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授業に役立つ本 90回 投稿者:新井 明 投稿日:2012/01/25(Wed) 22:08 No.486

 1月も半ばをすぎ、新年などという言葉がどこかに吹き飛んでしまいましたが、久しぶりに役立つ本を投稿します。90回の今回も、日記風に書き綴ります。

1月某日
 前回報告した文庫本を読み通す。一つは、ディッケンスの『デイヴィッド・コパフィールド』、もう一つはジェーン・オースチンの『高慢と偏見』である。どちらも超有名作品であるが、お恥ずかしいことにきちんと読んだことがなかったので、冬休みの楽しみとして購入したのである。

 まずは、ディッケンスである。岩波文庫で5冊あり、読み通すことは結構大変であるが、気楽に読めばよいと言い聞かせ、どんどん読む。文学的な面白さより、書かれている時代の雰囲気を感じるという読み方をする。この本が出されたのは1850年、描かれているのは1820年代の後半からのイギリスの社会である。

 お話は、ディッケンスの自伝的要素が多く、波乱万丈のストーリーである。小説では、母の再婚と死、学校時代、継父とのトラブル、丁稚奉公、そこからの脱出、伯母による援助、自立と続き、最後はハッピーエンドで終わる。ちょっとご都合主義のところもあるが面白い話として読めばいい。
 
 ここで問題は、時代背景である。この小説が発行されたのは1850年。2年前の1848年は二月三月革命が大陸ではおきている。翌年の51年は、イギリスでは万国博覧会が開かれ、ビクトリア時代の最盛期といってよい。
小説では直接取り上げられていないけれど、チャーチスト運動、選挙法改正、穀物法、航海法の改正などが前後してあった時代でもある。植民地オーストラリアでは51年に金が発見され、ゴールドラッシュに沸く。小説のなかの登場人物も一旗揚げるためにオーストラリアに移住する話が出てくる。そんな時代の雰囲気を読み取ることができる。

 特に、主人公が自らを振り返る時に、黄金律としてあげている「時間厳守、規律、勤勉と言う慣習」は、当時の中産階級のエートスとして理解することができる。これは、一昔前にロビンソンクルーソーらが持っていた資本主義を支えるエートスであり、その嫡出子がデイヴィッドであるということがよくわかる。それでも、ロンドンでは児童労働があり、買い物はバザール風の足元を見る、古き市場原理が働いていると言うことも読み取れる。

 デイヴィッドの生活費は、なき父親が残した年金保険があったからで、その金額は年150ポンドとある。調べてみたら、その金額は、中流階級下層の年収で、だからお手伝いさんを雇い、残された子どもを育てることが未亡人にあったことがわかる。こんな読み方をすると、小説読みからは叱られるかもしれないけれど、経済から小説を読み解くのもまた良しである。それにしては全5冊は長いなあ。まとめ買いをしていなければ途中挫折ということになりかねなかったが、ロックインの効果である。途中を端折りながら全部読み終えた。読み終えたら満足した。

1月某日
 冬休みも終わり近いのだが、まだ小説を読みながら新学期の準備をしている。今読んでいるのは、『高慢と偏見』である。

 オースチンのこの小説は1813年に刊行されているから、ディッケンスよりも一時代前の話であり、5人姉妹の恋愛、結婚を巡る話である。ナポレオン戦争の時代の話なのだが、まったくその種の政治的な話は出てこない。ハードフォードというイングランドの小さな村の地主・貴族たちの生活が描かれるだけである。にもかかわらず、この小説は、サマセットモームによって「世界の十大小説」の一つに数えられている。

 経済の観点からこの小説を読むと、二つの知見がえられる。一つは、当時のジェントルマン階級の生活とそれを支える仕組みである。もう一つは、当時の女性たちの社会的地位と結婚事情である。

 前者では、三つの家族の年収がでてくる。主人公に高慢とされ、誤解を受けたが、最後は偏見を解き、主人公と結婚するダーシーの年収が1万ポンド。ダーシーの親友のベングリーが4万5千ポンド。主人公が所属するベネット家は2000ポンドである。これは土地からの収入である。要するに地主なのである。物価の時代比較はとても難しいけれど、1ポンド=約10万円として計算すると、1万ポンドで10億円くらいの収入というおおよその計算ができる。そこから考えると、小説内の人々の生活ぶりがわかる。

 彼らはカントリーハウスで生活し、社交をもっぱらとしている。時には、ロンドンなどの都会に出かけ、舞踏会や庭園社交場などで結婚相手を探す。土地は長子相続だから、相続権をもたない次三男は、疑似ジェントルマンとして司祭や軍人になる。それが小説からよくわかる。
 
 もう一方の女性の方は、持参金付きで結婚相手を探す。持参金が少ない女性は、良縁には恵まれず、この小説でも、生活のために司祭と結婚する女性が登場する。恋愛はいきるためのゲームでもあったと言うことが分かる。小説の面白さは、正直ぴんとこなかったが、こんなジェントルマン階級の生活ぶりは、以前本欄でも紹介した、川北稔さんの『イギリス近代史講義』講談社新書、にしっかり指摘されていて、川北さんの本を置いてオースチンを読むととても面白い。

 イモずる式読書で、新井潤美さんという英文学者の『自負と偏見のイギリス文化』岩波新書、も手に入れて読んでみる。こちらは階級社会イギリスの雰囲気をオースチンの作品を手がかりに読み解いている。この本は、社会学的な分析であるが、オースチンの作品を一つ読んだだけの人間には、ちょっと手に余った。
イギリスの資本主義の担い手はどこからでてきて、資金は誰が出したのかという問題は、最近の歴史学会の大きな論争テーマであるが、小説のなかからそのヒントを探すこともできるかと思う冬休みの読書であった。

1月某日
 学校がはじまると慌しい。それでも暇をみつけて本を読む。今日は、少し時間があいたので、年末に手に入れたTHE CRTOON INTRODUCTION TO ECONOMICSの2巻を読む。これは、本欄でも紹介した『この世で一番面白いミクロ経済学』のマクロ編の原本である。まだ翻訳がでていないので、概略を紹介しておこう。

 全体は3篇16章からなる。
 第1篇は、シングルマクロエコノミーと題して一国のマクロ経済を扱う。第二編は、国際取引で二国間の国際経済を扱う。第三篇は、グローバルマクロ経済で多国間の経済を扱うという、なかなか面白い構成になっている。

 第一篇は6章に分かれている。ここはオーソドックスな記述である。
 1章 導入。短期の安定、長期の成長を目指すのがマクロ経済学の目的であると宣言する。なかなか明確である。
 2章 失業。失業の三つのパターンを紹介し、そのなかで循環的な失業に関して論争があり、2010年のノーベル経済学賞を受けたダイアモンドなどのサーチ理論まで紹介している。
 3章 貨幣。貨幣の中立性、マネーサプライと景気の関係などを説明している。
 4章 インフレーション。物価指数、名目と実質、購買力の問題を扱う。ジンバブエのハイパーインフレ、日本のデフレも登場する。インフレターゲットの勧めを書いていることで著者の立場がわかる。
 5章 国民総生産(GDP)。三つの計算方法、名目と実質、ビジネスサイクル、成長とGDPの関係が説明される。ここでも日本が登場する。
 6章 政府の役割。導入で示したマクロ政策の目標を政府がどう達成しようとしているかを説明。政府の失敗をしっかり指摘している。

 第二編は5章にわかれている。国際経済の理論部分である。
 7章貿易と技術。技術進歩と貿易(交易)は切り離せないことが説明される。
 8章 貿易の古典的見解。リカード理論を説明。クルーグマンの見解なども紹介される。アウトソーシング効果が説明される。
 9章 複雑さ。保護主義の台頭、スエットショップの評価、羊を装う狼(個人の利益対全体の利益)が登場。
 10章 海外援助。援助の必要性と効果が説明。貿易が最大の援助であることが力説される。マイクロファイナンスなども登場。
 11章 外国通貨。通貨の交換、外国為替レートが説明される。自由な通貨、独立性、固定相場制の三つは同時に達成できないというマンデルの定理も紹介される。

第三篇は5章に分かれている。グローバル経済の問題に突入。
 12章 ビジネスサイクルは終わったか? ルーカスの間違い、リーマン後のケインズの復権などホットなテーマが扱われる。金融システムをコントロールすることが課題とされる。
 13章 貧困は終焉するか? 70億人の地球で、キャッチアップできたケースとできないケース、その理由を分析。一番そこにいる10億人をいかに支えるかが課題と指摘。
 14章 地球は終焉するか? 人口問題と地球環境問題が扱われる。悲観主義も楽観主義も間違いと指摘。市場や経済学をいかに使うかが問われていると指摘。
 15章 若者はいなくなるか? 高齢化の問題を扱う。先進国と途上国の高齢化の差、アメリカの困難、どんな政策でもみんなNOがでるなど、現状を分析。効率を上げること、成長を求めつつ持続可能にすることが課題と指摘。
 16章 まとめ。マクロ経済学はミクロ的基礎の上にたつが、マクロとミクロは違うと指摘。二つのモンスター(安定と成長)といかに戦うかだが、戦い方を間違えるととんでもない結果になると警告する。最後のマンガがわらってしまうだけでなく、深刻な問題提起となっている。

 ざっと内容を紹介したが、英語がきちんと読めていないので誤解もあるかもしれない。でも、オススメである。現代のマクロ経済学の課題がしっかり書かれている本だと感じた。翻訳がでたら購入されるとよいと思う。

 関連して思う。円高は消費者にはとても有難い。この本、アマゾンで1250円+税で購入できた。送料は無料である。アメリカでの価格は17.95ドルの表示がある。ということは、1ドル=73円のレートで買えたことになる。ここからは円はもっと上がる可能性アリと読めるが、どうかな?



ミクロ経済学入門:「薦められる」本と「薦められない... 投稿者:TM 投稿日:2012/01/23(Mon) 07:26 No.483

ミクロ経済学入門:「薦められる」本と「薦められない」本

以前、同じ表題で以下のような入門書を取り上げました。
○薦められる本:
『すごくやさしい経済学』リベラル社(2010年2月)
×薦められない本:
『中学生でもわかる経済学』永濱利廣著、KKベストセラーズ(2011年12月)

今回も同様に以下の2冊の本について書評します。
○薦められる本:
『この世で一番おもしろいミクロ経済学』ヨラム・バウマン著、山形浩生訳、ダイヤモンド社(2011年11月)
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4478013241.html
×薦められない本:
『経済学のおさらい』小早川浩著、自由国民社(2011年9月)
http://www.jiyu.co.jp/gendaiyougo/detail.php?eid=01276&series_id=s06

まず、薦められる本『この世で一番おもしろいミクロ経済学』についてですが、英語の原題を直訳すると『マンガで経済学入門:ミクロ編』となっており、一見よくあるマンガでの初歩的な経済入門の本のようにみえる。しかしよく見てみると、単に需給と市場均衡だけでなく、パレート最適の定義と意味、ゲーム理論と囚人のジレンマ、オークション、またアダム・スミスから行動経済学までの経済学の発展などが分かりやすく解説されています。そして何よりも感心したのは、以下のような正しい結論を明確に示していることです。
「21世紀に入っても、ミクロ経済学の大問題は未だに大問題のままだ。
個人にとっての最適化の結果が、集団全体にとってもよい結果になるのはどんな場合か?
これまで見たように、この問題に簡単な答えはない。でも経済学者たちはいろいろな知見は提供できる。」
なおこの本は、エリック・マスキンのようなノーベル経済学賞受賞者や、グレゴリー・マンキューのようなミクロ経済学の教科書で有名な著者も推薦しているとのことです。

これに対して、薦められない本『経済学のおさらい』は、あえて言えば「この世で一番おもしろくないミクロ経済学」で、何と入門書にもかかわらず大学の中級レベルで教える消費者の無差別曲線や予算制約などの説明に多くのページを割いています。それにもかかわらず最後は需要供給と市場均衡の議論だけで、余剰や効率性や最適性については一言も言及していないという信じられない偏りをもった内容です。
経済学の基本と本質を理解していない人間が書くとこうなるという本の典型で、理解している人の書いた前者の本とはあまりにも対照的です。もちろん私は、この本は書店での立ち読みにとどめ、前者の本だけを買いました。
ご参考までに。
(宮尾)



Re: ミクロ経済学入門:「薦められる」本と「薦められ... TM - 2012/01/23(Mon) 09:27 No.484

追伸:
ここでの「薦められる本」である『この世で一番おもしろいミクロ経済学』については、この「オープン討論室」で新井先生が昨年12月25日付の書評の中で取り上げていることを、投稿後に発見しました。
ご参考までに以下、新井先生の書評をコピーペーストします。

(新井先生の12/25の投稿より):
12月某日
 本日も帰りの乗り換え駅で本屋による。ある文庫本を買おうと思っていたがなく、経済書の棚で、面白い本を発見。タイトルは『この世で一番おもしろいミクロ経済学』ダイヤモンド社、である。

 著者は、ヨラム・バウマンという若手の大学教員のようだが、訳者が山形浩生氏であるところに注目した。山形さんは、朝日新聞の書評委員になっている翻訳家で、結構目利きで、面白い本を翻訳している。
この本も、イラストでミクロ経済学の概略を教えようと言う中身の本で、イラストもなかなか楽しい。自宅に帰り、さっそく読む。この種の本は一時間もあれば読み切ることができる。

 全体が三部にわかれていて、一部は個人の最適化戦略、二部は相互関係の最適化戦略、三部で市場における最適化戦略となっていて、いわゆる市場メカニズムの説明は11章ででてくるという構成である。
一二部では、サンクコスト、限界分析など柳川さんの本や、吉本さんの本で扱われている概念が登場する。効率と公正は、二部のパレート最適性で登場。説明はゲーム理論をつかっておこなわれる。第三部では、市場メカニズムの説明がされてゆくが、需給曲線の二つの読み方などがなかなか説得的に扱われていて、ちょうどその部分をどう書いたら良いかに頭をなやませていたので、ヒントとなった。

 訳者の山形さんの解説が巻末にあり、概観するための本として利用すればよいということが書かれている。それで納得。山形さんの翻訳は、飛躍するところがあるので、原本も読んでみようと思い、アマゾンに注文してしまった。マクロも年末には配本できるらしいので、それも注文。これは翻訳が出る前に読めることになりそう。

 ちなみに、イラストはカラーの方が面白いとあったので、原本はオールカラーかとおもっていたら、外だけで中身は白黒であった。また、原本のタイトルは“THE CARTOON INTRODUCTION TO ECONOMICS”であり、山形流の意訳である。タイトルはちょっとあざといという感じである。
(引用終了)



Re: ミクロ経済学入門:「薦められる」本と「薦められ... 新井 明 - 2012/01/25(Wed) 21:58 No.485

宮尾先生 私の文章も紹介いただき有難うございます。続編の紹介をしてみたいと思っています。



書評:一見もっともらしい「不況・恐慌の本質・真相」... 投稿者:TM 投稿日:2012/01/16(Mon) 21:08 No.482

書評:一見もっともらしい「不況・恐慌の本質・真相」本

 このところ、どの書店でも「不況の本質」とか「恐慌の真相」といった人目を引く題名がつけられている新書版の経済本をよく見かける。そのうち、以下の2つを読んでみたが、どちらも日本で経済学を知らない一般の読者には広く受けるような表現がちりばめられた一見もっともらしい内容になっている。しかし、よく読んでみると、はたして著者たち自身が経済学をよく理解して現実の経済を分析しているのかどうか疑問を抱かせるものであるといえる。

1)大瀧雅之『平成不況の本質』(岩波書店、2011年12月20日)。
http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn1112/sin_k627.html
2)中野剛志・柴田桂太『グローバル恐慌の真相』(集英社新書、2011年12月21日)
http://shinsho.shueisha.co.jp/nakano/
(なお中野剛志はベストセラーになった『TPP亡国論』の著者)

 この2冊を読んだ後で記憶に残った共通のフレーズは大別して以下の3つの種類に分けられる。
 (I)まず「グローバル化」がアメリカの戦略であるとかアメリカ帝国主義が日本国内の対立をもたらすといった表現:
「グローバリゼーションはアメリカの・・・世界戦略」((1)のp. 11)、
「アメリカ帝国主義維持のために犠牲になる日本」((2)のp. 47)、
「深刻化する労働者と資本家の対立・・・グローバル化というのは、・・・国内での対立を誘発する」((2)のp. 134-135)、
 (II)市場での競争への不信感を示す表現:
「市場の失敗・・・市場が効率的な資源配分に成功する場合の方が少ないのである」((1)のp. 65-66)、
「どうも日本人は歴史を誤解していて、かつては国家が規制と統制で保護していたのが、世の中が進歩して民が自立していった結果、競争が進んで保護がなくなったという勝手なイメージがある。しかし、それは逆」((2)のp. 191)、
「市場に任せることを自由というけれど、市場の価格のメカニズムに従わなければいけないということは、こっちに自由がないこと」((2)のp. 192)、
 (III)さらに、外向きの開放政策を否定し、内向きの「内需」を強調する表現:
「アメリカの政府文書を読めば一目瞭然ですが、日本が明白にターゲットにされていることは確かです。その典型がTPPというわけで、私は反対している」((2)のp. 48)、
「土木・建築業をおろそかにする産業政策は・・国全体にとっても明らかに愚策」((1)のp. 14)、
「外需を奪い合う帝国主義的な争いに巻き込まれないようにするためには、ケインズ的に内需を拡大するしかない」((2)のp. 207)

 以上の表現が示しているように、著者たちは日本の一部で受けるアメリカ批判、グローバル化批判、市場経済批判、開放政策批判という立場を打ち出している点は共通している。
 しかし大きな違いは日本経済の現状認識と採用すべき政策で、前者(1)は現状をデフレではなく、経済全体の状況は悪くないので、景気を刺激するリフレ策などは取らずに、むしろ教育や技術継承や公正な所得分配の達成が必要という。それに対して、後者(2)では現状のデフレを憂いて、もっとケインズ的な公共事業のような内需拡大策を取れと主張している。
 この違いは、著者たちの背景を見ると、(1)の著者は東京大学社会科学研究所教授であり、(2)の著者(中野剛志)は経済産業省産業構造課課長を経て、現在は京都大学の准教授であることから来ているのかもしれない。
 いずれにしても、これらの著者の政策提言そのものは(現状認識の問題点は別にして)特に異義を唱えるべきものではないが、問題はそのような政策提言が、それぞれの本のタイトルである(1)『平成不況の本質』や(2)『グローバル恐慌の真相』とはほど遠いものということである。
 もっとも(2)では、「危機の根本原因はグローバル・インバランス」や、「過剰な資本移動が危機の連鎖をもたらした」という重要な点に言及しており、米国、中国、EUなどの経済の問題点を論じてはいるが、最後は外向きでなく内向きの内需拡大策を取れというケインズ的な政策の提言に終わっているのは「肩すかし」といわざるをえない。
 結論としては、これらの2冊の本はあまり薦められないが、あえてどちらかといえば(2)のほうがまだましな内容であるといえよう。
 以上
(宮尾)



2012年センター試験における経済の問題について 投稿者:TM 投稿日:2012/01/15(Sun) 14:30 No.481

2012年大学入試センター試験における経済の問題について

1月14日(土)に行われたセンター試験の「現代社会」と「政治・経済」の問題およびその他の経済に関する問題について、以下のようなことがいえるであろう。

(1)「現代社会」と「政治・経済」では、時事的な経済問題についての知識を問う問題が大多数で、経済的な仕組みや見方についての分析的な問題がほとんどなかった。
昨年までは、少なくとも「政治・経済」などで市場の需要・供給に関する分析的な問題が一題は出ていたが、それが今回は皆無だったことは非常に残念といえる。

(2)リード文と個別の質問が無関係であったり、個別の質問があまり意味のない内容だったりという問題点が依然としてあった。
(2A)この典型が、「現代社会」の第3問で、リード文では、
「生活水準等の(d)地域 による格差を解消することは重要な課題であるが、議員定数の配分の仕方によっては、(e)国の予算 が不当な偏りをもって配分される可能性が生じている」
となっているのに対して、個別の質問で(d)に関する問4では、5つの道府県(A〜F)の財政の色々な数字をグラフにした2つの図について、単にそれを読みとるだけ(例えば、「Aの地方交付税のFの100倍以上であり、Aの地方税収はFの2倍以上である」という表現が正しいかどうか)というリード文とは無関係なものになっている。
また(e)に関しても、地方自治体が独自に課税できるかといった制度的な質問で、これもリード文の国の予算配分の不当な偏りという問題とはあまり関係がない。
(2B)また、「政治・経済」で唯一経済学的な問題であった第3問(倫理・政治・経済の第5問と同じ問題)は、ある意味で典型的な問題といえるが、それにいての個別の質問については、問1、問3、問5は単なる計算や図表を読みとるだけの質問で非常に物足りない、問2、問4、問6は多少の知識と常識を使えば簡単に答えの出る質問である。ただ、最後の問7だけは日本の税制改革の推移とともに主要先進国の税制についての理解がないと答えられない質問なので、これはよい問題といえるであろう。少なくともこの種の問題をもう少し増やすべきであろう。

(3)なお、最後にもう一つ残念なことは、例年、歴史や地理でなかなかよい経済的な問題が出されていたが、今年はその意味では歴史や地理でも何一つ見るべき問題がなかったこともあり、全体的に「経済」の視点からも「経済学」からの視点からも、例年以上に不満足で不十分なセンター試験問題であったといわざるをえない。
以上
(宮尾)



授業で役立つ本 89回 投稿者:新井 明 投稿日:2011/12/25(Sun) 23:29 No.480

 もう師走。今年は終業と始業が休日ではさまれるので、わたしのような非常勤の人間は、うまくやると最長17日間の冬休みがとれます。でも、多くの先生方はセンター直前の補講やクラブ指導で休日でも学校にでていますから、計画的に動かないと、ゆっくり休むというわけにもいきません。そんな年末に読んだ本を紹介してゆきます。今回も日記スタイルです。

12月某日
 ネットワークの年次総会で京都往復。会場の同志社大学の構内はさすが伝統を感じさせる建物が多く、学校らしさを感じる。夕方には正門入口の木にクリスマスツリーの電飾が輝きこれもなかなかいい雰囲気である。
いつものように帰りの新幹線では、新書を読む。今日は、橋本健二『階級都市』ちくま新書という本である。
橋本さんは、東京の武蔵大学の先生をやっている社会学者。階級論を専攻と経歴ではある。私は未読であるが、『階級社会』という本を書いて話題になった人でもある。

 この本は都市内の地域格差の問題を扱った本である。なぜこれを選んだかというと、勤務校がある文京区が事例として選ばれていたからである。
 
 内容は、東京を事例として、階級都市が成立する歴史的事情、都市の構造と資本主義の関係、東京の下町と山の手の言説の変化、統計から東京の階級都市化を説明、フィールドワークと、専門的な分析をやさしく書いたものと、居酒屋探訪を趣味とする著者のフィールワークの部分が混在している。

 読みながら、違和感がずーっと続いた。一つは、専門的な分析の箇所である。新しい都市社会学として資本主義の変貌と都市を関連付ける試みとして、社会構造の空間的表現としての都市という視点から「階級都市」という名付けをしているのだが、都市内の格差ではなぜいけないのかが今一つつかめなかったからである。また、都市内の格差をはかるものとして、所得分布で資本家階級、新中間階級、労働者階級、旧中間階級の四つにわけ、それを高等教育卒業者比率、生活保護率、中学国語平均点、平均寿命とクロスさせる方法も、たしかにそうだよなと思いつつ、こんな風にしなくとも格差はわかるじゃないかという思いが残った。

 もう一つは、地域内の格差を紹介するフィールドワークである。これも東京を歩くというような紹介本に比べれば一段と深い視点にたっているといえるのだが、ここは労働者階級の街ですよ、ここは資本家の街ですよと紹介されて、そこに住んでいる人間にとってああそうですか、とは簡単に言えるものではないのではと感じた。

 著者は、居酒屋探訪が研究の副産物として趣味で、一書もものにしているらしいのだが、そこからは冷ややかな観察者として、君たちとは違うんだよねというオーラが漂ってくるだけである。要は、対象に対して愛情が足りないのだ。だから、最後の階級都市から交雑都市へという主張にさっぱり現実味がない。クールヘッド・ウオームハートは経済学のスローガンであるが、クールでありながらウオームである分析が必要だろう。それは文体の問題でもあるし、階級という概念を使った時点で、すれ違いが起きているとも感じた。

 だめ押しに次の部分を引用しておこう。これを読んでどう感じるかがこの本への評価となろう。
「経済的な格差が拡大し、異なる階級の人々が、それぞれ異なる世界に住む傾向を強めるなかにあって、すべての階級が共通にたのしむことができる居酒屋があるというのは大変心強いことである。こんな店があちこちにあれば、誰もがみんな同じ人間であること、だから人々の間に差別や極端な格差があってはならないことを、多くの人が実感できるようになるのではないだろうか」(同書p181〜182)

12月某日
 期末考査はじまる。私は三日目なので今回はゆっくり問題作成、印刷。採点までに何冊か本を読みたいと思い、帰りに本屋により二冊購入。

 一冊は、柳川範之『元気と勇気が湧いてくる経済の考え方』日本経済新聞社である。もう一冊は、ケインズ学会編『危機のなかでケインズから学ぶ』作品社である。

 最初の柳川さんは、現在は休眠状態であるがe-教室でイヌ先生としてご一緒した方である。この本、経済学のテキストでも、経済事情の解説書でもない、経済の考え方を使って生き抜く知恵を紹介した本だと、あとがきに書いてある。まさにそんな本で、とても面白く読める本だ。

 日常生活を経済学で読み解く本は何冊か出版されているが、これはもうすこし幅をひろげて生き方のヒントとして経済の見方や考え方を使うと、選択肢が広がることを説いている。試験勉強、転職、人気企業、二次会選びなど大学生向けの話題が豊富で、読みやすい。それぞれの話題に、サンクコスト、機会費用、オプション価値、希少性、コンティンジェンシープラン、情報の非対称性、行動経済学など、経済学の知見が背景となっていて、やさしいけれどしっかりした本になっている。

 こんな本を私も書きたいと思っていたが、先を越されたという感じでもある。でも、比較優位ではないけれど、かならず似ているけれどまた違った切り口もあるのではとこの本を読みながら思った。その意味では、「元気と勇気」が湧いてきた。

 ただ、この本、文中の図が柳川先生自ら書かれた図で、「すこしでも僕の思いを直に伝えたい」という気持ちで書いたと、前書きでかかれているが、これは?だと思った。意図はわかるが、やはり専門のイラストレータを使って、コラボでやったほうがよかったのではなかろうかと思った。私はそう感じたのだが、イヌ先生、どうですか?

 もう一冊の『危機の中でケインズから学ぶ』は、昨年たちあげられたケインズ学会の準備シンポジウムの記録と、関係の専門家によるエッセイを編集した本である。

 シンポジウムは、二部に分かれていて、一部は「世界経済のゆくえ・日本経済のゆくえ」とタイトルされた政策論である。二部は「現代資本主義をどうとらえるか」という思想的なものである。それに伊東光晴氏のインタビュー講演が記録されている。

 最初のシンポジウムでは、浅田統一郎、小野善康、吉川洋、三氏が火花を散らしている。最後の箇所での、小野発言に対する吉川発言はなかなかの場面である。

 二部のシンポジウムでは、伊藤邦武、岩井克人、間宮陽介、三氏がそれぞれの角度からケインズを評価している。例えば岩井さんは、学部の段階でケインズはわからなかったが、大学院で新古典派の論文が書けるようになったら120%わかった気になり、それ以降、新古典派の論文が書けなくなったと語っている。「自分が信じていない内容の論文を書いて一生を送るようなことはできないと思うようになりまして、それで私の学問的な没落がはじまった…」とユーモアと真実のないまぜになった発言をしているところなど、実におもしろい。

 後半のエッセイは、伊藤誠、塩野谷祐一、根岸隆、橋本努、平井俊顕、山脇直司の方々が書いている。それぞれの文章に自分らしさがでていて読みでがある。この本で、一挙にケインズの理解が進むわけではないが、経済学者がどのように一人の偉大な人物とぶつかりながら現実に、また思想的に格闘しているかがわかる本としておすすめである。

12月某日
 本日も帰りの乗り換え駅で本屋による。ある文庫本を買おうと思っていたがなく、経済書の棚で、面白い本を発見。タイトルは『この世で一番おもしろいミクロ経済学』ダイヤモンド社、である。

 著者は、ヨラム・バウマンという若手の大学教員のようだが、訳者が山形浩生氏であるところに注目した。山形さんは、朝日新聞の書評委員になっている翻訳家で、結構目利きで、面白い本を翻訳している。
この本も、イラストでミクロ経済学の概略を教えようと言う中身の本で、イラストもなかなか楽しい。自宅に帰り、さっそく読む。この種の本は一時間もあれば読み切ることができる。

 全体が三部にわかれていて、一部は個人の最適化戦略、二部は相互関係の最適化戦略、三部で市場における最適化戦略となっていて、いわゆる市場メカニズムの説明は11章ででてくるという構成である。
一二部では、サンクコスト、限界分析など柳川さんの本や、吉本さんの本で扱われている概念が登場する。効率と公正は、二部のパレート最適性で登場。説明はゲーム理論をつかっておこなわれる。第三部では、市場メカニズムの説明がされてゆくが、需給曲線の二つの読み方などがなかなか説得的に扱われていて、ちょうどその部分をどう書いたら良いかに頭をなやませていたので、ヒントとなった。

 訳者の山形さんの解説が巻末にあり、概観するための本として利用すればよいということが書かれている。それで納得。山形さんの翻訳は、飛躍するところがあるので、原本も読んでみようと思い、アマゾンに注文してしまった。マクロも年末には配本できるらしいので、それも注文。これは翻訳が出る前に読めることになりそう。

 ちなみに、イラストはカラーの方が面白いとあったので、原本はオールカラーかとおもっていたら、外だけで中身は白黒であった。また、原本のタイトルは“THE CARTOON INTRODUCTION TO ECONOMICS”であり、山形流の意訳である。タイトルはちょっとあざといという感じである。

12月某日
 東京部会の日。会場が神田の古本街に近いので、始まる前にはたいてい何軒かの本屋による。お好みは、信山社、東京書店、あとは新刊を一割で売っている日本特価書籍という本屋さん。今日は、信山社で岩波文庫を仕入れる。

 これは乗換駅の本屋で入手できなかったので、信山社ならあるとふんだため。結果は、あたりで、ここにはちゃんとあった。入手したのは、イヴリンウオーの『大転落』という小説である。

 なぜこれかというと、イヴリンウオーを読みたくなったからである。イモづる式読書法というやつである。出発点は、法と経済である。総会で法と経済を扱った。その関連で中島さんの本などを読んだが、ついでに、ちょっと古いのだが、竹内靖雄さんの『法と正義の経済学』新潮社を古本屋で入手して読んでいたら、イヴリンウオーの「ラヴディ氏の遠足」という短編が紹介されていた。

 その中身が面白かったので、ネットで原文を入手。読んでみた。ブラックユーモアとしてはブラックすぎる話なのだが、ついでに、ウオーの本をもっと読みたくなったということである。だから何でもよいのであるが、一番面白そうなので、『大転落』にしたのである。

 これはオックスフォードのカレッジを追放された男の話で、学校や教育、そこからはみ出していき最後はまた振出しに戻ると言うふざけた話である。ウオーは筋金入りの保守主義者であるが、ジョージオーエルのネガとポジと位置付けるとよくわかる。

 これは楽しく読了。ついでだから、この休みには、イギリスの小説をいくつか読んでみようと言う気になった。ケインズはケンブリッジであるので、そんなことも底流になっているのかもしれない。

 ちまちま本を買うより、大人買ならぬおやじ買いで、文庫本を7冊ほど買い込んだ。経済とは直接関係ないけれど、名作を経済から読み解くというのもまたよしと思っている。おすすめかどうかは、来春に報告したい。




経済学入門:「薦められる」本と「薦められない」本 投稿者:TM 投稿日:2011/12/20(Tue) 17:03 No.472

経済学入門:「薦められる」本と「薦められない」本

まずは、「薦められない」本:
永濱利廣『中学生でもわかる経済学』KKベストセラーズ(2011年12月25日)

この本の内容の多くは、中学生でもわかるどころか、誰が読んでもわからないような内容になっているので、絶対に誰にも薦められない本。
例を挙げれば切りがないが、(1)第一に、一番初めの「カダフィが倒れてお札もだたの紙クズに」という、いかにも時事ニュースを取り上げているような節の説明をよく読んでみると、単に「金の代わりに持ち運べて、いつでも金と交換できるもの」としてお札が登場したというだけの内容で、本文では最後までカダフィのカの字も出てこない。
もっとも本文の、最後の文で「政府が倒されちゃうと・・・お札の価値がほぼゼロになるなんてことに・・・」となっており、注に小さく「リビアのカダフィの肖像画入り紙幣は、お金としてほぼ流通しなくなっている」と書かれているので、かろうじてこの節の見出しの意味が伝わってくる程度。
(2)第二の例は、「電気料金てどうして競争がないの?」(p. 18)という節で、最初の出だしから「ほかの国と比べて日本は電気料金が高い!っていわれているね。みんなで使っているんだから、値段を下げたらいいのに、なんて思ったことはないかな?でも、これはできない相談なんだ」というそれ自体かなり複雑な問題の立て方になっている。
途中の議論はかなりおそまつで、市場競争にまかせると夏と冬のピーク時には電気代が上がってしまってこまるし、アメリカのように大規模な停電が起こる可能性もあるとする。
結論としては、「日本ではこうならないように、国が見守っている。大きな電力会社9社がエリアごとに分担して電力を売って、競争もしないけれど、必要以上に高い値段になることもないんだ」としている。日本中が電力不足を心配しているときに、このような現実離れしていて、しかも経済学的にいいかげんな議論をしているとは信じられない。
もうこれ以上の例はいらないが、あえて最後の方で、ギリシャ危機をとりあげている節「『ギリシャ危機』とは:パンドラの箱を開けちゃった!」(p. 124)を取り上げると、何と今の危機はギリシャが国の借金額についてウソを言ってユーロ圏入りをしたことがバレてしまったので起こったという週刊誌レベルの論旨!
その上、囲みに日本との比較があり、日本の借金の対GDP比はギリシャやイタリアより多いが、「しかし、世界に誇れる産業があるからいまは大丈夫だ」という結論。
こんないいかげんな議論は、中学生にも通用しなし、生徒をまどわすだけ。ちなみに、著者は、第一生命経済研究所主席エコノミスト!?

次に、上記よりはるかにましな「薦められる」本:
『すごくやさしい経済学』リベラル社(2010年2月18日)

この本は、書店の経済や経営のコーナーの一番前かレジの横などに手帳ないし新書サイズの経済・経営解説書が置いてあるところでよく見かける青い表紙の小冊子で、私もこれまで気づいてはいたが、今回上記の本を見つけたこともあって、初めて手に取って中を見てみたところ、この種のものとしてなかなかはよく書けていることを発見。
ミクロやマクロのすべてのトピックが見開き2ページにまとめられており、左ページが説明、右ページが図表と見やすく見やすくなっている。
最初から基本的な問題、たとえば「限りある資源とは?」「あちらを立てれば(トレードオフと希少性)」「損得勘定で選ぶ(インセンティブ)」「選択されなかった費用(機会費用)」「交換するための場所(市場)」などをもらさず解説。その上でもっとも重要なポイントである市場のメカニズム(効率性)についても、「市場で満足度を高める」というところで、漁民と猟師が魚と動物の肉を交換する例から始めて、現在の市場で「みんな満足」という説明を行っている。
さらにミクロでは、「合理的であること」について、実際の人間の非合理な行動についてどう考えるかなども簡単ながら取り上げている。
マクロでも、「足し算すると変?(合成の誤謬)」「GDPの3つの側面」といった点にも触れた上で、「フローとストック」や「実際のGDPと潜在GDP」にまで言及して、簡単に説明している。
不思議なことに、この本にはどこにも編集者の名前がなく、単に発行者と発行所の名前が表記されているだけ。
いずれにしても、この小冊子こそ、中学生から大学、社会人(そして一部の経済学者)に入門書・参考書の一つとして薦められるもの。
ちなみに表紙の一番上には、「何も知らない人のための」という修飾語が書かれており、その下に本のタイトル『すごくやさしい経済学』が続いている。まさに適切な表現といえる。
(宮尾)



学生たちの理解と誤解:自由貿易協定の利益 投稿者:TM 投稿日:2011/12/17(Sat) 18:21 No.471

学生たちの理解と誤解:自由貿易協定の利益

例年のように今年の秋学期に、秋田の国際教養大学で「グローバリゼーションの経済学」を教えたのですが、今年の期末試験に、以下のような問題を出しました。

「自由貿易協定(FTA)とは何か。それがここ20年ほどの間に世界経済において急速に広がったのはなぜか。また自由貿易協定のプラスとマイナスについて説明せよ」

もちろん学期中の講義の中で、自由貿易協定(FTA)、経済連携協定(EPA)、またこの一種であるTPPについて詳しく説明し、また期末試験の前の復習の時間にも、自由貿易協定についてのおさらいを行いました。
しかし、それにもかかわらず、学生たちのこの問題に対する答えは、ほんの数人の例外(優秀な留学生)を除いて、基本的に間違ったものでした。それもほとんどの学生が同じ誤りを犯したことも特徴的だったといえます。
まず、FTAの急速な拡大の理由については、以下がポイントです。

「WTOなどが目指すグローバルな多国間の協定とは異なり、FTAは限られた国々の間(通常は2国間)だけで行われる自由貿易協定である点が重要。これはWTOにおける多国間協定の交渉が行き詰っているために、より政治的な決定が容易で迅速に行える限られた国の間での協定が一般化した結果であることが指摘されるべき」

しかし、ほとんどの学生は、この重要なポイントを理解できず、むしろ「世界が貿易面で自由な競争を求めるようになった結果、FTAが一般化してきた」と答えています。
そのためもあり、FTAのプラスとマイナスについての質問に対して、ほとんどの学生の答えは、「プラスは自由貿易の利益を各国が享受できること、マイナスは国内の弱い産業(日本では農業)が打撃をうけること」という誤ったものになりました。
この問題に対する正しい答えのポイントは、以下のとおりです。

「プラスとしては、FTA締結国の間に限ってはより自由な貿易の利益が生じる可能性が高いが、マイナスとしては、FTA締結国でない他の国との交易を阻害し、国際貿易の利益を損ねる可能性が高いこと」

つまり、国際的に見てFTAが望ましいかどうか(より効率性を増すかどうか)は、前者のプラスと後者のマイナスとを比較して決まることになります。
これに対して、各国の国内産業への打撃という「マイナス」は、これらとは次元の違う問題で、これはある意味で前者のプラスの中に含まれているといえます。つまり、国内で起こるプラスとマイナスの一部に過ぎず、国内の輸出産業や消費者の利益というプラスの方が弱い産業への打撃と言うマイナスを上回るので、国全体としてはプラスになるということです。
したがって、ほとんどの学生の答えである、「一方で各国が自由貿易の利益を享受できることがプラスだが、国内の弱い産業に対する打撃がマイナス」という議論は、そのプラスとマイナスの基準が異なるので正しくありません。

なぜこのようにほとんどの学生が同じ誤った理解を示したかの理由の一つは、「貿易の利益」の意味を理解していないことにあると思われます。
いうまでもなく、貿易の利益は、基本的に需給曲線を使った市場取引の利益(余剰の増大)および効率性の達成(余剰の最大化)と同じもので、その過程で起こる「弱い産業への打撃」は、市場での規制を緩和ないし撤廃することで「損」をする側の余剰の減少に対応するものです。この減少よりも「得」をする側の余剰の増大の方が大きいので、国全体としてプラスになるというのが貿易の利益のポイントです。
したがって、弱い産業への打撃というマイナスについては、あくまで自由貿易で大きくなった余剰をどう分配するかという次元での問題で、原理的には国内で対処できるものと考えるべきです。

実際にこの「グローバリゼーションの経済学」のコースでは試験に加えて小論文を書く必要があり、学生たちはそれぞれ興味をもつテーマを選んですでに論文を提出し、クラスでも発表を行いました。その中で3人ほど日本人学生がTPPの問題を取り上げ、すべて反対論の立場を打ち出しましたが、その論旨も基本的に上のような理解もとづいていて、「経産省の研究ではTPPによって日本のGDPの成長率が高まるというメリットがあるといっているが、農水省の研究ではそれと反対に日本の農業に大きな打撃があるといっている」という形でプラスとマイナスを併記し、結論として農業への打撃は日本の経済や社会に大きなマイナスとなるという結論となっています。

もちろん、私は学生のクラスでの発表の際に、そのような議論の問題点を指摘し、まずTPPが世界経済にとって、また日本経済全体にプラスかどうかを検討すべきで、もしプラスであれば、その次にどうやって国内の農業を含む産業および消費者の間でそのプラスを分配し合うかを議論すべきとコメントしたが、学生たちの理解がそこまでは及ばなかったようです。

以上の点は中学や高校でも、FTAやTPPを論じる際に出てくる論点と思われるので、ご参考までにご報告しました。
(宮尾)



授業で役立つ本 88回 投稿者:新井 明 投稿日:2011/12/13(Tue) 13:09 No.470

 前回からひと月、あっという間に、もう師走です。この間、勤務校の学校公開、非常勤の講義の準備、研究会で二度京都に日帰り往復など、あわただしく過ごしてしまいました。
 紹介したい本も結構あるのですが、なかなかコンスタントにここに紹介できなくなっています。とはいえ、今回も日記風に読んだ本を紹介してゆきます。

11月某日
 前前任校の保護者会。卒業してから8年目になるのだが、保護者の有志が毎年一回集まり昼食会をやるのだ。さすがにそろそろ卒業と思いつつ、3年間クラス替えがないというスタイルの学校の良さでもありということで出席。帰りに本屋で新書を何冊か購入。買ったのは吉本佳生さんの本である。さっそく読む。

 最初に読んだのは、『無料ビジネスの時代』ちくま新書である。この本は、最近はやりの無料ビジネスを扱った本である。最初の一杯が無料のコーヒー店とお変わり無料の店のどちらを経営者は選ぶかという問からはじまり、共同購入クーポンと無料ビジネス、TDSとUSJのアトラクション無料の比較と続く。

 『スタバではグランドを買え』では、消費者の立場から経済学の知見を解説していが、この本はビジネス経営者の立場からの解説。個別のいろいろな問題をとりあげ面白く解説している本と思ったら、さにあらず。本当の意図は、現在の消費不況を打ち破る道が無料ビジネスにありということを訴える本だった。
実は、それを最初は読み取なかった。それが分かったのは、もう一冊の本、『日本経済の奇妙な常識』講談社新書、を読んだのちである。

 こちらの本は、非常に面白い。吉本さんは、日本経済の奇妙な常識をまず20あげる。例えば、円の実力からみて、1ドル=80円を切る円相場は超円高だ、など国為替相場と日本経済の関係などの「常識」が間違っていることがデータを踏まえた分析で解かれてゆくのだ。

 無料ビジネスの関係では、14番目に上がっている、日本の所得格差の拡大は、大部分が高齢化によって説明できる、や16番の、国際競争を考えれば、日本の労働者の賃金を引き上げるのは難しい。という「常識」が関連。

 二つの本を読んでゆくと、吉本さんの診断は、日本の現在の不況、デフレは消費不況であり、それは1998年を分水嶺としていること、その原因は、企業が得た利益を内部留保でため込んでいて還元をしていないこと、実質賃金の低下は弱い企業や労働者にしわ寄せられていると読める。それに金融政策の失敗などが重なり現在の状況が生まれているということがメインの主張である。

 ここから、企業自身の貯蓄を活用する、個人ファイナンスを組み込んだ無料ビジネスをもっと展開すべきという最初の本の主張が生まれるというわけである。そして、最初の本では、起業だけでなく消費者の意識も変わらなければ、消費不足からの脱出は難しいとして、勤勉な職業人よりも、遊び上手なキリギリスのような人になれとまで説くのである。でも、それは難しい。だから迂回戦略として単なる値下げでなく、お金を有効に使わせる無料ビジネスが必要というのが吉本さんの論理。

 後者の本では、復興のための財源にデリバティブ復興債なる金融商品まで提案。投機的な対象になっても、それが取引されることで復興の状況が忘れ去られないことが大事という吉本さんの発言は、実現可能かどうかは別として、なかなか説得力ありと思う。

 吉本さんは、「経済学の有効性を信じ、このような啓蒙書をかいているという意味での市場原理主義者」と自らを称している。自信がなければ言えない言葉だ。
 
 両方とも新書で200ページ強の本だが、後者の『日本経済』の方は内容が濃く、論点も多岐で、何回か読み返して確認しながら読了。20の論点のすべてが実証的に正しいかどうかは異論もあろうが、それでも、おすすめ本。もしこれが難しすぎるというのであれば、同じ吉本さんの『ニュースと円相場から学ぶ使える経済学入門』日本評論社、を読んで、新書を読み返すとよい。この本はハードカバーのマクロ経済学の入門書ですが、まさに使える本。

11月某日
 今日はお昼のお弁当を持参しなかったので、ちかくのグリーンコートというところへ昼食を食べに行く。ここは、昔、理化学研究所(理研)があったところを再開発したところで、今は科研製薬の本社ビルと、住宅となっている。昼食は科研の社員食堂(一般も可)でスカイツリーを見ながらうどんを食べる。帰りに、本屋により、今日も新書を手に入れ、午後の空き時間にさっそく読み始める。

 手に入れた本は、加藤久和『世代間格差』ちくま新書である。
 世代間格差に興味を持ったのは、夏の経済教室での中川先生の講義が大きい。若い人たちが本気にこの問題に取り組まないととんでもない未来が来ると中川先生は強調していた。その実態がどうなのか、どうするかに関心があり、手に取った。著者の加藤さんは、人口経済学の専門家で、社会保障財政の将来予測などを行っている明治大学の先生である。

 この本、最初に世代間格差の総論を置き、次に社会保障制度、労働・雇用システム、少子化を扱い、最後に解消の展望を語るという構成になっていて、コンパクトにこの問題を展望するのに役立つ。

 世代間格差を計測するには、政府からの受益と政府に対する負担を世代ごとに計測して分析する世代間会計という手法を使うとのこと。結果としては、やはり現在の50歳くらいを境目にして、受益と負担が別れるのだが、それぞれの分野ごとに違いがあり、一概に格差を見ることはできないという。

 世代間格差の発生原因は、人口構造の変化が一番だが、ほかに社会保障制度の賦課方式などの若者に頼った財政システムや、日本特有な雇用慣行などが複雑に絡み、要はこれまでの社会システムが制度疲労を起こしているというのが著者の診断である。

 個別の分析にも役立つ情報があるが、日本の社会システムが制度疲労を起こしているという指摘が印象的な一冊である。

11月某日
 金融教育のセミナーで実践事例を報告してほしいと言うので、京都まで往復する。行きは準備で本を読むより、今日は何を話すかのシミュレーションなどを行っているので本は読めないが、帰りの車中は格好の書斎となる。京都駅の三省堂で新書を買ったら、カバーが東本願寺の親鸞聖人750年御遠忌の行事が書かれたもので、さすが京都と関心する。

 買った本は、経済本ではなく、羽田正『新しい世界史へ』(岩波新書)である。羽田さんは、京大出で、イスラーム史を専攻、現在、東大で「世界史」を専攻と称している歴史の先生とのこと。私ははじめて読んだ人である。昨年講演を聞いた井上章一さんなどから言わせると「うらぎりもの」となってしまうような経歴の人になるかもしれない。

 内容は、これまでの世界史では現在のグローバル化の時代では、理解できないという認識に立ち、新しい世界史の理解の仕方、語り方を提起したものである。そのなかで、印象的なのは、「元気がない歴史学」という認識と、高等学校の歴史教育への危機感である。

 教科書にある世界史を世界史と思っているのは、時代に合わない、新しい世界史を構想すべきというのが主張である。現在の教科書は、システム論などを取り入れ、かなり新しくなっているが、それでも地域史の集合であり、西洋中心主義を抜けていないと羽田さんはいう。

 新しい世界史は、@世界の見取り図を書く、A時系列史にこだわらない、B横につなぐ歴史を意識するという。これは19世紀前半までの世界史的な書き方であるとして、その後はこの本では扱われていない。その当否は、実際に世界史の教科書がかかれて判断されるだろうと思う。

 倫理でも宗教分野に関して、高校倫理の教科書の書き方を批判し、新しい宗教の扱い方を提言した、藤原聖子さんの『教科書のなかの宗教』(岩波新書)があるが、同じような発想の本が立て続けにだされているのに、時代の変化を感じる。

 経済教育でも、同じであり、現在の政治・経済の教科書の記述の一番ベースになる部分が、これまでの惰性で書かれていることが問題になりはじめている。似た動きは一斉にはじまると感じる本である。

 世界史の話に戻るが、羽田さんのいうような構想で歴史を書いたら、読んだ人間は逆に全体像が分からなくなるのではないかと思ってしまった。というのは、中心がなくともよいというのは認識として成り立つのかが疑問だからである。地球市民を育てるためには、新しい世界史が必要だという主張はわからないではないが、たぶんそれは、軸がないなんでもありになりはしないかなどと思いながら、車中で読了。

 後日、奈良学園の山本先生から、阪大でも同じような世界史と世界史教育の見直しの動きがあるとのことで資料を送っていただいた。そこには、世界史を西洋史、東洋史、交流史にわける世界史認識や教育は制度疲労を起こしているという表現があった。

 今月は、制度疲労や見直しに関する本がたくさん出てきたなと改めて感じる。

11月某日

 頼まれた仕事の打ち合わせ会議に、勤務後でるために新宿で途中下車。新宿で降りてそのオフィスにゆくまでにいつも感じるのは、とにかく怖いということである。何が怖いかというと、歩く人のスピードである。早いのである。だから、よほど気を付けていないとぶつかりそうになりひやりとする。また、流れを横切るときも神経を使う。この速さは日本の活力の象徴かとも思うが、とにかく年寄りにはあまり有難くない街である。

 それはさておき、会議の前にちょっと時間があったので本屋に立ち寄り一冊購入。買った本は、中島隆信さんの『刑務所の経済学』PHP研究所、である。

 タイトルがぎょっとする本であるが、中身しごくまっとうな本である。中島さんは、2003年に『大相撲の経済学』をだし、立て続けに『お寺の経済学』『障害者の経済学』『おばさんの経済学』と立て続けに、日常やあまりこれまで経済学で取り上げられてこなかった領域からのアプローチをしてきた経済学者である。

 このところこのシリーズの刊行がなかったが、内閣府で仕事をしていたとのことが「あとがき」に書いてある。だから、一時、慶応義塾大学客員教授となっていたのだと変なところで納得した。

 さて、この本、『障害者の経済学』の関連からでてきた本とのこと。障害者と受刑者の共通点は「社会に居場所を見つけにくい」ということだと中島さんは言う。そこから『障害者の経済学』で得られた知見を受刑者に当てはめていったら何が見えるかという問題意識から書かれた本である。

 この種のこころみはこれまでほとんどなされてこなかっただけに、興味深い指摘がたくさんある。冒頭には、思考実験として、前科がある人間が300円のパンを万引きして懲役6ヶ月になったとすると、概算で国費が130万円かかるという話からはじまる。これだけのコストをかけても、社会復帰がされ、犯罪が減ればよいが、現実はそうなっていない。どこかに見落としがあるのではというのが中島さんの診断である。それを自分の足で全国の刑務所などを調査しながら、まとめたのが本書である。

 全体は6章に分けられている。そこで目を引くのは、「赦しの合理性」とタイトルされた第一章にでてくる、比較優位の考え方という箇所である。「どんな人間でも社会から排除されることは何の得にもならない」というところから、「絶対的に劣位にある人たち」を排除することは人道的に許されないし、経済的にも得にならないと説かれる。

 比較優位をいかすといっても一筋ではゆかないのも現実。中島さんは、比較優位の実践にはコストがかかること、ほめるより非難する方が楽であること、転ばぬ先の杖のシステムが日本では完備されてしまっていることの三点をあげて、問題を指摘して、対応を提言してゆく。

 以下、犯罪の抑止、刑事裁判と応報、刑務所、少年犯罪、厚生保護と、刑事政策の分野の経済学をもちいた分析や実態の紹介がされてゆく。はじめての試みの本とご自身も言っている面があり、かならずしも全体が同じ密度で書かれているとは思えない部分があるが、とにかく「へー、そうだったんだ」「こんな考えもあるのか」と目からうろこの情報や考え方がつまっている本である。

 現場で日々苦闘している先生からみると、批判もあろうが、一読の価値ありのおすすめ本だと思う。また、法と経済の観点から、刑事政策の本、例えば、菊田幸一『日本の刑務所』岩波新書、などと比較しながら読むと、発想の違にびっくりするとともに、その違いをこえて、目指すところは同じではと思ったりした。

 この本を読んで、新宿の雑踏がすこし別の観点から眺めることができた。それでも、あのスピードにはついてゆけない。



公平(分配)と効率(成長)との選択:アンケート結果 投稿者:TM 投稿日:2011/12/02(Fri) 08:30 No.450

公平(分配)と効率(成長)との選択:アンケート結果    

以下の質問を、国際教養大学の学部学生にアンケートを取った結果:

質問:
所得がA万円の高所得者100人とB万円の低所得者100人がいる経済を考えて、以下のどの経済が望ましいと思うか一つ選びなさい。
(1) A = 10、B = 10、所得合計 (= 10×100+10×100) = 2,000
(2) A = 12、B = 9、 所得合計 (= 12×100+ 9×100) = 2,100
(3) A = 14、B = 8、 所得合計 (= 14×100+ 8×100) = 2,200
(4) A = 16、B = 7、 所得合計 (= 16×100+ 7×100) = 2,300
(5) A = 18、B = 6、 所得合計 (= 18×100+ 6×100) = 2,400
(6) A = 20、B = 5、 所得合計 (= 20×100+ 5×100) = 2,500
-----------------------------------------------------------------------
「グローバル経済」のクラス(日本人学生と留学生の学部3、4年生):
以下の数字は、(総数 [日本人数、留学生数])
(1) 0 [0, 0], (2) 3 [2, 1], (3) 6 [4, 2], (4) 1 [1, 0] , (5) 1 [0, 1] (6) 3 [2, 1]

「ミクロ経済学」のクラス(日本人学生のみ):
(1) 1、 (2)  1、 (3)  1、 (4)  3、 (5)  1、 (6)  5

以上の総合計:
(1) 1、 (2)  4、 (3)  7、 (4)  4、 (5)  2、 (6)  8
-----------------------------------------------------------------------
結果の解釈:
学生の間に大別して2つのグループがあり、一つのグループは比較的公平な分配を望ましいと思う学生たちで、2倍程度の所得差までは容認するがそれ以上の格差は仮に総所得が増えても容認できないとする。もう一つのグループはより格差があっても総所得が大きな経済を望ましいとする効率・成長志向の学生たちで、4倍以上の格差も容認するとする。
興味深いのは、この2つのグループが数の上で拮抗していることで、この傾向は日本人学生の間でも、留学生の間でも同様に観察できる。
ある意味で、どの国でも公平・再分配を主張する「左寄り」の政治勢力と効率・成長を主張する「右寄り」の政治勢力が拮抗している情勢が反映されているといえるのかもしれない。
(宮尾尊弘)



授業に役立つ本 87回 投稿者:新井 明 投稿日:2011/11/13(Sun) 11:20 No.437

 11月も半ばになりました。一昨日は11年11月11日で、100年に一度の日ということで、話題になりました。かくいう私も、授業で生徒にその話をしたのですが、あまり受けず、ちょっと残念。

 そういえば100年に一度というのは、どこかで聞いた言葉です。前回紹介したドーア本ではありませんが、金融危機は続き、100年に一度どころではなく、数年に一度同じようなことがおこるような世界になったのかもしれません。生徒の、しれっとした対応もそんな風潮を反映していると考えると、納得できるような、できないような落としどころを間違えた感じです。

 さて、今回も日記風に、この間読んだ本を紹介してゆきます。

11月某日
 トルストイ読みが一段落したので、本屋にでかけ経済書や新書のコーナーを回る。今回購入したのは二冊の同じようなタイトルの本である。一冊は、内田貴『民法改正』ちくま新書、もう一冊は、大村敦志『民法改正を考える』岩波新書である。似たような内容が違う新書で出されるのはよくあることであるが、同じ月に、同一テーマの本が出されるのは珍しい。それで二冊買って、どちらが役立つか比較してみようと思った。

 そもそもなぜ民法本を買う気になったかと言うと、12月にネットワークの総会があり、そこで「経済教育と法教育の対話」というシンポジウムが開催される。そのシンポジウムを企画した縁で、シンポジストとして実践報告をしなくてはいけないはめになったためである。つまり、にわか勉強をしなくてはいけなくなったという訳である。その意味では、どちらの本がにわか勉強に役立つかということも関心にあった。

 結論は、内田本が大村本より役立つというのが私の判定である。

 内田さんも大村さんも、東大の先生である。ただし、内田さんは、2007年に東大をやめ、法務省に移り民法改正の指南役として活動をしている人である。大村さんは現役の東大教授であり、その違いが大きいかとも思う。当然ながら内容は似たものであるが、書きぶりの違いは大きい。内田本は、民法改正に関して、内部の人間として一般の人にわかってもらいたいという熱意がある。それに対して、大村本は、東大の大学院での留学生向けの講義をもとにしたいわば解説本である。その姿勢の違いが書きぶりの違いに出てくる。

 一例をあげよう。現在の民法は、ドイツの影響をうけパングテン方式という方式で書かれているそうだが、それを親切に解説しているのは内田本である。それに対して、大村本も扱っているが、その書きぶりはやや不親切である。引用してみよう。
 内田本、「…、このように下位のカテゴリーに共通する抽象概念の一般的規律をくくりだして頭に置く、という方式は、ドイツ民法の方式で、パングテン方式と呼ばれます。…」(p39)。
 大村本、「現行の日本民法典は、パングテン方式で編集されている。パングテン方式の特徴は、物権と債権との峻別、総則と各則の階層化などに求められる。…」(p150)。

 いかがだろうか。同じ内容でも、法律の素人である私には、内田本の、定義を丁寧に書き、そこから何が問題かを書いてゆくスタイルは、とても理解しやすいし、問題を発見しやすい。それに対して、民法に関する啓蒙本をたくさん書いているはずの大村さんの書き方は、前提としてある程度の知識を要求していると思う。それは、文体の違いも大きいかもしれない。

 文体を別として、この違いは、内田さんと大村さんが、同じ東大の民法でも、多分専門領域を異にしているのではないかというのが一つ。それは、内田本は契約法だけに焦点を合わせているのに対して、大村本は家族法も含めて全体を扱っていることからも推定できる。また、実践指向の内田さんに対して、理念指向の大村さんという体質の違いもあるかもしれない。さらに、人間や社会に対する姿勢の違いもあるかもしれない。これらは、一冊の本から勝手によみとった推定でしかないが、役立つという価値基準からいえば、さきほどの結論になるといのが私の判断である。

 民法の改正は、100年に一度の大変化をもたらす可能性があると二つの本を読んで理解した。民法の考え方を高校までの教育にもっと導入せよというのが、法教育の推進の一つのスローガンであろう(ただし、そうでないかもしれない)。とくに経済教育との関連では、契約法の部分が大きく関連する。もっと勉強しなくてはと思いつつ、あまりウイングを広げてもあぶはちとらずだとの思いも出た二冊の本である。

11月某日
 民法の新書に触発されて、大村敦志さんの本をひっくり返す。あぶはちとらずと言いながらディレッタント的にウイングを広げるのが問題だと自覚はしているが、これは治らない習性ということで居直っている。

 かつてこの欄でも紹介したかもしれないが、大村敦志さんの私的な司書を、私の前前任校の卒業生がやっていた(大村さんの本のあとがきに、彼女の名前がでてきてびっくりした)こともあり、関心は持っていた人であり数冊大村さんの本を購入していたのである。新書はやや辛めの採点をしたのだが、法教育の面からは、無視できない本を何冊も書いている。

 今回、読み直したのは、『民法0・1・2・3条<私>が生きるルール』(みすず書房)、と『市民社会と<私>と法I』(商事法務)の二冊である。前者は、「理想の教室」というシリーズの一冊。後者は、「高校生のための民法入門」というサブタイトルが付いている。
 
 どちらも、具体例もあげながら、丁寧に問題をといてゆく。前者は、民法の総則のまさに一番理念的なものを解説しつつ、19世紀型民法、20世紀型民法、21世紀型民法と制定、改正を踏まえて、時間軸で整理してゆく。それに対して、後者は、上下二冊で民法全体を概観しつつ、ケース編とルール編とわけケース編では、高校生が日常ぶつかる事例(例えば自転車の盗難とその後など)をお話し風にまとめ、ルール編では、それをうけた解説をするというケースメソッド方式で書いてゆく。

 新書で不親切だった箇所は、この二冊を読むとかなりよくわかる。要するに、本は一冊だけでなく、同一テーマで違う著者の本と比較すること。さらに、同一著者の比較的大きめの本と比較するとなんとか全体像がおぼろげながらわかるということだ。

 それでも、民法は幅が広い。民法全体像を高校の教室で教えることは無理というのは当たり前だが、では、どこをどう教えるか、なかなか難問だと感じる。内田さんのように(多分)、道具として民法を使って、一部分を切り取りながら授業をすることは可能だろうが、大村さんが目指している(と思われる)、思想としての民法をはたして高校までの法教育で伝えられるか、伝えるべきかなどを考えてしまう。

 これは、経済教育でも全く同じことが言えそうである。それにしても、学問体系と教育の関係は難しい。大村さんは、高校までの法教育の普及に熱心なようだが、法教育関係者はどんな評価をしているのか、聞いてみたいと思う。

 それにしても、やっぱり私はディレッタントであるなあ。

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