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「効率性」や「最適性」をどう教えるか 投稿者:TM 投稿日:2007/04/13(Fri) 23:50 No.71

新井先生の「授業で役立つ本:その9」へのコメントとして、上のタイトルの問題について私と大竹先生の投稿がありましたので、改めてこのタイトルでスレッドを立ててみました。
この問題について、大竹先生のアイデアは:
『なんらかの制度改革(貿易自由化や規制緩和)をすることによって、損をする人と得をする人が出てきます。「得をした人が損をした人に、損失を補填したとしても、得の方が大きければ、効率性が上がったと考えるのが経済学の考え方」と教えるのではどうでしょう。こうした制度改革が可能であれば、もとの状態は非効率だったことになる、というのが経済学の効率性の考え方です』
これはとても分かりやすい説明と思います。経済学者としてはぜひ使ってみたい説明方法です。
しかしあえて疑問をはさめば、このような説明がどこまで中高生に受け入れられて、効率性を理解させることができるのでしょうか。もちろんやってみなければ分かりませんが、以下が疑問をはさむ理由です。
(1)現実に、得をした人が損をした人に補償するという再分配政策が不完全であることは誰にも分かっているので、このような思考実験がどこまですんなり受け入れられるか。
(2)仮に損失補填が起こったとしても、実際に得の方が大きいのか小さいのかをどうやって確定するのかの具体的イメージがわかないのではないか。
このような「現実的」な疑問が出てこないような方法で、抽象的な概念である「効率性」や「最適性」を誰にでも明確に分からせる方法がないかどうか・・・もう少し考えてみたいと思います。
TM(宮尾)



Re: 「効率性」や「最適性」をどう教えるか 大竹 - 2007/04/14(Sat) 00:34 No.72

宮尾先生への疑問について二つのことを考えました。

 貿易自由化や規制緩和のような抽象的な話ではなく、「広い道路を通すためには、何人かの人には家を立ち退いてもらう必要がある。どのような場合に道路を通すべきか」という設定で議論させて、いくら立ち退き料を支払うべきか、という問題に変えれば理解できるのではないか、と思います。ただし、一般的な規制緩和では、ご指摘のように補償が行われないから難しいのです。でも、これから職業を選ぶ中学生や高校生にとってはどっちがいいか、という議論はできると思います。

 もう一点は、効率性を求めるには、意外にも所得の再分配がしっかりしていることが条件になることを教えることです。特に、民主主義的な意思決定がなされている以上、いかに効率的であっても損をする人の人数の方が多ければ、その改革は政治的に支持されなくなってしまいます。経済学の効率性とそれを実現することの政治的困難さ、その問題を克服するための社会保障というように政治と経済を関連付けて教えるのはどうでしょうか。



Re: 「効率性」や「最適性」をどう教えるか TM - 2007/04/14(Sat) 15:20 No.73

大竹案(応用・具体的アプローチ)と対案(原理・抽象的アプローチ)

大竹先生の今回の案は名案(!)で、「貿易自由化」や「規制緩和」よりも、むしろ補償や再分配がより具体的にイメージできる「道路建設と立ち退き」の問題を例に取り上げれば、個人の損得を超えた社会的な効率性や最適性というものがあり、それが重要だということを、中高生にもより分かりやすく説明できるというアプローチで、これを「応用・具体的アプローチ」と呼びたいと思います。
これに対して、私の問題提起は、もともと抽象的な概念の「効率」や「最適」の概念を、原理的・抽象的なレベルで分かりやすく教えられないかというので、以下そのような「原理・抽象的アプローチ」の一つの例を考えてみました。
私の案は基本的に以下の順序で教えるというものです。

1)「経済」や「経済学」に当たる英語の単語は、「エコノミー」や「エコノミックス」といって、「節約する」とか「無駄をなくす」という意味から来ています。つまり経済学とは、私たちの生活全体からどうしたら無駄をなくせるかという考え方を基本としています。
2)それでは「無駄」とは何でしょうか。すぐ思い浮かぶのは、使えるものが捨ててあったり、お店で物が売れずにたなざらしにされていたり、働きたい人が職が見つからなくて働いていないような状態のことでしょう。経済学はもちろんこのような目に見える無駄をどうしたらなくせるかを考えます。
3)しかし、この世の中には実は、目に見える無駄の何倍もの目につかない無駄があります。例えば、物はすべて売れていて余っていなくても、皆買ったものが実は欲しいものでなければ無駄になります。また皆が働いて失業者がいなくても、仕事の種類や内容が各人の能力を十分発揮できない組み合わせになっていればそこには無駄が発生していることになります。
4)このような目に見えない無駄も含めてすべての無駄がなくなった状態を、経済が「効率的」な状態にあるといいます。そんな理想的な「効率的」状態はどうしたら達成できるのでしょうか。
5)もしこの世に「全知全能の神」が存在し何もかも自由にできれば、神は各人の欲しいものを知っており、また各人の能力も知っているので、物や仕事をうまく各人が満足できるように配分して、「効率的」な状態を作り出すことができるでしょう。
6)しかし現実には、そのような神は存在しません。歴史的にみると共産主義のもとで独裁者がそのような神の役割を果たそうとしましたが、しょせん人間はいかに独裁者でも他人の欲しいものや能力などをすべて分かることは不可能なので、共産主義の「実験」は失敗したことはよく知られています。それでは「効率的」状態を達成するような経済社会を現実に考えることはできないのでしょうか。実はできるのです。それを知ることが「経済学」を学ぶ最も大きな理由の一つなのです。
7)答えは、各人は欲しいものを自分の所得の許す限りで自由な商品市場で買うと同時に、自由な労働市場で労働を提供して所得を得るようにすれば、結果として自由な市場経済はあたかも「神の見えざる手」が働くように「効率的」な状態を達成することができるのです。
8)もちろん、現実の経済の市場は、ここで想定しているほど自由ではないので、現実の経済は必ずしも「効率的」な状態にあるとはかぎりません。どのような場合に「効率的」状態が達成され、どのような場合には「非効率」な状態になるか、つまり社会のどこかに「無駄」が発生するか、そしてそのような無駄をどうしたらなくせるかを考えていきましょう。

という、かなり「まっとう」な説明になってしまいましたが、このような「正攻法」がどこまで中高生に通じるかはやってみる価値があるのではないでしょうか。
TM(宮尾)



Re: 「効率性」や「最適性」をどう教えるか 新井 明 - 2007/04/15(Sun) 13:35 No.74

大竹先生と宮尾先生の提案を受けて、現場としてどう実現するかを考えてみました。

ちょうど、三年生の「現代社会」(私の勤務校では、履修の関係で「政治・経済」がおけないので、「現代社会」を文系必修で履修させています)で、経済の授業が始まります。いいタイミングなので、ここでの提案を取り入れて講義をしてみようと考えています。

私自身は、いままで経済の学習の一番最初は、希少性や機会費用を説明するための具体例を探していましたが、それだけでなく、大事なのは効率性や衡平という価値的な部分をいかに組み入れるかということだと宮尾先生の提案を受け止めています。

その場合、説明の流れは宮尾先生が「まっとう」と書かれた中身になると思います。

希少資源が効率的に使われていないのは、ミクロ的には、売れ残りでしょうし、マクロ的には失業の存在というのは高校生ににも十分説得的です。

では、それをどう解決するか。市場にまかせればうまく行くというのは、次に市場メカニズムを問題にするところでグラフを導いて(部分均衡でかつ直感的なものですが)考えさせると予告します。

失業の問題は、宮尾先生は3の箇所で、「皆が働いて失業者がいなくても、仕事の種類や内容が各人の能力を十分発揮できない組み合わせになっていればそこには無駄が発生していることになります」と書かれていますが、このあたりは生徒には難しいかなと感じました。

失業の問題は、もう少し先でケインズの登場までまって説明する必要があると思います。なぜなら非自発的失業という現実もあるからで、そのあたりと市場メカニズムとの関係をどう考えさせるかで、経済に対する生徒の思いは異なるような気がします。もちろん、現代経済学では、ケインズ評価は分かれていますが、図式的ですが、市場の失敗を修整する政策はやはり必要ではと考えますが、この点はまだまだ議論の余地ありですね。

大竹先生の提案されている、道路の立ち退き、規制緩和、技術革新、貿易自由化などは、最初に取り上げるより、それぞれの場所で考えさせる具体的テーマとなると考えました。

例えば、貿易自由化では、比較優位を理解させたうえで、全体での効用が増大したとしても、部分では犠牲者もでること、それをどのように評価するかを考えさせるなかで、経済と政治の関係をさらに考察させるという流れで授業が組み立てられるように思います。

いずれにしても、「まっとうな」説明と、具体的な事例をたくさん私たちが用意することで、生徒の学ぶ意欲が高まる授業ができるかだと感じています。

生徒に配布する授業プリントなど、もし可能であればアップして、検討してもらうことなどもいいかなと考えています。



授業で役立つ本 その9 投稿者:新井 明 投稿日:2007/04/01(Sun) 23:50 No.68

今日から4月。日曜日ですが、近くの大学ではもう入学式をやっていました。大学もスケジュールがタイトになって大変なんだなと改めて思いました。

さて、かなり間があいてしまった、本の紹介。今回は三冊同時に取り上げます。

一つは、スティーブン・レヴィットとスティーブン・ダブナーの『ヤバい経済学』東洋経済新報社、
二番目は、ティム・ハーフォードの『まっとうな経済学』ランダムハウス講談社、
三冊目は、デビッド・ヘンダーソン、チャールズ・フーバーの『転ばぬ先の経済学』オープンナレッジ、です。いずれも、アメリカで出版されたものの翻訳で昨年秋に日本で発売されたもので、アメリカ流の経済学のあり方というか、経済学の概念や方法を使って現実を見る、生き方の指針にしようというプラグマティックな姿勢をもった本です。また、学者とジャーナリストや実務家が一緒になって書いた本であることも特色です。

まず、一冊目の『ヤバい経済学』は、発売当初結構話題になった本です。そもそもタイトルが「やばい」ので話題になったこともありますが、中で取り上げているすもうをめぐる八百長が日本で問題になっていたこともあり、まさにタイムリーだったのがよかったのかもしれません。

著者の一人、スティーブン・レヴィットは、ハーバード、MITを経て、現在シカゴ大学で経済学を教えている若手です。彼がこの本で取り上げているテーマは、経済学ではあまりというか、ほとんど取り上げられてこなかった事例です。先の八百長もそうだし、同じところで扱われるテストの結果をごまかす(自分の業績評価とかかわる)教師、ヤクの売人と家族、出会い系サイト、中絶、勉強ができる子どもの親をめぐる通説、名前と人種など、日常生活というより裏社会やタブーとされているテーマです。

彼は、インセンティブ概念と、統計データを使って、問題に実証的に迫って、通説をひっくり返します。こんなところが「ヤバい」理由であり、逆にマスコミに注目されるところでしょう。

この本は、経済学の概念と統計処理が導きの糸となり、社会を見る目を養うという点ではとても面白い本です。教師のデータ捏造などは、ちょっとドッキッとする、生々しさがあります。

とはいえ、事例も方法もいかにもアメリカ流というところが、弱点でもあり、どこまでこのようなやり方で説明していいのか、面白がるだけでなく冷静に判断する必要がある「ヤバい」本といえるでしょう。ちなみに、アメリカでは、学部学生用に、この本を基にしたスタディガイドが作られているそうです。

二冊目の『まっとうな経済学』は、扱う素材こそ日常生活からとっていますが、内容はきわめて「まっとう」な本です。

この本では、希少性、レント、完全競争、レモン、限界費用と平均費用、比較優位など経済学で使用する概念、理論を使いながら「経済学者は世界をどうみているか」の姿を提示しています。ここでの結論は、市場経済はほかの選択肢にまさるという楽観的なものです。

リベロのTシャツの本でも出てきましたが、搾取工場でもそれまでの貧困よりもましという結論はなかなか日本の学校教育の中では支持をえられないものですが、経済学の観点からはそのような見解もだされるわけですから、これも結論を覚えるのではなく、吟味をする素材とするとよいように思います。

最後は、『転ばぬ先の経済学』です。この本も、希少性、コスト、マージンなど経済学の基本概念をベースにして、日常生活やビジネス場面でいかに最適な意思決定をするかが書かれています。そこで使われる方法は、ゲーム理論で使われるディシジョン・ツリーです。『まっとうな経済学』が経済学をマスターすることを主軸に具体的な事例が集められているのに対して、経済学の手法なり考え方を道具として日常生活をいかにうまく生きるかというプラグマティックな、ある種のハウツー本となっています。

この本の最後は、倫理学と経済学の関係を説いています。結論は、倫理的に生きることは効率的に生きることという、これもなかなかプラグマティックな結論です。ここには、『ヤバい経済学』が扱っていた、わかっちゃいるけどやめられないという、人間行動をつきうごかすマイナスのインセンティブにかかわる面までは言及されません。これは、アメリカの主流派経済学の健全さであると同時に、ある種のそこの浅さじゃないかとも感じます。

さて、これらの本を授業でどのように使いこなすか。いずれの本も事例がとにかく豊富であるので、授業のねた、特に理論を扱うときの導入の具体例として使うことができそうです。ただし、それぞれの事例がどこまで経済学で説明できるか、してよいかも含めて考えながら使うことが必要と言っておきたいと思います。



Re: 授業で役立つ本 その9 TM - 2007/04/13(Fri) 16:39 No.69

新井先生の解説に刺激されて2番目の本、ティム・ハーフォード著『まっとうな経済学』を読んでみました。
ご指摘のように本当に「まっとう」な内容の本ですが、特にこのところ我々の間で話題になっている「効率性」や「最適性」をどう分かりやすく説明しているか興味があったのでその点に絞ってチェックしました。

まず第2章の後半(p. 86)で、以下のように述べています:「少なくともひとりの効用が高まり、誰の効用も悪化させないような変化を指摘できる状態を、経済学では『現在の状態は非効率である』という。平たく言えば、状況をよくすることができるはずなのだ(少なくともひとりの効用が高まる変化を指摘できたとしても、それによってほかの誰かの効用が悪化するなら、現在の状態は効率的だということにもなる)」
つまり、かなり「まっとう」な経済学的用語を使ってパレート最適性の説明をしています。
さらに第3章の中ごろの「効率性と公平性」のセクション(p. 108)で、以上の効率性の定義を繰り返した上で、「完全競争市場は完全に効率的ではあるが、効率性だけで、公平な社会、ましてや私たちがそこで生きたいと思うような社会は実現しない」として、ビル・ゲイツが富を独り占めして、ほかのすべての者が餓死する「効率的」な社会に言及しており、所得分配の問題は市場では取り扱えないことを示唆しています。
そして第4章の最初の「私の世界の何が間違っているのか」のセクション(p. 121)で、効率性だけに絞っても、完全競争市場が効率性の達成に失敗することがある典型的な3つのケース、つまり「独占力の行使」、「情報の不完全性」、「外部性の存在」を取り上げて、後の章で詳しく解説しています。特に「交通渋滞」の章で、平均費用と限界費用の違いや、外部性課金の制度についてかなり詳しく説明しています。

率直に言って、以上のような効率性や最適性の説明ですとあまりに教科書的で、中高生だけでなく、大学生にさえも興味をもたせて理解させるのは難しいのではないかと思わざるをえません。さりとて我々の間でこのところ話題になっている「社会的余剰の最大化」などという概念をもちだせば、もっと分かりにくくなります。それではどうしたらいいかーー「少なくとも中高校生には、このような概念は教えるべきでない」というのも1つの意見かもしれません。しかし、それでは経済の本質や経済学の意味が理解できないまま終わってしまう可能性があり、非常に残念です。もしどなたか何かよい案やアイデアをお持ちでしたら、ぜひ議論に参加していただければと思います。
TM(宮尾)



Re: 授業で役立つ本 その9 大竹 - 2007/04/13(Fri) 23:04 No.70

 経済学の本質的なところは「効率性の問題と分配の問題を分けて考える」という点ではないでしょうか。その意味では、効率性を補償原理を使って説明するのが効果的ではないか、と思います。
 
 なんらかの制度改革(貿易自由化や規制緩和)をすることによって、損をする人と得をする人が出てきます。「得をした人が損をした人に、損失を補填したとしても、得の方が大きければ、効率性が上がったと考えるのが経済学の考え方」と教えるのではどうでしょう。こうした制度改革が可能であれば、もとの状態は非効率だったことになる、というのが経済学の効率性の考え方です。

 常識的な考え方だと、「誰か一人でも損をする人がいるのだったら、そういう改革はすべきではない。」ということになりそうです。ところが、所得再分配政策さえ備わっていれば、私たちはもっと幸せになれる、という説明はどうでしょう。そうすれば、社会保障の積極的な意味も理解しやすいですし、中学生や高校生には、意外性とともに、社会の仕組みがいかにうまくできているかを理解できると思います。

 効率性と分配の問題が分けて考えられない点に常識的思考方法による非効率性や不幸の原因があるのだと思います。経済学の効率性の議論だけを紹介すると分かりにくいかもしれませんが、常識的な議論を説明しておいてから、その対立軸として経済学の考え方を説明するといいと思います。

 「技術革新を進めるべきかどうか。貿易自由化を進めるべきかどうか。」というのは教えやすい問題ではないでしょうか。技術革新を進めると、古い技術を持った人たちは損をする一方で、新しい技術の恩恵を受ける人が出てくるとか、貿易自由化で外国との競争に負けてしまう人がいる一方で、安い製品を買うことができる人たちは得をする、という説明をして、その時、それでも技術革新を進めるのか、貿易を自由化するのか、を議論させて、その後で補償原理を使って経済学の考え方を説明するというのが、私のアイデアです。



「教育」をテーマになさっている掲示板にお邪魔してお... 投稿者:大岡主税 投稿日:2007/03/22(Thu) 12:35 No.65

昨今、特に「いじめ」問題について注目が集まっております。
しかし、とかく「いじめ」というと子供の問題というイメージでとらえ、
それが「おとなの世界を映しているものだ」という視点に欠けた報道が
多数を占めるようにも思います。実際には陰湿かつ巧妙な、ある意味
「子供らしくない」いじめが増加したのは、バブル崩壊以降、リストラ
という名の一方的な解雇やハラスメントが正当化されたかのような
ギスギスとした大人の世界、職場などでのいじめ、嫌がらせ、繰り返し
叫ばれる格差社会などの言葉を反映しているものではないでしょうか。

いじめ、ハラスメントという問題を考えていらっしゃる、
「はこべ」さんとおっしゃる方のサイトで、こんな記述を目にしました。

http://secondharassment.blog87.fc2.com/blog-entry-77.html

「セカンドハラスメント」という言葉を初めて知りました。これは
いじめにあっている子供を、「自分もいじめられると困るから」と
見殺しにし、あるいは一緒になっていじめる子供の心理と根が同じでは
ないでしょうか?

しかも、私はこの「犯罪行為」の行われた現場として紹介されている
「出版社」が、どうやら子供の通っている学校に「1秒の世界」なる
書籍を寄贈してきた有名出版社であるようだということを知って
愕然としました。教育書を善人面して学校に寄贈するような会社が、
実はいわれのないことで、体を壊した弱い立場の人間をよってたかって
いじめ、人ひとりの人生を台無しにし、生活を破壊している。
このギャップは一体何なのでしょう?

http://nomoreijime.web.fc2.com/shousetu-mokuji.htm

この会社は、海外旅行書「歩き方」シリーズや、ビジネス雑誌でも
有名です。そんな会社が実は自分のところは経営不振。だからといって
社員にとんでもない難癖をつけて嫌がらせをしたり、無理矢理退職を
迫ったりしているとは…。
そんな会社が出している本や商品を買う、子供に読ませるということは、
「結局そんなもんか。集団暴力を行って開き直った方の勝ちなんだ」と
思わせてしまうことにならないでしょうか?

私に今できることは、多くの方にこうした問題を知っていただくこと。
こんな会社の商品は買わないこと。寄贈された本も返品させてもらうこと。
(こういう会社にその暴力行為、犯罪行為を反省させるには、
「そんな会社の商品など誰も買いませんよ」と分からせることでしょう)
そしてこれ以上、被害者が出ることが防がれるよう祈ることだけです。



授業に役立つ本 その8 投稿者:新井 明 投稿日:2007/03/14(Wed) 01:28 No.60

毎週1回といいながら、なかなか公約どおりにゆかないので、申し訳なく思っています。

先週まで、証券取引所の要請で、株式学習ゲームという教材を使った実践発表で、休日に外に出ることが多く、時間が取れませんでした。まあ、要するに時間管理が下手ということなんですけれど。

さて、役立つ本の8回目は、佐和隆光さんの『この国の未来へ』ちくま新書、です。

佐和さんは改めて紹介する必要はないと思います。名著『経済学とはなんだろうか』で主流派経済学の制度化の意味と実態を日本ではじめて紹介した人です。本来は計量経済学が専攻でしたが、『経済学とはなんだろうか』以降は、リベラル派の視点から経済学や経済政策への批評をおこなってきました。また、90年代からは環境経済に関する積極的発言も行っています。

その佐和さんが、京都大学をリタイアされ、立命館大学へ移られるのに際して、現在までの到達点や主張をわかりやすく書いたものが本書である。

全体は、5章で構成されていますが、前半後半の二つにわかれていると言ってよいでしょう。

前半は、豊かさをキーワードにして、現在までの日本の歩みを総括します。そこでの論点は、経済の高度成長とその後の日本社会の変貌の中で、大きく後退した日本の知的環境です。そして、小泉改革のなかで露呈してきた較差や教育改革に関しても批判的です。金融における投機的の横行は、資本主義の精神の後退であり、拝金主義であるとも書いています。また、このような市場主義的な改革を行う小泉改革にも批判の矢をなげかけます。

後半は、持続可能な社会、経済と環境をキーワードとした環境論です。そこでは、環境と経済はトレードオフでないこと、制約条件があることでイノベーションが起こり、発展の可能性がひらけること、環境税や取引市場の導入などが、環境や豊かな社会にとって有効であること、京都メカニズムを生かすためには、アメリカと途上国の参加が不可欠であることが力説されます。

本書は、詳細な理論書というより、ざっくり現代をとらえた文明批評的な書と言えるでしょう。その点では、もう一歩深く分析して欲しいなと思うような箇所や、ややステレオタイプな文明批評的な箇所がいくつかあります。

前者では、後半部分での京都メカニズムにいかにアメリカや発展途上国を組み入れるかのインセンティブの与え方などはその例でしょう。また、後者では、市場至上主義はマントラであるという記述がどれにあたるかもしれません。本書のなかで書かれている排出権市場の創設という市場を使ったコントロールの提案と市場至上主義との区別はどの辺りにあるかなどは、もう少し展開して欲しいところです。

とはいえ、リベラル派(と区分をしてしまうのもステレオタイプですが)からの現代日本への批判的視座がコンパクトに提示されていますので、教室では、命題集より論題集として活用することができると思います。

例えば、次のような文章をどう考えるか、生徒と議論できれば最高です。

@ 「日本という国が豊なのは日本人が貧しいからだ」ボードリヤール

A 堀江、村上がやってきたことは、汗水垂らして働く人々を揶揄し、お金は頭を使って儲けるものだとする、拝金主義以外のなにものでもない。

B 医師や弁護士を目指す高校生が増えたのは、彼らが人命への尊崇の念や正義の観念にかられてのことではない、安定した高収入の職業に就きたいという願い故であった。

C 20世紀の最後の10年のことを「失われた10年」と言うけれど、最大の遺失物は何かと問われれば、私は躊躇せずに答えたい。それは「資本主義の精神にほかならない」と。

D 知識の詰め込みを主とする学校教育、そして受験勉強は、ソフトウエアの能力をスポイルするばかりでなく、論理的に物事を考える能力、美に対する感受性、好奇心などを損なってしまう。

E 携帯電話は人々のライフスタイルを塗り替えた。活字離れが加速されたばかりか、若者は漫画すら読まなくなった。携帯電話を必需品と心得る若者達は、他の買い物を控えざるをえなくなる。大学生の知的水準の劣化が著しくなる。

F 幸福の源泉は、参加の意識、コミットメント(使命感)、シンパシー(他人への思いやり)だと考える。
偉業を達成するには、偉業の達成に精魂を傾ける人々を尊敬する社会的風土をつくること、若き芸術家や科学者が、創作や研究に没頭できる環境を整えること、とびきり優秀な外国人芸術家や科学者を、大学や研究所の専任のスタッフとして招く機会を増やすこと。

G 機会平等を保障すれば、それで十分であるという市場主義者に対しては、可能性の平等を保障する必要がある。可能性の平等のためには公教育の整備・充実が不可欠である。親の貧富の格差によらず、すべての子供達に良質で平等な教育を与えることが不可欠である。

いずれも本書前半の抜書きです。皆さんはどう考えるでしょう。私(新井)は、卒業したばかりの生徒たちが、討論会をやりたいという申し出があり、これらを論題としてディスカッションをしてみようと計画をしています。その結果はまたの機会に報告しますが、経済学とは直接関係ない論題が多いのですが、こんな使い方ができるのではと考えています。

佐和さんは、経済教育にも熱心で、翻訳された『レモンをお金にかえる法』はロングセラーです。実は、私も佐和先生(ここではさんではなく先生と使わせてもらいます)とご一緒に、中学生向けの副教材をつくるのをお手伝いしたことがあります。また、子どもの経済教育教室にもサポートされています。そんなこともつけ加えておきます。



コマナー教授の論文「経済教育のあり方」 投稿者:TM 投稿日:2007/02/27(Tue) 09:02 No.51

以前ご紹介したことのあるカリフォルニア大学のウィリアム・コマナー教授に、この「経済教育ネットワーク」に言及して高く評価している論文を、以下の情報発信プラットフォームに寄稿していただきましたので、ご参考までにお知らせします。
英語の原文: "Some Suggestions for Economic Education: Economics as Methodology"
http://www.glocom.org/opinions/essays/20070226_comanor_some/
日本語の要旨:「経済教育のあり方について」(2月26日掲載)
http://www.glocom.org/indexj.html
この内容についてのインタビュー要旨はすでに以前ご紹介したブログに掲載済みです(2月1日掲載)。
http://blog.so-net.ne.jp/miyao-blog



授業に役立つ本 その7 投稿者:新井 明 投稿日:2007/02/26(Mon) 20:24 No.50

第7回は、岩田規久雄「小さな政府を問いなおす」ちくま新書です。

岩田さんは、インフレターゲット論で有名な経済理論の専門家です。ちくま新書からはこれまで、「経済学を学ぶ」「マクロ経済学を学ぶ」「日本経済を学ぶ」の三冊が出されています。今回取り上げる本は、2006年9月刊行で、ちょっと時間はたちましたが、教育バウチャーを論じた箇所でも取り上げていますので、紹介します。なお、脱稿は6月ということですから、その後の政治・経済の変化、特に安倍内閣の登場とその改革路線のゆくえ、景気の回復状況など踏まえて、考えなおす必要がある箇所もでてくることを最初に言っておきます。

本書は、全部で9章にわかれています。1,2章では、小さな政府と大きな政府の問題がどうして出てきたのかの由来を。一般的には、大きな政府はケインズ理論と戦後の福祉国家の成立からでてきたことを紹介した後、日本では、田中角栄による「列島改造論」大きな政府の本格的な端緒となったとします。そして「角栄型大きな政府」は成功した社会主義革命であるという増田悦佐氏の規定を紹介して、それを肯定的に評価しています。

ちなみに、増田悦佐は、私の高校の同期生です。彼の軌跡は団塊の世代のエコノミストのある種の生き方を象徴したものですが、それは本題とは関係なしということで、話を先に進めます。

岩田さんは、日本も含めて戦後の欧米で形成された大きな政府に対する反撃がどのように起こったのか、その理論的な背景を次の3,4章で取り上げます。

そこではフリードマンの諸説とサプライサイダーの諸説が取り上げられます。その上で、新自由主義が、結果の平等を目指すのではなく機会の平等を目指す経済思想であり、その価値観にもとづいて制度設計がされるのが小さな政府論であると結論されます。

ここまでを問題提起と理論とすると、次の5章、6章はケーススタディになります。5章では、小さな政府への闘いを行ったサッチャー改革が、6章では大きな政府モデルでの成功例とされているスエーデンの秘密と持続可能性への問題が提起されます。

7章以下は、日本の問題です。80年代からの行財政改革が小さな政府を目指したこと、しかし、それが挫折を繰り返したこと、小泉改革の路線も小さな政府を目指しているが、それはまだ緒についたばかりであり、次の内閣がポイントになるというのが岩田さんの診断です。

最後の9章では、格差問題が取り上げられます。格差では世代間格差と地域格差が取り上げられ、特に世代間格差では、大竹先生の『日本の不平等』日本経済新聞社が取り上げられます。所得格差の拡大の原因は、人口の高齢化であるという大竹先生の実証研究の結論を支持しつつ、それが実感とあわない理由が使ったデータに、非正規労働者、失業者、ホームレスが含まれていないことを示唆しています。そして、太田清さんの実証研究を紹介しながら、97年から02年に格差が拡大した理由を、デフレ、労働派遣法の改正、グローバル競争の激化の三点をあげています。

岩田さんは、何でも小泉政権の時代に起きたことを、なんでも小泉改革のせいにしようとする風潮に異議を唱えて、小泉改革の成果と、他の要素を分けて考えるべきと主張しています。それはそのとおりだと思います。

この本は、小さな政府を良しとする立場から、問題や背景、また日本の現状分析をコンパクトにまとめています。その点で、細かいデータを踏まえた論考というより、大きな流れをつかむ為に役立つと思われます。

高校公民科の「政治・経済」では、第三篇の現代政治・経済の諸問題の最初のテーマに「大きな政府・小さな政府」を取り上げています。また、指導要領の解説では、経済の見方のなかに、効率と公平のトレードオフの重要性を強調しています。その点からみて、この本は、小さな政府派の参考書持つとして役立つと思います。

言うまでもありませんが、この本一冊だけで、問題が見通せるわけではないので、小さな政府派に批判的な、神野直彦さんや佐和隆光さんの本や、格差論では橘木俊詔さんのほんなどを読む必要があるでしょう。それらの本は、また、のちほど順次紹介したいと考えています。



投稿記事の修正・削除の方法 投稿者:TM 投稿日:2007/02/20(Tue) 01:47 No.49

皆様
このオープン討論室を作っていただいた畠平先生に、投稿後の修正・削除の方法を確認したところ、以下の指示があり、それにしたがってやったところうまくいきましたので、ご参考までにお知らせいたします。
1)まず投稿の前に、入力画面にある「削除キー」の項目に自分のパスワードを書き込んで憶えておく。
2)投稿後は、掲示板の最下段までスクロールすると、そこに修正・削除作業の入口にあたる記入欄があるので、あとは画面の指示にしたがって、記事のNoとパスワードを書き込んで送信すると、投稿前の文章が表示される。
3)文章を修正・削除して再投稿する。



授業に役に立つ本 その6 投稿者:新井 明 投稿日:2007/02/19(Mon) 22:49 No.47

授業で役立つ本 第6回 

今回は、梶井厚志著『故事成語でわかる経済学のキーワード』中公新書です。

梶井さんは、ミクロ経済学のテキストを書き換えた『ミクロ経済学 戦略的アプローチ』日本評論社の共著者の一人であり、ミクロ経済学、ゲーム理論の研究者です。

この本は、28の故事成語を取り上げて、それに関連する経済概念を解説するというスタイルをとっています。なぜ、故事成語なのかは、はじめにの箇所で、難解であると敬遠されがちな経済学的な考え方と経済学のキーワードを、故事成語をもちいて格調高くしかも心に残るように解説すること、と自身が述べています。

格調高くという点では、冒頭の、高校時代の漢文教師と生徒(梶井さんではない)とのやりとりが面白い。生徒問う「漢文を学んで何かご利益があるのか?」、師曰く「おまえたちのような無法者にでも品格が備わるであろう」と。

梶井さんは、無法なのは教師だったといっていますが、本当はどうだったのかわかりませんね。教師の指示に従い、大声で漢文を読んで隣家から嫌がられた(外部不経済)梶井青年は、しっかりご利益を得ているのですから、漢文教師はもって瞑すべしということになるのでしょう。

さて、本論の28のキーワードは、以下のとおりです。
1 覆水盆に返らず
2 蛇足
3 矛盾
4 他山の石
5 洛陽の紙価を貴む
6 まず隗より始めよ
7 青は藍より出でて藍より青し
8 鶏鳴狗盗
9 漁夫の利
10 伯牙絶弦
11 画龍点睛を欠く
12 臥薪嘗胆
13 杞憂
14 朝三暮四
15 完璧
16 刎頚の交わり
17 桃李言わざれども下自ずから蹊を成す
18 奇貨居くべし
19 傍若無人
20 国士無双
21 愚公山を移す
22 助長
23 敗軍の将は兵を語らず
24 四面楚歌
25 苦肉の計
26 虎穴にいらずんば虎子を得ず
27 三顧の礼
28 泣いて馬謖を斬る

これをワープロで入れながら、私もむかし漢文の教室で教わったことを思い出すとともに、日常的によく使う故事成句がこんなにあるんだと改めて感心しました。もう一つ、今の高校生いやいまどきの若者は、漢文で習っているのでしょうが、どれだけ伝わっているか心配になりました。杞憂でなければ幸いですがね。

梶井さんは、これら28を大きく、基礎的経済概念(1から3、7,8)、ミクロ経済分野(4,5)、マクロ経済(6)、ゲーム理論関連(9から14、17、18、28)、情報の経済学・実験経済学関係(23から26)、その他に分けられています。ただし、分け方などは新井が勝手に試みたものです。

これでも分かるように、この本は経済全体というより、ゲーム理論を中心に経済学の見方を、故事成語をてがかりに述べた本といえるでしょう。とにかく、マクロ経済は6のケインズと乗数効果を述べた、先ず隗より始めよ、だけなのですから。

それに対して目に付くのは、ゲーム理論関係の言葉です。実に9箇所。分け方によってはもっとあるかもしれません。さすがに孫子からは引用しなかったとご自身も述べていますが、こんなところは筆者の面目躍如でしょう。

また、インセンティブ、リスクという言葉も多く注目されています。インセンティブは、サブタイトルに出てくる箇所が二箇所、それと実質的にそれを語っているのが一つあるので合計三つ、比率から言えば結構な数字です。リスクは二箇所プラス1でこれも三箇所で、種特権的扱いです。もちろん、外部性、外部効果、第三者効果なども三箇所で扱われています。そんなところから筆者の関心がどの方向に向かっているかが分かります。

コラムが随所に挿入されていて、政治経済をめぐる現実のエピソードや筆者の学生時代の思い出や生活のなかからのエピソードが、本文を補強するものとして書かれています。

私は、p202に書かれている国立の麻雀荘の話が面白く読めました。というのは、前任校が国立で一橋大学の前を通って通勤していたからです。ここに出てくる雀荘は、私が転勤してきた時は、すでに営業をやめていて今はビルになってしまいました。麻雀文化は現代の学生さんには継承されなかったわけです。

それはさておき、本書を教室で使う時は、二つの使い方がありそうです。一つは、内容から攻める方法。つまり、リスク、インセンティブなどの高校の教科書には扱っていない概念や、ゲーム理論などやはり高校では本格的には扱われていない内容を教える素材として使うことができそうです。出藍の誉れの部分でインセンティブを説く7は、そのまま現代経済学の基本的思考法を説明するコンパクトな箇所として使えます。

もう一つは、本書に出てくる故事成語と様々なエピソード、具体例を授業の活性化に使うやり方です。授業の中で、故事成語をさりげなく披露すれば、生徒におぬしやるなと評価されるかもしれません。もっとも、現代の若者は、馬耳東風かもしれませんが。



教育バウチャー制度をめぐって 投稿者:新井 明 投稿日:2007/02/01(Thu) 01:36 No.31

1月28日(日)の日本経済新聞の読書欄の「経済論壇から」で、大竹文雄先生が「少子化時代の教育改革」の見出しで、教育バウチャーなど昨今の教育改革をめぐる論議についてのコメントが掲載されています。素材となったのは、東洋経済の学校特集での、政策研究大学院の福井秀雄さんと、ICUの藤田英典さんの対立的インタビューなどです。一般的に、経済学者はバウチャー賛成、教育学者は反対と分類できます。大竹先生の紹介は、教育をめぐる多面的な見解を丁寧に紹介されていますが、基本的にはバウチャー賛成の立場だろうと思います。

経済教育に関心を持つものとして、学校選択、多様化、バウチャーなどの問題をきちんと考えなければいけないと思っています。ところが、経済学の知見と現場での実感の乖離に悩まされることが多いのです。

バウチャーもそうですが、その前段で行われている学校選択制など、理屈は分かるのですが、実際に実施している杉並区などの事例を見ると、どうしても地域での人的ネットワークの破壊という市場の失敗ないし外部不経済の方が目立つ様に思います。また、東京都の「改革」の真っ只中にいる人間として、どうしても「改革」によるインセンティブ効果よりも、モラルダウンの方が大きいような実感がしてなりません。もちろん、これはあくまで実感で、実証的なデータがあるわけではありません。

東洋経済での福井さんの威勢のいい競争原理の導入論を読むと、私など、そろそろ退場したほうがいいのではと思ってしまいます。それは、既得権でまもられてきた公立学校の教師の引かれものの小唄なんでしょうか?

皆さんの意見を聞きたいと思っています。



Re: 教育バウチャー制度をめぐって 大竹文雄 - 2007/02/05(Mon) 17:15 No.33

新井先生、「経済論壇から」のご紹介ありがとうございました。

バウチャーや学校選択制は、その制度設計で実に様々なバリエーションが
あります。機会均等と学校側のインセンティブを高める効果が
あるものから、そうでないものまで考えられます。日経新聞では
十分に紹介できませんでしたが、「中央公論」2月号に掲載
された赤林先生の論説では様々な海外での実態を紹介されていて、
勉強になります。

バウチャー利用の入学者に対して私学側に選抜の自由を与えるか否か、
が最も重要なポイントです。

バウチャーに賛成の人も反対の人も全く違うバウチャー制度を
想定して議論をしているのではないか、と思います。

学校選択制の問題点の一つは、生徒の能力をどれだけ
引き上げることができたか、という本当の意味での
学校の成果は測りにくい、ということです。
在学生の成績そのものはテストで観察できますが、
その成績がもともと成績のいい生徒が集まった
結果なのか、そうでないのか、によって学校の
評価は大きく違ってくるはずです。ところが
そういう成果は、なかなか伝わりにくいのです。

単に成績がいい学校かどうか、
目立つ活動をしているかどうかで人気が
決まってくる可能性が高くなります。

「ヤバい経済学」の著者のレビット教授が
シカゴのデータを用いて行った最近の研究では
学校選択制で単に人気校移っただけでは必ずしも
本人の成績を引き上げることには
ならない、という結果が得られています。

生徒の能力を引き上げる力を
もった学校に入ることは有益なのですが、
そういう優れた学校が必ずしも人気校では
ないそうです。

赤林先生が論説で指摘しているように、
様々な実験的試みをして、それを
丁寧に検証していくことが必要だと
思います。





Re: 教育バウチャー制度をめぐって 新井 明 - 2007/02/10(Sat) 09:05 No.35

大竹 先生

ご返事ありがとうございます。返事が遅れてすみません。

実は、先生が紹介していただいている中央公論を読んでから返事を書こうと思っていたのですが、同誌のバックナンバーが意外と探せなくてまだ読んでいないのです。

学校図書館では、予算削減の影響を受けて雑誌を減らしていて、中央公論はその対象になって読めず、地域の図書館は改装中で読めず、結局ここまできてしまいました。大学などの環境と違い、高等学校の知的環境はある種劣悪の一途をたどっている実態の一環かもしれません。

このような事情なので、まず赤林先生の論説を読んでから、また書きたいと思っています。



Re: 教育バウチャー制度をめぐって 大竹 - 2007/02/11(Sun) 18:21 No.39

新井先生、

赤林先生の議論の詳細は、つぎの論文でお読み頂けます。

「学校選択と教育ヴァウチャー(教育バウチャー)政策と研究」 (2006/12/01 updated) 『現代経済学の潮流2007』(東洋経済新報社)所収予定
http://www.econ.keio.ac.jp/staff/hakab/choiceandvoucher20061201.pdf



Re: 教育バウチャー制度をめぐって 新井 明 - 2007/02/11(Sun) 23:33 No.40

大竹 先生

赤木先生の論文、ご紹介いただきありがとうございます。早速読んでみます。



Re: 教育バウチャー制度をめぐって 新井 明 - 2007/02/19(Mon) 20:58 No.45

返事が遅れてすみません。

大竹先生にご紹介いただいた、赤林先生の「学校選択と教育ヴァウチャー 政策と研究」を読みました。
感心しました。丁寧なリサーチとそこから浮かび上がる政策提言がきちんと書かれている本格的なものでした。
結論は、次の5点です。
1 外国から学ぶ場合は、私立と公立がどのようにその国で位置づけられているかが問題である。
2 学校選択・ヴァウチャー政策を教育の自由化・規制緩和ととらえることは出発点としてあやまりである。
3 生徒の選択の自由と学校側の選択の自由はトレードオフの関係である。
4 日本でヴァウチャー導入を検討する際の最大の論点は、私立学校の選択の自由をどこまで制限するかが問題。
5 計画的なデータ収集がなければ政策の効果の検証は不可能である。

このなかで、2点目と4点目に注目しました。というのは、ヴァウチャー政策が問題になるのは、つねに教育の自由化・規制緩和の文脈のなかであるからです。私がこの問題をここで提起したのも、「東洋経済」の特集に刺激を受けたからです。そこでは、八代さんは、競争の導入で現在の教育問題を解決するという、勇ましい意見を述べていました。

その意味では、八代さんの発言も、私の認識もともに、自由化・規制緩和ととらえており、出発点から間違っていたことになります。

赤林先生の論文は、まず、アメリカのヴァウチャー実験をリサーチします。そこでの実験の特色は、低所得者を対象としているものが多いこと、ヴァウチャーを利用して公立学校から私立に移動する場合に注目していることです。このあたりは日本の状況とはだいぶ違うようです。そして、ヴァウチャーの効果は、細部の制度設計と長期のデータ蓄積による検証が必要であるというものです。

このあたりは、わが国での論議とまったくレベルの違う話であることがわかります。

赤林先生は、アメリカの他に、チリ、コロンビア、ニュージーランド、オランダ、スウエーデン、英国の例を紹介します。

最後に、赤林先生は、日本の問題を取り上げます。

日本では、高校では学区制の廃止による学校選択の拡大や公立中高一貫校の設置などが進んでいます。また、東京品川区を先駆として、公立小中の学校選択性も導入されています。東京足立区でも学校選択制と教育予算の成績別配分を打ち出して問題になりました。

その背景は、赤林線先生が指摘しているように、公立高校の進学率の低下、少子化にともなう学校の過剰、学力低下による関心、いじめなどの問題の発生などがあります。より根本的には、公教育への不信がそこに横たわっています。

教育ヴァウチャーの導入に関しては、2004 年に、規制改革会議による提言、2005年6月には「骨太方針2005」に研究の要請がされている。

それに対して、私が指摘したように、経済学者は比較的支持派が多く、教育学者は批判派が多い。ちなみに、批判派の藤田英典先生は、私の勤務校のずーと昔のPTA会長だった方で、公立リベラル校の教育方針に賛同されている方です。

さて、赤林先生の学校選択の分析では、全国の高校のパネルデータを利用して、公立高校の学校選択の自由化は、地域の公立高校の大学進学率を有意に増加させること、私立普通科高校の進学率を低下させ、全体の進学率には有意な影響を与えないこと、都市部における学校選択の拡大には、有意の正の効果(弾力性3%)があることという結論にいたったことが紹介されています。

また、競争が学校教育に与えた影響は非常に小さく、学校間格差の拡大は、計測が難しく、教育現場を萎縮させる可能性が理論的に否定できないという指摘もされています。そこでは、市場のメタファーとロジックだけでは、市民の支持は得られないという、私にとって貴重な意見を述べていられます。

教育ヴァウチャーに関しても、海外の事例の多くが、日本での認識とは異なり、公的システムのなかに私立学校を組み入れようとすることを踏まええると、教育の規制緩和政策と理解することは間違いであるとも指摘されて、日本での論議の方向が出発点として違っていることが、非常に残念であるともおっしゃっています。

ヴァウチャー制度は、補助金政策ではなく、日本で導入する場合でも、私立学校をいかに組み込むかが大事という指摘は、大竹先生が指摘されていますが、結論だけだと、規制緩和やヴァウチャーを巡る大事な前提が見えなくなってしまう可能性が大きいなと、私自身が間違えてしまっていることからみても、思いました。

ともあれ、赤林論文は、私にとって目からうろこの部分が多く、とても勉強になりました。教育改革の現場にいる人間にとって、考える導きの糸になりうるものでした。

ただ、そうであればあるほど、私立を組み込むことは難しく中途半端なものにならざるを得ないな(土曜休業、履修問題など公立は手足を縛られて競争せよと言われているようなもの)、公立学校どうしの競争は結局は、ゼロサムゲームになりかねなく、プラスにならないのではという実感をより強くしました。

公共サービスとしての公教育への信頼をどう取り戻すのか、経済学者と教育学者から、現場の教員が元気になるような話が提示されることを望んでいます。



Re: 教育バウチャー制度をめぐって 新井 明 - 2007/02/19(Mon) 21:29 No.46

また、間違えました。『東洋経済』の特集で、発言している経済学者は、福井秀夫さんです。

八代さんは、『エコノミスト』の労働特集でした。ミスが多くてすみません。

ついでに、最近読んだ、岩田規紀久男著『小さな政府を問いなおす』ちくま新書でも、バウチャーが取り上げられていました。

同書p90には、「…この制度のもとでは、いじめをいつまで経ってもなくせないような公立校には生徒が集まらなくなり、廃校の危機にたたされるであろう。逆に、いじめをなくし、質のよい教育を提供する学校にはたくさんの生徒が集まり、教育切符収入も多くなる。(以下略)」

この部分だけでも、赤林さんの指摘から言えば、実態と方向を間違えている議論じゃないかと感じています。どうもこの種の議論が多すぎるのではないでしょうか。



授業に役立つ本 その5 投稿者:新井 明 投稿日:2007/02/12(Mon) 00:31 No.41

新井です。

大竹先生の御本は、第一回に取り上げましたが、簡単すぎて申し訳けなかったと思っています。宮尾先生が丁寧にご紹介いただき、有難く思います。こんな感じで、皆さんが意見を出し合える場が提供されているのもネットワークのよさだと感じています。

さて、本論ですが、今回は、栗原先生も取り上げている統計の話です。取り上げる本は、鈴木正俊著『経済データの読み方』新版(岩波新書)です。

新版とあるように、最初の版は1985年に出されています。20年ぶりの改定ということになります。85年といえば、プラザ合意の年。20年間の経済の変化の激しさに改めて驚かされます。

著者の鈴木さんは、日経新聞の論説委員などを経て、現在は大学で教鞭をとっている方です。プラザ合意前に『1ドル=100円時代の日本経済』という本をいち早く書き、大胆な予測を当てた?人です。

この本は、GDPや景気動向指数など、主要な経済データを28項目に分類して、データの読み方を解説しながら、日本経済の現状を同時に読み解く現代日本経済の入門書を目指すという二重のねらいでつくられています。

章立ては、T日本経済、いま U景気の見方 V財政・金融 W国民生活 X物価 Y雇用・賃金 Z国際貿易・通貨 の7章立てになっていて、ミクロからマクロ、国際経済まで幅広くカバーされています。

鈴木さんの、日本経済への認識は、「失われた15年」で日本の経済的地位が後退し、少子高齢化や中国の追撃などによって日本の経済は必ずしも今後の成長は楽観を許さないというものです。その認識は、ある種きわめて正当なもので、そこから、なにを課題とし、どう課題を克服するのかは各人の問題となります。

もう一つの統計データの読み方は、コラムも含め、データのもつバイアスや読み方のかんどころを丁寧に説明していて親切です。

この種のデータものは、『国勢図会』のように毎年刊行されるもの以外はすぐ古くなるのが難点です。だから、多分、この本も「生もの」としての鮮度は一年くらいかもしれません。しかし、それでも21世紀の初頭の日本経済の全体像を知るには手ごろなハンドブックとなっていて、活用できると思います。

高校の経済の授業では、経済の見方や理論よりも、この種の日本経済論、世界経済論の概略が説かれることが多いのが現状です。本当は、経済理論と現状分析がミックスしていなければいけないのでしょうが、どうしても具体性のあるものから入るほうがやりやすいという理由もあり、理論的部分はなかなか取り上げられないことが多いようです。しかし、取り上げられる日本経済論も、データをじっくり分析しながら、それをもとに経済の動向を読み解くというところまではとてもゆかないのが実態です。これは、大学でも同じ傾向ではないかと推定されます。

社会科、公民科の授業では、「新聞社会科」と揶揄されることもあるように、時々の新聞などに取り上げられるトピックから、ある種恣意的にテーマをもってきて、「悲憤慷慨」することで授業であるということも結構色濃く残っています。

自分で独自データを集めて、分析することはできなくとも、少なくとも本書程度のデータをもとに、自分なりの日本経済論を組み立てる必要はありそうです。また、時間的に厳しいのですが、生徒にも、統計データを読ませる訓練をどこかでほどこさなければいけないと思わせられる一冊です。

その点で、この本にでてくる程度、といってもすべてを



Re: 授業に役立つ本 その5 新井 明 - 2007/02/12(Mon) 00:37 No.42

最後の部分、消し忘れて投稿してしまいました。

この本にでてくる程度、といってもすべてを取り上げることはできなくてもいくつかをとりあげて、教員も生徒も問題を考える必要はありそうです。

ということを書こうとしました。すみません。よろしくご判断ください。

あと、このフォーム、投稿する前に、このように表示されますよと提示がされて、それを見ながら修正したうえで投稿ができるようになっていると有難いですね。でも、それにはお金がかかるか?



Re: 授業に役立つ本 その5 TM - 2007/02/19(Mon) 14:06 No.44

新井先生
いつも役立つ本のご紹介ありがとうございます。
この『経済データの読み方』は、最初に出版された時に読んだ記憶がありますが、内容は憶えていないので、今回どのように改訂したのか見てみることにします。

ところで修正や削除の方法ですが、確か入力の際に「削除キー」の欄にパスワードを予め書き込んでおくと、投稿後も修正や削除が可能だったと思います。

試しにこの下に私の名前を2回繰り返して書いておき、削除キーを使って一つだけ削除するつもりです。
もしご覧になった画面で名前が1つだけ残っていれば、投稿後の削除が成功していることを示し、もし2つ残っていれば削除キーの操作はうまく機能しなかったことを示しています。ご参考までに。
宮尾

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