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授業に役立つ本 54 投稿者:新井 明 投稿日:2010/02/21(Sun) 20:46 No.333

先週は,気候が不順で雪が降ったり,なかなか晴れなかったりで,本来は光の春になっているはずですが,うっとうしい一週間でした。

それでも,受験は真っ盛り。我が家の近くの大学でも入試が行なわれ,みぞれ降る中を受験生が会場に向かっていました。

さて,今回の本の紹介は,原田泰『日本はなぜ貧しい人が多いか』(新潮新書)です。サブタイトルは「意外な事実の経済学」です。

この本,昨年の9月に発行された本で,一度は買おうかと迷ってそのままにしていたのですが,学校帰りに立ち寄る本屋でブックハンティングをしていたら,もう一度目に付き,これも何かの縁かと思って,買って読んだ本です。

原田さんは,現在は大和総研のチーフエコノミストですが,もとは,経済企画庁のエコノミストでした。若い頃書かれた『経済学で考える』という本があります。実は,この本をずっと昔,まだ経済教育に本格的に取り組む以前に読み,経済原理主義者だなという印象をいだいたことがあり,それ以来,雑誌などで書いたものは注目して読んでいましたが,単行本は久しぶりに買いました。

なぜ,むかし経済原理主義者だと思ったかというと,経済理論で現実をかなりバッタバッタと説明する手法になじめなかったのですが,今読み返してみると,これも一つの,というかかなり大事な方法と視点だと改めて思っています。

原田さんの方法は,現代の主流派経済学の方法と,データ分析を通して,現実を説明することです。それをやると世間で流布している通説なり常識がいかに間違っているかが浮かび上がるということです。

前書きで言います。「多くの人は思い込みに囚われている」と。そう,ベーコンのイドラではありませんが,思い込みから脱出するのには多くのエネルギーと,無知の知,方法的懐疑(このあたり,今授業で哲学を教えているので,こんな用語がでてくるのです)が必要ということになります。

原田さんにとっての,常識破りのための方法が経済学と統計ということになります。だから,経済原理主義。これは悪い意味ではなく,大事な一つの方法ということだと今は思っています。

はじめにの箇所をもう少し紹介します。原田さんは,思い込みのたくさんの例をあげます。以下列挙してみます。

・少年犯罪は増加している
・若者は刹那的で貯蓄もしなくなっている
・若者の失業は自分探しの志向が強い若者の問題である
・日教組の強いところは学力が低い
・グローバリゼーションが格差を生んでいる
・日本は平等な国である
・人口が減少したら,日本は貧しくなる
・昔の人は,高齢の親をきちんと面倒をみていた
・高齢化で医療費は増える
・中国のシステムが優れているから高成長ができる
・中国はすぐに日本に追いつく
・円は安すぎる
・経常黒字を溜め込めば損をする
・国際競争力は豊な日本のために必須のものである
・07年まで企業は経営効率化に成功していたから利潤をあげていた
・90年代の停滞は日本が構造改革をしなかったからだ
・低金利が続いているのは,日銀が低金利政策をしているためである
・銀行に資本注入をすれば経済は回復する
・第二次大戦がなければ,大恐慌は終わらなかった
・国債の減額はなにより大事である
・日本のエネルギー効率はダントツに高い

これだけで21のテーマが出ています。それらが本当かどうかがこの本のなかで吟味されているわけです。

こう書いているのだから,結論は反対になっているわけですが,それを自分で読み,納得する,もし納得しなければ,では道説明したらよいかを考える。こんな使い方が出来る本です。

扱われている問題は,教育問題から金融政策,グローバリゼーションまで多様です。それを6つの章,合計なんと62の小テーマにわけ,説明しています。なかなかの力技です。

私自身は,やはり教育問題,それと歴史関連の記述に興味を持ちました。昭和恐慌の原因を指摘した箇所などは,目からうろこのところもあります。

経済原理主義者と言いましたが,原田さんは,「はっきりわからないことも,単純な答えができないことも多い」としっかり書いています。また,「事実抜きにしての主張は控えています」とも書いています。その意味では,経済と統計の限界も踏まえた本と言えるでしょう。

先にも書きましたが,この本の小テーマを読んで,考えてみる。そこから「思い込み」を排した自分なりの見解が生まれれば大成功です。そんな対話の本として活用することができると思います。

ちなみに,原田さんは1950年生まれ。世代的に言うと私と同世代。マルクス経済学が旺盛だった時代に,こんなクールな見解を出す人がどうして生まれるのか,面白いなと思っています。ほとんど自分を語っていない原田さんですが,時代精神と経済学の知見のようなものの関連をもっと語ればよいのにと思うところがあります。

そのあたりを語らないことが,良い意味でも,悪い意味でも経済原理主義者の真骨頂なんでしょうね。



Re: 授業に役立つ本 54 新井 明 - 2010/02/23(Tue) 21:08 No.334

原田さんの本,新潮選書でした。訂正します。



授業に役立つ本 52回 投稿者:新井 明 投稿日:2010/02/13(Sat) 12:00 No.332

立春を過ぎましたが,今が一番寒い季節かもしれません。我が家の庭の梅は満開ですが,そこに今日は雪が降り注いでいます。

この寒い時期が入試のピークで,早いところは合格発表がはじまっています。また,国立の二段階選抜が発表になり,これも悲喜こもごもです。

今年は,東大の文一の足切りラインが下がり,センター7割を切っても受験できるという番狂わせが話題です。とはいえ,やはり受かるのは,上位層からでしょうから,記念受験になるかもしれません。でも,受験できないより,チャンスが与えられるというのは,生徒には大きな励み?になると思うのですが,どうでしょう。

さて,本日の紹介する本は,渋沢栄一『現代語訳 論語と算盤』(ちくま新書)という本です。タイトルどおり現代語訳ですので,腰巻にかかれているように一気に読める本ですが,なかなか味わい深いものがあります。

渋沢栄一を取り上げたのは,なんと言っても日本資本主義の創業期の立役者であることです。もう一つは,授業では現在,哲学とか思想の部分をやっているので,それに関したものを取り上げられないかと思っていたこともあります。もう一つ加えると,早稲田の山岡先生が渋沢研究会とも関係されており,その話を時々伺っていたこともあります。さらに加えると,渋沢三代(孫の敬三まで)に興味を持っているということもあります。

ところが,渋沢栄一は,小学校の歴史学習での人物学習の事例などでも結構とりあげられているようですが,その著書を読むチャンスはなかなかありませんでした。

明治の人物の著作を現代語訳しなければいけないということは,日本人の国語力が落ちたことなのかもしれませんが,じゃあお前はすらすら原文をよめるかと問われると,現代語の方が楽だということになってしまいます。その意味では,原文の味わいはなくなりますが,内容を知り,そこからいろいろ調べたり,考えたりする入り口としては便利な本です。

この本,抄訳で,全10章からなっています。それぞれ,「処世と信条」「立志と学問」「常識と習慣」「仁義と富貴」「理想と迷信」「算盤と権利」「人格と修養」「実業と士道」「教育と情誼」「成敗と運命」とタイトルが付けられています。タイトルだけで,内容は推定されるでしょう。

講演録をまとめたものですから,重複なども多いのですが,要するに,武士に士道があるように,商人にも商人道があって,その基本は儒教倫理であるということです。それを,渋沢は「士魂商才」と言っています。

ただし,儒教でも,江戸時代に官学となった朱子学には批判的で,創始者の朱熹は,口で道徳を説いただけで,自分自身で社会正義のために現場で苦労する人間ではなかった,と書いています。当然,江戸時代に膾炙した儒教にも批判的です。

渋沢の姿勢は理論より実践,ただし,理論を否定するのではなく,きちんとした理論と倫理に基づく実践こそが永続的な事業経営に必要なものということになります。現代でも大事な視点ですね。

そんな本ですから,興味深い指摘が多数あります。いくつかを紹介しておきます。

「仁義と富貴」では,金銭に罪はないということで,経済は「得失」が先立つことを指摘しつつ,論語と算盤は一致すべきと主張しています。

同じ章では,社会保障について触れている箇所があり,貧しくなってから直接保護してゆくよりも,むしろ貧しさを防ぐ方策を講じるべき,とも主張しています。そのために,専売をやめ,減税をすべきとも言っています。

「算盤と権利」では,競争は,勉強や進歩の基礎の母であり,だからこそ競争の道徳の必要があると指摘しています。冒頭に取り上げた,入試なども良い意味での競争になればいいわけですね。

「教育と情誼」では,人材あまりになる理由に,需要と供給があり,現代(1930年代)は,高等教育を受けた人間の供給が多すぎるという指摘をしています。このあたりは,少し割り引いて考える必要がありますが,労働市場の特質をしっかり指摘している箇所と読めます。

「実業と士道」では,有無相通という言葉を紹介しながら,自由貿易の利益を説いています。ただし,渋沢がここで言っているのは絶対優位での交換で,比較優位の交換でないところが,少々惜しいところです。

ほかにも紹介したい箇所はありますが,とにかく一気に読めますので,あとはご自身で確認されると良いと思います。巻末には,渋沢の生涯も紹介されていますから,その点でも役立つでしょう。

また,儒教倫理と資本主義の精神は,日本だけでなく東アジアの停滞と発展を考えるキーワードになりますから,ここからウエーバーなどに進むことも可能です。それはまたの課題にしておきます。

最後に,この本のなかにある教育論に触れておきます。

一つは,道徳教育についてです。渋沢は,これから道徳だといって生徒に教えても無駄だと言っています。道徳というのはそんな億劫なものではないというのです。

もう一つは,今の学校では子弟関係が乱れているという部分です。今の青年は教師を尊敬しない。学校の生徒など,その教師をまるで落語家か講談師のようにみていて,「講義が下手」とか「解釈がおとっている」と言うと批判する。

教育問題は,むかしから問題であったことがよくわかりますし,渋沢が今の学校をみたらどんなことを言うか,想像ができそうで面白いなと感じました。

教える芸人を目指す私としては,そんなことを思うような教師は,まだ修業が足りないぞという前に,失格なのかもしれませんね。



授業に役立つ本 番外編 投稿者:新井 明 投稿日:2010/02/07(Sun) 23:20 No.331

今回は,本の紹介はちょっと休止させてもらって,近況などを書いてみようかと思います。

というのは,一つにはこの土日に,家族の所用で大阪へ往復したことがあり,紹介しようと思っている本は手元にあるのですが,紹介できるほど読む時間がなかったというのが理由です。

もう一つの理由は,経済の授業が終了して,現在は一年生向けに「現代社会」で,哲学,思想の部分を教えていることがあります。ソクラテス,イエス,釈迦,孔子などの先哲を紹介することと経済がすぐにはつながらないということもあります。これについてはまた書く機会があるでしょう。

ですから,今回は,旅(移動中)の感想を二三書いてみようと思います。

移動中に,新幹線から一生懸命外を見ます。日本の変貌なり場合によっては変調をみることができるのではという思いからです。見る視点は,一つは農地がどうなっているかを見ます。休耕田や放棄地が増えているとやはり日本の農業が心配になります。

次に見るのは,工場の様子です。なんと言っても東海道沿線は,日本の工場地帯ですから,新しい工場ができているか,それとも休業や廃業をしている工場はあるかどうかなどを見ます。今回は,特に新しい発見があったわけではありませんが,ここ数年新設の工場はほとんど見ることはなくなっています。日本の製造業は成熟段階に来ているのかもしれません。

三番目は,小売業です。これは新幹線よりも在来線の方がよくわかるかもしれません。駅前なり街道沿いには全国展開の量販店の看板が見えます。その消長を観察します。この頃は,ニトリという家具屋さんの看板が目に付きます。イオンの巨大な建物は,どうもちょっと元気がなさそうに見えますが,これは先入観があるからかもしれません。

そのほか,車窓から見える店の様子や全体の様子なども観察します。

次には,車内の観察です。これはバードウオッチングならぬ,人間ウオッチングです。外国人比率が一両にどのくらいかなども注目します。下りでは,インド系の数人が目立ちました。名古屋で下車してゆきましたが,どんな仕事なんでしょうか。

帰りののぼりでは,京都から乗った,欧米系のバックパッカーの二人が目立ちました。とにかく身長が高い。天井にぶつかりそうでした。旅行者なんでしょうが,どのくらい滞在するのでしょうか。

観察は社会勉強です。

大阪では,地下道と地下のお店が面白い。JRと阪神デパートの地下街には,「アリバイ横丁」というのがあり,出張とか旅行で買い忘れたり,アリバイつくりのために全国のお土産を扱っているコーナーがあるとのことで,見てきました。

ここは,地下通路の壁面を区分して,お土産を扱っていますが,店というより通路の露天がそのまま居座ったという感じです。店はかなり高齢のオバサンやおじさんがやっています。全国といっても,廃業がすすみ,そろそろ潮時かという感じでした。

東京駅では,きれいな駅中の店で全国土産を扱っていますが,大阪の「アリバイ横丁」はアジア的風景です。それが廃れてゆくというのは,日本がある種のエネルギーを喪失しつつある証拠かもしれないな,などとおもって通ってきました。

それにしても,大阪はどうしてあまり緑がないのでしょうか。都市だから仕方がない? 空襲でやられたので仕方がない? それとも…? 東京だってそんなに緑があるわけではないのですが,やはり気になります。大阪の先生方で,理由がわかればご教示ください。

旅行者の勝手な印象ですが,何でも勉強の精神で二日間を過ごしてきました。ころんでもただでは起きない,教師精神でししょうかね?



授業に役立つ本 51回 投稿者:新井 明 投稿日:2010/01/31(Sun) 17:00 No.330

早いもので,もう一月末。あすからは二月です。生徒たちはいよいよ入試本番です。今年はどんな問題が出るでしょうか。良いものが出て,日頃の学習や生徒の可能性を試すものとあって欲しいものです。

今日の本は,その受験とも関係ある本です。ただし,経済というより英語に関連したものかもしれません。「した」と書いたのは,いまやもうこの本を出す大学はなくなってしまっただろうということでもあります。

その本は,ラッセル『怠惰への賛歌』(平凡社ライブラリー)です。In Praise of Idleness がタイトルです。

ラッセルは,私たちの時代はモームと並んで,英語の入試での頻出文章でした。大学の英語の授業でも読まされた人もいると思います。ですから,ある世代以上の大学卒業生にとっては思い出の,もしくは思い出したくない著作者かもしれません。

ラッセルがここに登場するには,私自身のセンチメンタルジャーニーがあります。実は,このところ,モームの作品を読んでいるからです。きっかけは,中島賢二さんという翻訳者を知ったことからはじまりました。

ケストラーという作家の『真昼の暗黒』(岩波文庫)という1930年代の旧ソ連でのブハーリン裁判を素材とした小説の訳者が中島さんで,その後書きに感銘を受け,中島訳を探し読み出し,そこから,コンラッドを経てモームと来るという「芋ずる式」(かっこよく言えば,リゾーム式)読書から,さらにラッセルまでたどり着いたというわけです。

このあたりの話は,経済教育とは関係ないので,別の機会に触れたいと思います。本題のラッセルに戻りましょう。

ラッセルは,専門は数理哲学,論理学です。ヴィットゲンシュタインを見出したり,ケインズの友人だったり,イギリス知識人として様々な活動をしてきました。第二次世界大戦後は,ラッセル・アインシュタイン宣言で,反核運動をおこなったことでも有名で,生徒は多分こちらの方で,ラッセルの名前を覚えているはずです。1950年にはノーベル文学賞を受けています。

今日紹介する『怠惰への賛歌』は,1930年代の初めごろに雑誌に書かれた文章を中心にして編まれた本です。全体は大小取り混ぜたエッセイ15章からなっています。

そのなかで,経済に関係するものとして,三つをあげておきます。

一つは,冒頭第一章に置かれている,「怠惰への賛歌」というエッセイです。これは先ほど触れたように,私の受験生時代には入試頻出のエッセイでした。

このエッセイの中で,ラッセルは,労働生産性が向上した現代の産業社会では,一日4時間働けば十分であり,その後の時間は働かず,自由に価値ある活動をすればよいと説いています。一日4時間というのは,マルクスの『資本論』でも必要労働時間としてあげられている数値例です。

マルクスの場合は,それ以上働いた分が剰余労働として資本家に吸い取られるから,それを奪い返すために革命が必要と説くのですが,ラッセルは,それ以上働かなければよいのであり,それこそが人間が人間らしく生きるための条件というわけです。

これは,社会主義ならぬ社会主義を説いているわけで,本当に実現すれば,かなりというか相当にラディカルな考えということができます。オランダで提唱され実験されている,ワークシェアリングなども,似たような発想です。

二番目は,第七章にある「社会主義」の問題というエッセイです。彼の言う社会主義は,社会民主主義にちかいもので,マルクス主義ではありません。冒頭の「怠惰への賛歌」の考え方を現実化するための処方箋といったほうが良いかもしれません。

彼の社会主義の定義は,国有化と民主主義です。なぜ社会主義がよいか,ラッセルは次の9つをあげます。
@利潤追求の動機がなくなる。A暇ができる。B経済的不安がなくなる。C仕事のない金持ちの害毒がなくなる。D教育の普及。E婦人の解放と幼児の福祉が増進する。F芸術が振興する。G儲からない公共事業がすすめられる。H戦争が避けられる。

ラッセルのこの擁護論のどこが間違っていて,どこがすぐれているかは,タイトルだけでおわかりでしょう。また,イギリス労働党が戦後推進して,1980年代のサッチャー改革で切り崩されたものがなんだったかが,浮かび上がります。

三つ目は,第四章の「現代版マイダス王」というエッセイです。これは,金本位制の問題を扱っていますが,経済や経済学の知見が必要であることも同時に説いたエッセイです。

ラッセルは金本位制はいらないと主張しますが,これはケインズの考え方に大きく影響を受けていると思われます。また,保護関税批判の箇所では,生産と消費が分離しているために,交易の利益が双方にあることが見えなくなっているからとも指摘しています。

関連して,経済学や経済教育に関しては次のように言います。「経済学は,男女,子どもすべてにとって重要であるけれど,この学科はほとんど学校で教えることなく,大学ですら少数の人が学習するだけである。そればかりでなく,…,一般に,この学科が経済的に見た現状を賛美するように教えられている。」

現代のように,大学には経済学部がたくさん出来て,また,中学高校で経済を教えているにもかかわらず,なかなか経済学が,「全国民を繁栄させたりする…武器」として本当に教えられているかは,反省が必要かもしれません。

以上,経済に関する箇所を三つ上げましたが,ほかにも,ファシズム批判,共産主義(ソ連)批判,現代文明批判など,もう書かれてから80年,翻訳がでてから50年たった本ですが,その批判の的確さなど,考えさせられる本です。

これをいまから40年ほど前,私(たち)は読まされたわけですが,まあネコに小判なんでしょう,その時は,まず英語であるということでうんざり,内容も,若者にとっては「なんだいこのおじさんの話」はというくらいで,受験が終わればおしまいという付き合い方だったわけです。

もったいない話ですが,世の中,まあそんなものでしょう。先にあげた,モームも,いま読んでみてこんなに面白い小説だったのかと,そのウイットというか,アイロニーというか,そんな大人の楽しみが分かるのですが,いかんせん,二十歳前の生意気盛りの若者には,無理というものかもしれません。

その意味では,現代の受験生の諸君が,数十年たって,あの時の文章は面白かったんだと発見できるような,含蓄の深い文章をとりあげて,出題してくれれば良いのですが,TOIECのような英語が横行する(これはこれで大事ですが),受験英語の世界では無理かもしれませんね。

全く同じことが,政治・経済の問題にも言えるとすると,出題者の責任大でしょうし,それを批判しようとする私たちの責任も問われる,かな?



センター試験の経済に関する問題 投稿者:TM 投稿日:2010/01/26(Tue) 14:30 No.326

センター試験の経済に関する問題

1月20日に長期海外出張から帰国して、数日前に行われたセンター試験の経済に関する問題を見ましたが、その内容に少々驚いたので、以下感想を書きます。

まず経済に関する問題のほとんどは、環境、人口、消費者保護、中小企業問題、労働問題などで最近話題になっているテーマについて国内外の動きに関する知識を試す内容になっており、そのような問題の傾向の是非はそれなりに論じる必要があると思われます。

しかし何よりも問題なのは、唯一例外的に出された抽象的な需給曲線に関する問題(現代社会の第4問の問3)についてで、それがあまりに意味も中身もない問題になっていることです。
それは基本的に、「商品の人気がなくなった場合にその商品の価格と取引量がどうなるか」という質問で、答えを8つの選択肢のなかから選ぶ問題ですが、需給曲線を使うまでもなく常識を使えば、人気のなくなった商品の「価格は下落し、取引量は減少する」が答えであることは明らかです。
しかもこの問題では、特に需給曲線がどうシフトするかを問うているわけではなく、何のために需給曲線を使うのか不明です。

あえていえば、もし選択肢が以下のようになっているのであれば、多少は経済モデルに関する問題になっていたのではないでしょうか。
(1)供給曲線が左に移動して価格が下がり、取引量が減少する。
(2)供給曲線が左に移動して価格が上がり、取引量が減少する。
(3)重要曲線が左に移動して価格が下がり、取引量が減少する。
(4)重要曲線が左に移動して価格が上がり、取引量が減少する。
さらに上の表現の最後を「取引量が増加する」に取りかえて(5)−(8)とする。

しかし、いずれにしても、これでは問題があまりに初歩的かつ表面的で、もう少し市場や価格のメカニズムの理解を試すような問題を出すことが望まれます。
TM



Re: センター試験の経済に関する問題 新井 明 - 2010/01/28(Thu) 23:05 No.327

宮尾先生

新井@西高校です。センターテスト「現代社会」の需給曲線の問題の批評,読ませていただきました。

その通りだと思います。今年のこの問題は質が低いです。工夫も何もないというものの一つです。「現代社会」の問題は,私立大学の問題よりはよく工夫されていると私は思っているのですが,残念ながら,この問題は落第ですね。

需給曲線の問題では,昨年度の追試でだされたものが出色だと思います。追試は問題が公表されていませんのであまり目に触れるチャンスがないとおもいますが,次のような問題です。

BRICSをテーマにした問題で,これらの諸国が経済発展をすると,どうして日本のガソリンの値段があがるのかということを,世界の原油市場の需給曲線と,日本のガソリンの市場の需給曲線のそれぞれのシフトの方向の組み合わせを選択させるというもので,二つの市場がリンクしていることが浮かび上がる良問だと思いました。

せめて,この追試レベルの問題を出してくれれば,よかったのにというのが私の感想です。



授業に役立つ本 50 投稿者:新井 明 投稿日:2010/01/24(Sun) 13:36 No.325

この「連載」も50回になりました。まさに,継続は力かもしれません。

センターテストの結果がでました。私の教えている生徒諸君は,問題が少し難しくなったこともあり,ちょっと厳しい数字でしたが,まあ予想の範囲内でした。でも,例年リサーチが出る頃は「泣く」生徒がでます。でも,そんな生徒も一ヶ月の追い込みで「笑う」のですから,若いということ,集中ということはすごいと思っています。

さて,今回は,パウンドストーン『プライスレス』(青土社刊)を紹介します。

この本,幾つかの理由から衝動買いをした本です。理由の一つは,タイトル。プライスレスという言葉への関心です。

プライスレスとは,文字通り価格がつかないことです。なぜ付かないかは,本書のテーマと関連しますが,価格というのは人間の心理によって変動するし,価格付けをする供給者はそこをみて適当,もしくは戦略的に価格設定するわけです。

プライスレスにはもう一つ,価格が付けられないほどに価値があるという意味も有ります。私が反応したのはそちらの意味でした。非常勤の講義で,いのちの授業を扱ったときに,あなたのいちのの値段はいくら?というアンケートをとったときに,学生のかなりの回答にプライスレスというものがあったので,関心をもっていたのです。

もう一つの理由は,著者パウンドストーンへの関心からです。

パウンドストーンは,MITで物理学を専攻したライターです。そのこともあり,科学関係,ゲームとかパラドックス関係の話題の本を連続的に書いている人です。もう10年以上前に,彼が書いた「囚人のディレンマ」という本を読み,丁度その頃ゲーム理論に関心をもっていたので,変わった名前のもの書きだなと思い,その後の著作に関心を持ち続けてきました。

パウンドストーンの本を紹介するのは,はじめてだと思いますが,以前紹介したカプランの「選挙の経済学」と同じように,パウンドストーンにも「選挙のパラドックス」(青土社刊)という本もあります。

「プライスレス」に戻りますが,この本は,経済学では行動経済学,パウンドストーンの関心からは心理物理学を扱った本です。心理物理学とは,あまり聞いたことがない分野ですが,要するに物理現象をいかに人間が認知するかに関する研究をテーマにする分野のようです。

経済学分野での経済行動学は,ある意味では目下流行中とも言うべき分野です。2002年には心理学者カーネマンと経済学者ヴァーノン・スミスが,この分野でノーベル経済学賞を受賞しています。このコーナーでも,「亜玖夢博士の経済学入門」や「おまけより割引きして欲しい」「経済心理学のすすめ」などの本を紹介しています。

この本,57の細かいエピソードによっています。それを4章に分けています。

最初の3つのエピーソードが総論です。最初に有名な290万ドルを獲得したマクドナルドのコーヒー訴訟が扱われ,アンカーリングをキーコンセプトにして,価格の不安定さ,いんちきさが心理学的に解かれます。

次の4から7は,主に物理的な量と主観的な知覚との関係を研究する心理物理学の研究史が紹介されます。ここでは私たちの錯覚の例がいくつか紹介されます。

8から23は,カーネマンなどの研究が紹介され,プロスペクト理論や最後通牒ゲームなども取り扱われます。

23から最後の57までは,価格にまつわる様々な事例が紹介されます。そこでは99セントストアの謎など,現在の私たちの身近にある事例も紹介されます。

全体では,これまでここで紹介してきた行動経済学の知見をこえるような目新しいものや,目からうろこというようなものがあるわけではありませんが,とにかくたくさんの具体的事例があり,それを読み解く面白さがある本です。

経済学の目からは,需要と供給で価格が決まるという完全競争のモデルの限界性を指摘した本の一つとして位置づけらられるでしょう。完全競争もでるのフィクション性とか,現実との違いはしっかりものを考えている生徒が指摘することが多いと思いますが,その疑問をうけとめて,こんな研究があるということを紹介するには良い本かもしれません。

ただし,完全競争モデルがなぜ重要かは別の問題でもあるので,不可知論や相対主義にならないように注意はしたいところだと思います。

経済教育の視点からは,前者とも関連しますが,とにかく事例がたくさんあるので,日本の私たちの身の回りの価格現象の事例を探す手がかりになります。教室の授業では,具体例をたくさん私たちが持っていることが,授業つくりに欠かせませんが,そのヒントがたくさん詰まった本だといえるでしょう。

逆に,この本も含めパウンドストーンの本は,事例が多すぎて,雑然とした印象を与えますし,手っ取り早く理論や内容をつかもうとする人にとってはいらいらすることも多いかもしれません。でも,ヒント集のつもりで活用することで,それも解消できるかもしれません。

冒頭のテストの点数なども価格に似たところが大いにある領域です。その意味では,点数に一喜一憂するなと生徒を精神主義でさとすより,君にとっての点数の心理的意味,全国平均の動向を全受験生がどのように受け止めるか,など,行動経済学の知見を活用して,結果を分析することができそうです。

そうすると,本書のサブタイトルではありませんが,「必ず得する」ように生徒を励ますこともできるかもしれませんね。とはいえ,全員が得することはないのが,ちょっと悲しいところですけれど。



授業に役立つ本 49 投稿者:新井 明 投稿日:2010/01/18(Mon) 00:51 No.324

一月も半ば過ぎ。一月は居ぬというけれど本当にそうですね。

16,17日とセンターテストがありました。入試の動向は私たち現場にも影響があるので,出題に注目しています。今年は,国語で岩井克人さんの文章がでて,公民科だけでなくいろいろな教科から経済に注目が集まっているのだなと思ったりしています。(もちろん,国語では経済が直接問題になっているわけではありません。)

さて,本の紹介。今回は対談です。タイトルは,『脱貧困の経済学』(自由国民社刊)。対談者は,雨宮処凛さんと飯田泰之先生です。雨宮さんは自称プレカリアート(不安定なプロレタリアートを意味するイタリア語)の反貧困運動の象徴的人物です。飯田さんは,一度ここでも紹介したことのあるリフレ政策を主張する若手の経済学者です。

この対談,新自由主義批判派と新自由主義の若手経済学者の激突と思いきや,ともに1975年生まれの二人,結構,お互いに和気藹々のところもあり,また,経済学の知見からプレカリアート運動を批判する場面もあり,なかなか読ませます。

飯田さんは,東大出身ですが,自営業の決して裕福ではない家庭の出身であることをこの本のなかで告白しています。その意味では,新自由主義とは一線を画した主張をしています。

この本,冒頭に雨宮さんからの質問があり,対談を通してその問題が議論され,最後に飯田さんからの回答がなされるというサンドイッチ構造になっています。

冒頭の質問,というか主張は以下の通りです。

1 最低賃金は2000円にしろ!
2 派遣切りをする前に,内部留保を取り崩すか,経営陣が減給しろ!
3 派遣の使い捨てをやめろ!
4 低収入・無収入者に住宅援助をしろ!
5 生活保護の「水際作戦」をやめろ!
6 結婚・子育てをしたい人ができる社会に!
7 ベーシック・インカムを月15万円よこせ!
8 全員分の仕事って,ほんとうにあるのか?

どうですか,皆さんはこの質問,要求にどう応えるでしょうか。私たち一人ひとりが考えるとともに,生徒にも考えさせたい問題ですね。

飯田さんの回答はネタバレになりますから,ここでは書き込まないことにします。「経済学はプレカリアートを救うための,一番と安く便利なツールです」という飯田さんの回答につけられた言葉にヒントがあるでしょう。

飯田さんは,小泉,竹中改革路線には批判的ですが,それでも経済学が現在の問題に対して出せる処方箋を丁寧に雨宮さんに説いています。

雨宮さんのように鋭い質問をして,運動を組織するような生徒がいたら私たちはたじたじで立ち往生してしまうかもしれません。なにしろ,雨宮さんは一時は右翼の街宣車にのっていたこともありますから。

でも一番の問題は,このようなシャープな質問,問いを立てる生徒が少ないことです。私たちはそれを批判しつつ,ひょっとすると安住している面もありはしないかと思ったりしますが,それは思いすぎでしょうか。

問いをたてなくなった原因はいろいろあるでしょうが,最初にとりあげたセンター試験を含む,入試問題やシステム全体であるとすると,現在ネットワークが取り組んでいる,入試問題プロジェクトは結構大事な問題提起,異議申し立てになるのかなと思ったりしています。

さて,あすは生徒が自己採点を持ってきます。今年の成果はどうなるか,そんなことが思い浮かんだら,現実に引き戻されました。




授業に役立つ本 48 投稿者:新井 明 投稿日:2010/01/05(Tue) 20:14 No.323

年明け5日目。仕事始めも過ぎ,世の中通常に戻りつつあります。

私も昨日は,日直で一日勤務しました。さすがに先生方はほとんど登校していませんでしたが,受験を控えた三年生やクラブ活動の生徒など,結構登校してきていました。

冬休みはあっという間に過ぎますが,世の中が動いていない時は,私たちにとっては稼ぎ時。いろいろな「宿題」をやったり,いろいろな本に挑戦したりします。こんな余裕が,精神の自由度を高め,生産性をあげるもとだと思っています。

さて,本年取り上げる二冊目の本は,タイトルはちょっと長めですが,外見はきわめて軽い?本です。何しろ表紙を見たら,わたしのようなおじさんは買うのをためらうようなイラストが書かれていますから。

その本は,岩崎夏海著『もし高校野球のマネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(ダイヤモンド社刊)です。

この本を取り上げた理由は二つあります。一つは,私が野球部の顧問をやっているということです。ただし,指導できる教員がいない野球部なので4人の教員が顧問で,その一人にすぎませんが。

もう一つは,ドラッカーは私にとって,経済教育を考える上での導きの糸の一人であるというこもです。これも,ドラカーその人より,恩師三戸公先生経由の「三戸ドラッカー」ですが。

この本,タイトルどおりの本です。高校2年生のみなみという女の子が,あるきっかけで野球部のマネージャーになって,ダメ野球部を再建してゆく話です。その間に,ドラッカーの『マネジメント』という本の内容が紹介され,それにもとづき部のマネジメントをしてゆくという話です。

表紙についてふれたように,物語はライトノベル,青春物語そのものです。著者の岩崎さんは,秋元康氏のもとでAKB48のプロデュースをした人ですから,むべなるかなです。そんな岩崎さん自身がドラッカーを知り,『マネジメント』を読み,感激し,それをぜひ発信したいという意気込みで書かれたのがこの本とのことです。

内容は,次の目次でだいたいお分かりだと思います。

プロローグ
第1章 みなみは「マネジメント」と出会った
第2章 みなみは野球部のマネジメントに取り組んだ
第3章 みなみはマーケッティングに取り組んだ
第4章 みなみは専門家の通訳になろうとした
第5章 みなみは人の強みを生かそうとした
第6章 みなみはイノベーションに取り組んだ
第7章 みなみは人事問題に取り組んだ
第8章 みなみは真摯さとは何かを考えた
エピローグ

この野球部がどんな結果になったかは,ネタばれになりますから書きませんが,2時間もあれば読めますから,手にとってみるとよいと思います。ここには,ドラッカーの経営学にでてくる,成果,顧客,マーケティング,イノベーションなどのこーコンセプトが,原文の引用もふくめてたくさん出てきますから,ドラッカー入門書としても役立つはずです。

取り上げた動機の前者に関して言えば,本書は,舞台が西東京地区の都立の進学校となっています。そこは早実や日大三高などなどがひしめく激戦地で,都立では国立高校が20年以上前に一度出場したきりのところです。(東東京では,城東や雪谷が出場しています。)

私は,国立高校に勤務したこともあり,かつ現在は,進学校の弱小野球部の顧問ですから,この舞台設定だけでこの本を読んでみようと思った次第です。

さて,動機の後者は,ドラッカーへの関心からです。ただし,この本が扱っている『マネジメント』が,アメリカに渡って経営コンサルタントとして成功している時代のドラッカーの著書であるという点とは,やや違った角度からの関心です。

この本では,全く触れられていませんが,ドラッカーは,ウイーン生まれのオーストリア人です。ヒットラー台頭のなかでロンドンを経由してアメリカに渡った,亡命知識人の一人です。ウイーン時代からカール・ポラニーやマイケル・ポラニーとも親交がありました。

彼の本領は,初期にあります。『経済人の終焉』『産業人の未来』の二冊は,第二次世界大戦中に書かれた本ですが,現在でも価値は減じていません。彼は,経済学(新古典派もマルクス経済学もともに)には批判的ですが,彼自身はオーストリア学派と共通の知的基盤を持っています。

そのドラッカーの第二作の『産業人の未来』で展開された自由論を,三戸先生の紹介で知ったことが,私の経済教育への出発点になっています。自由とは責任ある選択であるというドラッカーの論は,「経済教育は,責任ある選択ができる人間を育てるもの」という私の経済教育へのテーゼの母体です。

オーストリア学派がいかにしてアメリカの経済教育のなかに入っていったのかは,私の研究テーマの一つですが,ロビンズやハイエクへの注目とともに,ドラッカーへの注目もその視野には入っています。でも,これはライフワークということで,ここでは取り上げません。

さて,件の本,昨日初練習に来ていたわが野球部の監督に,読んでみたらと渡しました。監督は,社会学専攻の大学二年生です。十数人の部員しかいない野球部を,コーチ陣(これも大学生)とともに大学の学業と並行してほんとうに献身的に,良く見てくれています。

弱小クラブとはいえ,熱心さは甲子園組に負けないものを持っていますが,ただ,マネジメントは大変だろうと思います。そんな彼らを励ます意味でも,この本が役立つといいなと思っています。どんな感想をもってくれるでしょうか。

もう一つ付け加えると,私たち教員も,本当の意味でのマネジメントをするためにも,この本を入り口としてドラッカーに関心をもってもらえるとうれしく思います。今の学校管理が,いかにドラッカーのいうマネジメントと似て非なるものであるかが分かるのではないかと思います。



授業に役立つ本 47 投稿者:新井 明 投稿日:2010/01/01(Fri) 16:06 No.322

あけましておめでとうございます。

東京は,快晴。おだやかな元旦です。全国はいかがでしょうか。

このコーナー,自分の勉強もかねてもう少し続けてみたいと考えています。今年もよろしくお願いいたします。

さて,映画の次は,今度は数学です。

紹介する本は,芳沢光雄『3の発想』新潮選書です。一読して面白かったのと,経済教育関係の私たちにも示唆するものが多い本なので,今年の最初の本にしてみました。

この本の趣旨を一言で言えば,現在の数学教育に欠けているのは,3の発想であり,いくら百マス計算のような二項計算を繰り返しても思考力や応用力はつかず,三桁の計算,三項計算をを学ぶことによりそれが身につくということです。

それをティッシュペーパーの折り方の工夫や,ドミノ倒し,ケーキの分け方など具体的事例からはじまり,じゃんけんとコイントスとの違い,三次元空間図形の大切さ,三段論法の大切さと展開してゆきます。そして,3によって,関係を定めたり,現象の特徴をあらわすことができると説きます。

そのなかで,教育に関しての具体例や経済と数学の関係が紹介されます。いくつかあげてみましょう。

@ 2006年に経済成長が「いざなぎ超え」の新聞記事が出たが,基準となるいざなぎ景気の年平均成長率が,11.5%と14.3%の二つが新聞に載った。なぜなのか?(経済成長が足し算ではなく,掛け算なのが理解できないから二つの数字がでた。相乗平均と相加平均の区別がついていないために二つの数字がでた。経済学者でもその区別がついていないケースも紹介されています。)p56〜

A 「日本の景気は良い。それは日本景気はよいと思っている人が多いからだ」という論理と,「日本の景気は良い。それは日本のGDPはここ数年毎年3%上昇しているからだ」という論理のレベルの違いを説明しなさい。(二段論法と三段論法の違いです。どちらがどちらなのかはすぐわかりますね。)p124〜

B 2007年,厚生労働省は05年の日本の所得再分配調査の結果を発表。それによると,ジニ係数がはじめて0.5を超え,0.5263となった。これを報道した新聞各紙は,なぜジニ係数が0.5を超えるのは格差が大きい証拠なのかの説明がなかった。では,どう説明すれば,だれでもジニ係数が0.5を超えると問題かが簡単わかるようにすればいいか。(三つのデータが与えられれば説明可能。同じ2400のGDPを持つ国民が3人で構成されているA国とB国の,それぞれの国民の年収が次のようになっていた場合を説明すれば一発で理解可能になるはず。それは,A国,300,900,1200。B国,200,200,2000。)p144〜

以上,三つの事例を同書から少し変形をしていますが,あげてみました。どうですか。

私は数学が苦手で,結局経済学をきちんとマスターできなかったという思いを抱いていますが,経済学だけでなく,物事を論理的に説明するには数学がどうしても必要になるということは良く分かります。要は,リテラシー,読み書きと同じですね。

これまでにも,経済学者で数学の重要性を語っている大瀧先生の本や,小島寛之さんの本を紹介してきましたが,数学者も結局,同じことを別の表現で繰り返し言っていることに気付きます。

それをこの本では,3という数字に着目して,とても分かりやすく説得的に語っています。

ちなみに,3という数字で経済を含めて社会科で出てくるものには,日本国憲法の三大原理,三大民主化,労働三権,労働三法,国民所得の三面等価,3K赤字,三種の神器(3C),三大金融政策,財政の三つの役割,三位一体の改革など本当にたくさんあります。本書のなかで芳沢さんも言っていますが,これら3の内容分析とその変遷を辿ることでも,歴史が書けるかもしれません。

芳沢さんは,入試問題の改善に関しても提言をしています。それは,数学ではマーク式をやめて記述式にすることだというのが処方箋です。これは,ノーベル物理学賞をとった益川さんも言っていることだそうです。

現在,わがネットワークでは入試問題プロジェクトが進行中ですが,経済分野の入試問題にも同じことが言えるかもしれません。芳沢さんは,論理は分からなくとも答がだせてしまうようなケースを多く持つマーク式の入試数学は,「手段はどうでも良いから点数を取ればよいのだ」という発想に通じ,それが結局,「結果がすべて」,「世の中,結局,金である」に収斂されてゆくと言っています。

このあたりは,数学者にしては少々粗雑な議論じゃないかとも思うところもあるのですが,それでも,論理よりも情緒だという数学者の経済批判よりは,よほど説得的と私は思うのですが,どうでしょうか。



授業に役立つ本 46 投稿者:新井 明 投稿日:2009/12/26(Sat) 12:59 No.321

昨日,高等学校の学習指導要領の解説が発表されました。内容はかなり前に完成していたはずですが,発表まで時間がかかったのは,やはり政治情勢が影響したはずです。

新聞では,竹島だけがとりあげられていましたが,文部科学省のHPから公民科の部分もダウンロード出来ますから,一読あれ。感想や分析はまた別の箇所で記したいと思います。

学校は,昨日でやっと終業。とはいえ,二期制ですから,まだ後期の最中で,2時間授業をやって大掃除,全校集会というスケジュールでした。午後こそ授業からは解放されましたが,それでも勤務ですから,分掌の部会などがあり,仕事収めという感じではありませんでした。

今日の新聞に,教員の休業者が増えている記事が載っていましたが,むべなるかなというところです。

そんな中でも,精神のバランスをとるのは本を読んだり,音楽を聴いたり,時には映画を見たりという暇(スコーレ)を見つけることかなと思い,今日は本ではなく,映画を紹介しようと思います。ただし,教材として使えることを念頭にいれているところが,商売気が抜けないところです。

さて,前説が長くなりましたが,映画は,クリント・イーストウッドの『グラントリノ』です。

イーストウッドに関しては,『ダーティハリー』や『マディソン郡の橋』などの作品で名前だけをしっていましたが,ほとんどノーマークの俳優,監督でした。

ところが,いのちの教育に関して,立命館大学の大谷いづみ先生の話を聞いた中で,『ミリオンダラーベイビー』が参考になると聞かされて,DVDを借りて見て,大変感心したことから,作品を集中的に見始めました。

手がかりは,中条省平『クリント・イーストウッド』(ちくま文庫)です。フランス文学者の中条さんのオマージュ本を読み,ますます興味がわいてきました。

イーストウッドの立場を一言で言えば,リバタリアンだと私は思っています。そのリバタリアンが,現代をどう描くか,『グラントリノ』はそんな興味を抱かせます。

グラントリノは,1972年製造のフォードのクルマです。妻に死なれた主人公が持っている愛車です。それを隣に住んできたモン族の男の子が,仲間にそそのかされて盗もうとして失敗することからストーリーが展開してゆきます。

話の展開は,ぜひ皆さんが直接ご覧になって確認してください。

授業に役立つというこの文章の趣旨からは,次の点がいえると思っています。

@ アメリカ文化特に中産階級のシンボルとしてのクルマの意味,特にアメ車への愛玩
 主人公は長年フォードで働いていた退職労働者
 息子はトヨタのディーラーのセールスマン

A アメリカにおける家族の変容,世代のギャップ
 二人の息子とのギャップ,いずこも同じだなと思わせます。
 孫たちの「どうしてこうなってしまったのか」と思う行動,風俗。これもいずこも同じ。

B 斜陽都市における荒廃
 舞台はデトロイト郊外の住宅地。アメリカ自動車産業の聖地です。
 荒廃とともにニューカマーが参入。隣人はアジア系で集団で住み始めています。
 アメリカ的生活様式が変貌。芝生と塀のない前庭の手入れはアメリカ人の習慣なんですね。

C アメリカ男性が持つマッチョへの志向とそのコミュニケーション方法
 長年つきあってきたイタリア系床屋との会話。差別語オンパレードです。
 建設会社の友人との会話。上と同じ。

D キリスト教(カトリック)の役割と機能
 主人公はポーランド系。したがってカトリック教会が重要な役割を演じます。(ミリオンダラーベイビーもカトリック教会が登場します。こだわりがあるようです。)
 若い神父との会話,懺悔。神父もイニシエーションの対象です。

E 異文化の進入とそれへの反応
 コメを食べるアジア系の参入(モン族がなぜアメリカに移住してきたか)。ここでベトナム戦争が言及されます。
 その文化を理解してゆくプロセス。具体的事例がたくさん出てきて興味深いシーンがたくさんあります。

F 若者への教育とイニシエーション
 隣人の若者を一人前をする主人公の教育ぶり。中条さんの本でも,イーストウッドの映画には若者への教育,文化の継承がテーマにあると指摘されています。
  
G 人の生き方,死に方
 ネタばれになるので,主人公の行く末は書かないけれど人間の生き方死に方がテーマです。

H 戦争における殺人とその後遺症
 主人公は朝鮮戦争で10数人を殺しています。イーストウッドは『父親たちの星条旗』「硫黄島からの手紙』で戦争と人間を直接扱っています。

ざっとあげただけでもこれだけの要素が詰まった作品といえます。もちろん,抜け落ちた要素もあるでしょうが,なかなかの作品だと思います。

経済の観点からは,やはりアメリカ自動車産業の栄光と没落がここから浮かび上がってきます。先にも紹介しましたが,フォードの労働者の息子が,トヨタを売りまくっているという設定は,産業界の熾烈な戦いを思い知らされます。そのトヨタだって,うかうかしているとどうなるかということでもあります。

ひろく現代社会という教科の観点からは,異文化理解の格好の教材だろうと思います。

リバタリアン,クリント・イーストウッドはカッコいいなと思いつつ,まったくそのタイプでない私などは,この映画をみてどんな老人になろうかと思案するばかりですが,まあ,そんなことを気にせずに楽しめばいいのであって,それが教材になれば二度のおいしいということです。

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