰りに暑気払い。こんな情報交換の場がやはり必要。

7月某日
 一日閑居。
 経済教育学会にエントリーした機会費用論に手をつけはじめる。
 ブキャナン『選択のコスト』を再読。小さな本だが、ものすごく内容を理解するために頭の汗をかく本であることがわかる。最初に読んだ時は、本当は読んでいなかったんだなということがよく分かった。
 ここから、主権者教育にも発展できるなというヒントも得た。暑い中のメモを取りながらの読書も大切だ。

 ここまでで、7月は終了。

7月後半の収穫。
 ・斎藤誠『経済学私小説<定常>の中の豊かさ』日経BP社。
 斎藤さんが、精神状態が不安定になった時にその「救済」もしくは「解決」のために書いた小説もどきの日本経済論。主人公らしき人物、戸独楽戸伊佐(とこまといさ)は、さいとうまことの逆読み。しかけはあちゃーの本だが、経済学者と生身の人間の乖離を埋めようとする意味では正直な本だと感じる。
 ・菅原晃『中高の教科書でわかる経済学マクロ編』河出書房新社。
 メルマガでも紹介した菅原さんの本。ミクロ編に続き、マクロ編が出た。菅原さんの研鑽ぶりは頭が下がる。ただし、この本は現代マクロ経済学は、中高の教科書ではわからないというのが結論なので、ちょっとブラック。現代マクロ経済学の発想法は、斎藤さんの本のなかでも触れられているので、いよいよ斎藤マクロ本も手に入れなければいけないなという気になった。
 ・『共同研究転向』戦後編。平凡社。
 1960年代に思想の科学グループが出した大部の本の一部。大学の図書館から借り出した。
柳田が扱われていて、著者は藤田省三。半世紀前の大学時代の亡霊のような本だが、人文学は新しいものが良いわけではないという見本のようなもの。とはいえ、触発されて、藤田省三『柳田国男』講談社学術文庫をアマゾンから入手したが、ここにでてくる藤田が柳田の謎、課題として出しているものが、かなり解明されていることを見ると、学問は時代とともに進歩するとも言え、なかなか難しいなというのが感想。



Re: まだ出戻り非常勤日記 65回 新井 明 - 2017/08/08(Tue) 20:52 No.1329

補足です。
「冷や汁」の汁には、すりごまを入れます。書き忘れました。だから「すったて」なんだろうと思います。

[直接移動] [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11] [12] [13] [14] [15] [16] [17] [18] [19] [20] [21] [22] [23] [24] [25] [26] [27] [28] [29] [30] [31] [32] [33] [34] [35] [36] [37] [38]
投稿記事のbニ、投稿した時のパスワード(削除キー)を入れると修正・削除ができます
記事の修正では、ファイルの追加削除も出来ます。お気軽にどうぞ。
処理 記事No パスワード

- Joyful Note -
- JOYFULYY v2.45 :Edit by Yamamoto -