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まだ出戻り非常勤日記 69回 投稿者:新井 明 投稿日:2017/10/23(Mon) 11:38 No.1334

 約一か月空いてしまった。この間、シュトルム・ウント・ドランクであった。そんな日々を簡単に。

9月某日
 夕方から妻とNHKホールに。
 なんと、公開放送に抽選であたってそれを見にゆくことになった。演歌番組で、どんなふうに会場を整理するか興味津々。
 開場は6時半からだったが、その前から長蛇の列。幸いに天気がよかったからいいけれど、雨など降ったら目も当てられないだろう。並んでいるのは年寄り夫婦と歌手のファンクラブの人間のみ。ちょっと異様な集団である。高齢化の現実が目の前に出現した感じである。
 席は抽選となっていたが、テレビ映りを考えて、ブロックごとに並んだ人間に適当な番号を受け付け係が渡す方式。これなら、たしかに、前ブロックから埋まってゆくなと思わず納得。われわれは、全部抽選だと思ってゆっくり言ったので、結局三階席。全体は見渡せるが、歌手は遠く見えるだけ。それでも、モニターのテレビがステージ上にあり、遠くても大丈夫という仕組み。
 生放送だったが、慣れているのだろう、進行もスムーズ。歌手は、若手がダメでへにゃへにゃ。ベテランはすごい。85歳の加山雄三の声量にびっくり。きたえれば、こうなるという見本。天童よしみの演歌がいい。新井君はクラッシクモ好きだが、天童よしみが好きなのだ。

9月某日
 検査の結果を聞きに行く。
 主目的の甲状腺と脾臓は問題なし。良性で進行もしていないということで放免。ところが別のところに影が見えるという。ただし、これもそこをきちんと見ているわけではないので、心配だったら検査をしてもよいですよというのが診断。
 大変だからすぐ見てもらえでもなく、のんきに言われて、なんと考えたらよいか分からず。とりあえず帰宅。今は、検査の精度が高くなりいろいろ発見される。甲状腺だって、集団検診で指摘されて、街の医者、専門医と回っての結果。医療の進歩はいいのか悪いのか。

9月某日
 小石川は模擬試験でなし。
平日に外部の模試をやるというのはどうも抵抗があるが、出講しないですむのは有難い。
 買い物など妻とつきあう。

9月某日
 小石川1時間。
 このクラスの生徒とは気楽に付き合える。おもしろいもので、二クラスあると、陽と陰にわかれる。人間の性なのかもしれない。

9月某日
 ホームに。妻と冬物を持参。
 高齢になると、寒がりになる。はやめに厚手のものを用意しなければということで入れ替えを行う。

9月某日
 休日だが、都内某所で会議。

9月某日
 知人の支援の件で、二人の先生に電話。学校で現役の先生をつかまえるのは意外に難しい。結局、一度ではらちがあかず、何度か電話。それでも、通じたのでほっとする。

9月某日
 閑居。学会関係の準備。発表用のドラフトを書くが、最後は息切れ。一番肝心な、機会費用の教育性の個所を詰め切れなかった。これは経済学の問題であるとともに教育哲学、人間観、どんな人間を育てるのかの問題でもある。こんなところが研究者ではない現場の人間の限界かもしれない。

9月某日
 支援関係で、メールを送る。一斉送信は避けるという方針にしたので、結構時間がかかる。半日それで費やす。ロジ担の重要性を実感する日々である。

9月某日
 小石川3時間。
 昼休みの老人クラブのコーヒータイムが楽しみ。本日も前期高齢者の怪気炎。若い人は迷惑だろうな。

9月某日
 小石川1時間。上智始まる。
 小石川終了から上智にいって印刷などすると時間が足りなくなるので、まず、自宅から上智に行き、資料の印刷をして、そこから小石川に回り1時間授業をやり、それが終わってから上智に戻り講義をするという流れにする。
 移動が面倒と言えば面倒だが、これが一番効率的であることが実感できる。
 今年の上智は50人強の登録。最盛期に比べると半減。教員免許状の魅力が薄くなっているということだろう。今年の特徴は、経済、法学部が一人もいないこと。文系の就職の好転による影響とみている。
 講義では、最初に常識テストをして、君たちはこんなに知識に穴があるんですよということを自覚させることからはじめる。アクティブラーニングの前に、やはりどこかで体系的な知識を注入していないとその後が対応できないというのが私の認識。とはいえ、あなぼこだらけの新井君ではあるので、ちょっと権力的にぶちかますということでもある。
 その後は、なぜ教員になったのか、教員をやるのか、何を生徒に伝えたいのかなどの話。ここで自己開示。その後は、今回は次期指導要領の概説をする。
 翌日があるので、終了後は早々に帰宅。

9月某日
 朝4時に起きて、富山へ。
 経済教育学会が富山大学であるのにひっかけて、一日目はフィールドワーク(大人の修学旅行)をやろうと企画。そのための早朝からの移動である。
 8時半過ぎに富山駅で前日から来ている陰謀会議賢人たちと合流。クルマで、埋没林、宇奈月で黒四の資料、トロッコ列車を見て、立山神社の資料館にまわり、最後は砺波の散居村を山の上から見るという、地理歴史、公民が全部つまった見学を一日がかりで行う。非常に充実した、面白いフィールドワークだった。杉田先生有難う。
 夜は、市内の居酒屋で富山の特産品を食べながら話をする予定だったが、となりに高校の野球部の保護者会のご苦労さん会の会合がいて、その騒音に敗北。このあたりがケチのつきはじめだったのかもしれない。

10月某日
 朝から、学会へ。市電(路面電車)にのり大学へ。
 城下町、路面電車がある、海に近いというのが私の住みたい町の三条件。温泉があればなお良しである。富山はそれにあてはまる。この三条件のある町はたいてい旧制高校が置かれていた町。ただし、富山は冬が寒いので移住しようとは思わない。
 学会は、午前は司会をたのまれて、それなりに発表を聞かなければいけない立場。知り合いの某先生の発表は、二日酔いなのか趣旨が不明で、研究者、実践者としての姿勢が問われると思い、残念。ほかには、面白い発表が多く、収穫あり。
 昼は、陰謀賢人の購入してきた「ますずし」を三人で食す。
 午後は、私の発表。いきなり、サムエルソンの『経済学』での機会費用の記述の変化を言われても、へ―そうですかという感じであろう。質問は、機会費用の教え方の部分に集中。ドラフトの最後の部分の詰めが甘かったところを指摘された思い。
 終了後、富山に転居した陰謀会議元メンバーの先生にピックアップしてもらい、空港へ。そこで情報交換。本当に盛りだくさんの二日間だった。
 久しぶりに飛行機に乗り、11時には帰宅。

10月某日
 前日の疲れがのこったのか、ちょっと調子が悪くなる。
 孫2のママが会議で遅れるというので、我が家で孫2の夕食を食べさせる準備をしていたら(鳥のから揚げが大好物でそれをフライマンの私があげている最中)急に冷や汗が出て、妻に交代するというハプニング発生。
 すこし休んだら回復したので、我が家に迎えに来たパパに孫2を託して、私は早々と寝ることに。

10月某日
 支援問題で面談の約束があったので上智まで。
 ちょっと調子が悪かったが、動けないほどではないので、四ツ谷往復をした。帰宅後、ちょっとぐったり。どうも風邪をひいたらしい。妻曰く「若い人たちからさそわれたからといってホイホイついていったばちですよ」。
 うーん。若い人なのかな?我が家ではこれ以来「S&Kかぜ」という表現になったが、賢人のお二人ごめんなさいね。

10月某日
 一日閑居。寝ているほどではないので、講義の準備などをする。

10月某日
 小石川に出講。
 3時間話をしたら、のどをやられて声が出なくなってしまった。完調ではなかったのを押して動いたのがまずかったようだ。

10月某日
 小石川1時間、上智講義。
 声が出ないのは回復せず。発熱をしているわけではなかったので、そのまま出講したが、生徒はびっくり。上智ではそれでも少し回復していたが、マイクを使って何とか講義はできた。
 支援のための会合の会場問題が解決しそうでほっとする。会合はどこでやるかというトポスが問題。彼女の出身大学であり、後見人の先生も、私も関係している上智でやれそうということで、すこし道が見えてきた。出会いのありがたさを感じる。

10月某日
 大学に移った先生と会う。
 ちょっと疲れ気味かと思ったが、約束でもあり、立川まででかける。
 休日の立川駅の人の多さにびっくり。ターミナル駅として多摩の中心になっていることを実感。
 話は、研究のこと、大学の様子、知人の支援の話など盛りだくさん。面白かった。
 帰宅後、ぐったりしてしまう。ちょっと無理をしすぎたのか。

10月某日
 微熱がでて、一日ごろごろ。咳も出て、声がでなくなる。それでも食欲はある。

10月某日
 休日。やはり一日寝ている。咳は弱まる。しかし声はでない。でも食欲はある。

10月某日
 声がでないが、取材のため赤坂へ。
 漢方薬の会社が、北海道の夕張で地域振興もふくめて、農業の6次産業化を目指した活動をしているというので、その話を聞きに行く。
 漢方の話、現在の状況、夕張での取り組みの様子などを担当者から聞く。私はメインではなく、補助的な役割なのだが、声がでないので質問がうまくできない。
 人間の体で何かを失うと、こんなにバランスが崩れてしまうのかという思いを抱く。
 帰宅後、やはり寝てしまう。

10月某日
 かかりつけの内科医に行く。
 今回は、風邪とのどの回復の相談。私「のどをやられたんですが、どうにかなりませんか?」、医者「咳と声が出ないのは違う。声がでないのは声帯が傷ついたのだから、出さないこと。」、私「職業柄むりなんですけれど」、医者「とにかく使わないこと。それしか回復の方法はない。」私「…」
 これで1440円なり。だいたい治りかけで医者に行くので、薬を処方されたが、薬剤師の人は、余ったら残しておいていいですよと言ってくれた。長い付き合いになると、こんな便宜もありなのだと思う。

10月某日
 小石川出講。
 できるだけ声を出さない授業に挑戦してみる。プリント授業なので、プリントを生徒に読ませて、解説は最低限にして考えさせるような授業にしてみる。これが意外とうまくゆく。しゃべりすぎの授業をやっているんだなと実感。この方式で3時間をクリアーする。

10月某日
 小石川から上智へ。
 前日と同じ方式。それでも声が少しずつ回復しているので、なんとかクリアー。
 上智では、国際関係のテーマでじゃんけんゲームをさせるなどのアクティビティと話し合いで進める。話し合いまでさせてそれを回収するとなると、90分では足りない。やはり、詰め込み過ぎ。

 ここまででほぼ一月。前半の飛ばし過ぎ、後半のダウンという起伏の大きなこの間だった。
 読んだ本。
 取材準備のために、森絵都さんの小説を読み返したり、新たに読んだりした。
 『みかづき』『風に舞いあがるビニールシート』『永遠の出口』『カラフル』『いつかパラソルの下で』など。お金より大事なものにかける人たちが登場する話が多い。また、ちょっとひりひりする話も多い。丁度、いってきた佐渡が舞台の小説もある。塾を舞台にした小説もある。
 学校のなかで、心をすり減らしている先生方に手に取って読むとよいなという話が多い。おすすめである。森さんのインタビューはこれから。何を語ってくれるのか、楽しみである。
 もう一つは、福澤諭吉『文明論之概略』。
 現代語訳が角川文庫で出たのを三田の本屋でみつけて購入。現代語訳はちくま学芸文庫にもあるが、角川版は大変読みやすい。
 福澤のこの本には、丸山眞男の岩波新書の『文明論之概略を読む』という名著がある。そのなかで丸山は原文を音読しながら読み進めると良いと書いている。しかし、それでは全体像がつかめない。明治の本も現代語訳でまず内容を確認して、あとで必要に応じて原文(岩波文庫にあり)を読むと良いのではと思う。
 内容的には、明治8年にこれだけの内容の本を書いた福澤のすごさ、偉大さを改めて感じる。福澤は、日本史の教科書では脱亜論が紹介され、悪者風であり、倫理の教科書では1ページ以上福澤を扱っているが、百科事典的な紹介にとどまり、本当の面白さは全く伝わってこない。日本は翻訳大国であるから、どんどん現代語訳にして、それぞれの思想家の本質を大きくつかむような学習方法がもっと求められてもよいとこの現代語訳を読んで感じた。
 明治の初期にこれだけの知的な水準があったからこそ、その後の発展があったと感じさせる本だ。ちょっとほめ過ぎだが一読の価値あり。
 私は、福澤の発想と柳田の発想の違いや対比なども考えてみたいと、この本を読んで触発された。



まだ出戻り非常勤日記 投稿者:新井 明 投稿日:2017/09/27(Wed) 11:22 No.1333

9月某日
 新学期、震災記念日。
 9月の声を聞くとややあせる。むかし、受験生だった時に9月の青空をみて、せつない思いを抱いた記憶がどこかにあるのだろう。
 午後から上智へ。図書館により、その足で、知人の問題を話にその後見人の先生と打ち合わせをする。これから何らかの動きをしなければいけないという気持ちになる。

9月某日
 午前の雨がのちに回復。
 JCEEの資料をネットで検索して、読む。
 戦後初期のアメリカの経済教育の実情は日本ではよくわからないことが多い。ネットで検索しても、文書やテキストなどの原資料がでてくるわけではないので、本格的に調査をするならニューヨークの本部に行くしかない。まあ、できるだけやってみるというところか。

9月某日
 さわやかな秋の日。
 妻と秋物を準備のために近くのスーパーに。最近はとんとデパートで買い物をしなくなった。高齢化の故か、単なるケチなのか。

9月某日
 小石川の授業準備をする。
 午後は、近くの図書館に行って、文献さがし。パワハラ関係の裁判例や処理法のノウハウ本を借りてくる。

9月某日
 病院の検査日を1週間まちがえるポカをする。
 むかし修学旅行の集合時間を1時間間違えた人間なので、いかにもと苦笑して引き下がる。そういえば、大学の時もテスト時間をまちがえて、単位を落とした(教職)ことがあったなと思い出す。

9月某日
 くもりで寒い。我が家は22度。
 いろいろな雑件処理。学会発表用のppを印刷。今回は、文章資料にせずプレゼンに重点をおいて啓蒙する予定。

9月某日
 小石川授業始まる。
 行事週間前に1回やると3週間間があくというスケジュール。今の高校生は大学生より勉強時間が少ない。とはいえ、行事をやることで成長する部分もあるので、そのあたりは大目に見るとしても、これで十分な学力がつくのだろうかとずーっと思っている。
 授業は、経済に入り、順調。

9月某日
 小石川授業1時間。その後、ネットワーク理事会に出席。

9月某日
 午前中、ネットワーク事務室で「陰謀会議」。来週の学会発表の内容確認。
 昼に、東京部会の会場の慶応大学に移動。山食のカレーライスを食べる。昭和の味と雰囲気をのこしている学食である。
 東京部会は、土曜開催で新しい顔も参加。杉浦先生の授業を検討したが、若い人が意欲的に挑戦するのを援助するのはネットワークの務めだと改めて思う。
 三田の路地裏の店で懇親会。ここも昭和の雰囲気。

9月某日
 ホームの母を訪問。変化なし。
 帰宅後、前日の部会の内容整理などを行う。二日つづけての懇親会参加は体力のキャパをこえていると実感。

9月某日
 一歩も外に出ず、機会費用論を書き続ける。
 篠原代表から連絡をいただく。先日、相談した知人のケース。ルール通りに処理をするしかないのだろうが、そうなるとどうしても問題が残るが、客観的にみると手が出しようがないというお話。
 その通りだと思うが、現実に被害と救済を求めている人間がいる場合に、どう動くのかということでもあるので、電話のあと考え込む。

9月某日
 前週、まちがった検査に行く。
 3年前の健康診断で腫瘍があるといわれたのだが、心配はない、経過をみましょうと言われた、その後の検査。CTを取る。
 孫2を保育園から連れて帰るときに、虹がでていた。

9月某日
 文献調査に一橋大学の経済研究所に出向く。
 ここにはサムエルソンの『経済学』の各版がおいてあるので、確認のため。10冊ほどだしてもらって、必要な個所を調べる。
仮説(機会費用が経済教育はいっていったのは、サムエルソンの影響ではないか)としていた部分がなく、推定は間違えであることがわかる。手元にあった文献で間違いないと思っていたことが、全部を調べてみると必ずしもそうではなかったという例。持っていた文献(初版、5版の原本、とんで13版の邦訳)がたまさか、仮説を裏付けるようなものだったのがいけなかった。
 ブラックスワンの話かもしれない。
 収穫ではあるが、では、どうして、また、誰がという疑問がでてくる。これが調査や研究のプロセスなんだろう。

9月某日
 知人の件で、研究会の事務局をやっている先生と面談をする。
 知人は、かつてその研究会の事務局をやっていたことがあったので、協力要請のため。ただし、問題が問題なので、あくまでも個人でできる範囲でとお願いした。

9月某日
 一日、学会準備など。閑居。

9月某日
 台風接近。曇りから雨になる。知人の支援の件で、難しい問題発生。この種の「運動」をすすめるのはなかなか難しいと実感。それでも、助けを求めている人に手を差し伸べないわけにはゆかないと思いなおす。でもこれは心情倫理。何か動いた場合は責任倫理がもとめられる。経済でいえば、ウオームハートとクールヘッドの問題でもある。
 検査を1週間間違える新井君だから、やっぱり穴やが逆配置もたくさんあるよな。

9月某日
 学会発表のために千葉大まで。
 台風の余波の雨の中でかけるが、途中で風とも弱くなってきて助かる。
 私の発表は、予想通り。実践部分で、柳田民俗学の知見がないじゃないかという指摘はその通り、課題ですと回答。実際に、これから考えて高校生にぶつけたいと思った。
 柳田復活の啓蒙という意味では、受け容れてもらえたのではと感じたが、楽観的過ぎるかな。
 陰謀会議のメンバー、杉田先生の発表は聞けなかったが、金子、塙両先生はそれぞれの持ち味を生かして説得力があるものだった。杉田先生のものも含めて、かなりのインパクトを与えているのではと感じる。もちろん、批判というリアクションもでてきていて、これも大事な反応。
 午後は、杉田先生の地元津田沼に出て、総括集会。台風の影響か、店に客がすくなく、非常によい環境だった。

9月某日
 孫1と息子が来宅。その足で、ホームの母(孫からいえばひいおばあちゃん)に表敬訪問。敬老の日で、自分が書いた絵を持参。ホームの母の部屋に張ってくる。
 小学生くらいになると年寄りを嫌がり始めるのではと思ったが、孫1はそんな様子もなく、きわめて自然にふるまっている。母もとても喜び、いい訪問だった。
 帰宅後、孫2も来宅。二人で一緒に遊ぶ。一年前は、うまく遊べなかったのだが、それなりになかよく遊ぶことができるようになってきた。これも成長。
 孫の成長に反比例して、われわれは後退するのだろうと思う。その交代をいかにスムーズにするか、個人の課題でもあり、社会全体の課題でもある。

 今回はここまで。
 この間に読んだ本。
 ・経済学の本が圧倒的に多い。
 機会費用の扱いがどうなっているのかを確認するために、熊谷尚夫、宮沢健一などのもうなくなった経済学者の入門テキストを古本で入手して読んだが、現代の教科書、これは大変よくできているのだが、それに比べると重厚であり、ある種の人格がにじみ出ているのが大変印象的であった。
 同じく、人格がわかるという点では、森嶋通夫の本なども個性的で面白いと言えば面白いものだった。
 ・中川茂美『戦争を読む』岩波新書。
 国文学研究者が戦争やその周辺の本、70冊を紹介したもの。京都新聞のコラムをもとにしているので、一つは短い。しかし、その本の内容、また紹介文が素晴らしい。胸に響く。良質な読書案内だと思う。



まだ出戻り非常勤日記 67回 投稿者:新井 明 投稿日:2017/09/03(Sun) 17:13 No.1331

8月某日
 二日連続での夏の教室の進行役で疲れたので、閑居、昼寝。
 合間に、記録の整理をはじめる。
 これは、メモ書きの授業ノートをきちんと書き直すという作業と同じだなと感じる。そういう生徒がいて、無駄な作業だと思っていたが、時間さえあれば、ちょっと大変なようだが、非常に良い復習になる。いい勉強の機会だと感じて取り組む。

8月某日
 中学向けの夏の教室に参加。
 今回は記録係だけだので、pcを持ち込みメモ作りをしながら講義を受ける。
 手書きのメモをもとにあとから復元するのとどちらが良いかの比較である。
 本日は、終了後、関係者との情報交換会を行う。東証から、15分ほどあるく。ビルの改築や再開発の様子がわかりちょっとしたフィールドワークだった。

8月某日
 夏の教室二日目。
 本日もpc持参。今年は、中学向けの教室の参加者が多く、本日もほぼ満員。最後のワークショップもかなりの数の先生が参加されていた。
 孫2の迎えがあり、最後は途中で引き揚げさせてもらった。

8月某日
 一日閑居。教室の記録の整理に入る。手書きのメモとpcのメモを整理するのとどちらがいいかであるが、今回比較をして手書き派の勝利だと思った。
 pcのメモをさらに文章化するのは正直面倒。結局、中学はメモ書きのようなものになってしまった。多分、これでは講師の先生方は納得しないだろうなと感じる。
 とはいえ、手書きの復元も、これはこれでこちらの理解力を試されるので、なかなか記録をとることは難しい。

8月某日
 本日も一日閑居。学会費の払い込みや、各種の問い合わせをする。こんなことも思い切ってやらなければやれないもの。
 問い合わせでは、pcにいれたソフトの件で、一年自動更新というのを忘れていて、なぜ、お金が引き落とされているのかと問い合わせて、ちょっと恥をかく。情報時代の落とし穴である。

8月某日
 かかりつけの内科に定期訪問。
 30秒診察と処方箋をもらうため。いつもは体重と血圧をはかるだけだったのが、看護師さんがかわったためか、身長も測りますと言われた。
 結果は、0.5センチ身長が低くなっていた。測り方が悪かったのかと思ったが、髪の毛が薄くなったせいだと判明。これはショック。
 私の父は、若くして薄くなった。私は白くなったのでセーフかと思っていたら、だんだん薄くなり、やはりアウトであった。盗塁失敗、振り逃げ失敗である。

8月某日
 補講に出かける。
 非常勤なので補講の義務はないが、頭を切り替える意味も含めて、例年やっている。
 今回の参加者は4人。少なくとも結構。午前に戦後の日本経済史、午後に農業、中小企業問題などを語る。
 受験講座ではあるが、受験を超えた話に耳を傾けてくれる生徒がいるのは有難い。

8月某日
 補講二日目。
 本日は、労働、福祉問題と問題演習。だんだん調子が出てきて、結構情熱的に社会的選択の難しさを語ってしまった。だから年寄りは困るんだな。
 最後は、コンビニで手に入れたブラックサンダーをご褒美に配り、ここでもうんちくを語る。二日間、面白かった。生徒もよく聞いてくれた。
 終了後、陰謀会議に。
 杉田、金子両メンバーは夏の教室で展示した教科書を事務所に搬入。教科書分析の最中。学会発表のためには、教科書の分析や先行研究の調査なども必須。単なる陰謀ではない足固めが必要。
 陰謀会議終了後の伝統継承会議には、都内某所で会議をしていた塙先生が関係の先生を誘ってくれて、拡大の情報交換会となった。
 陰謀が少しずつ広がってゆく。

8月某日
 母に面会のためにホームに。
 キャラメルを所望される。これはちょっと曰くがある。以前、深夜、もっていたキャラメルを皮ごとたべてしまい、自分で持たせないようにしている。ところが母に言わせると、ヘルパーの人たちが忙しすぎて、欲しいと言えないという。だから、自分でちゃんと管理するから欲しいというのである。
 危ないからダメというと悲しそうにする。次回、こっそり持ってゆくから楽しみにしていなと言ったら喜ぶ。
 この歳まで生きた人間は、どこかそういうずるさ、サバイバルの意欲というか欲望があるんだろうと感じる。これがなくなった時が終わりだろう。

8月某日
 妻と佐渡へ。
 お子さんが佐渡で地域おこしの仕事についている同僚の先生がいて、その方も、退職後には佐渡に移りたいと言っている。一度は、どんなところか行ってみようというのが動機。
 新幹線、フェリーを使い昼に到着。船中では、お祭りの神輿をかつぎにゆくという新潟の集団と遭遇。なかなか面白い集団であった。到着後、両津からクルマを借りて移動する。
 幸いにして、天気が回復、スカイラインで山越えをして、金山へ。「早く酒がのみたい」という人形と目があってどっきり。無宿人をつれていって強制労働をさせていたというイメージが強かったが、ほとんどは正規の職人たちで、細かく仕事が分かれて、結構な待遇であったことが展示されていて、イメージだけで判断してはいけないと思う。
 夕方西の方から雲がでてしまい、夕日が沈むところはうまく見ることができなかったが、温泉にはいってちょっとゆっくり。

8月某日
 佐渡二日目。
 旅館から、クルマで小木に出て、千石船を見に行く。
 日本海側の港町は、北前船で豊かであることがよくわかる。千石船は実物大で再建されていて、これは見ものであった。
 近くの宿根木という集落を歩く。村社が白山神社であることを確認。丁度、柳田の『先祖の話』などを読んでいたので、ここが村の氏神だなと思う。
 昼のフェリーにのるために、クルマを走らせる。途中、トキに似た鳥を見たが、シラサギの見間違えだろうと思う。
 帰りは、行きと同じ。フェリーで毛布をかりて、昼寝をして、後は新幹線で帰宅。佐渡滞在丸一日の旅であった。

8月某日
 海外出張で母子家庭となった孫2を、朝、夕と保育園に送迎。
 結構、ワンオペ育児になっている。これが日本の企業社会の現実。そこの構造を変えないと少子化は止まらない。
 9月号のメルマガ準備を始める。

8月某日
 都内某所で会議。
 終了後、参加の先生とビール、煮込みで短時間だったが情報交換。

8月某日
 一日閑居。学会発表の準備などで日暮す。気候不順の8月もこれで終了。

この間、読んだ本
・柳田國男『先祖の話』『孤猿随筆』『笑いの本願・不幸なる芸術』『小さき者の声』『毎日の言葉』
 このなかでは、『先祖の話』が圧倒的に面白い。昭和20年の空襲のさなかに書かれたもので、柳田の晩年の思いが詰まっていると感じた。特に、「国のために戦って死んだ若人だけは、何としてもこれを仏人のいう無縁ぼとけの列に、疎外しておくわけにはいくまいと思う。」という文章は強烈。また、10月書かれたまえがきの「国民をそれぞれに賢明ならしめる道は、学問より他に無い」という言葉も、戦後の柳田の活動を考えるうえでの重要な示唆であろう。
・田辺俊介『民主主義の危機』勁草書房。これは図書館から借りた本。
 サブタイトルが国際比較調査から見る市民意識となっている。この本で参考になるとおもったのは、第一部の民主主義のクエスチョンという論文。若者は本当に政治に無関心なのか、シチズンシップは涵養出来るのか、だれが民主政治に参加しないのか、などの論文は、主権者教育の有効性と限界を国際調査から分析している。仮説、データ検証という流れの社会学の調査方法を知ることもできるし、学校教育の影響力をデータで確認することができる。ただし、これは量的調査なので、質的調査は現場教員がしっかりやらねばならないと感じさせる本である。
・赤江達也『矢内原忠雄』岩波新書。
 戦後東大総長だった矢内原忠雄の評伝。内村鑑三、新渡戸稲造門下の、大学知識人と伝道者という二つの顔を持つ人物の思想史的意義を分析している。小石川の近くには、無協会派の集会所があり関心を持っていた。小さいけれど、日本におけるキリスト者の生き方を考えさせられるいい本である。それにしても、柳田も含めて、この種の肚のすわった人間がどうしたらでてくるのか、考えてしまう。
・ワルラス『純粋経済学要綱』、根岸隆『ワルラス経済学入門』
 ついにワルラスまで手を出した。しかし、出しただけで打ち倒されている。根岸さんの本を手掛かりに挑戦中だが、これをしっかり読むのは無理だろうとすでに腰が引けている。上記の矢内原などとの違いであろう。それでも、全体として何が問題になっているのかを実際に確認することが大切と思い直している。フィールドワーク的読書である。



Re: まだ出戻り非常勤日記 67回 新井 明 - 2017/09/03(Sun) 17:43 No.1332

私にとって非常に重要な一日を付け加えます。

8月某日
 京都から上京?した知人と会合。
 彼女は、8月1日に京都での勉強会の講師をした人物である。
 彼女を知っている知人二人も参加。修道院の応接室をお借りして(彼女は信者)、久闊を叙する。
 各人の近況報告をして、彼女が抱えている問題を紹介してもらい、自由な討議をする。
 今後何らかの支援活動をしなければいけなくなるだろう、その時にはどんなことができるのかも含めて、結構重要な話し合いとなる。(だからここで書いてよいか迷ったが、いずれオープンにしてゆくことになろうということで書かせてもらいます。)
 会合の終わりごろ、猛烈な雷雨となり、この件の難しさと、それでも前進しなければいけないという予兆のようなものを感じる。
 それにしても、修道院にお邪魔するなどというのは、貴重な体験であった。



まだ出戻り非常勤日記 66回 投稿者:新井 明 投稿日:2017/08/23(Wed) 08:41 No.1330

8月某日
 京都往復。
 京都在住の知人が、障害者団体の勉強会で講演をするというので出かける。彼女は、元都立高校の先生で、現在は大学に勤務。学内でのある事件で、精神的にかなり大変な状況にあると聞いたので、その支援もかねての行動。
 昼過ぎに着き、会場まで地下鉄でゆくのがいやなので、歩いてしまう。二駅なのでちょっと頑張ると歩ける距離。途中、地域の公共センターで昼食。
 講演会は良かった。彼女のこれまでの研究と現在の課題を熱をこめて語った。聞いている障害者の人たちは、ほとんどみな介助者が必要な人で、なかにはうつ伏せで生活している人もいた。障害者の自立支援ということをあわせて考えさせられる会場であった。
 終了後、会のリーダーが、障害をもった研究者(彼女も障害をもっている)の発言で、今日ほど自分たちの気持ちに寄り添う内容はなかった」と高く評価していたのが印象的。
 そのあと、簡単な懇親会をもったが、非常に気持ちのよい会であった。
 終了後、電動車いすに乗った彼女と地下鉄で京都駅まで出て、駅のスタバで話し込む。事件後の大学の対応などを終電近くまで聞く。
 帰りは、新幹線に飛び乗り、車内でビールと遅い夕食。午前様に帰宅。

8月某日
 前日の疲れがでて、一日ボーッとしている。
 しかし、そういってもいられないので、秋の学会発表をエントリーしている機会費用関係の文献をひっくり返し始める。これは20年来のテーマ。オーストリア生まれの機会費用という概念がイギリス経由で、また直接にアメリカに渡り、主流派経済学の基本概念にどうしてなったのか、また、それが経済教育にどう取り入れられたのかがテーマ。さらに、機会費用を学ぶことがどうして大事なのか、その教育的意味を考えるのもテーマである。
 一年以上間隔があいたので、まずは、昔読んだ文献の再読からはじめる。
 これがなかなか難物。一字一句なめるように読んでゆく。以前分からなかったところもすこし理解できるようになり始めるが、道は遠いなあ。

8月某日
 夕方から息子、孫1のパパと会う。
 できそこないの愚息だが、親としては放っておけないので、時々活をいれるために会う。妻子が実家に帰っているので、飯でもということで、今回は息子のリクエストのイワシ料理の専門店にゆく。
 イワシなんてと思っていたが、これが結構いける。店は客でいっぱい。回りがうるさくゆっくり話をする雰囲気ではなかったが、イワシのフルコースを堪能。
 愚息の方も、部署替えが功を奏したのか、意外としっかり考えていてちょっと安心。

8月某日
 機会費用関連の本を読み続ける。
 今回は、メンガーの『一般理論経済学』まで手を伸ばす。この種の経済本を読むのは本当に大変。でも、なぜこんなにぐだぐだ論理を追いかけるのか、それは何のためなのか、それによってどんなメリットがあるのか、など素人の視点で読んでゆけばいいんだろうと居直ることにしたら、すこし全体が見えてきた(感じがするだけ)。
 夕方からはFPの人たちと恒例のそば屋での会合にでかける。
 昨日のイワシに続いて、今日は蕎麦のフルコース。少々胃が疲れてくる。会はとても面白かった。

8月某日
 午前はホームに母の面会。
 昼に、娘と孫2が来宅。パパが釣りにいって、母子家庭になったので遊びにきたというわけ。孫2のパパは妻子を置いて、結構この手の趣味に走る。
 孫2は、夏休み中にいった沖縄のエイサーが気に入ったらしく、太鼓をたたきたいという。しかたがないので、ゴミ箱につかっている紙製の筒を太鼓にみたて、ラップの芯をばちにしてたたかせる。パソコンでエイサーの画像がでてきたら、一緒にたたく。
 娘に言わせると、沖縄は暑くて、歩きたがらず、まいったらしい。行く前に、夏の沖縄に子どもを連れて行っても無駄と言ったのに、現代の親子である。
 孫2は以前は忍者がブームだった。エイサーもすぐブームは去るだろうが、成長の一過程を見るのは面白い。でも、太鼓だけでなく家じゅうの壁や家具をたたき始めるのにはまいった。

8月某日
 台風接近で、閑居して機会費用関連の本を読み続ける。

8月某日
 午前中は、クルマの点検でディーラーまで。半年点検。今のクルマは悪いところはないだろう。
 午後は、上智へ。前述の京都の知人の件で、相談相手になっている宗教学の先生と面談。東京での支援の方法や先日の講演会のはなしなど情報交換をする。
 大学のこの種の事件は、こじれると難しいなというのが感想。それでも、この先生のような碩学が支援者としているということは心強い。
 面談後、図書館で、ミーゼス『ヒューマンアクション』の翻訳を借りる。電話帳のように厚い本だ。書いた人間もすごいが、これを訳した人間もすごい。

8月某日
 一日閑居。読書を続ける。
 午後、妻とスーパーに買い物でクルマを出したのみ。

8月某日
 妻の実家の墓参で塩尻往復。
 恒例の行事。4時に起きて、5時に自宅をでて、途中朝食をとり、8時には現地に着く。暑くなる前に、墓の周辺の草取りなど。除草剤を用意してたくさん撒いておく。その後、土地を耕してもらっている家を訪問。地代がわりの野菜をどっさりいただく。
 親戚訪問。お茶ととうもろこしがでて、それを食す。うまい。
 少し昼寝をして1時過ぎにでて、4時過ぎに帰宅。この日だけは太陽がでて、甲府ではクルマについている温度計が40度をさしていた。東京に帰ったら雨。気候の変化が激しい。

8月某日
 前日の疲れがでて、一日閑居。
 夕方、また母子家庭になった娘と孫2が来て、夕食を一緒に食べる。孫2は、まだエイサーをやる。孫2は甘いものがきらいという今どき珍しい偏食。肉をたべさせると喜ぶというので、それ食べろとばかりたくさん用意する。

8月某日
 山の日。こんな日はいらないと思っていたが、サラリーパーソンにとっては貴重な休日といわれて、そうかと思った記憶がある。
 機会費用の本ばかり読んでいてもらちがあかないので、原稿を書き始める。書き出すと、確認のためにまた周りに本が積み重なってゆく。

8月某日
 気温が低い。27度しかない。
 文献を読みながら、原稿を書いてゆくが、なかなか進まない。
 昼は、いただいてきた最後のトウモロコシ。いただいてきたトマトなどもそろそろ終わり。

8月某日
 家にいてばかりだったので、久しぶりに近くの図書館に。
 ふつうは自転車でゆくが、散歩方々歩き。
 何も借りないつもりだったが、民俗学関係の本を数冊借り出してきた。こちらは柳田國男への関心から。柳田と主権者教育が今年のもう一つのテーマである。こちらも着手しなくては。

8月某日
 東京の夏の教室がはじまる。
 10年目。進行役も10年やったことになる。
 大阪からの実践報告がなかなか良い。また、吉川先生の講演も、オーソドックスな内容であったが、聞きごたえのあるものだった。篠原先生の歴史シリーズは、経済学からのアプローチの鮮やかさを感じさせた。
 終了後の懇親会は、近くの中華料理店。やすい、はやい、うまい(正確にはまずます)の店。上智の卒業生なども来てくれて歓談した。

8月某日
 夏の教室2日目。
 今日は、入試問題を扱う日。お二人の方向性をまとめることができたかなと少し手ごたえを感じた。
 びっくりしたのは、村田先生の講演。メモなし、レジュメなしで90分を語りとおした。記録係も兼ねているので、メモを取りながら聞いたが、吉川先生との対比が面白かった。ともに、人口問題が切り口で、これからの世の中を考えている。
 村田先生の講演ではトランプの話より、LGBTの話が面白かった。
 本日の終了後の懇親会は、焼き鳥屋。2日間、さすがに緊張していたのだろう。ホットする。
 夏の教室は、どんどん進化、深化していると感じる二日間だった。

 これで半分。
 この間に読んだ主な本。
 ・ブキャナン『選択のコスト』。これは再読。今回は、後半の公共財の費用、社会的費用、非市場における費用をしっかり読む。小さいけれど難解な本であることを再確認。山田太門氏の解説も読み直して、翻訳をすることは学ぶこと、研究することなんだということを確認。
 ・ロビンズ『経済学の本質と意義』。新訳で通読する。旧訳は頻繁に引用されるが絶版でなかなか入手できなかったが、新訳が京都大学学術出版会からでて、活用できるようになった。これも、訳者の小峰敦氏の解説が良い。また、文献リストなども充実していて、小さな本だが、非常に良心的に作られていると思う。日本の学術の底力が感じられる本だ。
 関連していえば、重要なのだが入手が難しい本には、スラッファの『商品による商品の生産』がある。これなど新訳で現在の研究レベルを踏まえた解説が欲しいところ。
 ・杉本栄一『近代経済学史』と中山伊知郎『純粋経済学』ともに岩波全書。ロビンズの小峰解説に触発されて積読だったが読んでみた。ともに、一橋系の近代経済学系の学者の教科書。ケンブリッジ学派とマルクス経済学に傾斜している前書と、一般均衡論を祖述している後者。その対比が面白い。とはいえ、全部理解できたわけではないが、この手の本を「眺め読み」をするのも一興である。
 ・メンガー『一般理論経済学』。これも積読で10年以上本棚のほこりをかぶっていた本。こんな思索本が経済学であったという時代の本。とはいえ、希少性が中学校の指導要領にはいってきた現在、その起源(本当はワルラス)までさかのぼって、きちんと考察しておくことも必要かと感じる。関連の個所を中心に眺め読みをした。ワルラスも所持しているが、ここまでは手が回らなかった。




まだ出戻り非常勤日記 65回 投稿者:新井 明 投稿日:2017/08/06(Sun) 12:29 No.1328

7月某日
 ホームに母を訪問。帰宅して閑居。

7月某日
 非常勤の大学に出講。本日は金子授業。
 前半は、女子グループによる模擬授業。模擬裁判のシミュレーション。それなりに形にはなっているが、典型的なはい回る経験主義。「これで何を伝えたいのか」という厳しい質問が学生の中からも出た。
 後半は、金子授業。金子さんの十八番の折り紙自動車から分業と協業、生産性、国富論とつながる授業である。『レインボーニュース』に「ユニーク授業」として掲載されていたのを読んでいたが、実際に参加すると紙ベースでの授業紹介とは全く違う世界が展開される。
 内容的に優れているだけでなく、授業者としての金子さんの優れたところ全開であった。学生の感想に「最初からこころをわしずかみされた」というのが出てくるほどのもの。
 終了後、学生さん有志とオフ会。
 高田馬場に出たが、ここも外国人の町化していた。学生さんとの交流も彼らが高校までの授業で何を感じていたのか、何を求めていたのかがよくわかり収穫あり。

7月某日
 昼食に「冷や汁」を食す。
 「冷や汁」は大分のご飯にかけるものが有名だが、こちらは埼玉のうどんの食べ方。「すったて」ともいう。
 これは、我が家に伝わるソウルフード。これを食すと「ああ夏がきた」と思う。
 ちなみに、作り方は簡単。味噌をだし汁でといた冷たい汁に、きゅうりやネギ、ミョウガ、シソなどの薬味を切ったものを入れて、それを汁にしてうどん(今回は冷や麦)をつけて食べるだけのもの。

7月某日
 学生のレポート採点。
 16名なので、比較的簡単。ただし、内容的には厳しいものが多いので、どうコメントをつけてゆこうか悩む。レポートをしっかり書いた経験がない、もしくは指導されていないのだろう。幼児教育学科の学生は、指導案の書き方はできているが、そのコンテンツに関するリサーチ(下調べ部分)が薄い。他学科の学生は両方が壊滅的なものもいる。上出来が2人。数人は再提出をさせることにする。

7月某日
 一日閑居。昼寝生活である。
 あまり暑いので、夜はテイクアウトの寿司を食す。この寿司は、コスパがよく。こんな料理をしたくない日には最適。時には妻にも手抜きをさせなければ。

7月某日
 久しぶりに隣の駅の大型書店にゆく。購入したのは、柳田の文庫本『婚姻の話』とおなじく岩波文庫のシモーヌ・ヴェイユの『重力と恩寵』。新書の『保育園問題』。
 柳田本は、上野千鶴子の解説が面白い。性愛、婚姻、出産、家族という現象を碩学柳田がどう解いたのか、それを上野がどう見ているのか、なかなかスリリング。これは収穫。
 ヴェイユは、衝動買いだったが、時々覗くことで何かを感じるという本になりそう。こんな本が書棚に会ってもいいじゃないかという感じである。
 『保育園問題』は、夏の教室で取り上げる入試問題との関連で購入。著者の前田正子さんは、元横浜市副市長で保育園問題取り組んだ人。待機児童問題、保育士不足、建設は対運動など実際に体験した事例をもとに包括的に保育園問題を取り上げている。この問題を考えるための基本的事実を知るための好著である。
 この現実を経済学者がどうとらえて分析しているか、そちらの方も読まなくてはということで、自宅にある鈴木亘氏の本などもひっくり返す。

7月月某日
 『鋼の錬金術師』映画版の二作目をpcで見る。アマゾンのプライム会員なので無料で見られるのである。
 この原作者は『銀の匙』と同じで、『銀の匙』を貸してくれた学生がこちらも面白いよと言っていたので、食指を伸ばした。
 1920年代、ナチのミュンヘン一揆を取り込んだ話で、それなりに面白いと思う。農業高校の話と錬金術、現代史とどう結びつくのか、分かりかねるところがあるが、マンガの力を感じる作品ではある。

7月某日
 落語を聞きに亀有まで。
 卒業生のご亭主が主宰する落語会。案内が来たので出かける。驚いたのは、前座をつとめたのがスウェーデン人の落語家。日本語はどう覚えたのと聞いたら、向こうの大学で。来日何年目と聞いたら、4年目とのこと。国際化は進む。
 国際化と言えば、亀有の町も中国語が飛び交わっている。高田馬場もうそうであったが、足元で地盤変動が始まっているのを実感した。
 落語は、大阪から来た枝光師匠が「はてなの茶碗」、ご亭主の好太郎師匠が「宿屋の富」という東西の代表的な話をして面白かった。

7月某日
 非常勤前期の最後の出講。
 本日は、杉田授業と最終総括。
 杉田授業は、テーマは比較優位。前週の金子授業も素晴らしかったが、こちらも味わいが違う。さすがにすぐれた授業者である。特に、比較優位からキャリア形成のはなし、これからの生き方の話まで説得的に語る。この授業も、学生から「これが教育のプロの授業かと驚いた」という感想がでてくる渾身の授業であった。
 後半は、レポート返却と総括授業。
 レポートは、かなり赤字を入れたのでこれを参考に精進してくれることを期待したいところ。再提出の学生には一人一人どうすればよいかを読んで話をする。少人数だからできること。
 総括授業は、新井の十八番の「40年周期説」。ここから自分たちの世代の取り組みの課題を感じてくれればうれしい。
 最後は時間があまったので、教室でフェアウエル・パーティ。最後は多摩の一本締めで終了するという前期講義であった。
 ただし、これで終わりでなく、再提出の確認、それが終わってからの成績処理が残っているが、一段落であることは事実。

7月某日
 暑くなり、頭がうっとうしくなったので床屋に出かける。てっぺんは薄いのであるが、すそがうるさいのである。
 本日も、よもやま話をしながら夏バージョンで丁寧にやってくれる。これで3800円なり。

7月某日
 夕方から陰謀会議。
 三人の授業実践と学会発表に関する陰謀をこらす。
 伝統継承の会は、へぎそばを食しながら、冬の教室の企画などの相談。相談ではなく、これも陰謀か。

7月某日
 一日閑居。
 政治状況が混とん。安倍内閣の支持率が急落。政策ではなく、スキャンダルで落城近し。とはいえ、そう簡単には権力を手放さないだろうな。

7月某日
 唐木氏の講演を聞くために全公社研の大会にでかける。
 陰謀会議で、唐木さんの主権者教育論文を批判したことがあり、そんなことはないと杉田先生の反論をうけていたので、実際に確認しなければというのがその理由。
 実際に聞いてみて、優れた研究者であることを確認。また、われわれ陰謀集団が行おうとしている方向性が間違いではないことも確認できた。とはいえ、唐木氏の弱点も発見。これは現在の教科教育が持つ弱点だとも感じた。
 それが何で、どう埋めるのか、今後陰謀会議で深めてゆきたいと感じる90分であった。
 孫2の送迎があり、講演だけで退出。

7月某日
 再提出レポートが届いて、コメント付きで返信する。
 全員、箸棒状態からは脱した。かなりしっかりした内容になった学生もいる。まあ、ここまで頑張ったのだからということで、全員合格する。
 それでも、彼ら彼女らが来年実習に行ったら、現場は大変だろうなと思う。そうならないためにも、厳しめの成績をつけ、警告を発してゆくことは非常勤でも使命だろう。

7月某日
 都内某所での会議。
 本日は、帰りに暑気払い。こんな情報交換の場がやはり必要。

7月某日
 一日閑居。
 経済教育学会にエントリーした機会費用論に手をつけはじめる。
 ブキャナン『選択のコスト』を再読。小さな本だが、ものすごく内容を理解するために頭の汗をかく本であることがわかる。最初に読んだ時は、本当は読んでいなかったんだなということがよく分かった。
 ここから、主権者教育にも発展できるなというヒントも得た。暑い中のメモを取りながらの読書も大切だ。

 ここまでで、7月は終了。

7月後半の収穫。
 ・斎藤誠『経済学私小説<定常>の中の豊かさ』日経BP社。
 斎藤さんが、精神状態が不安定になった時にその「救済」もしくは「解決」のために書いた小説もどきの日本経済論。主人公らしき人物、戸独楽戸伊佐(とこまといさ)は、さいとうまことの逆読み。しかけはあちゃーの本だが、経済学者と生身の人間の乖離を埋めようとする意味では正直な本だと感じる。
 ・菅原晃『中高の教科書でわかる経済学マクロ編』河出書房新社。
 メルマガでも紹介した菅原さんの本。ミクロ編に続き、マクロ編が出た。菅原さんの研鑽ぶりは頭が下がる。ただし、この本は現代マクロ経済学は、中高の教科書ではわからないというのが結論なので、ちょっとブラック。現代マクロ経済学の発想法は、斎藤さんの本のなかでも触れられているので、いよいよ斎藤マクロ本も手に入れなければいけないなという気になった。
 ・『共同研究転向』戦後編。平凡社。
 1960年代に思想の科学グループが出した大部の本の一部。大学の図書館から借り出した。
柳田が扱われていて、著者は藤田省三。半世紀前の大学時代の亡霊のような本だが、人文学は新しいものが良いわけではないという見本のようなもの。とはいえ、触発されて、藤田省三『柳田国男』講談社学術文庫をアマゾンから入手したが、ここにでてくる藤田が柳田の謎、課題として出しているものが、かなり解明されていることを見ると、学問は時代とともに進歩するとも言え、なかなか難しいなというのが感想。



Re: まだ出戻り非常勤日記 65回 新井 明 - 2017/08/08(Tue) 20:52 No.1329

補足です。
「冷や汁」の汁には、すりごまを入れます。書き忘れました。だから「すったて」なんだろうと思います。



まだ出戻り非常勤日記 64回 投稿者:新井 明 投稿日:2017/07/21(Fri) 12:37 No.1327

7月某日
 はやくも今年も後半になった。本日は陰謀会議。
 富山に引っ越した吉田先生も参加。教科教育学の在り方を巡って議論が弾む。午後からは各人の授業実践プランの検討。今年は、個別に学会にエントリーして、さらに新風を吹き込もうと、共謀罪にならない範囲での陰謀を凝らしている。
 終了後、伝統継承の会。小川町の黄色い看板の居酒屋まで歩く。この店、なかなか良い雰囲気。飲みかつ食べ、談論活発。

7月某日
 孫1の家族が来宅。それに孫2が合流。ふたりとも少し成長したのか、なかよく遊ぶ。夕方孫1家族を自宅まで送るつもりだったが、投票場でおろしてほしいというので従う。よしよしである。
 帰宅後、私も妻と投票にゆく。
 都議会議員選挙は結果として、自民党の大敗であった。とはいえ、都民ファーストに何かを期待して投票したのではないだろう。主権者教育の観点から、今回の都議選をどう見てゆくのか、面白くなってきた。

7月某日
 非常勤の大学に出講。
 講義の前に、図書館により何冊か借り出す。
 本日から、模擬授業。受講者が16人なので、グループで授業案を作らせて担当や時間配分を自分たちで決めさせた。ちょっと中途半端なやり方だが、実習前に体験も必要であろう。
本日は、一つは、自由にテーマを選ばせてディベートさせるというもの(テーマは、出生前診断による中絶、ロングヘア―かショートヘアーかという二つ)で、真剣かつ楽しく取り組んでいた。もう一つは、政治とは何かというオーソドックスな政治の授業で、これも討論(社会秩序を維持するために戦争は許されるか)を組み込んでいる。
 どちらも生徒が大学生だから成り立つ議論で、本来の模擬授業の趣旨からいえば評価はできないのかもしれないが、なかなか面白く聞けた。
 講義の中で紹介したさまざまな授業例がある程度生かされているのかな。

7月某日
 台風接近で荒れ模様の天気。
 妻の内職先の会社のデータが掲載されているpdfファイルが開けなくなってしまったということで、電話をしたり操作を手伝ったりで半日費やす。
 内職先の会社は修復ができているので、それはプロバイダーの問題ではないかと言う。プロバイダーでは調べたけれど、こちらの問題ではないという。埒があかない。
 いろいろやった結果、アドビのリーダーのアップデートの問題らしいということになり、新しいソフトをダウンロードしてやっと解決した。
 パソコンが得意なら簡単なのかもしれないが、アナログ夫婦ではこんな時の時間ロスは結構大きい。世の中が進むことは怖いと感じた半日である。

7月某日
 閑居して、いろいろ宿題をこなす。

7月某日
 小石川にテストを取りに行く。
 帰宅後すぐに、採点をはじめる。知識部分が予想外にできていない。授業はたのしくやったが、まだ受験生モードになっていないようだ。
 論述問題(事前にテーマをあたえて本番で書かせる)はしっかり書いていて、これは納得。主権者教育に関するテーマだったが、政治的中立性のために教える教員の腰が引けているという内容の指摘をしている答案が複数出てきて、少々驚き。
 生徒はわれわれの姿勢をよく見ているのだと思う。

7月某日
 小石川最後の授業。
 何にしろ、この選択授業45分×18回しかない。大学生より授業時数が少ない。本日は答案返却と都議会選挙の結果をどううけとめたのか感想を述べさせて政治の総括とする。
 受験勉強を通して、勉強の面白さや今の世の中の動きも学べるぞと力説するが、どこまで通じるかな。

7月某日
 すだれを家の周囲、部屋に準備をする。
 東西は外側に掛ける。南は部屋用のものを準備する。
 我が家は建設会社に(予算がない、技術的に無理)と押し切られ、庇が短い家しか建てられなかった。そのため、日差しを遮るにはそれなりの対処をしなければならない。毎年の恒例の仕事である。
 ちなみに、庇が大きい家、廊下や縁側がある家は都会(我が家は郊外だが)では贅沢である。家は一度建てるとすぐに建て替えるわけにもゆかず、足元を見てぼった建設会社は我が家では、不倶戴天の敵となっている。

7月某日
 都内某所での会議。
 異議申し立てをしておかなければということで、発言をする。記録には残らないかな。

7月某日
 非常勤の大学に出講。
 本日も、講義前に図書館で何冊か借り出す。このの大学の図書館は、大学ができてから20年たっていないので(前身は短大)、図書館は古い総合大学に比べると貧弱。でも、逆に使いやすい面もある。また、意外な本があったりする。
 例えば、サムエルソンの経済学(原書)が初版から5版まである。これはそこに勤めていた経済学の担当者が寄贈したもののようだ。経済学系の大学でも原書が5冊あるのは珍しい。ちなみに、私は5版までを見るために一橋大学の経済研究所まで出向いている。
 講義は、本日も模擬授業。
 小学校教員コースの学生のものは、さすがに手馴れているのか、指導案も資料も展開も一般学部の学生に比べるとうまい。でも、語り口がいかにも小学生向けで、いいのか悪いのか。
もう一つのものは、模擬裁判の事例。意欲的に準備をしてきたが、肝心の立証、証言部分が弱く、空回りをしてしまう。惜しいなあ。

7月某日
 先輩の先生と国立ランチ。
 半年ぶりに意見交換、情報交換をする。
 リタイア人間のゆるい雑談の機会ということではじまったのだが、お互いに現状や課題を出し合い、それに対して情報や意見を交換するというかなり真剣な対話の場なってきている。
 本日も、精神分析、経済と倫理など現代的で深刻な問題が登場。
 経済教育に関しては、歴史を忘れた新古典派的な経済教育の進め方への疑問も出される。課題としてきちんと返答しなければ。

7月某日
 東京部会に参加。
 その前に、杉田先生と会う予定が、野球の応援で遅くなって十分に時間がとれず。私が携帯を持っていればこんなことはないのだが、かたくなにアナログ人間でゆきたいということで迷惑をかけている。
 部会では、福島から参加された佐藤先生の報告や陰謀いや賢人会議のメンバーの実践報告など、真剣かつ充実した(ほんとうですよ)討議が行われた。(と私は思っている)
 そのなかで、「マニアックになっている」という感想がでてきて、確かにと思いつつ、それでもいいのだとも思ったりした。何かを突破するには、マニアックでなければ突き抜けられないというのが今の心境。これって、ひょっとすると団塊世代の病気なのかもしれない。
 懇親会に参加。三連休前なので、いつもの店がいっぱいで、新しい店。ちょっと騒々しいけれど、面白い店だった。午前様にならずに帰宅。

7月某日
 一日間閑居。
 お酒を飲んだ翌日は、ボーッとしている。二日酔いではなく、体力的に飲み会がきつくなっているということなのだろう。
 午後に昼寝をしてやや回復。昼寝ができるのは退職人間の特権。すこしすっきりしたので、学会の予稿集用の原稿のドラフトを書いてみる。

 ここまでで半月。
 最近読んで面白かったもの。
・カーチス『代議士の誕生』サイマル出版会(日経BP社で再刊されている)
 この本、非常勤緒図書館で発見。昔の本だが、自民党の選挙の実態がなまなましく、かつ学問的に分析されている。カーチスは、一年間代議士宅に同居して選挙に同行しながらこの本を書いている。この種の定点観測ものが少なくなっているように思う。
 手元に置いておきたかったので、後日、アマゾンで注文して入手した。
・ケインズ全集26巻『戦後世界の形成』
 これも図書館から。ケインズ全集の後半を新規購入したらしく数冊が並んでいた。そのなかで、ブレトンウッズ会議前後のケイン巣の書簡を中心にあつめたもの。この時期に関しては、ほとんど扱われていないので、興味があり手に取った。読んだというより眺めた。投函した翌日に心臓発作をおこしたという書簡(個人的な手紙ではなく、政策に関するやりとり)も掲載されている。眺める本としておすすめ。
・東浩紀『観光客の哲学』ゲンロン
 ポストモダン批判の気鋭の哲学者の話題の本。他者とどう付き合うか、その視点を観光客という概念で説こうという本。大塚英治もそうだったが、ポストモダンを超える視点(これは柳田の再評価とも通じる)を現代的な装いの文章で書いている注目の本だろう。
・西きょうじ『情報以前の知的作法』講談社、『仕事のエッセンス』毎日新聞出版社
 著者は東進ハイスクールの予備校講師。2011の原発事故をきっかけに一般書を書きだした。私は図書館で見て、はじめて知った。東、大塚などに比べると軽いが、それでも時代の変化のなかで、受験界だけでなく、発信をしたいという著者の思いは伝わる。前者の方がわれわれには刺激になるかもしれない。後者は緩い。
・石川智健『エウレカの確率』講談社
 大学の図書館に置いてあったので手に取った。経済学捜査員伏見真守というシリーズの第一作のようだ。著者ははじめて。ミステリー作家のようだ。経済学捜査員という文字をみて、ついにここまで来たかという印象。使う経済学は行動経済学で、20年以上前のマーシャル・ジュボンズのアメリカの作品に比べると進化?しているのかもしれない。読後、行動経済学に興味は持たせることができるだろうけれど、ミステリーとしては人物の造形がステレオタイプすぎて、中途半端だと思った。私の評価は×。でも、この種の作品に人間像の深さを求めるのは無理かも。



まだ出戻り非常勤日記 63回 投稿者:新井 明 投稿日:2017/07/01(Sat) 06:19 No.1326

 7月になってしまいました。
 6月は一度も日記を書けませんでした。想定外の非常勤仕事が週一入るだけで、結構多忙観が強くなるのは驚きです。
 限界的世界なんだと思います。さて、6月は一日数行でまとめてみます。

6月某日
 出校中の電車でシルバーシートに座ってしまい、席を譲れずにそのまま座る気になれず、途中下車。
 まだシルバーに堂々と座る齢ではないと思いつつ、利他心を出す難しさを感じる。

6月某日
 上智図書館経由、小石川行き。
 小石川は今年2講座で14人。少人数かつ中3で教えたことのある生徒たちなので、気楽。老人の怪気炎につきあってくれる。
 3年間の成長が頼もしい。

6月某日
 息子の家に、エレクトーンを持参。孫1に使わせるとのこと。
 息子はバイオリンをやらせたが、親の代理戦争のようで嫌だったんだろう。
 ほこりをかぶっていたものが活用できるのはいいことなのだろうが、メーカーにとっては困ったものだろう。

6月某日
 都内某所での会議。
 日本語が気になる。

6月某日
 非常勤の大学に出講。シミュレーションを二つ(十八番のもの)をやらせる。
 ここも少人数で、今どきの学生だが、教職を取ろうという意味ではまじめで反応は良い。
 帰りに雷雨。30分以上講師室に閉じ込められた。ところが我が家では全く降らなかったとのことで、局地的な現象。いわゆる都市型雷雨のようだ。

6月某日
 松戸にでかける。
 大倉先生の授業の取材。自分で書かれた指導要領を現場で実践しているのを見て、これはすごいと感じる。
 責任というのはこういうことなのだろうと思う。

6月某日
 一日閑居。やっとできたという感じ。
 宿題をこなす。夕方、孫2の引き取り。

6月某日
 小石川出校。授業はまずまず。
 帰りの電車で外国人のかわいい女の子が社内を駆け回る。少し我慢をしていたが、これでいいのかと思い、ダメと制止。
 ここは公共空間だから君の庭ではないと諭す。これも年寄りの役目か。

6月某日
 本日も、上智経由小石川。上智では柳田関係の本を再び借り出す。学会発表をまとめなければいけないが、苦戦。

6月某日
 車を洗う。このところ雨がなく、雨ごいである。

6月某日
 息子が海外出張に出かけたとのこと。過労鬱になったりして大変だった時期もあったが、少しは回復したのだろう。
 ちょっとほっとするが、親になったが運の尽きは続く。

6月某日
 孫2来宅。パパが趣味の魚釣りにでかけ、「みすてられた母子」が実家に来たということ。
 孫2は我が家で大暴れ。マンションではドタバタできないので、その反動。

6月某日
 前日の釣果をもって、孫2とパパが来宅。今夜はお刺身だ。

6月某日
 非常勤の大学に出講。
 今日のテーマは「いのちの授業」、ジグゾー法をやってみた。ジグゾー法に対しては、批判的だったが、参加者、場所とテーマによってはかなりの可能性を感じる。

6月某日
 ホームに母を訪問。このところ順調のようだ。
 閑居して宿題をこなす。

6月某日
 寒い一日。22度はあるのだが、この程度だと寒さを感じてしまう。まだ、こたつをしまえない。
 アマゾンで、京極純一『日本の政治』東大出版会を買う。30年前の名著も1円。うーん。

6月某日
 小石川3時間。連続授業は疲れる。夕食を8時半には寝てしまう。

6月某日
 午前、国際高校に出向き実習生の授業を見学。上智の受講生で、指導の宮崎先生からも見学歓迎のメールをいただいていた。
 テーマは日銀の金融政策。シミュレーションをやらせて、考えさせる工夫された授業だった。
 なにより、実習生でこれだけ生徒を動かせる授業をやったのは見事。宮崎先生の指導の賜物と学校の雰囲気の相乗効果だと思う。
 国際高校では、アクティブラーニングの導入を目指しているとのことで、先日の大倉先生の授業も含めて、学びのスタイルが変わっていることを実感。
 午後は、小石川で受験講座。
 午前との対比が面白い。

6月某日
 一日閑居して、柳田論を書く。

6月某日
 午前は妻と付き合い買い物。午後は柳田論を書くが、分析不足。文献紹介だけで、主張の核が見えない。
 柳田が大きすぎる。こちらも力量不足。

6月某日
 柳田論ドラフトを先輩の先生におくってコメントをもらう。
 先輩曰く。これはダメ。冗長で主張に具体性がない。酷評だが、正鵠を得ている。
 全部を変えることはできないので、冗長部分だけでもカットしてみようと思う。
 批判をしてくれる人がいるのは、有難いこと。

6月某日
 非常勤の大学に出講。本日は選挙をテーマに。
 ここの学生は、リアぺの字数は少ないが、ずばり本質をついた反応をする。これまでの授業や今取り組んでいることの有効性を確認する場としてはとてもありがたい。

6月某日
 閑居して宿題をやる。途中、ホームの母に会いに行く。
 孫2、ママの仕事が遅くなるとのことで、夕方預かる。前日のドタバタが気に入ったようで、本日も大暴れ。
 子どももストレスが溜まっているのだろう。

6月某日
 一日雨。台風並みの風と雨。一歩もです。

6月某日
 小石川3時間のあと、東京部会へ。始まる前に杉田先生と打ち合わせ。
 部会は、名古屋の渡辺先生も参加して、授業案の検討など。杉田報告がなかなかのもの。
 東京部会は、篠原ゼミ化しているとの加藤先生の言ではないが、深化、進化しつつあるようだ。
 懇親会まで参加。それでも午前様にはならずに帰宅。

6月某日
 午前は前日のオーバーワークの調整。午後、小石川で1時間。45分のために往復3時間だが、年寄りには貴重な時間。

6月某日
 学会発表のために名古屋に。
 途中の新幹線が緊急停止で30分ほど遅れるが、開始には間に合う。車中であまりにうるさいカップルに「シー」と注意。なんだか、今月は電車事件が多い。
 発表は、完全にアジテーション。柳田をだしにして、日本語論や流行の批判をしただけ。質問の時間に、逆質問をしたり。おじさんはだから困るんだよな。
 午後は京都に回り、知人と面談。2年ぶりに近況も含めていろいろと情報を聞く。
 8時過ぎに二条の駅にでて新幹線で帰宅。私としては大活躍の一日。

6月某日
 午前中に昼寝。これを昼寝と言うのかは疑問だが、さすがに眠い。
 午後は買い物など。

6月某日
 非常勤の大学に出講。名古屋のお土産(じゃがりこ手羽先味)を渡して、各自の地元の推薦するお土産(おかし)とそのこころを言わせる。
 餌で釣るだけでは意味がないぞ、という教員魂。結構こんな授業もよし。
 学生さんから、『銀の匙』というマンガを借りる。農業高校を舞台としたもので、これが面白い。ネットワークの仲間に推薦してしまう。

6月某日
 疲れは数日後に出てくる。一日閑居。

6月某日
 本日も雨。ホームに行く以外一日閑居。こまごまとした宿題をこなす。

6月某日
 小石川3時間。これで一学期の授業は終了のクラスがある。なんと9回しかない。大学より高校の方が授業をやっていないという現実。
 行事、テストなどで授業時間が削られている。うーん。

6月某日。
 小石川に行くときに、電車で席を譲られそうになった。すぐに降りるのでありがとうといって断ったが、今月は、電車での出来事が多かった。
 これで私のきらいな6月は終了。

読んだ本は、また後日に紹介したい。

 

 



まだ出戻り非常勤日記 62回 投稿者:新井 明 投稿日:2017/06/12(Mon) 10:43 No.1324

 あわただしく生活しているなかで、日記も遅延気味です。
 今回は五月後半ですが、もうそろそろこの日記もお疲れ気味の報告です。

5月某日
 朝、はじめてカッコウの声を聞く。これを聞くと暑くなる予兆で、ちょっとうんざり。
 午後は、図書館に行き、柳田の関連の本をたくさん借りてくる。

5月某日
 母の面会にホームへ。午後は、夏の教室の入試問題のプログラムを考える。過去問をひっくり返すが、良問はないものだ。

5月某日
 小石川出校。
 昼の老人クラブで、新茶とお菓子をいただく。
 授業では、センター試験の次期新テストを紹介する。国語の問題だが、公民の問題としても十分に使える良問だと思う。

5月某日
 孫2が発熱。我が家で預かる。
 孫は妻に任せて、上智経由、小石川へ。その後、東京部会出席。
 東京部会は、教材検討などがあり白熱。その後の懇談会まで出席。

5月某日
 前日、帰宅が遅かったので私は昼寝。そのあと、散髪に床屋さんに。客もいないせいもあり、よもやま話、昔話をしながら時間をかけて丁重にやってくれる。散髪する髪の量は少ないのが問題。これで3800円なり。

5月某日
 休日ながら、都内某所での会議。
 議論ばかりでなく少しは体を動かしたらと提案して、KJ法風に問題をみんなで考えてみる。アクティブラーニングの訓練かもしれない。

5月某日
 孫2がまた発熱。休日に回復したのだが、ぶり返したようだ。娘は休みを取るという。
 病院送りをして、自宅送りもする。熱はあるが元気そうではある。
 午後から、非常勤の大学へ。講義後、学生諸君とオフ会。それぞれ面白い経歴や生活ぶりを聞かせてくれる。参考になる会であった。

5月某日
 孫2はまだ体調がよくないので、今日は我が家で預かる。保育園である。
 予想よりも元気そうで、ほっとする。娘曰く。登園拒否かな。(後で、風邪とわかる)

5月某日
 妻の実家に行く。
 墓そうじ、親戚の家の訪問、あとは農地を耕してもらっている人たちにご挨拶。
 ここでも高齢化が進み、お願いしている協同組合はもう人でもなく手一杯という話をきかされる。また、土地が売れず、放棄農地が増えているという話も出る。新規の労働力が入ってこない限り、このままだとあのあたりでも農業のゆきづまりが深刻化することが予想される。
 ちょっと時期遅れだが、山菜をたくさんいただく。

5月某日
 読売ランドの取材にでかける。
 グッジョバという施設に注目した取材。非常に面白かった。その体験は、次号『レインボーニュース』で。
 夕食には、前日いただいた山菜がたくさん食す。本物はおいしい。

5月某日
 雨の一日。こまごまとした宿題をやる。

5月某日
 孫1の運動会。ところが孫2を事情で預かることになり、見学は行けず。あとで写真を送ってもらった。
 このあたりは、完全な年寄り生活。
 夕方から、陰謀会議に出席。
 じっくり4時間、授業案の検討を行う。その後の伝統継承の会も談論活発で有意義。

5月某日
 ホームに母訪問。まだ元気。
 北海道の菅原さんから新著が送られてくる。現場教員の勉学ぶりと発信能力に頭が下がる。

5月某日
 非常勤の大学7回目の講義。
 本日は、憲法と倫理。なかなか面白い反応がでてくる。

5月某日
 孫2が使いたいというので、我が家にある古いエレクトーンを分解して運ぶ準備をする。
 孫2のアパートではピアノを入れるのはちょっと無理だろうから、古いものでも親子二代で使えるのであれば結構なこと。

5月某日
 メルマガ原稿作成、学会紀要に掲載予定の原稿(ただし論考)の校正などで過ごす。
 これで5月は終わる。とにかく何か気ぜわしく生活してきたという印象である。

今回のおすすめ本
 ・沢木耕太郎『春に散る』朝日新聞出版。朝日に連載されていた小説の単行本化されたもの。
 通読することで、印象がくっきり浮かぶ。「老人シェアハウス」に集まった元ボクサーたちの再生の物語と言ってよいだろう。同じ年齢なので共感して再読した。また、次の時代に自分たちの得たものを伝える物語という点で、教員としても共感を持って読んだ。まさに「伝統継承」である。
 ・待鳥聡史『代議制民主主義』中公新書。杉田先生が発掘した本。私も発行時にちょっと関心をもっていたが、あらためて読んで、現在取り組み中の選挙と多数決の問題を的確に指摘している。
 ・ボウルズ『モラルエコノミー』NTT出版。金子先生が発掘した本。朝日や日経の書評欄にも取り上げられている注目の本。主流派経済学の発想の中核にあるインセンティブ概念を再検討して、損得より互恵的な関係が作れるはずという主張の本。
 主権者教育でいえば、ライカ―・オードシュックモデルのDの部分の再検討に役立ちそうである。
 ・大塚英志『殺生と戦争の民俗学』KADKAWA。柳田関連の本に注目していて、引っかかってきた本。取り上げられているのは、柳田の弟子の千葉徳爾という学者。
 この人、小石川の卒業生でもある。柳田−千葉−大塚という流れで読むことができる。千葉と言う人の特異性が良く出ている。
 この本を読んで、千葉の『新考 山の人生』という最後の本を上智の図書館から借りて読んだ。この本も面白い。戦争体験を持つ研究者の実存性の強さに圧倒される。
 


5月某日
  
 



Re: まだ出戻り非常勤日記 62回 新井 明 - 2017/06/12(Mon) 10:44 No.1325

最後の5月某日はカットし損ねた部分です。



まだ出戻り非常勤日記 61回 投稿者:新井 明 投稿日:2017/05/26(Fri) 10:16 No.1323

 5月の前半の日記を遅ればせながらアップします。

5月某日
 非常勤の大学は、本日はお休み。連休中の措置。
外出しなくともよいので、部屋の掃除をするが、紙類が処分できない。いずれは必要になるかとか理由をつけて、結局半分ほどが残る。
 捨てられない人間は、ダメ人間という記事を時々読むが、そうです、私はダメ人間です。

5月某日
 これまでにまとめた原稿などを本にしたいと思って相談にゆく。
 これって自己顕示欲の発露なのだが、退職教員の自分史づくりと同じだと指摘されて、たしかにそうだと思い、出直すことにした。
 売れてなんぼという感覚を失ってはいけないということであろう。
 そんな話をしているときに、立とうとしてつまずき、足を捻挫してしまう。やはり出直せと言うことだろう。

5月某日
 前日の捻挫が響いて、半日は閑居。
 幸いクルマは運転できるので、午後は老人ホームに。
 本日、安倍が改憲を加速したいとのメッセージを出す。うかうかしているうちに、こんな時代になってきているんだという思い。
 社会科の教員がこの動きにきちんと対応できるか、出戻りだが気になるところ。

5月某日
 足も動くようになり、午後から有楽町へ。
 ラ・フォルジュルネ・ジャポンに出かける。
 聴いたのは、伊福部昭のコンサートとバンドネオンの曲のコンサートの二つ。東京フォーラムの会場は何度行ってもひどい設計だと思う。でも、こんな場所は他にはないのだからしかたがないのか。
 伊福部の曲は、井上道義さんの指揮が素晴らしい。マリンバはちょっとね。
 バンドネオンは三浦一馬さんが若いのに、いや若いが故にか、素晴らしかったが、ミサ・タンゴはこちらの緊張がきれてしまい、半分ねてしまう。このままずっと寝てしまえば、レクイエムになるな、などと思う。

5月某日
 孫1一家と会う。いずれ住宅を作りたいとのことで、展示場まで付き合う。老人がいると相手の熱意が違うのだそうだ。
 昼には、孫2一家とも合流して会食。久しぶりに一族集合となる。
 休日だからできること。

5月某日
 夏物準備のために買い物にでかける。これも家族サービス。とはいえ、買ったものは私のものばかりであった。

5月某日
 連休最後の日だが、都内某所で会議。

5月某日
 非常勤の大学に出校。
 授業プリントを印刷すると必ずトラブル。本日もコピー機の紙が詰まって印刷できず。また、VTRの設備がなく、教務課で借りて自分でセット、これがなかなかうまくゆかず。要はもう君は来なくてよいというメッセージなのかもしれない。
 講義は、経済に入る。機会費用の話などをするが、印象的だったようで、リアぺにはそれが多かった。1コマの講義が機会費用分も入れると約6500円、2コマ連続でやっているから13000円となる話をしたこともインパクトがあったようだ。
 それだけの値段を超える価値のある講義をしているかどうか、こちらも試される話である。

5月某日
 午前中は妻と買い物。とにかくアッシー君である。
 午後は、小石川の授業準備。基本的な骨組みはすでにできているが、予習をしっかりしておかないとどうしてもすかすかの話、誤った情報を流しかねない。

5月某日
 寒くなる。上智の図書館経由で、石山さんの出発を祝う会へ。
 図書館では、柳田関連の研究書を数冊借り出す。この頃は柳田を読むことが多い。
 石山さんの会は、8人が集まり、楽しい会となる。会場は大手町で、40年前にこの街に通ったときに比べて様変わりの風景をみて、時代の流れを感じる。
 ここだけ見ると日本はまだ豊かで大丈夫と感じるが、ここだけの特殊な風景なのかどうか。

5月某日
 小石川出校。
 基本的人権に関して授業を2時間+1時間の計3時間する。予習をしてあったこともあり、授業は順調。生徒もよく聞いてくれる。
 帰宅後、久しぶりの授業で疲れて8時半には寝てしまう。

5月某日
 1時間のために小石川へ。
 こんな変則時間割だから特任で非常勤の話がある。前日の続きで基本的人権の分類やその概説をする。受験講座だが、合間に今読んでいる本などの話をする。それを受け止められる生徒たちなのでありがたい。
 国語の先生で、中3の選択授業で柳田の『遠野物語』を読んでいる先生がいることがわかり、その先生と少し柳田に関して職員室で話をする。
 最近の職員室では、みんなパソコンの画面を見て書類づくりしかしていないので、柳田の話などをするのは場違いのような雰囲気である。
 でも教員同士が本や研究の話をするのも、非常勤の年よりの役割である。

5月某日
 寒い一日。一日閑居して、借りてきた本を中心に読み散らす。
 本日は、柳田をビジョンとイデオロギーがある合理性とロマンを持つ学者として捉えられないかと思い、塩野谷祐一さんの『ロマン主義の経済思想』という本を引っ張り出したり、シュンペーターの本をひっくり返したりする。
 これは研究ではなく、趣味の世界だ。

5月某日
 午前中にホームに行き、帰りに生協で買い物をする。あとは、本を読み散らす。

5月某日
 非常勤の大学へ。
 本日も、コピー機はトラブル。
 講義は、シミュレーション。オハコのオークションと公共財ゲームの二つをやる。この種のゲームは初めてのようで、反応もよい。また、上智に比べるとリアぺの内容は弱いところがあるが、かなり本質的な疑問や共感が書かれていて、講義に上智とは違う手ごたえを感じる。
 教材の良さであり、最初の出会いの緊張感がまだ続いているということかもしれない。

 ここまでで、半月。
 この間に読んだ本のダイジェスト。
・長浜功『常民教育論』、『教育学者の戦争責任』
 前者は社会教育の立場から柳田を論じたもの。関連して、後者の本を図書館から借りてみた。この本、著名な教育学者が戦時中の少国民育成や兵士育成のための熱狂的な著作を隠して戦後の民主教育の担い手となっていたことを告発した本である。作る会の藤岡信勝の転向もそうであるが、教育関係者の転向はびっくりすることではない。とはいえ、著者の告発姿勢は一種の恫喝的な文体。どうも教育関係者は正義を語りすぎる。それで墓穴を掘る。
・エーコ『バウドリーノ』岩波文庫
 単行本が出たときに借りて読んでいたが、文庫になったので購入。舞台は第四回十字軍によるコンスタンチノープル略奪からはじまり、記憶をさかのぼる形で書かれている。中世の戦争、略奪、神聖ローマ帝国の実態などがこの小説からよくわかる。後半、主人公がまぼろしの「ヨハネ王国」をめざして東進するところになると、ちょっとついてゆけなくなるが、それでもエーコが中世人の心性を的確にとらえ、それを楽しみながら書いているという雰囲気はつかめる。翻訳も読みやすく、これはいい意味での奇書である。また、ヨーロッパ知識人の蓄積の厚さを感じる本でもある。
・宮沢俊義『転回期の政治』岩波文庫
 エーコと一緒に購入。こちらは、1930年代、ナチが政権をとり日本でも国体明徴がかかげられてリベラル派が弾圧を受け始めた時期に書かれた時論である。ナチがワイマール憲法の中からどうして登場して、どんな政権になるか、この時点で独裁政が民主的な粉飾の中から生まれてきていることを的確に指摘しているのにいまさらながら驚く。高見勝利氏の解説と合わせて読むと、現在の政治の動きが30年代の動きに似ていることが理解できる。結局は敗北するのだが、危機的な時代を科学的分析の試みは、前記の教育学者の時代に迎合する姿とは異なっている点で印象的。



まだ出戻り非常勤日記 60回 投稿者:新井 明 投稿日:2017/05/03(Wed) 22:47 No.1321

4月某日
 朝、孫2が発熱との連絡が入る。
 先週から鼻をぐずぐずやっていたので、早めに医者に見せておいた方がよいということで、耳鼻科に予約をとり連れてゆく。妻の話だと、以前と違って泣かずに治療を受けいい子だったとのこと。これも成長。
 午後は、大学へ。二回目。テーマは青年期と現代社会論の授業の作り方。クレヨンしんちゃんとエヴァンゲリオンを見せながら青年期と地域について語る。学生さんの反応は、こんな素材でも授業になるのだという驚きと、青年期の内容についてもっと知りたい、教えてほしいというものであった。
 上智と微妙に違う反応が面白い。教える側としては参考になる反応である。

4月某日
 老人ホームへ。
 母の足のむくみがだいぶ良くなったので、靴下を変えてほしいと要望されていたのだが、どんなものかが分からなかった。
 本日は丁度、お医者さんの検診に立ち会うことができ、ヘルパーの人とも情報交換ができた。自宅での介護とは違い、かゆいところには手が届かないが、健康管理はしっかりしてもらえるので、ありがたい。
 ホームに入ると長生きするぞ、とある人から言われたがどうもそうなりそう。こちらの方が先に要介護になってしまうかもしれない。

4月某日
 晴れ、強風。
 朝、孫2を保育園に送り、夕方は少し早めに引き取り、娘に引き渡す。

4月某日
 小石川は健康診断で午後授業カットなので自宅研修。
 学校にゆかなくてよいのは有難いが、とにかく行事、定期テストなどで実授業数は大学より少ない。これでいいのかと思うが、基本は自分で勉強することだから、まあ、それでも仕方ないのだろう。
 夜、娘のさしいれてくれたわらび餅を食す。本物の葛が入っているので、おいしい。

4月某日
 小石川に出校。
 そのまえに、上智により宮本常一の著作集を何冊か借り出す。日本中を歩き、これだけの記録を残した人物はもう出ないだろうと思う。
 それも50歳近くまで給料の出る仕事についていなかったという。どうやって暮らしていたのか、そんなことが良くできたと時代の違いも感じる。
 帰宅して、アマゾンで宮本の本を何冊か注文。

4月某日
 一日、宮本や柳田関係の本を読む。
 柳田は、以前読んだ、杉本仁さんと、谷川彰英さんの本。杉本さんの本は、在庫があって新しいものを手に入れた。谷川さんの本は古本で1万4000円しているので、断念。杉田先生に借りることにする。
 杉本本は、すごい。都立の先生をやりながらこれだけの研究をしていた人と接近遭遇をしていたということの不思議さを思う。それだけでなく、これだけの研究をやっていて博士号をとろうとか、大学に行こうということでなく、市井の一教師を続けた精神の自由さ(後藤総一郎氏の主催する柳田研究会、遠山常民大学のメンバー)ゆえの迫力が本物を生み出したのだと感じる。

4月某日
 風がつめたい。それでも一斉に庭の木が芽吹き始める。一日、一日が違ってくるので植物の生命力に驚いている。
 こんな変化を現役中はあまり感じることがなかった。今は、それだけ余裕ができたのかもしれない。
 妻とイオンに買い物。私は、フェアトレードのチョコレートをゲット。イオンの出店でも手に入る時代になったのだ。

4月某日
 大学出校。3回目。
 昼に学生さんと待ち合わせて、指導の打ち合わせをする予定だったのだが、すっぽかされる。講義に出てきたら、待ち合わせの時間にほかの指導がはいってゆけなかったと平謝りをされる。
 面倒見のよい大学というのを売り物にしているのだが、小学校過程の学生さんは昼休みにも補講や、指導がはいっているらしく、かなりタイトな生活をしているようだ。
 講義は、国際関係、国際理解。先日手に入れたチョコレートの食べ比べをする。ここでは味に関しては、圧倒的に国産支持。値段を知らせたら、逆にフェアトレードを購入してもよいという数字がちょっと増えた。フェアとレードへの認知は確実に上がっている。
 少人数なので、児童労働の製品を買うか買わないかで議論をさせてみた。買わないというのが教育の学生、買う、買わないと子供たちが困るじゃないかというのか社会学の学生。教育の学生の理念主義に対して、社会人経験のある社会学の学生さんはリアルにみている。なかなか面白い議論になった。

4月某日
 ふた月に一度の内科通い。
 本日は、血液検査をするというので朝食抜き。結果は二か月後。別に検査をしなくとも大丈夫なのに。医者を儲けさせるだけじゃないのかと思う。
 今回から、国民健康保険に。共済組合、組合健保、そして国保と変化してきている。次は後期高齢者保険だが、それまで持つか?

4月某日
 夕食にタケノコご飯を食べる。
 今年初めて。妻が近所の農家からゲットしたもの。地場産の野菜が手に入るのは郊外生活のメリットだが、これも高齢化が進んでいるので、いつまでできるかはわからない。
 近くの農地が何か所か、遺産相続の整理のためか、大規模開発されて、建売住宅が建っている。金利が低いことでたしかに経済活動はある程度活性化していることがわかるが、これも持続可能なのかなといらぬ心配をしてしまう。

4月某日
 夏の経済教室のPR文を作成。メルマガの原稿の準備などをする。

4月某日
 小石川二週間ぶりの授業。
 やっと二回目。日本国憲法の学習の前提として、今年は大日本帝国憲法を生徒と読んでみる。帝国憲法もよく読むと、立憲主義的であり権力分散的な要素があることを確認。原文にてらして考えさせる習慣をつけることを今年は意識的にやってみようと考えている。
 終わってから、第一回目に「もし国家がなければどうなるか」議論するから考えておけと言ったではないかと生徒からクレーム。
 先にすすまなければという思いが強く、忘れていてごめんと謝る。受験知識だけでなく、議論したいんだとあらためて思う。
 新書を6冊ほど借りてくる。

4月某日
 小石川は遠足で本日もお休み。
 午後から、杉田先生の津田沼高校に。授業見学。
 授業は、3年理科系のクラス。はじまって7グループに分かれ、杉田プリントにそくして講義が進む。生徒の反応はいい。同じ3年生でも大分雰囲気が違う。日頃の関係づくりの成果だろう。
 授業内容は、民主主主義と選挙(多数決)をテーマとしたもの。ルソーの評価や政策のパッケージ性などで少々違和感を抱いたが、すぐれた授業だと思う。
 終了後、検討。その後、「杉田塾」第一回目に付き合う。授業だけでなく、生徒をしっかり面倒を見ていることがわかる。
 放課後、小岩に出て伝統継承の会。小岩のお店がおじさんたちの居酒屋だという店で、気に入る。

4月某日
 孫2が昼食を食べによる。パパは妻子をおいて魚釣りにでかけたので、親子で寄ったというわけ。帰ろうとしたら夕立。30分ほど豪雨になる。
 赤本で悩む。選択問題だが細かいのと、この中に正解はないという選択肢があり、吟味に時間がかかる。それだけでなく、選択肢が吟味されていないので、本当か間違っているかの確証がつかめない。
 具問、悪問のオンパレードである。こんな問題出してどんな成果があるのか、出題者に聞いてみたい問題である。
 最終的には、編集部に判断を任せるしかないと腹をくくる。

4月某日
 晴れたので、意を決して本の整理にかかる。
 200冊近くある新書をまず整理する。古くなって使えないと思われるもの100冊近くをゴミに出すように分類。残りは、残しておくもの、古本屋に送って処分してもらうものにわける。
 本をゴミに出すのは嫌なのだが、線を引いたり折り曲げたりしているものは、流通市場でも価値がないのでやむをえない。
 あとは、本棚の奥にあるものを引っ張り出したりするが、いつまた使うかわからないものもあり、なかなかハードカバーの本は捨てがたい。
 結局、対して整理ができずに終了。あとは、仕事場所にしているこたつの周りの紙類を処分することだが、これもなかなか捨てきれないだろうな。
 夕食には、前日妻子をおいて釣りにいったパパの釣果であるタイが並ぶ。

*この間、面白かった新書。
 一つは、エマニエル・トッド『グローバリズム以後』朝日新聞出版、もう一つは、金成隆一『ルポトランプ王国』岩波新書。
 トッドの本は、マクロ的に現代をみたインタビュー集。アメリカの没落、ヨーロッパの分裂など興味深い分析を述べている。日本の核武装も提言している。
 金成の本は、ミクロ的にアメリカのトランプ支持者にインタビューしたもの。朝日の記者であるが、彼の分析や紹介は朝日本試にはそれほど反映されていなかったと思われる。
 このインタビューで出色なのは、トランプ支持者は中産階級から脱落したラストベルト白人ではなく、脱落しそうであることを恐れている階層の白人たちであることを喝破しているところだ。
 なかでも、注文製作工場の経営者のゲリーのインタビューが注目される。引用してみる。
「将来に向けての最大の懸念は、アメリカは、ここで働けるような熟練機械工を養成できているかという問題だ。私は今日にでも最低2、3人を雇いたい。広告を出しているが技能にみあう人がみつからない。高度な技術があれば製造業を国内に残せる。日本もおなじじゃないかな。」
 金成のまとめ。「かつての製造業のような給料払いのいい仕事がなくなった」と嘆く労働者と、「必要な技能を持ち合わせた労働者がみつからない」と嘆く経営者が、同じラストベルトにいて、同じ候補トランプを指示していた。
 トランプ現象は日本にも必ず来ると思わざるをないというのが、私(新井)の感想である。いやもう来ているのかもしれない。

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