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書評:『コーヒー一杯からわかる経済』 投稿者:TM 投稿日:2007/08/12(Sun) 14:45 No.109

書評:『コーヒー一杯からわかる経済』
丸紅経済研究所・監修、造事務所・編著(2007年7月10日)

今回も前回に引き続き、書店で人目を引く題名の本ということで手にとってみたところ、なかなか工夫されたところがあり、今後の経済教育ネットワークで教材作りを考える際に参加になりそうなので、紹介させていただきます。

何といってもこの本のポイントは、「コーヒー一杯からわかる」というキャッチフレーズで、たしかにこの本の最初の3分の1ほどは、一杯のコーヒーの話しで貫かれていて、しかも重要・供給、インフレ・デフレ、景気・不景気といった基本的な概念に加えて、ファミレスのドリンクバー、缶コーヒーのCM、一等地のコーヒー、シアトル系コーヒーショップなど若者の興味を引く話題を次々と取り上げて、その経済学的な側面を(紙面の制約で不十分ながら)説明しようとしている点は非常に参考になります。しかも、単に経済学的な概念だけでなく、「ブルー・オーシャン戦略」なるマーケティング用語を最後に持ち出して一味違った切り方をしている点もなかなかの「商売上手」です。

ただし、この「コーヒー一杯から」を扱う本の最初の3分の1の部分で紙面と知恵を使い尽くした感があり、その後の3つのテーマ、「おすし屋さんのネタでわかる国際貿易のこと」、「銀行の窓口でわかる新しい経済の動き」「起業して儲けてみたい人のための経済の常識」については、問題の立て方はそれなりに面白いのですが、どの問題も説明不足で消化不良に終わっているのは残念です。
特に最後の「起業して儲けてみたい人のため」というハウ・ツーもののアプローチで、会計や株の話しを説明しようとするのはやはり問題ではないかと思います。

この最後の章を削って、「コーヒー」、「すし屋」、「銀行」の3大話しに集中して教材を作れば、かなりよい切り口と説明が可能だったのではないかと思います。私たちが教材を作る場合にこの点から学ぶべきではないでしょうか。
なお各章の最後にそれぞれ6つずつの用語解説が付けられていますが、これももう少し本文と関連づければ、大いに役立つ内容なので、この点も教材の開発の際に参考になります。これらの解説はそれぞれ200字以内の簡潔なもので、経済教育ネットワークのHPにある「時事問題の解説」もこの程度の簡潔さでよいのではないかと思われます。

最後にこの本は、よい意味でも悪い意味でも、「ビジネスの視点から分かりやすい」解説をしようとしている本なので、この点でも教材としてよいものを作るには、現場の教員と経済学の研究者とビジネス関係の専門家の協力と知恵の出し合いが重要かつ効果があるのではないかということを実感させる材料であることは確かです。
以上、ご参考までに。
TM



授業に役立つ本 その13 投稿者:新井 明 投稿日:2007/07/23(Mon) 00:47 No.103

今回は、ちょっと毛色の変わった本を紹介します。

紹介する本は、桐野夏生『メタボラ』朝日新聞社、という小説です。小説も十分役立つ本です。

この本を紹介しようと思った理由は二つあります。一つは、内容の面白さです。もう一つは、主人公が派遣会社から派遣される先の工場が今回地震に襲われた新潟県の柏崎だったからです。

前者からゆきましょう。この小説の主人公は、集団自殺から逃げ出してきて記憶喪失してしまった若者(最初は、ギンジという名前を副主人公から与えられ、のちに自分が香月雄太という名前をもつ人間とわかってゆく)です。

小説の舞台は、沖縄本島ですが、主人公の自分史がわかってゆくなかで、東京、柏崎などが登場します。また、ギンジをすくった昭光という副主人公の出身は宮古島という設定です。

主人公も副主人公も、本の腰巻の文章から引用すると、「世界から搾取され、漂流するしかない」若者です。経済の観点から言えば、最近話題の格差社会のなかで「負組み」にされていった若者といえるでしょう。

主人公、香月雄太の物語は、医療機器会社の営業をしていた父親のドメスッチックバイオレンスで崩壊する家庭からはじまります。家庭崩壊の様子はとてもリアルです。いかにもありそうなだと思わせます。父親がなぜ家庭内で荒れ狂うのか、中年も現代社会のなかでもがいていることがわかります。このあたりは、中年おじさんである私は、おもわず納得してしまいました。

崩壊した家庭に妹と残された主人公は、結局大学を中退してフリーターになり、派遣会社から柏崎にあるIT工場に派遣されます。

そこでの労働やピンはねの様子もきわめてリアルです。また、派遣されるフリーターの描写も、多分こういう人間がいるだろうなと思わせるリアルさです。過保護で何も出来ないけれど、何も考えなくていいからこの仕事がいいという同居人の原口、世界を放浪しながら幼児マニアで逮捕される木村、中国からの研修生のはたらきぶりなど、よく取材したと思われる筆致で書き込まれます。この部分は、格差社会とか、派遣労働の問題などを数字や抽象的に語るより、そのまま読ませることで、現実がよく理解できるはずです。

雄太の派遣された地、柏崎は今回の地震で大きな被害を受けました。この地は、各種工場が集まる工場地帯でもあったことは、リケンという会社が操業停止になって、部品供給を断たれた自動車会社が操業停止になってしまったことでもわかります。小説を読んだ後、地震が柏崎だったことで、なんだか不思議な気がしました。

雄太の会社はIT工場という設定ですが、現代の花形のIT産業も、派遣や請負、さらには外国人労働者によって支えられているという姿がしっかりと浮かび上がります。

小説の中心舞台である沖縄に関しても、地域経済のあり方を考えるヒントがたくさん書かれています。昭光の出身の宮古では、公共工事で生きていること、沖縄では米軍基地の経済的効果が否定できないことなどが書き込まれます。そのなかで、地元と本土から来た人間の対立など、政治だけでなく経済の観点から沖縄を見ることができます。

小説は、ストーリーだけでなく、情報源、それも人間が登場するなまぐさい世界としての現実を私たちに認識させる意味で、役立つ本と言えると思います。

桐野さんは、ほかにも、サラ金に追われ、深夜のコンビニ弁当をつくるバイトに追われる主婦がばらばら殺人をおかす『アウト』、東電OL殺人事件を下敷きにした『グロテスク』など、現代社会の裏側にある現実をえぐる小説を書いています。

この小説も、現代の若者の生態、話題の世界(ホストクラブ)など、豊富な情報を私たちに与えてくれる、すぐれものの経済書として読むことができると思います。

雄太と昭光が今後どうなるか、それが日本社会のゆくえを決めるような気がしますが、それは思い入れがふかすぎますかね。



授業に役立つ本 その12 投稿者:新井 明 投稿日:2007/07/01(Sun) 13:17 No.102

 間隔があいてしまっていますが、継続は力ですから本の紹介を続けます。

 今回は、宮尾先生が経済教育に関してのご意見を一度ご紹介いただいている野口旭先生(以下氏とします)の本です。タイトルは『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)です。野口氏は、岩田紀久男氏と並んで金融問題ではインフレターゲット論で日銀批判を続け、また、この間の経済論争では、『経済学を知らないエコノミストたち』(日本評論社)や『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)などで、経済学者やエコノミストの論をなで斬りにした論客です。
 その野口氏が、専門の国際経済の領域でグローバリゼーションを巡る俗説を、経済学の基本的な知見を解説することで批判をしたコンパクトな基本書です。同種の本におなじちくま新書から『経済対立は誰が起こすのか』を1998年に出版しており、本書はその続編とも言うべきです。

 全体は、まえがきと5章とおわりにからなっています。
 本書の趣旨は、まえがきと1章の「グローバル経済の虚像と実像」に明快に出されています。それは世の中で多く読まれている経済書の多くは、ベストセラーになった本も含めて「トンデモ本」以外の何者でもなく、経済学者によって共有されている「専門知」を提供することで、世の中に流れている一般的な通念=「世間知」を批判することであるということです。その意味では、「世間知」で授業をしてしまうことが多い私たち中高の教員にとっても覚醒を要求する「怖い本」かもしれません。

 野口氏によると、近年のグローバル経済を巡る「世間知」、俗説には大きく二つあり、一つは、グローバル資本主義危機論と、もう一つはグローバル構造デフレ論です。ともに経済学の知見から言えば俗説ですが、一世を風靡した議論でした。このような俗説が出てくる背景には、グローバリゼーションという言葉が持つ、世界を徘徊して飲み込む「幽霊」(『共産党宣言』での言葉)というようなイメージが共有されているからかもしれません。その「幽霊」の実像を暴き出すのが本書の役割とも述べています。

 俗説を批判する経済学からの「専門知」は2章「貿易は何のためにあるのか」、3章「国際分業のグローバルな展開とその変貌」、4章「貿易黒字・赤字の正しい考え方」、最後の5章「グローバル資本主義」の真実の各章で展開されます。そこで紹介されるのは、2章では、リカードの比較生産費説、その発展としてのヘクシャー・オーリン定理です。3章では、比較優位のシフトであり、赤松要氏が提唱した雁行的発展論であり、4章では、国際収支表の正しい読み方から導かれる貯蓄・投資バランス=対外バランス式、5章では、固定相場制と変動相場制の違いです。

 これらの「専門知」を使って、貿易を巡る日米貿易摩擦の結果や、アメリカの産業政策論ブームが批判されます。また、国際競争力という言葉やそれを使った議論、貿易不均衡が悪であるという議論、国際通貨危機がグローバリゼーションから来たという議論が批判されます。
 野口氏の議論は経済学の知見からは当たり前の議論です。それは、本書で書かれている命題をピックアップしてみれば一目瞭然です。ランダムですが例を挙げてみましょう。

 1 各国が比較優位財に特化を進めて行き、それを輸出する見返りに他方の財を輸入すれば、双方の国が貿易の利益を得られる。(p74)
 2 各国は相対的に自国に豊富に存在する生産要素を集約的に使用する財に比較優位を持つ。(p83)
 3 貿易によって衰退してしまうような国際的に効率の悪い産業=比較劣位産業が国内で縮小し、その代わりにより効率のよい産業=比較優位産業が拡大し、その比較優位財の輸出によって比較劣位財を海外からより安価に輸入できることこそが、一国にとっての貿易利益。(p88)
 4 産業構造調整とは各国による比較優位のシフトの結果。(p119)
 5 政府による幼稚産業保護は、比較劣位財の価格を政策的に高めて、一国の経済厚生を一時的にせよ低める効果しかもたらさない。(p142)
 6 一国のマクロ的な経常収支黒字(赤字)は、必ずその国のマクロ的な資本収支の赤字(黒字)に等しくなる。ただし、このマクロ的資本収支には「外貨準備増減」を含むものとし、「誤差脱漏」は存在しないものとする。(p158)
 7 @人々の所得と支出の差額は、常にその貯蓄に等しい。A社会全体の所得額と支出額は常に等しい。B人々の所得と支出との差額は、常にその財貨サービス収支に等しい。(p168〜p171)
 8 経常収支は広義の資本収支に等しくなる。(p179式は省略)
 9 もしある貿易政策が一国の貯蓄・投資バランスに影響を与えるものであるならば、それらはその限りにおいてのみ経常収支に影響を与える。(p187)
10 一国は為替の安定と自立した金融政策と自由な資本移動を同時に達成できない。(p216)
 11 通貨危機が起こる可能性があるのは、もっぱら自国の為替レートを一定の目標水準に維持しようとしている固定相場制の国である。(p49)

 ここまで書き抜いてきて、経済学の知見の論理性は分かったとして、問題がなかなか解決しないのはなぜかが考えさせられます。その点についても、野口氏は的確に指摘しています。つまり、グローバリゼーションは「常に既存の経済と社会に対して、誰も拒否できない巨大な変化を強制する」(p43)からです。衰退産業には巨大な利権団体が存在し、それらはロビイングなどを通して政治問題化させます。この動きはアメリカでも日本でも同じです。したがって、全体として経済厚生があがることが明確であるにもかかわらず、競争原理の中で敗者が出てくることが避けられないのと同じ位相の問題が、国際経済にも、というより国際経済だからこそナショナリズムと結びついて拡大されて紛争になるわけです。弱者の利益を守ろうとする市民運動がグローバリズムに批判的なのは、衰退産業は競争場面では弱者であるからと考えると合点がゆきます。

 野口氏は、「おわりに」の部分で、「一国の経済成長を高めるためには経済のグローバル化が必要だという命題が論理的および実証的に正しかったとしても、そのこと自体は、グローバル化の推進が政策として正しいことを意味しません」と言っています。それは、「政策の結果として実現される経済状況が良いか悪いかは、最終的にはわれわれの社会が全体として抱いている集合的な価値判断に依存するから」と指摘しています。集合的な価値判断をユング流の「集合的無意識」と置き換えて理解すると、なぜ人々がグローバリゼーションに対して「幽霊」のような恐れをいだくか、とても納得がゆきます。

 さて、経済教育の観点からこの本からのメッセージをどう生かすかが残された課題です。

 一つは、高校までの段階でどこまで教えるかというレベルの問題です。比較生産費説はすべての教科書で取り扱われています。それをヘクシャー・オーリン定理まで拡大するかどうかが一つあります。また、国際収支表の理解とマクロバランス論をリンクさせるかどうかです。特に後者は、貿易摩擦問題を考える上では必須の事柄ですが、かなりレベルの高い生徒でも理解させることは難しいということでカットされています。それをどこまで踏み込むかです。教科書に書くのはそれほど難しいことではありません。脚注などで入れればいいからです。また、入試問題などで、誘導的でもいいからこの種の問題を出せば現場はそれに対応することになります。(センターテストの「政治・経済」では囚人のディレンマやアローの投票のパラドックスがすでに出題されています。その結果、ほとんどの教科書が扱うようになってきています)。問題は、それをきちんと教えられる教員がどこまでいるかという問題と絡みます。
 
 二番目は、価値の問題です。グローバリゼーションの評価問題です。「政治・経済」の第三篇では、政治と経済の関連した問題を総合的に考えさせる構成になっています。そこでの議論を深めるためにも、また、グローバリゼーションの光と影を総合的に理解させるためにも、価値判断の問題は避けて通れないと思います。そのときに、分析の道具をどれだけ持つかということと、価値の軸をどこにおくかを明確にして議論を進めることが必要になります。その点を自覚的に行っている授業はそれほど多くないのではと推察しています。

 最後は、「世間知」と「専門知」の対決問題です。この点は、栗原先生が精力的に指摘されている、常識理論への傾斜(山小屋のジュースはなぜ高い)が私たちにも生徒にも強力に起こるというある種のどうしようもない現実の突破の仕方です。「理屈ではそうなんだけれどね」という言葉の背後にある、私たちの持つ「常識」を破ることは、ひょっとすると私自身の存在を脅かすものになるから分かろうとしないのかもしれません。

 ちょっと大げさな問題提起になってしまいましたが、そんな考えを浮かばせるだけの力のある本です。一読あれ。



いけめんの経済学そのほか 投稿者:新井 明 投稿日:2007/06/17(Sun) 18:09 No.99

大竹先生 『論座』の論文をありがとうございました。今月号の『論座』は面白そうだったので、買って読んでいましたが、読み直してインセンティブが経済学のキーワードになっているのを確認しました。NCEEの経済教育では、昔からインセンティブはきちんと取り上げられていたのですが、私自身、希少性や機会費用概念に入れ込んでいて力点をあまり置いてこなかったこともあり、あらためて考え直しています。今後もご指導いただければ幸いです。

さて、経済教育に関していくつか報告をします。

@いけめんの経済学
これは、大竹先生の書かれた『経済学的思考のセンス』のなかにある、バロー教授の説です。実は、このエピソードを、今学校に来ている教育実習生が授業で使い、けっこうな「視聴率」を稼ぎました。

実習生は、上智大学の経済学部の学生です。普通は実習は三年生の授業を担当させないのですが、三年必修の「現代社会」で丁度いま経済をやっているので、担当させたのです。テーマは、財政と金融というマクロ経済学の中核的な部分ですが、彼は、税の水平的公平と垂直的公平の箇所で、いけめん税かぶさいく補助金かという話を持ち込みました。

必修「現代社会」は、センターテストで必要だという生徒以外は、内職か居眠り時間になりがちなのですが、いけめんの経済学の箇所では、顔を上げて聞いている生徒がほとんどでした。実習生は、あれでよかったんですかねと心配顔で授業後聞きにきましたが、私はよろしいとほめてあげました。

種本は、大竹先生のこの本だろうと指摘したら、「先生、これ読んでいるんですか」と聞かれましたので、「あたりまえだよ」と応えておきました。ちなみに、生徒の中にも総合学習の読書で大竹先生の本を読んでいる者がいて、「実習生のあの箇所わかった?」と聞いたら、「確か読んだことがあるなあ、と思って聞いていました」と答えました。

A実験をやってみました
月例会で報告されている、中川先生の市場実験をやってみました。知り合いの倫理の人で立命館大学の先生になった人がいて、「公民科教育法」を担当しているけれど経済は苦手だから手伝ってということで、先日のこのこ京都までいって1時間講義をしてきました。

そこで紹介したのが、中川先生の市場実験です。先生の講義では、オークショナーがいるものといないもののニ種類を実験されていましたが、時間の関係でオークショナーのいるほうだけを、それも駆け足でやってきました。結果は大成功とまではいきませんでしたが、所期の成果をあげることができました。大がつかないのは、時間が足りなくなり、しっかり意味を徹底させられずにすすめなければいけなかったところにあります。

それでも「最後のゲームは本当にびっくりしました。今まで需要や供給の曲線を勉強したことがあったけれど、ゲームを通じてリアルな形でそれを実感することができ、このような方法での学習は本当に面白いし、覚えやすいしいいなあと思いました。感謝です。」という感想をもらっています。私も、中川先生に感謝です。

B慶応赤林ゼミ生との懇談
慶応義塾大学の赤林英夫先生は、大竹先生から論文をご紹介いただいていた方です。ひょんなことから、赤林先生が主宰する教養ゼミ「教育と経済を考える」の学生さんのなかに私の前任校での卒業生がいて、その学生から高校の授業と担当の先生との懇談をしたいという申し込みがありました。

これも何か不思議な縁と思い、承諾をしたところ、6月15日に来校、私の授業(ただし経済ではなく、青年期のまとめの箇所)と2時間ほどの懇談をしました。

学生の関心は、教育と経済というより、学校現場がいまどうなっているのか、ゼミ生の体験を比較しながら直接母校にたずねて、教師から話を聞こうという、教育そのものに対する関心からでしたが、さすがに慶応の学生さんたちだけあって、シャープな質問が多く、こちらも現在の学校現場の変貌をあらためて考えるきっかけとなるいい時間をすごすことができました。

ただし、経済教育ネットワークの宣伝をするのを忘れてしまったことは、残念。会員を増やすチャンスを逃してしまいました。また、何かの折に働きかけをしなくては。

C公民教育学会での課題討論に篠原先生登場
6月16日に東京学芸大学で開催された、日本公民教育学会での課題討論「社会の変化に対応した金融経済教育」に篠原先生がコメンテーターとして登場しました。この課題討論では、コーディネーターが栗原先生、報告者に保立先生とネットワーク関係者が参集、聞き手にも、猪瀬先生や阿部先生など関係者が集まりました。

討論の内容など、またどなたかがレポートされると思います。ご報告まで。

経済教育ネットワークという言葉通り、ネットワークで生きているなと感じる日々です。



Re: いけめんの経済学そのほか TM - 2007/06/22(Fri) 04:56 No.100

新井先生
いつもながら興味深いご報告ありがとうございました。
色々な人たちを対象にどのような議論が経済と経済学に対する興味をかきたてるか精力的に試されていらっしゃる姿勢に感服しております。
上でお書きになった最初の部分に「NCEEの経済教育では、昔からインセンティブはきちんと取り上げられていたのですが、私自身、希少性や機会費用概念に入れ込んでいて力点をあまり置いてこなかったこともあり、あらためて考え直しています」といわれていますが、これを私なりに以下のように整理したいと思いますがいかがでしょうか。
厚生経済学の2大命題を引用するまでもなく、経済学のエッセンスはノーマティブ(規範的)な「効率性や最適性」などの面と、ポジティブ(実証的)な「消費者・企業行動や市場構造」などの面とがあり、その間の関係を研究するのが経済学の主要な課題であることはいうまでもありません。
ところが経済学を教える段階でこの2つの面がはっきり分けられないままに、ごっちゃに教えられるので、どちらの面も中途半端なおもしろくない内容になる傾向があります。規範的な視点からは、効率性や最適性の概念が必要以上に技術的に説明されるか、あるいはまったく説明されないかといった傾向がある一方で、実証的な視点からは、インセンティブや現実の経済の動きが生き生きと扱われない傾向が出てきます。
したがって、この両面をきちんと分けて、どちらも異なった次元で非常に興味深い内容であり、またおもしろい教え方がいくらでもできると思います。
そしてこの両面に興味をもってから、この両面がどのような関係にあるのかを研究する段階になります。そこで経済学特有の意味のある「政策論」が展開できるという順序になるのではないでしょうか。
以上のようなアプローチを実際に応用して教えられる教材やマニュアルをぜひNEEで作成できればと希望しています。
なお、私が先日一時帰国の際に200人に米国の先生方に教えた経済学や、現在米国南カリフォルニア大学で教えている経済学の内容などについては、また別途ご報告するつもりです。
以上



Re: いけめんの経済学そのほか 大竹 - 2007/06/22(Fri) 21:49 No.101

新井先生、うれしいお知らせ、ありがとうございました。その学生がどんな風に教えたか、また、教えてください。いい教材ができてきそうですね。
宮尾先生のおっしゃるとおりだと思います。私自身、学生時代に経済学の全体像を理解して、その面白さが分かるまでずいぶん時間がかかったことを覚えています。ご指摘のことが原因だったんでしょうね。



「おせっかい」を学問する 投稿者:大竹 投稿日:2007/06/04(Mon) 22:07 No.94

『論座』の2007年7月号に「「おせっかい」を学問する−経済学を活かす術−」という論説を書きました。「経済学って何をする学問?」という質問に答えたつもりです。
http://opendoors.asahi.com/data/detail/8148.shtml



Re: 「おせっかい」を学問する TM - 2007/06/10(Sun) 11:00 No.95

大竹先生
『論座』7月号のご寄稿文を拝読しました。いつもながら分かりやすい文章で本質を突く内容をズバリ書かれていて大変興味深く読ませていただきました。
確かにご指摘のように、経済学のテーマは「世の中の人がもっとも豊かになれるような社会の仕組みを考えるということ・・そして、その分析に共通しているのは、人間はインセンティブに基づいて行動する、という思考方法である」という点はその通りと思います。
さらにインセンティブに基づいて行動するという点を広く解釈して、教育や都市など社会の様々な制度を設計する上でも有効な方法として経済学的な思考方法を提示している点は、都市経済学者の私としても実に適切なご主張で、ぜひこの点を我々の「経済教育ネットワーク」のメンバーの間で共有したいと思います。
また今回の大竹論文のタイトルになっている「おせっかい」についても、興味深い議論が展開されており、「非合理」な個人がいる場合に、社会的な観点からどうすべきかという極めて現代的な問題がわかりやすく説明されています。
私としてのコメントはただ1点、基本的に以前大竹先生と私の間で議論した点を多少再現することになるのですが、私自身はご議論の前提になっている「豊かな社会」とは何か、おせっかいをどのような「基本的な価値基準」からするのかという「望ましさ」の(規範的な)基準を扱うのが経済学の非常に重要な一側面で(そこで効率性や公平性などが、インセンティブや合理的行動以前の問題として議論できるわけです)、それが他の学問分野と経済学を分ける一つのポイントではないかと考えるものです。
その上で、そのような望ましい基準を満たす社会をどう実現するかという制度設計の議論の段階で、インセンティブや合理的行動が問題になるわけで、個人の行動を律するインセンティブをどう活用すれば、情報コストを含む社会的コストの低い「分権的」な制度ができるかという話の順番になるのだと思います。
学生の興味を引くためにインセンティブに基づく行動の話から入るのは非常によいアイディアですが、最終的な目的の一つとして、そのような個人の行動の結果として生じる社会的な成果をどのような基準で評価するのかという点についても経済学が明確な答えを与えていることを知ってもらいたいと思うのですが、それを中高生のレベルでやるのは無理なのでしょうか。
TM



Re: 「おせっかい」を学問する 大竹 - 2007/06/10(Sun) 11:46 No.96

宮尾先生、コメントありがとうございました。ご指摘のとおり、「豊かさ」とか「効率性」を評価できるのが経済学の強みだということをもう少し明確に書いた方がよかったですね。私の文章を読んだある経済学者から「効率性と損得の話は別で、経済学は「効率性」(豊かさ)を考えているのに、世間では「損得」の議論をするのが経済学だと思われていて、実際様々な政策論議も「損得」ベースで行われているということを言っていると理解した」、と感想を頂きました。そのとおりなのですが、そこがなかなか伝わりにくかったのかもしれません。たぶん、私は「効率性」の部分を当たり前に思って文章を書いたところがあると思います。今度、この種の文章を書くときには、宮尾先生のご指摘も踏まえて書いてみたいと思います。



社会の授業へのICT活用の効果 投稿者:TM 投稿日:2007/06/04(Mon) 09:08 No.93

皆様
6月4日(月)の日経朝刊の教育面に「情報通信活用で成績上昇」という囲みの記事が載っていますが、それによると、2006年度に行なった文科省の調査で、6割以上の教員が授業で週2〜3回以上ICT(情報通信技術)を使っていること、またテストの結果、小学校高学年と中学の両方とも、社会を含む主な科目についてICTを活用したクラスのほうが活用しないクラスよりも成績が1割ほど高いことが判明したそうです。
もちろん調査の詳細を見てみないと、この結果がどこまで信頼できるか分かりませんが、多くの子どもたちがICTに慣れ親しんでいる今日、その有効な利用が成績向上につながることは十分予想できるところです。

私は現在米国の南カリフォルニア大学を訪問して、サマースクールで「アジア経済」を教えていますが、教材はすべてオンラインで入手できるものを使い、教室でもそれをプロジェクターでスクリーンに映して議論をしています。学生とのコミュニケーションは教室内だけでなく、オンライン上でもブログやメールでやり取りして個々人の興味や事情に合わせて進められるのでお互いに便利です。
米国では小中高の教育でもICTの活用が盛んなことはいうまでもありませんが、今や米国にかぎらず以下のUNESCOのサイトにあるように世界中で展開しています。
http://portal.unesco.org/ci/en/ev.php-URL_ID=2929&URL_DO=DO_TOPIC&URL_SECTION=201.html

私たちもいかにICTを活用して「経済教育」を振興し奨励していったらいいかを検討する時期にさしかかっていると思います。もちろんこれまで指摘されてきたように、現状で小中高の先生方が忙しくてメールすら使っていない人が多いこと、また学校そのものが「情報セキュリティ」に敏感でICTの利用を避ける傾向があることなど、克服すべき課題が多いことも確かです。しかし、それはICT利用のコスト(機会費用を含む)がかなり大きいといっているに過ぎません。もしそのコストをはるかに凌駕するようなベネフィットをもたらす教材や教え方が開発され、その効果が文科省の調査のように1割程度でなく、2〜3割の成績上昇であるという結果が出れば、色々な障害も乗り越えられるのではないでしょうか。
ぜひ現場の先生方のご意見をいただければと思います。
TM
(in Los Angeles)



授業に役立つ本 その11 投稿者:新井 明 投稿日:2007/05/12(Sat) 02:03 No.92

11回目になります。

 今回は、経済からちょっと離れて歴史書を紹介します。紹介する本は、アンドルーゴードン著『日本の200年』上下、みすず書房、です。

 連休中にこの本を読み出し、結構面白く読むことができました。その面白さはなんだったのだろうかを考えてみたことが、本書を紹介する動機となりました。

 ゴードン氏は、日本労働史の研究家で、現在、ハーバード大学の歴史学の教授をつとめている人です。この本は、翻訳では上下二冊になっていますが、原本は一冊本で、アメリカの大学での日本近代史のための教科書(テキスト)として使われています。

 本書は、全体が4部に分かれています。第一部は、徳川体制の危機というタイトルで江戸時代から幕末にかけての政治・経済・社会の変容が叙述されます。第二部は、近代革命1868−1905というタイトルで、明治維新から日露戦争までの「坂の上の雲」の時代が描写されます。第三部は、帝国日本 興隆から崩壊までというタイトルで、敗戦までの歴史とその後の戦後復興の時期が書かれます。この部分は筆者のゴードン氏の専門領域とも重なるので叙述は詳細になります。第四部は、戦後日本と現代日本1952年−2000年というタイトルで、2001年の小泉内閣の登場まで叙述されます。この本の時代区分は、通説にちかいものがありますが、1945年の敗戦を区分としないところは私たちの「常識」と違うところで興味深いものがあります。

 本書を読んで驚くのは、ゴードン氏のような海外の日本史研究者が、一人で近代史の概説本を書いたという点です。日本でも外国史の研究者がその地の歴史の概説本を書いていますから、特に驚く必要はないのかもしれませんが、内容が的確であること、叙述が生き生きしていることは、日本人の歴史家のこの種の概説本と比較するとよくわかります。そのひとつの要因は、政治史、経済史と並んで社会史のウエイトがほぼ等しくなっていることでしょう。特に、ゴードン氏が労働史の専門であることもあり、労働問題の具体的な例がかなり多く叙述されています。また、フェミニズムの観点から女性史に関しても多くの事例が紹介されています。

 この種の外国人研究者の本を読んで思うのは、対象に愛情をもっていたとしても、私たちが陥っている無自覚なナショナリズムから距離をおいているだけ、自由であるということです。つまり外からものを見るということの大切さを知らせてくれるということです。

 もう一つ思うのは、日本の歴史教科書と比較して、自分の見解をかなり大胆に記述していることの面白さです。日本の歴史学者が禁欲的に実証を大事にするのとは違っているところがあります。ちょっと比較してみましょう。

 教育勅語の箇所です。
 日本の本、「政府の国家主義的な教育理念を広く国民に示したものが、1890年に発布された教育に関する勅語であった。これは井上毅、元田永孚らによって起草されたもので、儒教的な家族主義を基礎に、忠君愛国、忠孝一致を教育の基本として強調している。」(『詳説日本史研究』山川出版社)
 ゴードン版「1890年10月30日に天皇の名で発布された教育勅語は、まさに、このような保守的な教育改革が行き着いた最高点を示すものだった。教育勅語は、社会と国に尽くすことを学ぶことこそが教育の目標である、という政府の高官やかれらを支える顧問たちの信条を反映していた。…しかし、国家主義的な教育の目的を規定する文書を、主として儒教主義のレトリックに依拠して起草することの是非にかんしては、指導者層の内部でも意見は分かれた。…こうした意見対立の果てに、いささか精神分裂病的な文書が作成された。」(同書上巻p219)

 つまり、日本の教科書や参考書が限りなく事実のみを無味感想に記述するのに対して、ゴードン氏は大胆に評価を加えます。(なお、精神分裂病は現在、統合失調症と変更されていますが、翻訳ではポリティカルコレクトなしにそのままにされています)。その評価のおもしろさがいたるところで出ています。どちらのテキストで学ぶことが生徒にとって幸せか、答えはおのずからでてくるのではと思うのですが、いかがでしょうか。

 ゴードン氏は、日本史の記述に関しては、近現代における相互関連性と独自性が大事だと指摘しています。ただし独自性といっても、日本の歴史を限りなくユニークだとか風変わりだとみなさないことの大切さも同時に主張しています。その延長線上で、近年ある種の影響力をもっている歴史修正主義者には批判的なスタンスをとっています。

 相互連関と独自性の問題は、経済の問題とも大いに関係ありそうです。経済学の理論、特に新古典派とよばれる現代の主流派経済学の普遍性とその成立の特殊性、また、それぞれの経済社会の制度における個別性など、私たちが常に考えておかなければならない問題と共通しています。

 ゴードン氏の評価や取り上げた事実は、多くの日本の歴史家や思想家がすでに述べていることですが、それを外国人研究者というある種の制約とその裏返しとしての特権をいかしてまとめあげたところが面白さの源泉ではと感じています。

 なお、経済史に特化して、日本人でありながら外からの視点で歴史を書いたものに、大野健一さんの『途上国ニッポンの歩み』有斐閣、があります。この本は、政策研究大学院での外国人留学生向けの英語での講義をもとにしたものです。

 さて、本題に戻ると、ゴードン氏の本を直接、「政治・経済」や「現代社会」などの授業で使うことはないかもしれません。しかし、教える教師がこのくらいの全体像をそれぞれが持つことが大事ではと思いました。そのためには、自由にものを考える時間と、それを教室で語れる自由が欲しいなと感じました。



「効率性」など,生徒がどう受け止めるかという問題 投稿者:KATEK 投稿日:2007/04/21(Sat) 07:06 No.75

突然の乱入という形になります。失礼をお許しください。
最近,内田樹さんの『下流志向』という本を読みました。現場でもおなじようなことを感じるのですが,授業で「効率性」の話をしても(その話の仕方や考え方こそを練る場がここだと思うので見当違いな発言とは思います。あくまでやれるところまでやってから,でないと現実性がないので,ですが,なのです。)生徒がそういう思考を拒否する場合は,どうしたらいいのでしょう。内田さんいわく,「リスクを負えと自己責任を問うばかりでリスクヘッジについては教えないまま」とか,「リスクヘッジができる人はむしろリスクをチャンスに変えていける人であって,リスクを負えない人にとっては,リスクという考え方は思考停止につながるばかり」。(内田さんの文の本意からずれた要約かもしれません。)こういう現実の中で,「効率性」とか「最適性」とかいった考え方を魅力的に提示することはできるのでしょうか。理論の大切さ,考え方の軸を作ることの大切さは承知しているつもりなのですが。お話の流れを断ち切るようなものになってしまい失礼しました。



Re: 「効率性」など,生徒がどう受け止めるかという問... 大竹 - 2007/04/25(Wed) 22:31 No.77

「生徒がそういう思考を拒否する場合」というのは、「「無駄をなくす」という思考」でしょうか、「論理的な思考」でしょうか。
 「無駄をなくす」という思考の大事さがわからない、というのは、無駄な勉強をさせられることは誰でも嫌なのと同じように、結果的に無駄な仕事をしてしまうことの損失を知らせるというのはどうでしょう。『下流志向』での指摘は、生徒は消費者になっていて教師と取引をしている、というものですから、そういう生徒の行動そのものが「無駄」を減らそうとしているのだと思います。もっとも、内田氏の指摘は、生徒には本当の無駄とそうでないものの判断がつかないのに、生徒があたかも判断力をもっているように振舞っているということです。生徒たちは、無駄を減らすということには拒否感はないと思います。
 「論理的な思考」に対する拒否というのであれば、論理的な思考ができないと損をするということを教えることだと思います。金利をきちんと理解して、借金をするかどうかを判断しないと、後悔することになることを金利の大きさとローンの返済額の関係を教える。あるいは、現状維持バイアスの実験をしてみせて、論理的に考えないと損をすることを体験させる。
 ピントはずれになってしまったかもしれませんが、いかがでしょうか。



Re: 「効率性」など,生徒がどう受け止めるかという問... TM - 2007/04/28(Sat) 01:13 No.80

KATEKさんへ
KATEKさんのご意見は、そもそも「効率性」を教えることについて大竹先生が「道路建設と立ち退き」などの具体的な例で教えることを提案されたのに対して、私が「効率性」をもっと抽象的なレベルでうまく教えられないかと書いたことに向けられたのではないかと思います。それについて、私に代わって大竹先生にお答えいただいてしまい恐縮しています。
そこで私は今回は逆に具体例でKATEKさんのご質問に答えたいと思います。それは4月19日の東京部会で中川先生(日大教授)が学生に対して行った実験結果において、航空券のオークション市場の実験を行い、学生に取引から生じる自分の「得」とは、自分の売りたいと思う最低限の価格以上に売れた差額および買いたいと思う最大限の価格以下で買えた差額のことであると定義をして、取引の結果そのような個人の得の合計が最大になることを実際に実験で示したところ、学生たちは市場が自分にとっての「得」だけでなく、社会全体の「得」の最大化をもたらすことを実感して驚いたという感想を書いた学生が多かったとのことです。
つまり、「効率性」という概念は、色々な角度(社会全体で無駄のない状態、社会的な「得」の最大化、消費者余剰と生産者余剰の合計の最大化、社会の資源配分がうまくいって、これ以上は誰かの満足度を上げるのには他の人の満足度を下げないと達成できないような極限状態などなど)から見ることができるので、それぞれの生徒の学習レベルや問題意識に合った形で教えることは可能ではないでしょうか。
それを生徒が理解することの重要性は、いうまでもなく私たちがそのもとで生活している市場経済が、個人の利己的に見える行動を「見えざる手」によって社会全体のプラス(つまり「効率性」)につなげる機能をもっているという点を教えるためであり、それを基礎に独占問題や環境問題や消費者保護問題などを一貫した形で教えるとともに、そのような問題の正しい解決策を導くためにも必要だからです。
KATEKさんの「効率性とか最適性とかいった考え方を魅力的に提示することはできるのでしょうか」という疑問は中学生や高校生を前にすると当然浮かんでくるとは思いますが、KATEKさん自身が言われているように「あくまでやれるところまでやって」みることが大切だと考えますがいかがでしょうか。
TM



Re: 「効率性」など,生徒がどう受け止めるかという問... KATEK - 2007/05/07(Mon) 06:50 No.91

お二人のご丁寧な返信。ありがとうございました。生徒にとって,「無駄のない」授業が作れるかどうかというところでわたし自身がもっと「やってみる」ことが先決だと思い直しました。「市場経済の機能」を基本的なところで伝えていくという土台を崩さないこと,ここを忘れていた感があります。そもそも無駄とは何かという視点も問いかけてもいいでしょうし,正しいか否かということよりも,現実の裏にある理屈ははこうなんだということを丁寧に伝えていくことからしかはじまりませんね。内田さんの本は経済の本でもありませんし,ひとくくりにしすぎているところもあります。わたし自身が丁寧な思考を求められているようです。ご提案感謝いたします。



書評:新井明著『高校生からの”株”入門』 投稿者:TM 投稿日:2007/04/30(Mon) 11:36 No.89

新井先生の最新の著書『高校生からの”株”入門』(祥伝社:2007年5月1日発行)の書評

この本は副題「お金と世の中のしくみが、こんなにわかる!」に示されているように、「株式シミュレーション学習」を通じて生徒たちに、「会社」、「金融」、「経済」について分かりやすく説明して経済社会のしくみを理解させることを目的としている。
まず「1時間目:実践!株式学習ゲーム:基礎編」では、具体的な企業300社のリストのなかから好きな会社の株を選んで投資するゲームの説明を行い、それとの関係で「日経新聞」の読み方を株式面だけでなく他の面の読み方も(「裏」や「下」からの読み方も!)解説している。
次に「2時間目:実践!株式学習ゲーム:応用編」では、「チャート」や「会社四季報」の見方を説明するとともに、非常に重要なポイントである「意思決定の法則」(目標設定、選択肢の吟味と選択、実行、評価、そしてこの繰り返し)に沿って生徒にゲームをやらせるところまでもっていく。
それに引き続き「3時間目」では、株式、証券市場、企業金融とは何かを解説し、「4時間目」では、株価決定要因として配当、税金、景気など「経済学入門」的な説明を、さらに「5時間目」では、会社の経営について財務諸表など最小限必要な概念を取り上げ「経営学入門」的な解説を行っている。
「6時間目」は「世の中のお金と儲けの話」という副題で、幅広い注意事項を列挙している。例えば、インフレとデフレの問題、借金の危険性、機会費用の考え方、「儲け話」の落とし穴など、実社会で直接役立つ話しが詰まっている。
そして付論ともいうべき「課外作業」では、実際に授業で取り組んだ記録を9つのケーススタディという形で提示しており、「終章:授業を終えてーゲーム体験者は語る」で、授業を受けた生徒の生の声が記されている。

以上がこの本の概要であるが、「経済教育ネットワーク」の見方からすると、この本のアプローチのメリットは、何といっても「株式ゲーム」という生徒に興味を持たせる入り口から入って、その興味を一段と昇華させて経営一般、経済一般、さらには社会一般の客観的しくみの理解や主体的とりくみの知恵にうまく結び付けている点であろう。それは著者の何年にもわたる現場での生徒との交流の結果として生まれたもので、誰もが思いつきで書ける本でないことは確かである。
最後に、コメントとして今後の課題(著者に対するというよりも我々自身の課題)として考えられる点をあえて書いておきたい。
(1)次の段階のシミュレーション実験として、株式市場が、投資家の視点からも企業の視点からも利益になるとともに何らかの意味での社会的な「効率性」をもたらす機能をもっているということを実感させるようなゲームが考えれれば理想的である(現在、経済教育ネットワークの東京部会で議論されている市場取引ゲームが参考になるかもしれない)。
(2)この本に散見される様々な金融の概念、例えば財務諸表、利子と配当、間接金融と直接金融、金融政策とインフレ・デフレといった流れを統一的に(しかもこの本のような面白さを保ちつつ)解説するように工夫をこらした入門書が待たれる。
(3)「2時間目」の最後の「意思決定の法則」と「6時間目」の最後の「リスク」や「儲かる話」とをもっと関連づけて、お金を扱う際の「自己規律やルール」の確立とそれに関連して「投資家保護政策」の重要性を強調するような入門書も必要である。そうすれば、著者の「おわりに」で指摘されている金融教育に対する「逆風」そのものを「順風」に変えることも可能ではないか。
実はこれらのコメントは、「経済教育」に携わる者にとってだけでなく、この本の最終章に提示されている「卒業生の生の声」に答えることにもなるのではないかと思われる。
TM



Re: 書評:新井明著『高校生からの”株”入門』 新井 明 - 2007/05/01(Tue) 00:31 No.90

宮尾 先生

丁寧な、書評ありがとうございました。

昨年春に執筆の依頼をうけ、主要な中身は夏休みに書いていたのですが、内容の手直しなどに時間が結構かかったこともあり、実際に動き出したのは今年に入ってからです。

だから、実践は昨年の一学期、回答例は冬休み中から3月ぎりぎりまでとちょっとちぐはぐになっているわけです。

どんな本でもそうですが、事実の確認など細心の注意を払っているつもりですが、思い込みをそのままかいてしまったところや、編集の過程で構成が変わってその統一がとれていなかったところなど、ミスが残っています。もし増刷などされることがあったら(希望的観測ですが)、修整しなければと思っています。

ほとんどは、授業でしゃべっていることや生徒が実際に取り組んだことですが、本の2章の箇所の、株式のチャートの見方などはさすがにここまでは授業ではやっていませんし、それを高校の授業でやることが必要かどうかも議論の余地があると感じています。また、貸借対照表などの見方やそれを使った企業分析も実際は取り組めていません。

読者のターゲットを、経済や株式に関心のある一般の読者においていますので、投資の専門家や経済の専門家から見ると、表面の一部をなぞっただけという批判はあると思います。実際、自分でもきちんと理解していないことを書いてしまっているなと思うところも多々あります。

私のフィールドから言えば、読者としては中学や高校の政治・経済の先生方、教員養成コースの大学生などかなと思っているのですが、そのマーケットはきわめて小さいので、もう少し幅広い人たちが手に取ってくれるとありがたいと思っています。

その意味では、4月27日の朝日新聞の夕刊の読書欄(広告欄)があり、そこで紹介がされていますが、筆者の思いをかなり正確に読み取ってくれていて、うれしく思いました。

さて、宮尾先生が指摘されている三点の課題ですが、シミュレーション実験は東京部会での議論が進めばまとまった報告や実践例がだされるように思います。

二点目、三点目のもっと突っ込んで、かつ分かりやすい本が欲しいというのはそのとおりで、現在はビジネス書がそれを担っていますが、大学のテキストも、最近は昔に比べてずっとやさしく、読みやすく、取り組みやすいものが出されています。きっと、その種のものが出されると思っています。

また、本の紹介のところでも書きましたが、例えば『Tシャツ』の本や『やばい経済学』などの本がアメリカでは教科書として採用されて、教師用のマニュアルが刊行されているということを考えると、事例と教え方をセットにしたような本が日本でも書かれるのではと思っています。

いずれにせよ、底の浅い本ですが、ご批評いただければ有難く思います。



授業で役立つ本 その10 投稿者:新井 明 投稿日:2007/04/29(Sun) 11:13 No.86

本の紹介も10回目になりました。

今回は、山田昌弘さんの『少子社会日本』(岩波新書)を取り上げてみます。

山田さんは、『パラサイトシングルの時代』ちくま新書や、『希望格差社会』ちくま文庫で有名な社会学者です。少子化や格差を社会学者がどうとりあげるか、経済学の観点との比較の意味でも興味深いものがありそうです。

山田さんの『少子社会日本』は、全体で序章と8章に分かれています。序章では、少子社会日本の幕開けとして、現在の状況を紹介しながら、「もう日本は、少子化、そして人口減少につき合って進むしか道はなくなっている」として、その原因と処方箋を展開します。

第1章では、日本の少子化の現状を紹介した上で、経済学者や社会学者のなかにある、少子化は怖くない、もしくは少子化でもいいじゃないかという議論に対して、それらの議論は、マクロ的に関してもあてはまらないし、さらに、少子化は地域格差と家族格差を拡大しながら進行する問題であると自説を述べます。

第2章では、家族格差の現状を、家族の理想と現実を対比するなかでえぐります。

第3章は、少子化の原因を探る上でのタブーとされてきたことを三点あげて、それらを正面にすえた議論が必要であるとします。三点とは、少子化の前提になる結婚をめぐる問題で、一つは、魅力格差の存在があること、二つ目は経済格差の存在があること、三つ目はセックスの変化を語り、分析することの三つをあげます。

特に、二番目の経済格差の存在は、経済学の問題としても重要な指摘でしょう。山田さんは、「収入の低い男性は結婚しにくい」という自説が、きちんと受け止められなかったのは、結婚や子育てにかかわる問題をお金と絡めて議論してはいけない」というタブーがあったからと指摘しています。このあたりは、経済学の立場から言うと、本当にそうだったのかと疑問に思うところもありますが、たしかにプライベートな部分に関してお金とからめて議論することは日本では少なかったことは確かでしょう。

第3章から6章までは、戦後の少子化の変遷を5つの時代に区分して、それぞれの特徴をまとめます。そこでの議論のベースとなるのは、結婚、出産を規定する経済的要因として、A:結婚生活や子育てへの期待水準、B:二人が将来稼ぎだせる所得水準の将来の見通し、という二つをあげて、AとBの相関によって、出産行動が決まるという説です。これは期待水準と収入の見通しのバランスが出産行動を規定するとするイースタリンという人口学者の相対所得仮説という論に基づいています。

山田さんは、高度成長期は、期待水準も将来見通しも楽観的であったから、少子化ではあったが深刻な問題とはならなかったと言います。そして、近年一貫してAの子育ての期待水準、すなわち期待にかかる費用が高止まりをしているのに対して、ニューエコノミーの進展で、Bの収入の見通しが二極化ないし、悪化していることが経済的には少子化を招いていることが少子化の経済的原因であるとしています。

第7章では、恋愛結婚の消長ということで、先のタブー、魅力格差と経済格差、恋愛とセックスの価値変化を分析して、前項の経済的要因と社会的要因が重なることで、現在の少子化が進行したのだと結論つけます。このあたりの分析は具体的でとても面白いもので、社会学の面目躍如といったところです。

例えば、1980年代以降は、恋愛と結婚が分離することで「結婚する理由を作らなければならない時代に」なり、そのことが男女交際の機会を増大させたが、逆に「魅力格差の顕在化」を招いたとします。その結果、いけていない男性に過酷な恋愛状況が出現し、女性にとって「経済力があり性格もよい男」の数が減り、出会いは運頼みになると言います。その結果、一方で未婚の男女が増え、他方で「できちゃった婚」が増大すると分析します。そして「できちゃった婚」の地域、年齢構成をみると、経済的に不安定な層、県民所得が低い地域に「できちゃった婚」が多く、虐待とも連動し、それが希望格差の一層の拡大につながるといいます。

最後の8章で、このような少子化を逆転させるために、次の四つの提言をします。@若者が希望が持てる職につけ、将来も安定収入が得られる見通しを持たせること、Aどんな親から生まれても一定水準の教育が受けられるような保証を与えること、Bキャリア女性だけでなく低スキルの女性に対しても男女共同参画ができる仕組みを与えること、C若者にコミュニケーション能力をつける機会を与えること、の四つです。これらはある種あたりまえの提言ですが、本当にそれを実現するにはかなり細かい施策が必要になるはずです。そういう点では、社会学からの提言はどうしても理念型のものが多くなるということからみると、経済学の比較優位がありそうです。

あとがきでは、少子化研究の動機を、「仕事をしたいから女性は結婚しない」という説への疑問からはじまったと言います。山田さんの知り合いのキャリアの女性の多くが、働く環境が比較的整っていた職場でも、「いい男」が見つかったことをきっかけに、「仕事に疲れた」「思ったとおりの仕事ではなかった」として退職を選び、その後「あの時、辞めなければ良かった」と言っていると紹介され、まして現業職、一般職ではそれが拡大されているはずと述べます。このあたりは、経済的に、女性にとっての機会費用が高いから結婚しない、出産しないという考え方への違和感を出発点としていることが伺えます。

山田さんは、少子化の原因は、経済社会情勢の変化のなかで「男性一人の収入では豊かな生活が送れない」から結婚をためらい、子どもをうまないということを強調します。そこから、「男性一人が妻子を養う」という家族モデルの転換の必要性を訴えます。さらに、結婚も出産もできない経済環境に若者を放置していることこそが問題とします。

私は、ちょうど昔で言えば「適齢期」の子どもを持つ親で、山田さんの指摘は、「うんうんそうだろうな」とかなり納得できるものがあります。とはいえ、先にも触れましたが、では具体的にどのように施策としておこなってゆくかは、税制、社会保障制度、最低賃金制など経済学の知見が必要になりそうです。大竹先生が『経済学的思考のセンス』で強調されているように、インセンティブを活用した決めの細かい制度や行政が必要になってくるわけで、社会学での知見と経済学からの知見が合間見えることが必要になると感じました。

格差問題では、橘木俊詔さんの『格差社会なにが問題か』という本が同じ岩波新書で出されています。今回は、それとの比較までは手を伸ばせませんでしたが、比較して読むとおもしろいと思います。

授業との関連で言えば、経済の本より、社会学の本は具体例が多く、具体から入る高校までの授業スタイルから言えば使える部分が結構あります。経済学の本が使えないということではなく、それぞれの比較優位だと私は考えますが、先生方はどう考えるでしょうか。



Re: 授業で役立つ本 その10 TM - 2007/04/30(Mon) 09:59 No.88

「格差問題」を経済学的にどうとらえるかについては、大竹先生を始めとする専門の先生方にお答えいただくとして、私は新井先生の最後のパラグラフに対するコメントですが、確かに具体例で生徒の興味を引くという意味では、広く人文・社会系の本が「入り口」として使いやすいかもしれませんが、その際の問題は教える側にその「入り口」から入った生徒の興味を次の段階でどのように正しく「経済」の理解の方向に向けていくかが難しい課題として残ります。実際に山田昌弘氏の本で指摘された多様な問題点を経済学的に整理するのは大変な作業です。
一方、いわゆる経済入門書的な本は、最初に生徒の興味を引くのは難しいが、いったん入ればその後の議論の進め方は標準化がしやすく、高校から大学の授業へとスムーズに展開できるメリットがあります。その際の問題は教える側が、「入り口」(および途中段階)でいかに生徒に興味を持たせる教え方や具体例が教室で出せるかということになります。
この両方の問題を解決する方法として、例えば新井先生の最新のご著書『高校生からの”株”入門』(2007年5月1日発行)があり、そこで示されているように「株」という生徒の興味を引くテーマから入って、自然に「株式」、「会社」、「経済」、「社会全体」へと話を進めるのも一案です。同様の本や参考書がもっと経済のさまざまなテーマについて(最近「会計」についての入門書がベストセラーになっているように)書かれることを期待したいと思います。
TM

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