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まだ出戻り非常勤日記 59回 投稿者:新井 明 投稿日:2017/04/19(Wed) 11:43 No.1320

 今回は4月前半の報告。タイトルに「まだ」をつけさせてもらった。

4月某日
 恒例の「まん月」の会に出席。
 この会は、一年に何度かFPの方たちとそば屋で歓談する会である。主催者の野田さんからは飯嶋和一を教えていただいたりして、情報交換の場としても有意義な集まりである。
 今回は6名参加。うちお二人は同志社大学出身(英文科と法学部)とわかる。経済や商学部出身でないところがミソか。
 おいしい日本酒をのみ歓談するというのは精神の健康によい。
 会場に行く前に、古本屋により、佐野眞一『渋沢家三代』文春新書を入手。この本、出たときに読んでいるが、20年ぶりくらいに再読。
 渋沢栄一と廃嫡されたその息子、さらに孫の敬三と渋沢一族の三代にわたる軌跡をえがいたノンフィクション。特に、三代目の澁澤敬三とそのパトロンぶりが興味深い。
 柳田からはじまった民俗学への関心が、隣接の民族学、文化人類学の関係者にひろがってゆく。特に、敬三が支援した宮本常一の本を読まなければと思う。

4月某日
 東京は桜が満開との報道。
 満開というのはだいたい8割がた咲いている状態だそうだ。我が家の近くはまだ2から3分咲き。どこの話だ、責任者出てこいという報道である。
 気候のせいか、それとも古い本をたくさん読みだしたせいか、喘息がではじめる。薬があるのでそれを使うが、この頃落ち着いていたのだが、ここ数日連続で薬をつかうようになってしまった。
 原因の一つをへらそうということで、部屋の掃除をはじめる。
 炬燵の脇は書類、読んでいる本などでほこりの巣になっている。それを整理するのだが、焼け石に水。
 妻曰く、全部すててしまわないと咳はとまらないわよ。たしかに正しいのだが、正しいことは正しくないという事例でもある。
 それでも少し整理したら、たしかに咳はでにくくなった。原因は季節よりほこりのようだ。

4月某日
 レインボーニュースの打ち合わせに出かける。
 その前に、上智の図書館により借りた本を返却。借りた本は、新着の棚にあった何冊か。そのうち、小熊英二『私たちはどこへゆこうとしているのか』毎日新聞、は時論で、すぐに読めてヒントになる記述が多かった。
上智は本日、大学院の入学式。そういえば昨年も大学院の入学式の日にでかけたなと思い出す。一年ははやい。
 外堀の桜もやはりまだ満開とはいえず。今年は開花ははやかったが、満開まで時間がかかっている。
 打ち合わせを終えてすぐ帰宅。

4月某日
 孫2が不調になったということで預かる。
 孫をみながら、昨日借りた本を読む。高橋衛『近現代経済史研究の理論を問う』広島大学出版会、が面白い、この人、全く知らなかったが広島大学の教授だった人。自伝でもあり現代経済学の批判エッセイでもある。学生運動家から研究者になり、マルクスも近経も視野にいれた研究をしてきたという。
 ポストケインズ理論と宇野段階論の合成による真の段階論をつくるというのが結論で、そこまで読んだら、頑張ってくださいねと言う気分になってしまった。でも、研究者の縄張りの話や学生紛争時の話などは面白く読んだ。中身はともかく、研究者の実存をさらした本は面白いということだろう。

4月某日
 非常勤を頼まれた大学の下見に行く。
 新学期前に、一度行かねばといいうことで、都内で打ち合わせがあったあと、丁度帰路の途中なのででかけることにした。
 地下鉄の駅から徒歩で20分ほどかかる。大学は妙正寺川という都市河川が作った谷の上、武蔵野台地の一番ヘリにある。駅から川まで急坂を下り、谷底の川と電車の線路を渡り、今度は級坂を上る。歩数を数えたら上りが160歩近くある。ビルにすると4階から5階の高さ。この坂が上れる人間だけが教える資格ありということなのかと思う。
 視聴覚機材やパソコンの設備、非常勤講師室の位置や教室を確認して帰宅。
 どんな出会いがまっているか、楽しみでもあり不安でもある。

4月某日
 多摩地区でやっと桜が満開。
 恒例の桜見物にでかける。すべて車窓よりの見学である。
 府中にでて桜通りという両側に桜が植えてある通りを抜け、話題の東芝の工場の桜を外から眺め、国立に出るというコースである。
 国立の大学通りの桜は、手入れが行き届いてきたこともあり、見事であった。残念なのは、一橋大学の先の区画の一部は枯れてしまって空間があいていることだ。それでも排ガスや樹齢で危機的だったころに比べると復活という感じである。
 昨年も書いたが、逆に東西の桜通りの花は一時の勢いがないように思う。中途半端な手入れが問題なんだろう。
 今年の新発見は、東八道路という道路に植えたソメイヨシノの並木が大きくなって見ごろを迎えていたことだ。この道路、幹線道路でもあり、歩いてアクセスも悪いので花見客が出るようなところではないが、まだ若い木に勢いがあり、見ごたえがあった。
 有名なところでなくとも見どころはあるものだ。

4月某日
 夕方からネットワークの東京部会。
 部会前に、杉田先生と陰謀部屋(ネットワーク東京オフィスを我々はこんな言い方をしている)で今年の授業プランの打ち合わせをする。
 部会では、夏の大会の確認、読売新聞の企画の紹介と意見交換のあと、杉田先生の主権者教育のプランが紹介されて討議を行った。年次大会の金子先生の授業と含めて、検討に値するプランであるということになる。升野先生の教材は時間がなく十分に検討できず残念。
 終了後、懇親会。そこでも議論が続き、加藤先生曰く「東京部会は篠原ゼミになった」。
 遅くまで話が尽きず、帰宅は午前様。久しぶりである。

4月某日
 昼寝と花見の日。
 前日の疲れが残り、午前中はぼーとして、昼食後、昼寝。
 起きてから、妻と近くの小金井公園に花見に自転車ででかける。小金井公園は桜の名所(とはいってもそんなに多くの桜があるわけではない)で先週は、花も咲かない雨の中で桜まつりをやっていた。
 本日は、満開を過ぎ、少し散り始めているがそれでも結構な花見客がでていた。ここでも外国人が目につく。また、最近のはやりなのかテントを持ち込む客もちらほら。
 ここの桜は、思い切り枝を伸ばして咲くので気分がよい。ソメイヨシノは変に手をいれるより自由勝手に咲かせると見事だ。

4月某日
 休日なのだが、都内某所で会議。
 授業の参考になるレクチャーを聞く。

4月某日
 新しい大学の非常勤の一日目。
 二コマ連続の受講者13人+3人。プラスの3人は小学校過程の学生さんが複免で中学校免許を取得するために一コマだけとる。構想としては、二コマ連続で上智でやっている講座と同じ内容をゆっくりやろうとしていたので、どうしようかと迷う。これは別途対応をすることにする。
 学生さんは結構多士済々。社会人経験者や山村留学で高校三年間を島根で過ごした学生、野球部挫折型もいる。人数が少ないので質的調査ではないが、学生さんの変化をしっかり観察してみようかと思う。
 講義では、自己紹介に時間をかけ、それぞれの属性や特徴をつかむことから始める。本論では、プリントを読ませてアンダーラインを引かせたりしながら、丁寧に時間をかける。
 リアぺの字数は少ないが、それでも結構面白いものもあり、最初の出会いとしてはまずまずか。

4月某日
 雨が降り寒い一日。
 娘からSOS。調子が悪く医者によって帰りたいという。孫2を引き取り、娘が帰宅したとの連絡で送り届ける。

4月某日
 前日の対応がよかったのか、娘は仕事に。孫2は保育園に。
 時間ができたので、クルマをだして、生協や少し足を延ばして昨年できたイオンモールまで買い物。平日なので閑散としている。

4月某日
 小石川に出校。
 今年も特任で受験講座2クラスを担当することになる。「まだ出戻り」である。今年の学年は、中三の時に公民を教えた生徒たちなので、三年間の成長がどんなものか、また中学の時の授業がどのように生きているのか、もしくは忘却されているのかを見る良い機会でもある。
 受講生とは、11人と6人。大学と同じで少人数である。
 年間計画だと一学期には9回分(18時間)しか授業がないので、早速本論にはいる。
 受験講座だからこそ、勉強を通して得るものがあるような内容にしたいと思うが、どうなるか。

4月某日
 上智から小石川へ。
 上智では本を返し、公共選択論の本を借り出す。
 小石川は1時間のみのクラス。6人といろいろやり取りをしながら政治の本質や国家について語る。世界情勢が混とんとしているからこそ、社会科や公民科の授業の役割が大きいと思わざるをえない。

4月某日
 本年度はじめての陰謀会議。
 参加者4名。塙先生が参加して、昨年より一名増えた。
 午前中は杉田先生の授業プランの検討。昼食はそば屋。ここが安くてうまい。そのあと古本屋でブックハンティング。私は、100円の文庫と新書、5冊手に入れる。
 午後は、金子先生の授業プランと私の資料紹介。じっくり一日勉強する。
 終了後、千駄木まで移動して、「おでん屋さん」で伝統継承の会。途中から、ここを紹介してくれた落語家のお内儀の卒業生が仕事を終えて合流。盛り上がる。こんなネットワークの広がりがあるのだという見本かもしれない。

4月某日
 孫1が小学生になったお祝いをもって、会いに行く。
 幼稚園から入学時までの写真をもらい、大きくなったと思う。楽しく学校に通っている、給食のお代わりをしたという話を聞いてほっとする。
 簡単な会食をして帰宅。車で行ったのでアルコールが飲めないのが残念。

以上、4月前半の日記。
 この間の読書など。
・佐野眞一『旅する巨人』文春文庫。出たときに読んでいたが、渋沢三代を読み、宮本常一を読み直さなければという気持ちになって入手した本。30年前も感心したが、やはり宮本はすごい。こんな人物はもう出てこないだろうと思われる。
・宮本常一『忘れられた日本人』岩波文庫。これも何回か読んでいる本だが、書棚を探してもみあたらず、新刊を購入。土佐源氏が有名だが、村のよりあいのようなかつての共同体での意思決定の方法などに興味が沸く。名著は何度読んでも役立つ例。
 これから少し、宮本常一の本を読んでゆこうと思う。
・呉座勇一『一揆の原理』ちくま学芸文庫。これはダメ本。呉座さんは『応仁の乱』で話題の歴史家であるが、本人も書いているが「中世の日本史の本のくせに、現代の社会問題にまでズカズカ踏み込んで発言している」ところが、本人は新味というが、批判的視点がいかにもネット的なステレオタイプで、本論自体の真実性を阻害している。同じ若手の、我那覇潤氏の論調と同じ匂いがあり、私の世代ではちょっと受け入れられない本である。たぶん、この感覚が今の30代から40代の感覚であり、それが安倍政権の支持基盤の空気なのかとも思うがどうだろうか。
・三谷太一郎『日本の近代とは何であったのか』岩波新書。政治史学の碩学が、「私なりに日本近代についての総論を目指した」と述べる本。政党、資本主義、植民地、天皇の四つの観点から明治以来の日本を総括している。「老年期の学問」と自称するが現代への危機感に満ち溢れた本でもある。「青年の学問」であるはずの呉座さんの本との肌合いの違いが興味深い。
・岡部光明『人間性と経済学』日本評論社。上智で借りた本。なにしろ6927円もする本である。本当に役立つもの以外は借りるに限るということである。岡部さんはSFCにいた元日銀マンのエコノミスト。総合学習批判をしたときに、総合政策推進派の見解の例として扱ったことがあり手に取った。この本も「老年期の学問」であるのだろう。内容は平易でこれまでの研究の総括なのだが、人間の幸福追求に役立つ経済学であるべきという部分はうなずけるのだが、最後が実践哲学と称してある人物に帰依するような話を書いている。内容は批判するようなものではないが、なんだかなあという感想を抱いた。「社会科学の新しいパラダイムをめざして」とあるが、パラダイムの転換はこんな程度の実践哲学でできるのかと思ってしまった。
 どうもおすすめ本が少ないが、結局、昔読んだ本を再読して、「老年の学問」を追求することが一番現代に通じるのかというのが最近の結論である。



出戻り非常勤日記 58回 投稿者:新井 明 投稿日:2017/04/04(Tue) 22:02 No.1317

 3月後半の日記です。

3月某日
 一日閑居して、年次大会用の原稿作成を行う。
 論文にするにはメモ的であり、メモとしては長すぎるし中途半端やなあというのが自己評価。

3月某日
 地域の図書館にでかけて大量に本を借りてくる。
 今回のテーマは日本歴史と主権者教育関係の本。
 日本史では、石母田からの広がりで、岩波の日本歴史講座の新しい版のものを数冊借り出す。このところ経済教育に重点があり、日本史、特に古代史への注目度が落ちていた。最新の研究の最高水準がどうなっているかを確認しなければということで借り出した。
 確かに石母田が歴史思想の扱いになっていたが、やはり大きな構想と筆力は大きいかと感じた。
 主権者教育関係では、選挙や政治制度を巡る本を借り出す。本当の狙いだった政策選択に関する本はほとんど一般の図書館にはなく、これが大学でないとダメかと思う。
 それでも、選挙関連の本でも参考になりそうなものが見つかり、ひろく網をはっておかければいけないなと感じる。
 帰宅後、借りてきた本を横に置いて、読むのではなく眺める。

3月某日
 賢人会議、またの名を陰謀会議に出席。
 本日のテーマは年次大会向けの準備。杉田先生の追加の授業での生徒の感想がすばらしい。高校1年生でよくここまで深く考えていると関心。日頃の教育の成果であろう。
 金子先生の追加の授業のプロセスも面白い。特に、政策選択の作業の欄外に「わからない」と書く生徒がいじらしい。これも日頃の指導の成果だろう。
 本日は、三重大の山根先生が「乱入」。実は、同じ大学で経済教育学会の春の研究大会が開かれていたのだ。全くノーマークだった。ところが、杉田先生が電車のなかで偶然山根先生と出会い、「乱入」となった次第。
 午後は、陰謀会議を中断して、山根発表の応援団で会場にでかけた。
 夜は、山根先生も含めて伝統継承の会。

3月某日
 前日のまとめづくりなどをする。
 入試問題解答に関するお問い合わせが来る。これがくるとグルーミーで、今年はもう2回目。見直して出したつもりなのだが、ミスる。寄る年波には勝てないのか。

3月某日
 一日家をでない。
 家の周りを市議会銀選挙の選挙カーが何回か通る。市会議員選挙だと選挙カーも軽自動車を使い、住宅街でもはいってくる。うるさいとは言えないし、まあ、受忍範囲か。

3月某日
 おでん屋事件発覚。
 卒業式の後にいったおでん屋さんから連絡が欲しいとのメッセージ。何かと思ったら、お代を頂戴していないという。「エーッ!」とびっくり。
 どうもよく聞いてみると。割り勘で払うことになり、私が集めて払おうとしていた時に、写真をとろうと連れが言い出し、おかあさんにシャッターを頼んだ。そのあと、次の客がドアをあけて、われわれは「すぐに出ます」といって、出てしまったらしい。
 私はてっきりもう支払いは済んだと思って、いい気持で帰宅の途についたということらしい。領収書などもとらないし、さいふにいくらお金が残っているのかも気にしなかった。そんなことが重なって、こうなったらしい。
 「時そば」ならぬ、「時おでん」事件である。
 このおでん屋さん、落語家のお内儀の卒業生から紹介をうけたお店。落語(はなし)にもならない話だ。早速清算にゆかなければ。

3月某日
 上智の図書館経由でおでん屋さんに行く。
 上智では、政策選択の本を探すつもりが、なぜか有賀喜左衛門という社会学者の本が目につき借りてしまう。ほかにも歴史学の本や経済理論の本など面白そうなものに目が行ってしまい、結局政策選択に関する本は借りずじまい。
 おでん屋さんでは、平身低頭。でも、これをご縁によろしくということで笑って清算ができた。

3月某日
 国会の証人喚問のテレビを見る。
 なんというか、ドラマというか見世物と言うか。
 新聞報道ではあまり取り上げられていなかったが、衆議院で質問した自民党の警察官僚上がりの議員の質問が「鋭い」のでうなってしまう。
 質問の仕方が取り調べと全く同じで、じりじり追い詰めるやり方。ストーリー(証人は信用できない人物である)ができていて、それに入れ込むような質問方式をとる。普通の人間には耐えられないプロの凄みを感じる。
 あのやりかたなら冤罪は簡単につくれるだろうなと変なところで感心。いや気分が悪くなった。
 証人喚問では、お仲間から裏切られた人物の捨て身の反撃が面白かった。週刊誌の見出しではないが、「死なば森友」である。私流には、あれは「政界リベンジポルノ」だ。

3月某日
 東証でお世話になった赤峰さんと昼ランチ。
 赤峰さんの旅行記、映画の話など話題はつきない。リタイア人間ゆえのぜいたくな時間。
 石母田正『日本の古代国家』岩波文庫を入手して、読み始める。
 唯物史観のにおいがぷんぷんのこる本だが、たしかに、スケール、実証性、見解のみごとさなど古代史に関する古典的な地位を占める本ということがよくわかる。この本、原本は1971年刊で、我が家にはあった記憶がある。でも、その時はそんな本とはおもっていなかったなあ。

3月某日
 年次大会のために京都へ。
 久しぶりに朝早く起きて出かける。土曜日なので指定席をとっておいて正解。ホームは家族づれ、外国人であふれていた。
 昼前に大学到着。
 年次大会は51名参加で、盛況。上智の玉蟲君も参加してくれていた。その時の内容はネットワークのHPをご覧あれ。
 終了後、懇親会に出席。帰りの新幹線はすいていた。人間は夜遅くにはあまり移動しないのだろう。午前様にならずに帰宅。

3月某日
 雨が降る。本日は市議会議員の投票日。
 外に出たくないような寒い日だったが、這ってでも投票にゆかなければということで、妻とでかける。投票率低いだろうなと思わせられるような出足であった。(後日、39%と発表)
 こんな天気だと若者は投票にゆかないだろうな。

3月某日
 選挙の結果がでる。
 私の投票した候補者は下から三番目で当選。死票にはならず。私が行ったことが多少は影響したかもしれない。
 一位は市民運動派の候補だったが、二位に1000票以上の差をつけてダントツで当選。その割をくって生活者ネットの候補が一人落選してしまった。票割れも怖いが、こんな形で一人がとりすぎるのも問題になるのだと思う。
 市議会の構成はほとんど変化なし。わが市はゴミ処理場問題、市庁舎問題(なんとレンタル市庁舎)など難問が山積みなのだが、これではまた意見集約ができず漂流しそうである。

3月某日
 クルマの一か月点検。
 今度の国産車は軽い。特に不満はないのだが、ドイツ車との違いはかなりのもの。基本的なコンセプトの違いなのか、国民性なのか。
 市役所に出向き、国民健康保険の手続きをする。共済組合、組合健保ときて、いよいよ国民健康保険のお世話になる。次は後期高齢者保健である。そこまで生きているか?

3月某日
 メルマガ原稿を作成。
 99号になるのにびっくり。2011年1月の24号からだから75号分担当してきたということになる。早いものだ。
 午後は、孫2を預かる。テレビをみせてママの帰宅まで待たせて、自宅に送る。

3月某日
 一日閑居。
 某大学の入試問題の解答をはじめる。この大学はシンプルな4択問題で、特に工夫も何もない問題。
 でも、入試問題はこの程度で十分じゃないかと思う。この問題でかなりの得点をとれれば政治や経済の知識としては社会に十分通用するのではと思いながらすすめる。
 新テスト云々で騒いでいるが、確実に言えるのは、この種の試みは、やればやるほどダメになるということだ。シンプルイズベストである。
 とはいえ、ミスなく原稿が書けるかどうかは定かではない。このあたりが困ったところだ。

3月某日
 8年前にいった南三陸町に出かける。
 震災後、一度はゆきたいと考えていたが、なかなかチャンスがなかった。いや、その気になれなかった。今回は、復興の応援はお金を使うことだろうということで、出かけることにした。
 前回行ったとき、旅館から街をみて津波がきたらやられる街だなという感想をもったことを思い出す。
 止まった旅館は、震災当日は緊急避難所、その後も二次避難所として社会的責任を果たしてきた。その記録が旅館のロビーに詳細に展示されていた。
 とはいえ、大浴場や露天風呂にはいり温泉気分を満喫した。

3月某日
 旅行2日目。
 昼食後、震災記憶のツアーに行く。旅館が毎日、忘れないため、また記憶をあらたにするためのツアーを準備している。
 ガイド役も従業員で、ご自身も被災者だった人である。高台にある中学校(まさかここまで津波は来ないだろうとおもわれていたところ)と仮設住宅、街におりて、骨組みだけ残る防災拠点、従業員の誘導がよくかろうじて犠牲者を出さなかったビルなどを回る。また、盛り土の上で開業した商店街なども回る。ここは土盛りをして町全体を上に持ってゆく構想で復興を目指しているが、はたしてそれでゆまくゆくのか、現地を見ると本当に先は長いという実感を持つことができる。
 わずか1時間のツアーだったが、参加してよかった。しなければわからないことがいっぱいあった。語り部の力であり、事実の重みである。
 一度、仙台に戻り、今度は石巻に行く。
 石巻も6年前に行った町。
 今回は、日和山を目指して街をあるく。町中まで津波はきているのだが、その被害の状況はあまりわからなかった。(後日、googleアースで見てみると、被害状況と変化の状況が比較できた)
 日和山では、偶然そこに来ていたおじさんと知り合い、被害の状況や避難、その後の話などを伺うことができた。
 前日のローカルニュースで保存問題が取り上げられていた門脇小学校、裁判となった幼稚園などを一緒にまわってくれて、家族の話し(ご長男を津波で亡くしている)やご自身のこれまでの経歴などを話してくれた。
 自宅は津波でやられて、避難所の体育館で4か月、その後仮設住宅で4年、今は復興住宅にすんでいるとのこと。復興住宅は鉄筋のしっかりした住宅になったが、家賃が発生するので年金だけで生活している高齢者にとっては負担が重くて入らないという人もいるという話も伺った。
 駅前で分かれて、市役所へ。
 石巻市役所は、つぶれたデパートのあとに入居した珍しい市役所である。ここで復興関係の資料をもらい、仙台に戻る。
 仙台で夕食の弁当を買い、新幹線で食べる。ただし、仙台からはすぐ大宮についてしまうので、ゆっくり食べるという感じではない。東北は近くなった。それでも、行ってみなければわからない遠いところでもある。
 学習の旅であった。

 最後に後半の収穫とダメ本。
・柴田悠『子育て支援と経済成長』朝日新書
 著者柴田氏は、国立高校時代に最初に教えた生徒の一人。ただし、彼は私の授業を覚えていないだろうけれども。彼は社会学のフィールドの人間だが、OECDのデータを使った分析をもとに子育て支援の経済効果を推定している。実証と学者として言わなければいけないという使命感に満ちた良書だと思う。
・『有賀喜左衛門著作集』未来社
 江戸時代のような名前であるが、長野県辰野町の出身の民俗学者である。昔から続く地主の長男で、大学をでてどこにも所属をせずに40近くまで自由に勉強をしていたという旦那様である。戦後、東京教育大学の教授となり家族社会学を講じていた碩学である。わが師、三戸公先生が『家の論理』を書いていた時に、有賀はすごいという言葉を聞いたことがあった。石母田と同じように、どんなすぐれたものでも受け手がとらえきれなければそのままであるが、今回、著作集の何冊かを読んで、講座派的な寄生地主的理解では日本の農村や家族はとらえきれないのだと改めて確認。その意味で、日本史の教科書はまだ講座派である。
・竹内健蔵『あなたの人生は「選ばなかったこと」で決まる』日経ビジネス人文庫
 これはダメ本。タイトルでわかるであろうが、機会費用概念で様々な人生の選択を描いた本で、経済学の易しい入口の本でもあるし人生論的な本でもある。なぜダメか、事例のレベルがばらばらなのである。交通経済学が専門のエコノミストなので交通関係から機会費用に迫ったものなどは読ませるのだが、かたおもいのつらさ、どうやって彼女にアピールするかになると、ここまで話を柔らかくする必要はないと思う。機会費用概念を普及させたいという思いは私も著者の考えに賛成するのだが、こまったちゃんの出しゃばりを応援する気持ちにはなれない。なにしろ、彼女を落とすには高級ホテルの一室を予約すべしという話まで出てくる本である。ただし、教室で使える話も結構あるので、その点をセレクトしてこっそり使うのはありか。
・橘木俊詔『家計の経済学』岩波書店
 口直しにまともな本を。ご存知、橘木先生の最近の本。書き上げるまでに10年ほどかかったとあとがきにあるが、橘木経済学の集大成的な要素もあるテキストである。家計の経済学は大学の家政学部で講じられている内容だと本書にもあるが、ミクロの家計論と現実の家庭の消費論をつなぐ一つの展望ができる本でもある。一般の啓蒙書ではないが、この程度の本を竹内氏も書かなければいけないのではないかと感じさせる本でもある。前掲の柴田氏の本の理解にも参考になろう。



Re: 出戻り非常勤日記 58回 新井 明 - 2017/04/04(Tue) 22:54 No.1318

訂正:メルマガを担当したのは2010年6月号(13号)からで86回書いてきたことになります。



Re: 出戻り非常勤日記 58回 新井 明 - 2017/04/04(Tue) 23:01 No.1319

また訂正です。メルマガ2010年6月号は17号でした。したがって、82回。こんな形で間違って「お問いあわせ」がきています。



出戻り非常勤日記 投稿者:新井 明 投稿日:2017/03/22(Wed) 20:53 No.1316

3月前半の出戻り日記です。

3月某日 経済教育ワークショップに出席。
 夕方から上智大学に出かけ、経済教育のワークショップに出席する。
 これは経済学部の川西諭先生から案内があったもので、さわかみ財団の川上知子さんが開発された買い物ゲームである。参加者は学生が2名、ほかには大学の先生方である。猪瀬先生も参加されていた。
 ゲームはよく考えられていたが、これを教室でやるにはもう一工夫とそこから何を得てゆくのかの展望が欲しいと思う。感想をメールで出す。
 終了後、学生さんと遅い夕食。四ツ谷の三金というとんかつ屋さんを見つけて久しぶりにとんかつ。三金は数年前に消えてしまってお店が終わりなのかと思っていたら移転していたということらしい。
 学生さんは二人とも法学部であったが、経済にも関心があるとのことで、若者の勉強ぶりなども聞くことができた。

3月某日
 くもりで時々雨がふるという天気。やる気がなくなるような天気で、一日ごろごろ。

3月某日
 床屋にゆく。
 長年いっていた床屋さんが改築して再開した。もう終わりかと思っていたら、ビルの一部に一人分だけの小さな床屋さんになっていた。体が動くうちはこの間、安い1500円床屋に二度ほどいったのだが、ご近所付き合いもあり、古巣に顔を、いや頭を出す。
 地元のはなしや昔の話などをしながら丁寧にあたまを当たってくれる。これで3800円なり。1500円と3800円。サービス業の生産性と価格問題が集約されている。なかなか難しい選択だ。

3月某日
 孫2が来宅。娘が歯医者に行く間、預かる。
 今日は外に連れ出し、小学校の校庭のすみのジャングルジムや滑り台で遊ばせる。まだ、みんなと遊ぶことができないが、楽しそう。
 アルバイトの赤本の原稿のお問い合わせがくる。これがくるとグルーミーになる。間違いや見解の違いなどのお問い合わせである。だいたいノーマークの個所のミスが多い。
 今回の一つは、寄生地主という部分を不在地主と解答した部分が違っているのではないかという問い合わせだった。これもノーマーク。調べてみたら、日本史の教科書も政経の教科書も寄生地主である。でも、これって32年テーゼの講座派なんじゃないかなどと思いつつ、訂正の原稿を送る。

3月某日
 本日は、孫1とそのパパ(息子)が来宅。
 ホームの母が会いたがっていたので、昼食後、連れてゆく。
 以前は、素直に母と歌をうたったりお遊戯をしたりしていたのだが、ちょっと大きくなったのか、前よりは楽しそうではない。成長したということなのだろう。それでも母はよろこんでいた。
 老人には幼児がよく似合うということなんだろう。
 ホームから帰って、二人を自宅まで送る。

3月某日
 小石川に本を返しに行く。
 新書類を中心に10冊ちかく借りていた本。授業がなくなって非常勤講師は出校しなくなるので折を見て返しておかなければといことで、久しぶりに登校。借りたい本もあったが次にゆくのがいつになるか不明なので、ここは禁欲。
 夕方から、来年の『レインボーニュース』に関して打ち合わせ。もうすこし社会と接点がもてそう。

3月某日
 入試問題解答のアルバイト、やっと某大学のものができる。
ここは私の敵であり、今年も予備校の解答が違う問題がある。だいぶ良くはなってきているが、専門家が一義的に決まらない、もしくは異なった正解例をだすような問題を平気で出すのはやはり変だ。
 とはいえ、振り上げたこぶしはブーメランのようにこちらにも来るわけだから、あまり大きな顔はできない。

3月某日
 孫2の三歳児検診のために保健所まで送る。
 三時間事件の日が検診日だった。だから本日は再挑戦。
 帰りは自力で帰れといって帰宅。後で聞いたら、いつもは保育園で昼寝の時間だったことと、初めての場所で緊張したせいか、なかなか家まで歩かなくて困ったと娘。帰宅したらころっと寝てしまったとのこと。孫1の人なつっこさとはまた違ったキャラのようだ。

3月某日
 ホームで新人のヘルパーの人と話をする。
 パートで3か月目という。こんな仕事をしてみたかったとのこと。でも、大変でしょうといったら正社員の人に比べればまだまだとの彼女の弁。
 夜勤あけの正社員は疲れていますよという。週休二日を確保するために私たちのようなパートが必要なんだとも。
 帰宅して、一年分の寺子屋、陰謀会議の資料をファイルに整理。結構まじめに勉強しているので驚く。この成果が継承されるといいなと思う。
 ジュニア新書13刷りの通知がくる。ロングセラーを目指したがその通りになっている。ありがたいこと。でも、続きがない。一発屋だ。

3月某日
 小石川の社会科の納め会に出席。
 会場に行く前に、第一教科書という教科書販売会社によって「数学活用」の教科書を手に入れる。この教科、次の指導要領ではなくなるのだが、やり方によってはとてもおもしろくなるはず。でも、理想は現実に敗北する。教育界の常。
 会では、石母田の『中世的世界の形成』に関しのて質問から話がひろがり、最近の日本史学会の動向についてレクチャーを受け刺激を受ける。勉強している先生と話をするのは面白い。

3月某日
 本日3・11、6年目。
 6年前、小石川の教室で地震にあい、テレビで津波が襲うのを見、その晩、生徒と止まった記憶がよみがえる。
 その後の原発事故など、明らかにあそこから時代が変わった、それも悪い方向に、という思いが噴き出る。

3月某日
 何もせず。年次大会のために、いろいろな本をひっくり返す。

3月某日
 母の下着を買いにスーパーに。妻が同行。
 90歳を過ぎた年寄りは夏でも結構厚いものを着る。今買っておかないと夏になるとなくなるのでその準備。口先だけではダメ、という妻の方針のものでの教育の一環。たしかに、老老介護の時代になってきているので、恥ずかしいなどの気持ちはどこかですてなければやってゆけない時代だ。

3月某日
 都内某所での会議。
 考え方の違いがかなり明確になってきて、面白くなりそう。とはいえ、大枠はもうきまっているのだろうけれど。

3月某日
 近所の木蓮の花が咲きだした。春なんだ。一日閑居。

3月某日
 小石川の卒業式。
 昨年同様、体育館のアリーナの上から参加。非常勤講師だからできること。
 今年の卒業式は淡々とすすみ、卒業生の言葉も優等生の作文に近かった。異様なのは、校長などのえらいさんが、誰もいない壇上にむかって礼をすること。
 午後は、準備室でひさしぶりにじっくり本を読む。吉川洋先生の『転換期の日本経済』岩波書店、が準備室にほこりをかぶっていたので、それを引っぱりだす。1999年の本だが、読み返して的確に時代とこれからを見通していると感じる。
 氷河期の労働市場という箇所などは、今の30代から40代にかけての世代の問題がこの時期に生まれていることがわかる。
 現状分析の本だが、原因の究明とその対処の提言(ミクロのロジックを積み上げるのではなくケインズ流に需要を増やすこと)有効性を考えさせられる時間だった。
 夕方からは、第二次リタイア予定の先生と千駄木のおでん屋さんに。

 この間に手に取った本の一部。
・サイモン『意思決定と合理的選択』ちくま学芸文庫。限定合理性の個所は面白い。翻訳がわるく意味が通じないところがある。学者に訳させるより翻訳家(なくなった山岡洋一さんのような人)に任せた方がいいのではないかとも思う。でも、翻訳家は専門性に欠けるし、なかなか難しいものだ。
・『公共選択』勁草書房。慶応系の公共選択派の人たちが作ったテキスト。わかりやすくするなら有斐閣のスツディアくらいにやさしくした方がいいし、本格的にするならもう少し突っ込んでほしいなと思う。これは贅沢な要求か。
・稲葉振一郎『政治の理論』中央公論新社。民主主義と自由主義の問題を経済学者がとりあげた本。フーコー、アーレントを手掛かりに、高校教科書にある政治のとらえ方の原点である社会契約論などを歴史的、原理的に論じてゆく。授業には役立たないが、この程度の本を読んで頭の汗をかいた方がいいよと思う本。
・三浦まり『私たちの声を議会へ』岩波現代全書、岩崎美紀子『選挙と議会の比較政治学』岩波現代文庫。二冊とも女性の政治学者の大学での講義(上智と筑波)をまとめたもの。高校教科書を一歩踏み込むための知識の整理には有用。
・寺島実郎『シルバーデモクラシー』岩波新書。団塊世代の老人たちよ頑張れという本。若いころの「体制保守派」と批判された人物が、いまやリベラル派になる現実。同世代の私にとっても切実な課題を提起しているが、ちょっとかっこよすぎるなあ。似たタイトルの八代尚宏氏の『シルバー民主主義』中公新書とはベクトルが違う。その違いが面白い。とはいえ、団塊世代は本当に大問題の世代であることは間違いない。



出戻り非常勤日記 56回 投稿者:新井 明 投稿日:2017/03/08(Wed) 10:58 No.1315

遅ればせながら2月の後半の記録です。

2月某日
 妻がダウン。風邪ひきらしい?
 朝、調子が悪いと言い出して、寝込み、そのまま寝続けた。途中で水分が欲しいというのでポカリを近所に買いに行く。昼は何も食べず。夕食は蒸しパンがいいという。
 私は、昼は食べず、夜は妻の指示で親子丼をつくって食べる。この程度の食事なら自分でもできるが、近頃は家事をやらなくなったので、生活能力はリタイア当初よりは落ちていると実感。

2月某日
 妻は回復。春一番が吹く。
 私は大丈夫ということなので、午後は、都の倫理研究会の例会に府中東高校まででかける。都倫研は私を研究会という世界に導いてくれた会で、恩義のある研究会。例会では必ず公開授業を行う。
 本日の公開授業は、塙先生のジェンダーをテーマとした倫理の授業。育児休業を誰がとるかという導入の問いかけから始まり、ジェンダーバイアスを導き、そこからなぜバイアスが発生するか、ミードの自己論から考えさせるという流れの授業。前半は生徒参加でなかなか順調だったが、後半の自己論の部分は難解だったようだ。それでも、テンポよく授業をすすめてさすがである。
 後半は、首都大の江原由美子さんの「世界は排外主義に向かうのか」というタイトルの講演。ナンシー・フレイザーという思想家の「承認と再配分」を手掛かりにしたジェンダー論と現状分析の話。
 江原さんの文章はご本人も言っていたが理論的で鋭いのだが、ご本人そのものは「こんなおばさん」と自称するような親しみやすい人である。
 格差拡大の原因をあきらかにすること、マイノリティへの責任転嫁をさせないような理論と運動の再構築が必要など、話の内容は高度であったが、考えさせられる内容であった。トランプは反グローバリゼーションではないなどの指摘もあり、はっとするような指摘が多く、久しぶりに面白い講演を聞いた気分。
 終了後、懇親会まで出席。

2月某日
 新しいクルマが来る。
 エコロジストを自称していた昔は、クルマを持たないことを自慢していたが、今はクルマは弱者のものと言う名目で、孫の送り迎えや老人ホームへの訪問などに使っている。人間は一度便利なものを持ってしまうとなかなか手放せないということだろう。
 今回は、11年乗ったワーゲンから国産へ。大きさも小さくした。ダウンサイジングである。別にバイ・ジャパニーズと言うわけではないが、年相応、生活相応。
私の高校の先輩で我が家の裏に住むお医者さんはポルシェに乗って、朝ブウと音をたてて出かけるか、我が家の国産車はおとなしく、ドクターには対抗できないなというのが感想。

2月某日
 新車で老人ホームへ。
 なれないのでソロリソロリの運転。
 ハザードランプの使い方で、妻と論争。ささいな話のようだが、家庭内勢力争いの一端でもある。もちろん勝者は妻。

2月某日
 午後から東証へ。夏の教室の内容の打ち合わせ。
 終了後、上智の図書館へ。借りた本の返却と新しい本を借りる。今回は、戦後の社会科教育に関する文献を何冊か借りる。
 上田薫の著作集、長洲一二の論文が載っている岩波講座など。大学の図書館ならではの本。上田薫さんの著作を初めて読んだが、戦後社会科の立役者で、はい回る経験主義と批判されたが、批判は右派保守派と左派の両方から挟撃されたことが反論の文章でよくわかる。
 岩波の講座は1960年ごろの刊行。半世紀前の教育界の雰囲気が匂ってくる。まだ、長洲氏はこの段階では経済教育についての文章を書いている。進歩派が元気だった時代の産物、いや遺物なのか、すこし腰を据えて読んでもよいかと思う。
 上智から神田にでて、息子と会う。
 相談があるということなので夕食を食べながらの話。今回は、そんなにややこしい話ではなかったのでちょっと安心。

2月某日
 税金の計算をはじめる。
 年金生活は、確定申告をする必要がある。雑所得があったのでこれまでもこの季節になると必要経費の領収書などを整理したり、電卓をたたいて税額を計算していた。
 最近はネットで申告ができるようだが、できるだけアナログでやることにしている。それをやることで税の実態もわかる。
 これも一種の社会勉強と思う。
 それにしても、簡素の原則からいえばとんでもなく税金計算の面倒くさいこと。

2月某日
 3時間事件発生。
 孫2が発熱。保育園から連絡があり引き取ってもらえないかと娘から電話。早速、熱が出た子をひきとる。午後になり、会社を早退した娘がきて、まずはお医者にみせなければとなる。ところが、あいにくでかかりつけのお医者さんが休み。
 仕方がないので、一度休日にかかったことのある医院に熱のある子をつれていった。待合室をみたら10人前後、これなら1時間くらいで見てもらえるかと判断して、待つことにした。
 ところが1時間過ぎても待合室の患者が動かない。ここで、帰宅してしまえばよかったのだ。ところが、あと1時間くらいという受付の話で「もったいないないし、薬も欲しい」と待つことにした。これが判断のミス。サンクコストの事例そのもの。
 その後、2時間もかかってやっと順番が回ってきた。その時は、熱のある子を抱いていた母親がダウン。病院にいって病気になるというケースになってしまった。
 当日、ほとんどの病院が休みで、開いている病院に患者が集中してしまったこと(供給に対して需要がオーバーした)、その医院の仕組みが悪いこと(要は、患者のことを考えない、もしくは考えられないほどレベルの低い病院ということ)が最悪の結果となった。
 孫2はインフルエンザではなかったのでちょっと安心はしたけれど、レベルの低い病院への怒りとこちらの判断ミスで気分最悪であった。

2月某日
 前日の余波で、孫2と娘を預かる。
 孫2は溶連菌感染症だったようで回復基調。娘にそれがうつったらしく娘が発熱。へばりついていた子供を抱きながら3時間待ったのだから当然かもしれない。
 そんな親子をおいて、昼、西高の卒業生と会う。
 大学時代の話、社会人になってからの話など、いろいろ話を聞く。在学中は優秀な生徒だったが、優秀であるが故の悩みなどを聞く。聞くことしかできないが、聞くことで問題が整理されたらそれで教師の役割は果たせるかと思う。
 帰宅して、少し良くなった親子に夕食をたべさせてくるまで自宅まで送る。

2月某日
 娘は出勤。孫2は回復の証明書がないと保育園に預けられないので、我が家で一日預かることに。
 二日前、発熱で母親にべったり屈いていた子だが、急速に回復。この子のどこが悪いのかと思うほど。それでも外に出すわけにはいかないので、テレビ漬けにする。
 Eテレの子供番組、それが終わったらケーブルテレビのアニメなど、手を変え品をかえご機嫌をとる。
 午後、早退した娘に連れられて今回はいつもの医院にゆき、無事回復証明書をもらってきた。嵐の三日間だった。

2月某日
 本を読みだす。
 娘と孫の世話が終わり、少し時間ができたので本を読みだす。今回は、昔の本を引っ張り出しての再読。
 一つは、小熊英二『民主と愛国』新曜社。山ア先生の長洲論文や柳田社会科に触発されて、戦後の教育運動を振り返ってみようというのが趣旨。この本、10年前のものだが電話帳のように厚い本。そのなかから「国民的歴史学運動」と「戦後教育と民族」の部分を読み返す。
 昭和20年代の共産党系の歴史学者とその周辺の動きを追ったものが前者。後者は教育学者とナショナリズムの関係を扱ったもの。
 山村工作隊とか六全協などの言葉は、今の若い先生たちには全くご縁のない言葉だろう。そんな言葉とともに、戦後の歴史家や教育学者の運動や著作が紹介されてゆく。
 そのなかで石母田正が紹介されていて、なんだか直感的に『中世的世界の形成』を読まなければと思い立つ。
 この本、学生時代に挑戦したが、挫折したもので、こころにはのこっていた。石母田正は、網野善彦の先輩にあたり、網野史学の形成にも一役買っていることがわかり、これは読んでみなければと書棚から引っ張り出す。
 簡単に読める本ではなかったが、途中から俄然面白くなる。東大寺の庄園の黒田庄の歴史だが、古代的な勢力である東大寺と中世勢力として成長してきた国人(悪党)との対立と挫折がダイナミックに分析されている。
 この本、戦時中に遺書のつもりで書かれたと解説にあったが、まさに、これを書かずに死ねるかという気迫がある。「黒田悪党は自分自身に敗北したのである」という言葉が印象的。
 研究史的には、多くの間違いが指摘されて、修正がされている本であろうが、こんな本を書いてみたい、もしくは、この種の全存在をかけて書かれた本が少なくなったという思いで一気に読み通す。
 それにしても、こんな本を書いた石母田の戦後の軌跡は、無残ともいうべきものであったことが小熊本で書かれているが、人間の生き方は難しい。

2月某日
 孫2の発表会にでかける。
 無事復帰して発表会に出るという。早生まれなのと練習不足か、孫2はミソッカスであることを確認。それでも愛いのが孫かもしれない。
 夕方から西高の卒業生たちと会食。こちらは上智の私の講義に出席していた西高出身の学生がいて、その縁での会合。直接教えてはいないが、学校の縁、人の縁は広がるという例かもしれない。

2月某日
 ホームに出かける。あとは、石母田本から触発されて本棚の奥から引っ張り出した、神島二郎『近代日本の精神構造』などを読みだす。
 神島さんは、学生時代に講義を受けたのだが、怠け者だった私は、途中で放棄した記憶がよみがえる。碩学でも、声が小さく、後ろの方では聞き取れなかったこともある。怠け者は前には座らないのでこれなら本を読んでいた方がいいという勝手な判断だった。
 再読して、私のようなやわな頭では無理だなと思った。それは書かれたものが難しいというより、なぜ彼がこれを問題にしたのかが実感として理解できなかったということだ。この齢になった今だってやはり無理という感じがしないでもない。
 神島さんの思想的な指導者は、丸山真男と柳田國男である。40年近くたって、関心がやっと接近してきたというべきなんだろう。この本、あとがきがすごい。昔読んだ時もそう感じたが、石母田と同じで、書かずば死ねないという気迫がある。

2月某日
 またしても経済学の応用で失敗。
 今回の事例は、そのまま待つかう回路をとるかの選択である。
 篠原先生、東証の石山さんと夏の経済教室の構成に関して打ち合わせを行った後、帰宅のためにJR中央線に東京駅から乗った。始発駅なので座れる。ここまでは順調。
 ところがその電車が人身事故のため二駅前でストップ。回復には1時間かかるとのアナウンス。さてどうするか。方法は三つ。そのまま1時間電車のなかで待つ。二駅なら歩いてしまう。う回路(バス)を使って近くまでゆきそこから歩く、その他である。
 座して待つというのが一番簡単だが、三時間事件もあり、行動こそ大事と決断して、う回路を選択した。これが間違い。
 バス停は人であふれている。最後尾に並んで乗り込もうとする直前に満員でバスが出発。長蛇の列の一番前に取り残される。15分ほど寒風のなかをまってバスに乗り込み自宅の近くまでゆき、そこから歩きだす。
 自宅近くの駅を通り過ぎると、なんと電車が動き出している。この間の努力はなんだったんだと臍をかむ。
 ここでへこたれると風邪でも引き込むと思い、いい運動だったと思いなおして帰宅する。何事も、判断は難しい。正しい判断などはないというのが結論。

2月某日
 前日の後遺症か、家から一歩もでず閑居。
 内職の原稿書きをしたり、本を読み散らしたりで過ごす。
 そろそろ主権者教育に関する論考をまとめなければと思う。柳田から思いがけない方向に関心がひろがったが、戦線縮小しないとまとめられない。
 やはり二月は逃げた。





出戻り非常勤日記 55回 投稿者:新井 明 投稿日:2017/02/22(Wed) 22:17 No.1314

2月某日
 早くも2月。
 本日は結構動いた。
 まず、小石川に出校して、本を返却、そしてまた新書を借り出した。久しぶりにあった非常勤の先生とちょっと雑談して、その足で日暮里へ。
 日暮里の朝倉彫塑館で、落語家の奥さんになった卒業生と待ち合わせて、館内を見学する。
朝倉彫塑館は、教員になりたての時に先輩の先生たちと見学したことがあったが、数年前に区に移管して大規模改修をして展示館として立派に再生している。
 朝倉文夫は大隈重信の塑像などで有名な彫刻家。東京美術学校の教師をしながら、自宅にアトリエと塾を開いていた。アトリエには有名な墓守像、大隈像や巨大な陸奥宗光座像などもあり、見ごたえがある。さらに、自宅部分も開放されていて池のある中庭、日本間なども当時の面影を再現していた。特に面白かったのはアトリエ上にある屋上からの眺めで、タワーから見るのとはまた異なる東京の地形や変貌を見ることができた。ここは収穫。
 そのあと、タクシーで根津神社に回る。根津神社の神主さんのお内儀は彼女の友人とのこと。神社では節分の用意がされていた。
 そこから、徒歩で、おでん屋さんへ。本日のメインは、このおでん屋さん。長く地元でやっていたお店で、彼女のご亭主の落語会などもそのお店でやったことがあるなじみのお店だそうだ。昨年あった時に次はおでん屋さんに行きましょうという約束だったので、その公約が果たせた。
 おでんは関東風。お酒とともにおいしく食べることができた。我が家では却下されている「ちくわぶ」も食べることができ満足。昔の授業の話、息子さんの話、仕事の話など話をさかなにいい気分になった。
 こんなつながりも教師だったからかもしれない。

2月某日
 寒く、夕方は孫2のお出迎えに動員される。

2月某日
 立春。メルマガ原稿送付。トランプ大統領にひっかけた授業のヒントを書いてみたが、これは不十分と篠原先生からのコメントがあり、修正版などをかいて出す。こちらは一応はパスしたが、授業提案を考えるのは難しい。
 あとは、終日寺子屋準備など。

2月某日
 陰謀会議、寺子屋、伝統継承の会の一日。
 陰謀会議は杉田先生が病院経由だったので開始が遅れる。その間に、名古屋からいらっしゃった弓矢先生と経済の教え方に関して情報交換。弓矢先生は、金融甲子園の全国大会に生徒が参加するのでその引率で東京までこられて、その間に寺子屋に出席された。
 寺子屋はオールド葦名、ヤング芦名など合計9名が狭い研究室にひしめいて進む。本日のテーマは国際経済。
 教科書も大学向けのテキストも貿易、為替、国際収支の関係を納得するような形では書いていない。これは金融などと同じ。その部分を、今回はクルーグマンの説明を頼りにして読み解いてゆく。トランプ政権の貿易、為替政策なども念頭にいれながら、どのように教える側が論理を組み立てるのか、ストーリーを自分のものとできるのかが課題であることを確認。
 葦名先生からの貴重な資料も配付されて、有意義。
 その後、伝統継承の会。

2月某日
 都内某所で休日にもかかわらず会議。

2月某日
 孫2が発熱。インフルエンザではないかということで病院送りを手伝う。幸いにして、インフルではなかったのでホッとする。
 宮柊二の歌集に、「老いぬれば身めぐり忙し子が孫が怪我し或いは病むと知らせ来」という歌があったが、まさにそう。

2月某日
 兄と会う。
 母の遺産管理に関する情報交換。今のところは、ケアをお金で買える状況だが、これがどこまで続くのか、そんな少々生臭い話も出る。我々の時代は、大変だよなというのが共通の認識。
 兄に孫生まれたという話なども聞く。母子ともに健康とのこと。これでひ孫が3人になったが、少子化はこの程度ではやまず。

2月某日
 来年度の大学のシラバス入力。
 4月から、もう一つ大学の講師が増える。基本は変わらないのだが、相手のあることなので、上智のやり方がどこまで通じるのか、そんなことを考えながら15時間分をうめてゆく。

2月某日
 夜から東京部会。本日は、北海道から山ア先生が参加。東京都金融広報委員会からもお二人参加でいつもより多彩なメンバーが集まる。
 価格の決まり方に関する授業実践を踏まえた生徒の経済認識の問題を分析したペーパーを持参。じっくり一時間ほど皆で検討する。データ分析の問題、労働価値説と効用価値説というかたちで生徒の認識を分類することの問題など、突っ込んだ指摘がでてくる。山ア先生「再度ブラッシュアップして持参します」。その言や良し。
 塙先生の経済に関する二つの事例をまとめたペーパーも紹介されて、本日の東京部会は実践検討会となった。
 夏の教室のプラン検討の時間が取れずになったが、エコノミストと現場のコラボと言う意味ではいい方向性がでていると思う。
 終了後、懇親会。

2月某日
 ホームに。母は元気。やはり兄の予想ではないが、100まで生きるか。

2月某日
 一族集合。
 本来、先月に予定していたのだが、孫1のパパ(息子)がインフルエンザになったり、スケジュールが合わなくなったりして、かなり遅い新年会。
 孫1と孫2は少しは成長したようで、今日は二人で仲良く遊ぶ。遊ぶといっても、我が家の二階にあがり、そこにあったハンガーを使って暴れまくる。それも健康でよし。

2月某日
 近くの図書館に出向く。
 柳田國男関係の本を大量に借りてくる。
 公立の図書館では、柳田の教育論よりもやはり民俗学に傾斜した本が多い。柳田関係ではなかったが、網野義彦さんの『「忘れられた日本人」を読む』岩波セミナーブック、がとても面白い。
 この本、出たばかりの時に学校の図書館で借りて読んだ記憶がある。その時よりも、宮本常一や網野史学に対する理解が進んでいるので、面白さが違うのだろうと感じる。同じ本は時期をあけて読み直すとよいという実例。

2月某日
 社会復帰事業として、銀行にゆき各種の振り込みや手続きをする。
 帰りに古本屋による。この古本屋は昔ながらのスタイルの本屋で、棚には学術書や文芸書が並んでいる店で、良く続いているなというのが正直な感じである。近頃はとんとご無沙汰していて、何年かぶりにのぞいてみた。
 シュンペーターの『経済分析の歴史』旧版のもの7冊揃いがあった。また、高田保馬の『経済原論』四冊があった。シュンペーターはいくらと聞いたら1万4000円、高田はと聞いたら1万2000円。シュンペーターは昔はよく売れたんだがねというのが主人の言である。この二人手元に置いて読みたいかと自問すると、それだけのお金を出す価値があるかどうかと逡巡する。結局、それ以上に交渉などもせずに引き上げる。
 本はいつ読みたくなるかわからない。だから、買うのだろうが年金生活者になると、余分な出費はできないとなると、何かテーマがあれば別だが、結局は手を出さないことになるのだなと改めて思った。
 それでも岩波文庫でアーネスト・サトウの『一外交官の見た明治維新』が上下で400円であったので購入。ずいぶん、差があるな。

2月某日
 紀要原稿を投稿する。
 昨年の経済教育学会で発表した「経済教育と算数・数学教育」の原稿。これは論文ではなく論考という形で掲載される予定。論文は査読がつくが、論考は査読なしなので業績にはならないが、逆に業界作法にこだわらないである程度自由に自説を発表できる。
 こんな発信手段があるのはある種ありがたい話。

2月某日
 びっくりの話がくる。
 15年ほど前に都倫研の紀要にかいたディベート論を某予備校の冬期講習(慶応大学法学部向けの論述テスト用)に使わせてもらったという事後了解を求める手紙をもらう。
 書いた自分も忘れていた文章が、掘り出されて入試本番ではないとしても、予備校の講習に使われるとは!世の中何が起こるかわからないという話。
 もちろん、許可すると返事を出す。著作権料は1,000円なりだが、こんな形で自分の書いたものが使われるというのは教師冥利。
 設問は、この文章を読んで、著者の主張をまとめるとともに、あなたならこれを踏まえてどんな主権者教育をしますか、1000字以内書きなさいというもの。
 いったい誰がこの問題を作ったのか?都倫研の関係者のアルバイトなのか?それとも偶然に読んだものなのか?それでも少なくとも高等学校の研究会の紀要に載っている文章を引っ張り出すということ自体がありえない話ではないか。
 予備校には、可能なら誰がこの問題を作ったのか教えてほしいという返事を書いたが、これは無理だろう。とにかく、サプライズの一日であった。

2月某日
 一日、高島善哉や長洲一二の本を探したり、読み散らしたり。
 北海道の山ア先生から頂戴した、長洲一二の経済教育論を再評価する論文に触発されたもの。長洲一二の経済教育論は三重大の山根先生が若いころ批判論文を書いて、それが定番となっている。今回の山崎さんのものはそれを踏まえて、なおかつ長洲の論には学ぶべきものがあるという趣旨のもの。
 長洲の先生の高島市民社会論、スミス論なども視野にいれながら、長洲の論をトレースしてみようと思って、ネットなども含めてリサーチする。
 山崎さんがマルクス主義経済学という言葉を使っているので、マルクス経済学じゃないのと質問のメールをだしたら、長洲自身がマルクス主義経済学という言葉を使っているという返事も来た。
 構造改革派として共産党から除名された長洲だが、やはり尻尾は講座派マルクス主義経済学なのかとあらためて思う。そのあたりの思想的対立や葛藤をもう一度トレースして、時代の雰囲気を振り返らなければいけないなと思う。
 生活算数、柳田社会科、次は長洲経済教育論ととにかくこの一年は温故知新の世界だ。これからどこまでゆくか。自分でもわからない。



出戻り非常勤日記 54 投稿者:新井 明 投稿日:2017/02/07(Tue) 12:22 No.1313

1月某日
 寒波来襲。我が家の庭につりさげてある寒暖計がマイナスになり、バケツの水が氷る。クルマのガラスが真っ白になっている。
 昼間は終日レポートの採点。今年は、飛び出て出来の良いのが少ない。講義でも比較的おとなしい集団だったので、そんな雰囲気も出てしまっているのかとも思う。
 それでも、ハイデガーと哲学対話に関して書いた哲学科2年生のレポートは読ませるものであった。また、観念論の重要さを語った史学科の4年生のレポートも面白かった。また、授業案としてはいまいちだったが、講義で紹介した永山紀夫の本を読んで彼の軌跡から衝撃をうけたとの感想を書いたこれも史学科の4年生のレポートなど、よく読むと面白いものがある。力のある学生集団を教えることができるのは有難いことだ。

1月某日
 市の図書館の本館に散歩方々でかける。
 今回の目的は金融の概説本と政治学の概説本をあたることだったが、特に思わしい収穫がない。公共図書館には学術書より時局ものが多いので、こちらの要求には合わないのかもしれない。それでも時事ものを中心に10冊ほど借りてくる。
 そのなかに、大塚英志『社会をつくれなかったこの国がそれでもソーシャルであるための柳田國男入門』KADOKAWA、というのがあり、これが非常に面白く大収穫であった。
 大塚さんは、サブカル関係の民俗学などで有名だが、柳田の紹介本としてこれは読みやすいだけでなく、そうなんだと納得することが多かった。
 特にそのなかで、柳田が戦後社会科で「公民とは自ら考える有権者」であるとして、その育成のために社会科教科書を作ったとの記述があり、大きな示唆を得た。
 柳田社会科は知っていたが、ここまではっきりとしたビジョンをもって取り組んでいたことにショックと感銘をうける。柳田を読み返さなければいけないという思いが生じる。
 夜はおでん。寒くなったのでこの種のなべものが登場する頻度がおおくなる。近頃、妻に対抗してお酒を少しづつ飲むようになった。本当はおでんには日本酒なのだろうが、安いワインがおいしく、おでんにワインで夕食とする。人は進化するものだ。

1月某日
 大竹先生インタビューに立ち会う。
 『レインボーニュース』のインタビューは大竹文雄先生。そのインタビューに立ち会う。事前に大竹先生の本を読み直して予習をしていたので楽しく聞くことができた。
 ただし、メモを取りながらなので手は疲れる。行動経済学の概略、経済学者としての歩み、オイコノミアのエピソード、現在取り組み中の研究など興味深い話がたくさん出て、予定時間をオーバーするほどだった。
 具体的な内容は、3月上旬に届く予定の冊子をお楽しみに。

1月某日
 ホームに出かける。あとは、自宅で上智講義の準備など。

1月某日
 上智最後の講義。
 レポート返却と評価や内容のコメントをする。もう一つ、今回は、杉田先生の実践的授業論を語ってもらう時間を設定した。
 新井が進行役で、質問をしながらなぜ教師になったのか、どんな勉強をしてきたのか、教員になってのライフコースはどんなものだったのか、授業づくりの方法や教材選択の5条件などについて語ってもらった。学生諸君には、新井とはまた異なった先生の授業スタイル、ライフコースを見てもらうことで、社会科公民科の面白さや可能性をあらためて確認できたと思われる。
 終了後、ごくろうさん会。

1月某日
 都内某所で会議。リタイア人間だが、勉強をし直さなければと思う。

1月某日
 おだやかな日となる。大竹先生のインタビューのメモを整理して編集者に送る。
 アマゾンに、田山花袋の小説を注文。田山が柳田と親しく、『田舎教師』や『布団』などを称賛していたとの記述が大塚本にあり、それではということで注文した。これらは青空文庫にあるのだが、ネット上で読むのと紙で手元で読むのとでは全然違う。

1月某日
 大阪に授業授業見学に行く。
 主権者教育で税の授業をするというので、経済教育の観点からアドバイスを頼まれて、堺市にある三国丘高校まで出かける。
 新幹線が雪で遅れるのを見越して、まだ暗いうちに自宅をでる。予想通り関ケ原は吹雪。それでも約30分遅れで新大阪到着。そこから地下鉄、南海電車で堺東駅まで。
 事前にグーグルマップで学校の周辺を確認しておいたので、順調に学校到着。グーグルマップの活用は先月の「冬の教室」で立命館の河原先生の講義で紹介されていたもの。早速活用させてもらった。
 三国丘高校は、大阪で二番目にできた名門校。1年生の学校特設科目での授業だったが、生徒の授業への集中度は素晴らしかった。
 授業は、公共財ゲームを取り入れながら、フリーライダーの登場の必然性とそれをいかに自覚しつつ、道徳的や義務だけではなく租税法律主義に基づき主権者として意思決定してゆくべきかという流れで進行した。1時間で生徒とのやり取りを含めて豊富な内容をしっかり押さえたいい授業だった。これを踏まえて、次の時間はディベートに持ち込むとのことである。
 終了後、昼食を食べながら反省会。
 学校をでたら雪がまっていた。逆のルートで帰宅。夕食は自宅で食べることができた。長い一日だった。早めに寝る。

1月某日
 前日の反動か、一日一歩も外に出ず閑居。

1月某日
 『レインボーニュース』のコラムなどを修正。
 日誌1月前半分を投稿。

1月某日
午後からホームへ。ホームでは、インフルエンザがはやりはじめているとのこと。今日は面会ができたが、これからはわからない。

1月某日
 上智に出校。非常勤講師室のロッカーの片づけをする。プリントの残などがあり、使えるものを残してあとは廃棄する。図書館にいって柳田國男関係の本を借り出す。
 夕方から、昨年教育法をうけていた学生さん三人と食事会兼飲み会。全員哲学科の学生さんで、一人は進学、二人は塾関係のアルバイトでさらに進路を考えるとのこと。教師にすぐにはならなくとも、教育関係に関心をもって生き方を考えている学生さんたちと出会え、こんなかたちで関係が残ってゆくのは有難いこと。
 ホームから、インフルエンザで当分家族の面会はできないとの連絡ありとの電話がある。前日に会っておいてよかった。

1月某日
 前日借りた、柳田関係の本を読む。一冊は、谷川彰英『柳田國男 教育論の発生と継承』、もう一冊は、杉本仁『柳田國男と学校教育』という本。
 両方とも力作で、柳田國男と社会科教育はもう一度光を当てなければいけないのではないかという思いと、現代的に生かすことができるかという思いの両方が浮かんでくる。
 ちなみに、谷川さんは杉田先生の恩師、杉本さんは元都立高の先生。私の勤務校の隣の学校に勤めていたことがあったが、面識はなかった。でも、これだけの本を書く高校教員がいるというのは素晴らしい。
 大塚本との出会いから、これまでのいろいろな取り組みが焦点化されてゆく感じがする。こんな形の収束の仕方もあるのだと思う。

1月某日
 市の図書館に行き、柳田関係の本を探し出して借りてくる。
 そのなかで『炭焼日記』が面白い。これは、昭和19年と20年の日記。淡々と事実を記入しているが、時に感想などが入る。有名なところでは、昭和20年8月11日の「早朝長岡氏を訪ふ。不在。後向かふからきて時局の迫れる話をきかせらる。夕方又電話ありいよいよ働かねばならぬ世になりぬ。」がある。
 これはポツダム宣言受諾の内部情報を聞かされて、戦後の活動を考えている記述だが、この時柳田は67歳。私と同じ齢。当たり前だが同じ齢でも随分と違う。

1月某日
 上智成績入力。いつも成績をつけることは神経を使うが、昨年からAの上限が示されて相対評価が導入されてきて、余計にどこまでをAにするか迷う。それでも最後は説明ができるところでエイャっと切るしかない。
 借りてきた本を読み続ける。

1月某日
 メルマガ原稿を作成。
 授業のヒントで、トランプを使った授業を思いついたのだが、なかなかそれを経済につなげるのが難しい。牽強付会だが、まあ、時事問題にひっかけた面白話くらいでお許しがいただければという思い。
 大竹先生のインタビューの原稿が戻ってきて、その直しをする。

1月後半の収穫
 柳田関係本。大塚英治、谷川彰英、杉本仁氏の本。
 柳田社会科の復刻本。小学校のものだが、戦後の社会科の息吹がわかる。ただし、この本が消滅してゆく理由もよくわかる。
 田山花袋『田舎教師』明治の地方教師の実態がわかる。新潮文庫の福田恒存の解説がほとんど全否定に近いのが面白い。
 



出j戻り非常勤日記 53 投稿者:新井 明 投稿日:2017/01/24(Tue) 13:00 No.1312

1月某日
 元旦。夫婦二人なので、特に何もせず。地元の神社に初参りをして、おみくじを引く。ことしは中吉。まあまあですね。帰宅しておせちらしきものを食べ、それで終わり。

1月某日
 老人ホームへ年始の挨拶。
 母は1月3日生まれなので、96歳になる。もういいよと言いながら、まだ生きている。ホームは健康管理はしっかりしているので、結構長生きをする、してしまう。どうもそうなりそう。
帰宅して金融の研究会で話す内容を整理する。

1月某日
 メルマガ作成などをこなす。
 寺子屋で使う国際経済のドラフトの見直しをはじめる。金融もそうだったが、国際経済をどう教えるのか、そのストーリーを考えるが、なかなかうまくまとまらない。
 合間に、母の衣服などを補充するために買い物にでかける。正月らしくない動きだ。

1月某日
 一日閑居の日。

1月某日
 老人ホームに、買いそろえた冬物を持参。
 午後は、近くの図書館に散歩を兼ねて久しぶりに行く。公立の図書館は、予算が削られたこともあり、あまり新刊書が入ってこない。学校の図書館の方が新書などはタイムリーに入るので、それぞれ目的に合わせて利用する。
 学校の図書館になくて、公立の図書館にあるのは政治情勢や経済情勢に関する時事もの、そのほか一般向けの図書である。ベストセラーをたくさんそろえる図書館もあるらしいが、我が家の近くの図書館はそうでもないので、少々古くなった対談集とか一般向けのものを借りる。
 今回の収穫は、小熊英二他『在日二世の記憶』集英社新書、と『総理の演説』バジリコの二冊。前書は、在日コリアンのライフヒストリーの聞き語りの本。『在日一世の記憶』よりも、こちらの方が世代的にも近親感がある。小熊さんが巻末の対談でいっている、マージナルな存在、「履歴書のいらない職業」が多い、これは一世代前のアメリカのユダヤ系に似ているという指摘が鋭いと思う。
 後者は、新聞に掲載されても全く読んだことのない総理大臣の所信表明、施政方針演説を集めたもの。これが意外と面白い。ただし、最近のはダメ。戦後の東久邇内閣から池田、佐藤くらいまでは時代の雰囲気を感じる演説が多い。ざっと目を通すだけでも戦後政治史の解説本を読むよりも役立つと感じる。

1月某日
 金融教育の若手の研究会に出席。
 最初は、若手の研究会だから気軽に「これからの金融教育のありかた」のような話をするつもりだったのだが、場所が日銀の本店、若手の後ろ側には日銀(金融広報委員会)関係者がずらっといて話を聞いていて、緊張する。
 私の話より、若い倫理と情報の先生が、金融に関連する実践報告したものの方が面白かったのではないか。倫理では実存主義と経済、情報では情報の非対称から迫る金融というもの。内容の問題は別としても、若い先生たちの取り組みに感心する。
 終了後、懇親会に参加。産経新聞の教育担当の記者も参加。忌憚のない意見交換をする。。

1月某日
 閑居の日。
 今年初めてアマゾンに古本を注文。酒井泰弘『リスクの経済思想』ミネルヴァ書房。酒井さんの本は、学術書と言うよりエッセイに近い。文章がうますぎるというのも考え物かもしれない。専門書扱いだが、これなら一般書だよね。
 前日に知り合った産経記者より、アクティブラーニングでのフリーライダーというのはどういうことなのかという質問のメールがくる。頭に汗をかかないで、話し合いをさせるのがアクティブラーニングという風潮と、そのなかで起こる現象についての私見を書いて送る。

1月某日
 都内某所で会議。
 そこででた「社会保険は保険であり、保険なら積み立てた金額が全部戻ってこないのだ」という発言が気になり、保険関係の本を引っ張り出す。
 その発言、年金保険で「自助、共助、公助」の文脈のなかの「共助」なんだということをもっと強調せよということなのだろうけれど、強制保険でその言い草はないだろうと思う。この発想はどこかでつぶさないと大変なことになるのではと感じる。

1月某日
 上智の授業準備。学校はやっと始業。今年は遅い。

1月某日
 老人ホーム訪問。
 息子よりインフルエンザにかかってしまったので、予定していた一族集合はキャンセルしたいとの連絡あり。孫1の面談をこころまちにしていた母にそれを伝えたが、がっかりしていた。まあ、仕方ないことだ。

1月某日
 古本屋に足を延ばす。
 二日間閑居していたので、散歩方々古本屋まで足を延ばす。
 収穫は二冊。ドリアン助川『あん』、佐藤優現代語訳河上肇『貧乏物語』。前者は、昔つとめていた学校の近くに多摩全生園があったこともあり手に取った。後者は、佐藤優がどんな解説を書いているのかに関心をもった。
 貧乏物語の解説で、佐藤は河上のいう三つの対策を批評しつつ、自覚した富裕層による再分配と相互扶助の関係の構築を提言している。相互扶助が政府主導で「共助」を言うのか、それとももっとパーソナルは相互扶助なのかは解説だけではわからなかった。それでも、この種の古典を現代に生き返らせることは大事な仕事だ。

1月某日
 閑居の日。

1月某日
 午後から『レインボーニュース』の取材につきあう。
 今回は、繊維会社。話はとても面白かった。内容は三月上旬の冊子をごらんあれ。
 それが終わって駆け足で上智へ。
 本日は、模擬授業二つ。レポート回収。終了後、ごくろうさん会。後日、杉田先生から「若い学生さんと一緒でおじさんはたのしかった」とのメールが入る。

1月某日
 一族集合が流れたので、前日のインタビューのまとめのメモを作成。
 並行して、前日回収した最終レポート「私が考える公民科の授業」を見てゆく。公約で、コメントをつけて返却するとしているので、頑張ってみてゆく。
 まず、ざっと読んでおおよその出来具合を見て、次にコメントを書きながら評価をする。大変ではあるが、非常勤だからできる特権でもある。

1月某日
 一日レポート読み。
 並行して、いろいろな本を読み散らす。
 これで一月も半分。はやいものだ。




拙著の簡単な紹介 投稿者:酒井 峻一 投稿日:2016/12/28(Wed) 20:09 No.1309

12月27日の東京部会に参加させていただきました、『高校生からわかる社会科学の基礎知識』の著者・酒井峻一です。
その節はありがとうございました。

さて、ありがたいことに参加者数名は拙著に興味をもっていただいたようなので、宣伝のような形になって恐縮ですが、この場を借りて拙著の特徴について簡単に申し上げておきたいと思います。

・難易度は、難関大学受験の高校生から大学教養課程までの学生に対象とした形
⇒篠原先生からは、内容にとくに誤りはないものの、高校生を対象とするには難易度が少し高いと主旨の言葉をいただきました。

・近代科学と近代法と近代経済と近代政治を基礎レベルで対比させたり、関連付けたりしている
⇒これによって、たとえば市場経済と価値判断、法則の関連がわかる。

・科学には、一つの真実に向かって突き進むタイプと、そうではないタイプとがある
⇒ttp://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161208-00010012-agora-sociに関連記事あり
⇒また本書の25ページ「科学の宗教的な側面」と、37ページ「道徳には正解がない」と、81・82ページ「近代における自由の意義」と、209・210ページ「経済学は科学か」と、246〜248ページ「壮大なジレンマ」などもそれを意識した記述。

・発展的な話題に踏み込んだ個所を設けて読者の奮起を促している
⇒法と経済学(シュライファーにおける法類型と経済成長の関係)、開発経済学、環境経済学など。

・歴史を踏まえて、人間の能力や性質の解説に重きを置いている
⇒禁酒法に無理があること、自由主義、貨幣と信用、年金の存在意義、裁量かルールか、自然失業率仮説、市場の自浄作用など。

以上のように、少し難しいとしても、高校生や大学教養課程レベルでも社会科学という枠組みで経済を教えることには大きな意義があると思います。

※私への直接のご返信はinquiry(a)en-culture.netにお願いします。
(a)を@に変えて送信してください。



Re: 拙著の簡単な紹介 新井 明 - 2017/01/07(Sat) 17:11 No.1311

酒井俊一様

先日は、東京部会と懇親会への参加、ありがとうございました。
当日、『高校生からわかる社会科学の基礎知識』を寄贈していただき、通読してみました。
基本的には、良い本だと感じました。
なにより、「やさしい〇〇」という形のスタイルの対話本やハウツー本ではなく、文章をじっくり読みながら考えるためのヒントが詰まっているところに関心をいたしました。現代を読み解くためにも本物の教養が求められていますが、その入り口に立つことはできそうです。
また、「高校生からわかる」というタイトルにあるように、一度世界史や政治・経済を勉強した高校生でさらに自分なりの世界観を持ちたいと考えている生徒にとっては、有用な副読本になろうかと思います。
たしかに、篠原先生が言われるように内容的には標準の高校生から見ると、難しいとは思いますが、レベルの高い生徒にとっては良い手がかりになるだろうと感じました。ただし、高校生にとって、相当な読解力が求められることは事実だろうと思います。
法と政治、経済を一体のものとして捉えようとされていることも共感を持ちます。それが成功しているかどうかは、読者が判断してくれるかと思いました。

気になった個所をいくつか取り上げてみます。
一つは、形式的なものですが、せっかくこの種の本をつくられたのですから、索引は是非入れるべきだろうということです。私は本のいのちは目次と索引だと思っていますので、索引がない本はたいてい読み捨てにされる運命です。
二番目は、記述のバランスです。経済部分がかなり多く、経済学者ではスミス、マルクス、ケインズ、フリードマンの四人が取り上げられています。では、法学者は?政治学者は?と感じてしまいました。経済教育に携わっている人間にとってありがたいのですが、逆に、法や政治のような隣接領域ではどうなんだろうと思ってしまいます。この種の勝手な要望に応える必要はないのですが、ちょっと惜しいなと感じました。
三番目は、記述の順序の問題です。例えば、近代経済の所産の個所で、豊かさをもたらしたという次に公的年金の記述が登場します。ここなど順序性からいって間違いではないとして、なぜここで公的年金がでてくるのかが釈然としませんでした。
もちろん、何をどのように配列して一貫したストーリとして書くことは簡単ではありませんが、時代的な経過を大事にされるのであれば、もうすこし配慮された方がよかったのではなどと思いました。

ここでは三つほど気になった個所を取り上げましたが、最初にも書いたように、意欲的な本だと思います。広くうけいれられ、洛陽の紙価を高める結果になることを期待しております。
妄言多謝です。



出戻り非常勤日記 52 投稿者:新井 明 投稿日:2017/01/05(Thu) 13:31 No.1310

 あけましておめでとうございます。もう少し、この日記を続けたいと思っています。今回は昨年12月の後半分です。

 12月某日
 上智に出講。
 今日は、学生さんの模擬授業と私の指導要領に関するレクチャー。模擬授業は、いつもの通り「ハイデガーを30分で教える」というテーマのもの。
 今回は、死への存在を入口として、不老不死を願うかを哲学対話風に話し合わせて、そのうえでハイデガーの思想に入るという流れで構成したもの。すぐれたアイディアで、かつファシリテータとしての役割をしっかりつとめていて感心。
 後半の次期指導要領の準備と構想に関しては、中教審の中間まとめなどを紹介して、2020年には小学校から新しい指導要領になるのだと注意を喚起した。
 終了後、模擬授業をやった学生さんとごくろうさん会。当世の学生事情などを聞く。

 12月某日
 夕方から山田幸俊先生をしのぶ会に出席。
 山田先生は早稲田の山岡道夫先生の経済教育研究グループの一人。6月に急逝した。私と同じ齢だったので、感慨深い。
 経済教育山岡組のメンバーが久しぶりに集まり、故人をしのんだ。

 12月某日
 午前中老人ホームにでかける。午後は、来年度の非常勤講師関係の書類づくり。
 この齢になってもまだ教壇に立つことができるというのは有難い話。ただし、書類作成は非常勤講師であっても結構難しい。特に業績表書きは「なんだかなあ」という感じ。それでも半日かけて作成する。

 12月某日
 知人と昼食をとりながら話をする。
 家族をめぐる少々ややこしい話。どんな時代でも、家族問題は悩ましい。簡単に解決できる話ではないが、話を聞くだけでも解決のヒントにはなるのだろう。とにかく、聞き役に徹する。

 12月某日
 年賀状を作成。
 これまでプリントゴッコで作成してきたが、数年前から製造中止。足りない部品はアマゾンで入手してきたが、その価格と作成の手間を考えてついに放棄。パソコンとプリンターで作成することになった。
 デジタルにアナログが陥落である。それでも手作りの感じを残すために苦心する。結局、手書きの部分をスキャナーでコピーしてプリンターで印刷するという方式にする。いずれこんなスタイルも面倒でやらなくなるかもしれない。

 12月某日
 小石川に出かけて、書類提出や机の整理をする。
 6年生は12月いっぱいで一斉授業スタイルの時間は終了。あとは補講や個別指導、自宅学習になる。その間非常勤講師は自宅での研修が認められる。その書類作成。
昨年は、講座の受講生の小論文指導を手紙やメールを使って行ったが、今年はその要請もなさそうなので、はやめに大掃除をする。あとはセンター試験の結果を待つだけ。

 12月某日
 一日閑居。

 12月某日。
 午後から、東洋大学へ。中等教育学会実践報告部会に参加。
 わが陰謀(賢人)会議の、杉田、金子両先生が発表するので、その応援。杉田先生のネットワーク力もあり、多くの先生が参加。
発表内容は主権者教育。両先生とも学会発表では十分に時間が取れなかった分を、その後の検討なども踏まえてインパクトのある形で提示できたのではと思った。この研究会、さすがに質問が鋭く、的確なものが多く、その点でもこれからの陰謀会議のインセンティブがあがるものがでてきた。他流試合をすることは大切だ。
終了後、懇親会に参加。こちらも多士多彩で面白かった。

 12月某日
 若い先生と情報交換のために学芸大学へ。
 日本史の先生なのだが寺子屋参加者でもあり、資料を貸してもらっていたので、その返却もかねて、大学の図書館で落ち合う。
ランチを食べながら4時間以上、情報交換をする。井伊直虎の本を出した大学時代の同級生の話、五日市憲法の原本を見に深澤地区まで行った話、初期社会科を含め担い手がみんな若かったこと、その点で現場の教員からカリキュラムメーカーになっていない危機感、最近の歴史教育界の動向などの話を聞く。
若手の先生の勉強ぶり、意識などを直接聞くことができ貴重な時間となった。後世畏るべしである。

 12月某日
 父の20年忌。
 ちょうど学期末の日で、父の死の時は、私は外のうどん屋に昼食を食べに行っていて、つかまらなかったことを思い出す。親不孝者で最近は墓参りにもゆかない。
老人ホーム行く。母に今日は命日だよといったら、もう忘れたとのたまう。苦労をかけられた思い出だけが残っているようだ。夫婦は難しい。家族も難しい。

 12月某日
 一日閑居。翌日に迫った寺子屋などの予習。
 金融をどう理解するか、どこまで理解すべきか。いろいろなテキストを引っ張り出して考え直すがうまくストーリーが固まらない。
寺子屋のテキストのコメントが葦名先生(オールド葦名)から来る。手厳しいコメントもあるが、このように意見を出してくれる人がいるのは有難い。それらを参考にメモを作る。

 12月某日
 一日大車輪の日。
 午前中は寺子屋。今回は三田の慶應義塾大学の研究棟の会議室をお借りした。篠原先生を含めて参加者10名。篠原先生の金融に関するレクチャーを中心に展開。マクロ経済の時もそうだったが、レベルも高く、内容豊富ですぐに理解するのは簡単ではない。ノートを振り返って時間をかけて整理することにする。
 午後は、冬の教室。豪華な東館の会議室で開催。地理と経済をテーマにしたもの。河原和之先生のプレゼンと模擬授業はもはや芸である。地理の河原典史先生の話は初めてだったが、地図の活用という点で非常に面白かった。地理教育への視野が広がった。加藤先生の経済からの視点は辛口だが、美談のうらにある冷厳な構造を知ること、クールヘッドの必要性を改めて教えてくれるものだった。参加者も満足したのではないかと思う教室だった。
 冬の教室の終了後は、研究棟の会議室に戻り東京部会。参加者が23名と多く、自己紹介などを兼ねて情報交換。
 最後は、懇親会。昭和の雰囲気を残す三田の一角の会場が何ともいい雰囲気。
 一日に四つのイベントをやった。こんな日はそうないだろう。

 12月某日
 「レインボーニュース」の打ち合わせで水道橋まで。
 企業訪問の事前準備をかねた打ち合わせ。今回は製造業。成熟産業が産業転換をしながら世界の企業になっている秘密をある製品を切り口に探ろうとする企画。結果は三月の同誌をごらんあれ。乞うご期待。

 12月某日
 午前中は、孫2のお世話。この間に娘の家は大掃除とのことで保育園代わり。
 午後は、ホームに行き、母の部屋の大掃除。丁度兄がきていて、二人で不要なもの古くなったものを整理する。こういうのは一人ではやる気が起きないが、丁度よかった。
 年賀状を書き上げ投函。正月に着くかな?

 12月某日
 午前中は自宅の大掃除。とはいえ、家の周りをはいたり窓ガラスなどを拭く程度。
 妻の母親を同居させるため部屋数の多い家に引っ越したのだが、義母はすぐになくなり、子供たちも家をでて結局夫婦二人で暮らし。使っていない部屋は適当に掃いて終わり。
 高齢化家族の典型。
 夜、アマゾンで今年最後の注文。結構アマゾンを使うことが多くなった。これも高齢化か。

 12月某日
 大晦日。
 特に仕事がなく、宿題をやる。インタビュー案や冬の教室のまとめなどこまごまとした課題をこなしてゆく。
 前日に注文した本(『政治行動論』有斐閣)が午前中には到着。早速読み始める。
 主権者教育の参考に杉田先生にすすめられた本。すぐ読了。役立ちそうだ。最近の大学の初年向けのテキストはずいぶんよくなっているという感じである。逆に言うと、重厚なテキストは読まれない、売れないという構図なのだろう。
 夜はTVも見ずに、年越しを迎える。



出戻り非常勤日記 51 投稿者:新井 明 投稿日:2016/12/21(Wed) 18:11 No.1308

12月某日
 早くも師走になった。
 小石川に出かける前に「レインボーニュース」の打ち合わせ。企画案を検討する。
 その足で、小石川へ。テスト前の最後のクラス。一応最後までやり通すが、2学期は9回(2時間×9)しか実質の授業がない。なかなか考えさせる場面が取れなかったが、受験講座のなかに最新の知見を入れ込むようには努力した。その結果ははたして。

12月某日
 上智講義。
 今回は法教育。教材は「殺オオカミ事件」。シナリオを少し補強して、判断がしやすいようにしてみた。学生さんの反応は好評。いい教材はそれだけで価値があるということなのだろう。判決は、子豚有罪が多数だが、シナリオをそのまま聞けば、推定無罪になるはず。そのあたりの判断は裁判員制度の一番の問題かもしれないと感じる。

12月某日
 孫1と孫2が我が家に来宅。
 ふたりとも一人っ子なので、なかなか一緒に遊べない。おもちゃのとりあいでどちらかが妥協しない。結果として、力の強い孫1が孫2に勝利する。孫2はそれでも遊んでほしいのでついてゆくが、孫1はいじわるをして孫2がくると別のところにいってしまう。
 こんな様子を観察すると、ゲーム理論の応用のようで面白い。
 孫2はそれでも孫1が好きなようだ。人間はなかなか複雑だ。

12月某日
 都内某所で会議。
 こんなロートルが呼ばれるのだから、人材不足なのか。それでも最後のお役にたてればということで出席。

12月某日
 青森に授業の見学、取材にゆく。
 朝8時20分のはやぶさにのり、11時過ぎに新青森到着。そこからタクシーで取材先の中学に向かう。途中で、イオンにより昼食。ここのイオンモールは日本ではじめて作られたところだそうだ。
 昼過ぎにたんぼの真ん中に立つ中学到着。早速授業見学をする。
 今回は、環境問題と企業の投資を組み合わせたもの。導入でごみの収集シミュレーションを行い、それを踏まえて、環境浄化のコストを実感させて、パリ協定で環境への取り組みが強化された場合、四つの企業のどこに投資をするかというシミュレーションを行う授業構成。
 中学校の経済学習でこんなアクティブラーニングが行われているのでびっくり。授業に持ち込むまでの理論研究、授業でつかう様々な小道具の準備、1時間のなかで無駄なく授業展開する緻密さ、それに応える生徒たち。感心の1時間であった。
 その後授業の検討を行い、15時には学校を出る。新青森16時38分のはやぶさに乗車。21時前には帰宅。先月の弘前での学会出席もあり、青森とはご縁が深まったこの秋から冬である。
 授業の紹介は、『レインボーニュース』33号に掲載予定。

12月某日
 一日閑居。北風強く、周りの木々の葉がほとんど落ちてしまう。前日、訪問した青森は吹雪だそうだ。一日違いでセーフであった。
 さすがに連日の外出で疲れたのか、やる気が出ず、早々に寝てしまう。

12月某日
 本格的な冬。小石川にでかける。
 テストの回収。翌日返却をしなければいけないので、早速採点にかかる。知識問題は、差がでる。取り組みの程度の違いであろう。
 論述問題は、事前にテーマを通告していたこともあり、よくかけている。論述は二度読み直してコメントを入れる。これで返却準備OK。24名だからできる芸当。

12月某日
 小石川へ出校。一クラスは最後の授業。
 テスト返却と、日本経済の諸問題を駆け足で説明。農業、中小企業、労働、福祉などそれぞれは重要問題なのだが、受験生は知識注入が優先。それでも問題意識や現状分析に近い話をする。どこまでそれが通じたのか、知識問題に関する答えは数か月後にでるだろう。
 もう一クラスでは、返却とそのコメントで一時間はなす。こちらは4名のクラスなので気軽。生徒のひとりが、「理系だったけれど経済がおもしろそうなので、志望校をかえるつもり」と言う。
 うれしい話のような、責任を感じるような話である。

12月某日
 上智へ出講。本日は、主権者教育。
 陰謀会議(賢人会議)で取り組んできた内容と、それに基づくモデル授業を行う。生徒と違い学生さんは忌憚のない意見を書いてくれる。それをもとにさらにブラッシュアップしようという趣旨。
 7月の選挙では7割近い学生が投票に行っている。行かなかった学生の多くが、住民票が移していなかったため。今後も行くかという質問には9割の学生が行くと回答。先生の卵を教育する講座だから当たり前ではあろうが、この数字はすごい。
 授業に関しては、評価も高いが、批判も多くだされた。これで本当に選挙に行くのか、世代間対立を激しくするのではないか、経済的な分析以外のものも必要などである。全体として75点という点数をつけた学生もいた。この種の意見が一番役立つのだろう。

12月某日
 賢人会議で日大に。
 月末に行われる研究会で、杉田、金子両先生が発表をするのでその準備もかねた会合。学校以降の各人の研鑽も報告される。私も前日の上智の授業の簡単なまとめを持参。
 この種の研究や取り組みは最低三年は続けないとダメと杉田先生。金子先生は、政策をグルーピングさせて、それを選ばせるという新構想をいれた改良の授業案を持参。それぞれ実践と理論研究をすすめることとする。
 伝統継承の会も実施。連日、杉田先生と会っている。

12月某日
 植木屋さんが庭を手入れする。
 一年に一度、この時期にお願いしている。プロは違う。すっきりきれいになる。
 この間に、私はホームに面会に。

12月某日
 小石川出校。
 本年度最後の授業1時間。日本経済の諸問題。受験生はあとはセンター対策講座や自宅学習にはいる。
 終了後、成績処理。必修講座との合算を行なう。
 夜は、同じ非常勤の先生と忘年会代わりの会食。文京区のシビックホール(区役所)の上にあるレストランで。眺めがよくてびっくり。穴場のお店だと感心。

12月某日
 恒例の国立ランチ。
 先輩の先生と年に数回昼食をとりながら情報交換をしている。前回は6月だったので半年ぶりになる。
 今回は、上智の講義を文章化したドラフトをめぐり意見を聞く。
 教科教育のテキストは合作がほとんどで、単著は少ない。上智の講義は、自分がやってきた実践と関心がある実践を中心に紹介するスタイルをとっている。その意味で、これまでの教育実践の総括的な意味もあるのではないかと思い、文章化してみた。
 意見交換では、経済教育で「責任ある選択」というスローガンがでてくる根拠をもっと掘り下げるべし、特に、マルクス経済学から主流派経済学へと転換(転向)した部分はしっかり書かないと、新井流社会科教育、公民科教育のポイントは浮かび上がらないという指摘を受けた。
 するどい指摘で脱帽。体験をどこまで普遍化できるか。また、後進が批判的に乗り越えるような対象になるようなものにするにはどのような書きぶり、内容の精選をすべきかなど、たくさん宿題をもらった。
 ランチのレストランでは、我々退職教員は声が大きいので顰蹙なのだが、本日は、もっとすごいこえのおばちゃん集団がいて、我々を圧倒した。
 高齢者が若者に嫌われるわけだ。

12月某日
 閑居の日。
 庭の木をみていたら突然床屋に行きたくなった。
 いままで行っていた床屋さんが再開したのだが、3800円と900円の差を考え、「床屋さんごめんなさい」と胸の内でお詫びをして、安い方にゆく。
 こちらはカットだけで、時間も短く、サービス業の新しい展開かと感じる。客は若者と年寄り。若者は美容院からこちらに流れている感じもする。年寄りは料金の問題。サービス業の生産性向上の一つの試みなのだろう。

 ここまでが師走前半。
 この間に読んだ本。
 坂口裕彦『ルポ難民追跡』岩波新書。毎日新聞のウイーン特派員が、バルカンルートの難民一家と同行しながらいまヨーロッパで起こっている現実をルポした本。足で歩いた記録。リアルな実態がよくわかる。現場主義の成果。
 芳川泰久『ぼっちゃんのそれから』河出書房新社。新聞の書評で取り上げられていたので手に取った。松山から東京に戻ったぼっちゃんと山嵐のその後を描く。山嵐が幸徳秋水と出会い、大逆事件にまきこまれるなど、当時の時代の雰囲気は書かれているが、小説的には面白いものではない。
 依田高典『「こころ」の経済学』ちくま新書。二色刷りの新書。まるで手軽な受験参考書風。それでも全体像が簡単にわかるのでお得な本。主流派経済学との違い、そのすり合わせを志すとした部分がミソ。「対決の立場」から「行動経済学の良いところを、主流派経済学のなかにしっかり位置付けて、そのない奥から経済学を変える」という戦略に変えた著者の今後に注目。そんなにうまくゆのか。ミイラ取りがミイラになるのか。
 ほかにもあるが、今回はこの程度の紹介としたい。

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