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出戻り非常勤日記 34 投稿者:新井 明 投稿日:2016/03/31(Thu) 22:59 No.831

3月某日
 年次大会のために京都往復。
 腰痛は完治しないが進行役を仰せつかっていることもあり、がんばって出かける。連休の初日なので新幹線は品川で通路に立つ乗客がでる。東京は雨天だったが京都に着いたら雨はあがっていた。それでもあまりいい天気ではない。
 年次大会は充実していた。前半の高校の実践に関しても体験型あり、理論を整理した報告ありで聞きごたえがあった。後半の高校入試問題の分析と提言もしっかりした資料分析と授業のヒントがたくさん出されていた。明日役だつというものではないが、ネットワークならではの分析や提言ができるテーマではないかと思われる内容である。
 懇親会も盛会であったが、途中で中座して早めに帰宅。

3月某日
 都内某所での二日続きの会議。
 データ分析をもとに傾向を見るという宿題をかかえて出席。ところが、データ分析の根拠があやふやでしっかりした報告が出来ず。恥ずかしい。
 帰宅して、さっそくデータの見直しを行う。夜半までかかる。
 翌日、修正データをもって参加。さらに宿題をいただいて帰宅。
 この連休は結局休めなかった。

3月某日
 老人ホームに母を訪ねる。
 この頃は大きな変化がなく、ちょっと安心。ところがメガネをどこかでなくしてしまったと騒動。集団生活だとこんなものが無くなるんだということがおこる。もう高齢なのでメガネ屋さんで作り直すということも大変なので、がまんしてもらうしかなさそう。こんなきっかけで人間は急速に衰えてゆくのかもしれないと感じる。
 それでも、本はメガネをはずして読んでいたから、あまり苦にはならないようだ。ただし、これは息子が勝手に思っているだけだろう。

3月某日
 腰痛再発もあり、早稲田のシンポジウムは欠席。
 経済教育山岡組のめんめんと久しぶりに会えると楽しみだったが、ここは無理しない方がよいと判断。
 自宅で頼まれ原稿などを書く。

3月某日
 腰痛がすこしよくなったので、図書館へ出かける。
 借りていた本の期限がきたこともあるし、散歩もかねての外出。新刊でダグラス・ノース『制度原論』という本が入っていたので借りる。
 ノースは、新制度学派の学者。経済史に経済理論や数量分析を導入してノーベル経済学賞を取っている。この本、経済変化がなぜ起こるのか、認知科学や人間の志向性という哲学的な要素、慣習や制度などの要因をとりいれて経済史の原論としたもの。ノースの最後の著作だそうだ。
 これまで名前だけは知っていたがノースの本を手に取ってそのスケールと知的刺激にみちた内容に驚いている。これは手元においてじっくり読むべき本かと思う。

3月某日
 雨寒い。外出。
 最初は旧知の先生と待ち合わせ。経済に関する子供向けの解説本の原稿を書かないかというお誘い。監修はその先生がおこなうということで、下請けの原稿であるが、このような年寄りにお話を持ってきてくれるだけで有難い。
 次に行ったのは、上智の図書館。借りた本の期限がくるので返却に。外堀の桜はまだ一分咲き。もう少し時間がかかりそう。1時間ほど文献探索をする。
 その足で水道橋まで。教科書原稿の最後の詰めの話。白表紙提出前の追い込み作業の相談を受ける。
 一日三か所は腰痛持ちとしてはちょっとやりすぎ。

3月某日
 近所の公園に自転車をこいで妻と桜を見に行く。
 地元では桜の名所の公園。今年は早いと思っていたが、まだ三分。それでも桜の下では宴会がはじまっていた。若者のグループが一気飲みをやっているらしい風景に出くわす。本人たちは楽しいのかもしれないが、周りからは顰蹙。
 桜の下の宴会が無くなったら日本的な人間関係の薄れかもしれないが、花より団子は本末転倒。悪習はなくならないものだ。
 先日買ってきた、『徳川制度』岩波文庫、を読む。この本、三冊もあり大部なのだが、近頃読んだものの中では一番面白い。時代モノの作家の種本であることがよくわかる。歴史学から言うと、資料批判がされていないので文献としては価値が低いそうだが、そんなことを言っているから、大衆に足をひっぱられるんだと思わないこともない。江戸の制度のしっかりしたところ、また明治になってそれをまとめたジャーナリストの力量などがわかる出色の本。

3月某日
 桜を見に妻と旅行。
 今回は、三嶋神社と久遠寺の桜が目的。今年は早いのではないかと予測してこの日に予約を入れておいた。でも天気は悪く今年は失敗。
 三嶋神社では三分咲き。東京より暖かいはずの地なのになぜなんだろう。神社では、初参りの親子連れの写真を撮ってあげる。上のお姉ちゃんが反抗期で生まれたばかりの弟に嫉妬している。子どもは二人になると親子関係も含めて複雑になり、大変。でも、両親ともお姉ちゃんをそんなにしからず見守っている様子が好ましい。
 宿泊の宿に着く前に、その町にある大きな病院の前を通ったらTVカメラが沢山。だれか有名人が入院でもしているのかと宿の人に尋ねたら、千葉の監禁容疑者がいるのだとのこと。カメラマンも大変だ。
 翌日は晴天。海岸にでて富士を見るが、みるみるうちに雲がでてかくれてしまう。春は難しい。クルマで北上して身延へ。久遠寺は階段が大変なのでも有名だが、そろそろ285段を昇る。なんとかなるものだ。枝垂桜は8分咲き。山奥の方が桜が咲いている。種類もあるのだろうが、面白い現象。ここまでくる外国人は少なく、多くは高齢者。団体客もちらほら。比較的ゆっくりと桜見物ができる。

3月某日
 入試問題集をだしている出版社の編集者と会う。
 出張するのでお目にかかりたいと数日前に電話があり、入試問題の情報を得るために時間を設定した。編集サイドとして大学入試問題をどう見ているか忌憚のない意見を聞きたいと思った。こちらからは入試問題プロジェクトの資料を持参した。短時間の面談だったが、それなりに雰囲気は分かってきた。
 入試プロジェクトの落としどころを探っているが、センターに代わる新テストなどの導入に私大の入試がどう変わるか、目がはなせない。
 本日の日経新聞の大学欄に国立情報学研究所の新井紀子先生のインタビューが載っている。東ロボ君のプロジェクトで有名になった新井先生、新たにプロジェクトを始めるとのこと。教科書をよめない中学生が半分以上いるのではないかというテスト結果から危機感をいだき、「すべての生徒が中学段階で中学の教科書が読める」を目標とするプロジェクトを立ち上げたそうだ。
 「大学の入り口の状況を改善するには、中学卒業までに中学の教科書を読めるようにし、高校は普通の文章を書けるようにする必要がある。教科書も読めないのにプログラミング教育とか、やっている場合ではない」という言葉が衝撃的。

3月某日
 結婚38年目だそうだ。
 これだけ一緒にいると空気みたいなのだが、その空気が時々ゆれることが人間なのかもしれない。
 特別な何かをやるわけではない。近所のケーキ屋さんで小さなショートケーキを買ってきて食して終わり。

出戻り日記も一年経過した。4月以降の身の振り方は未定のところが多い。この日記、どこまで続けるか、続けられるか、もうすこし経つと分かるだろう。



出戻り非常勤日記 33 投稿者:新井 明 投稿日:2016/03/18(Fri) 11:16 No.829

 久しぶりにアップします。なんだか心せわしく生きていて、なかなかここにたどり着けないのですが、3月前半の日記です。

3月某日
 近所のとこやさんにゆく。
 歳をとって頭のてっぺんが薄くなったのだが、それでも周りは長くなる。うっとうしい。うっとうしさが限度を超えると散髪にゆきたくなる。だいたい2か月に一度のペース。
 いつもの床屋さん。客もいないので近所の話や昔話でゆっくり丁寧にしあげてくれる。こんな時間もいいものだ。

3月某日
 経済寺子屋と称する勉強会を始める。
 日大の事務局を使わせてもらい、少人数で、筑波大学でやった講義のテキストをもとにして教科書をよみとくための経済学のいろはを確認しようと言う勉強会。
 今回はスタートで、参加者は私をいれて4人。部屋の大きさからは丁度いい人数。経済学史の前半までゆくが、質疑やディスカッションができて、いい雰囲気である。教材開発だけでなくこんな勉強会も継続できると有難いなと思う。

3月某日
 先日いった床屋さんが取り壊し始めていて、びっくり。
 道路計画が進行していて、いずれはと思っていたのだが、その日が来たと言うことか。でも、先日の散髪の時には何も言っていなかったな。まあ、これも職人の美学かもしれない。
 そういえば、最近家の近所の農地がどんどん宅地化してきている。世代交代と後継者がいなくて、相続税対策もあり土地を手放しているんだろう。こんなに戸建て住宅が供給されて買う人間はいるんだろうか。
 マイナス金利で住宅ローン金利も低くなっているから、思い切って買う若者がいるのか。なかなかチャレンジングだ。住宅建設はクズネッツ循環の要因になっているはずで、はたして目の前の現象が景気の上昇になるのか、興味深いところ。

3月某日
 所得税の確定申告にゆく。
 今はpcで簡単にできるはずだが、我が家では書類をもって税務署に出向く。税務署の近くで観察すると、直接持参する人間はどうも高齢者ばかりのようだ。情報化にとりのこされるのは高齢者なんだなあ。
 数年前に仏滅の日にクルマでいって、進入禁止の標識を見落としてゴールド免許がふいになったことがある。因縁の確定申告日であるので、今年も慎重に良い日を選んで出かける。でも、納税に良い日というのはあるんだろうか。

3月某日
 腰痛になってしまった。
 先日、孫がきてそれの相手をして少々頑張りすぎたのが良くなかったようだ。年寄りの冷や水とは思いたくないが、それ以外の原因が考えられないので、そろそろと自宅内を動き回る。

3月某日
 リカードの『経済学及び課税の原理』をひっくり返す。
 税金についてしっかり教育をしたいという先生がいて、はりきって勉強をはじめているという話を聞いて刺激を受けたことが一番の要因。そういえば自分自身、きちんと税金について勉強していないなと思い、丁度寺子屋で経済学史を見直していることもあり、何度目かの挑戦となったわけ。
 リカードは比較生産費説の箇所だけが高校の経済教育では取り上げられているが、価値論や差額地代論など現代の経済学にも結構な影響を与えている。ところが、『経済学及び課税の原理』のタイトルのうち課税の原理の部分は現代ではほとんど取り上げられていない。どうしてなんだろう、実際に確認ということもあった。
 読んでみて、しっかり理解するのはかなりの集中力が必要と感じる。腰痛の体だとこりゃダメだとあっさりと撤退。体調がよくなったら再度挑戦ということにしよう。でも、その日はいつ来るのだろうか。

3月某日
 息子のところにお雛様を回収にゆく。
 腰痛もやっと少し回復したので、飾ってあったお雛様を回収にゆく。孫1(女)にかるたをやろうとせがまれ、相手になってやる。一人っ子なので相手がいるのがうれしいのかもしれない。やっと字をおぼえはじめたところで、かるたのようなものが面白いらしい。教材としてのかるたを考える手掛かりにはなりそうだ。
 やりはじめると、自分がとらなければ気に入らないようで、私がとってしまうとふてくされることおびただしい。この子の親はどんな教育をしているんだ、親の顔が見たいと思わず息子をみてしまう。

3月某日
 都内某所で一日会議。
 データ分析をしてある種の方向を見出そうとするテーマの会議なのだが、データ分析が難しい。というより、データそのものをどう活用するかを見つけるまでに相当時間がかかってしまう。この会議にデータを持ち込むためにここ数日間かかりきりになってしまった。とにかく、クロス集計一つとっても何と何をクロスさせると何が見えてくるか、最初のデータ集めから組織的に慎重にやってゆかないと数字だけが独り歩きしてしまうこともおこりそうだ。
 教育にはエビデンスが必要という教育経済学の主張(中室牧子『学力の経済学』など)が最近説得力をもっているが、教育の効果測定に関しては、ほんとうにまだ入り口だなあという感想の一日だった。この作業まだ続く。
 本日の日経新聞に掲載されていた、松井彰彦さんの「半歩おくれの読書術」というエッセイが面白い。スミス、漱石、自己本位、共感がキーワード。とても共感して読む。

3月某日
 寒い。雨模様で外の気温は4.5度。もうすこし気温が低くなると雪になりそうな天気。
 こんななか、娘がノロウイルスにやられてしまった。保育園ではやっていたらしい。孫2(男)は元気で親が先に来てしまった。子育てしながらの仕事はやはり大変ということなんだろう。仕方がないので、孫と娘を「難民」として引き取り夕食たべさせ自宅に送る。亭主は毎日遅くまで残業で、手が離せないらしい。それでも本日は早く帰宅して子供をお風呂に入れようとしたら、孫がいやがって大泣きして結局あきらめたそうだ。絶対接触時間がすくないとこんなことも起こる。
 なかなか男女平等参画社会をつくるのは難しい。

3月某日
 小石川の卒業式に出席。
 元職員の非常勤講師は招待者扱いになりそうだったので、「よせやい」ということで、欠席としてもらって式には顔を出す形で参加する。
 今年の卒業生は、特任で受験講座を担当した。また、4年生の時に国際理解(総合的な学習の時間)という授業を週一時間持ち、かつ小石川フィロソフィーという学校設定科目で裁判甲子園やストックリーグ、哲学対話に参加させた関係もあり、思い出深い。国際理解では苦戦をして、総合学習否定論を確信させてくれた生徒たちでもある。
 それでも、終わりよければで、進路結果などは予想外に健闘してくれた。大化けした学年でもある。
 小石川の卒業式はシンプルで、送辞なし、卒業生代表の言葉だけである。代表となったのはストックリーグ入賞チームの主役だった生徒で、途中英語も入った具体的、かつこころのこもった素晴らしいスピーチをした。校長の式辞よりよっぽどよいというのが私(たち)の感想。苦労した担任団の先生たちも泣いていた。いい卒業式だった。

3月某日
 このところ宮部みゆきの小説を読んでいる。
 ホームの母のところにシリーズが置いてあり、もう読んだか?と聞いたら読んだということで借りてきて読みだす。
 これが結構面白い。宮部みゆきは小石川の図書館にもはいっていて、ほとんど読んでいるはずなのだが、最近は長く込み入ったものが多く、また妖怪ものはリアリティがあまり感じられないものもあり、ちょっと敬遠していた。
 借りてきたのは「ぼんくら」シリーズでちょっと古く、テレビドラマにもなったらしいが未見。昔読んだ記憶がうっすらあるのだが、これも覚えておらず。読みだして登場人物がなかなか魅力的なので感心。主人公の深川同心の井筒平四郎がいい。こんなスタイルで教員ができるといいなと思わせられる。周辺の人物も魅力的だ。シリーズ途中で新たな登場人物がでてきたり、事件が錯そうしたり、宮部調なのだが、面白く読んでいる。
 佐伯泰英など時代物のシリーズがあるが、それに比べて宮部ものは人間の感情の微妙なところをしっかり見ていて表現している。エンターテイメントでも人間観察がしっかりしているものは十分古典になりそうだ。

3月某日
 天気回復。きもちのよい日なった。庭の沈丁花は満開、近所の白モクレンの大木も満開で真っ白な花を咲かせている。
 ところが腰痛再発。ちょっとよくなったので、張り切って掃除などやったのがよくなかったようだ。これこそ身から出たサビである。シップをはり、そろそろと家の中を歩くしかない。

3月某日
 腰痛なので蟄居。
 経済の本をひっくり返している。現状分析の本に関してはほとんど興味がなく、このごろは昔買った本や古典を眺めることが多い。
 リカードがらみで、スラッファにも手を出す。これも分からない。とはいえ、何が問題なのか、根井雅弘さんの解説などを読んで、おぼろげながらわかりかけてきた。要するに、我々が教科書でおなじみの需給曲線が本当にそうなっているかが問題ということのようだ。特に、供給曲線が右上がりになる理由に関しては、授業の場でもなかなか直感的にも説明できにくい。その背後には収穫逓減(限界費用逓増)があるということなのだが、ほんとうにそうなるのかに関しては論争があり決着が付いていないようだ。
 そんな理論問題まで現場教員は理解できないし、そもそもそれを理解するには相当の努力が必要になりそうだ。腰痛の身ではますます無理ということだ。まあ、そこまで首を突っ込まなくとも、大きな見取り図と何が問題になっているかの争点までおぼろげながら見えるだけでも良しとすべきなのだろう。
 それにしても、スラッファの『商品による商品の生産』も、ロビンスの『経済学の本質と意義』などの翻訳本が手に入らない。いずれも東洋経済が出している。スラッファは専門家しか読まないだろうが、ロビンスは多くの入門書でも引用されているのに原本が手に入らないのは、関心を持っている経済学関係者が少ない、ニーズがないということなのかとも思う。ちょっと、いやかなり残念な傾向だ。



Re: 出戻り非常勤日記 33 新井 明 - 2016/03/18(Fri) 11:21 No.830

訂正:男女平等参画社会ではなく、男女共同参画社会でした。



出戻り非常勤日記 32 投稿者:新井 明 投稿日:2016/03/01(Tue) 21:15 No.825

2月某日
 三浦海岸に河津桜を見に行く。
 ネットワークの金子先生の地元なので情報などを事前にいただいてリサーチをしてからでかけた。電車でゆくか車で行くか迷ったのだが、途中の見学などを考えて車にする。
 多摩川沿いの一般道を走り、第三京浜に入り、横浜新道、横須賀道路から三浦海岸に。駅の近くの臨時駐車場に車を置き、桜の咲いている線路沿いを歩き、公園に。
平日ゆえに、いるのは高齢者ばかり。若い人は働いているのだから当然。桜は満開。菜の花も満開。上空のピンク色と足元の黄色の間に、ぞろぞろ年寄りが歩いている。
 オススメの回転寿司屋さんは一時間待ちなので、あきらめ。とろまん(マグロのはいった中華まん)を買って車で食して昼は終わり。帰りは、半島の西側を通って帰宅。途中、『ポニョ』に出てくるような小さな入り江の漁港をいくつか通る。台地の上からは海と富士山が見えた。風光明媚。きっと金子先生の教え子の家ではないかなどと思いながら、ダイコン畑とキャベツ畑の写真を撮る。帰り、お腹がすいたのでサービスエリアで横須賀海軍カレーパンなるものを食す。これがうまい。
 良い一日だった。働いている人ごめんなさい。

2月某日
 税金の計算をはじめる。
 年金生活者は確定申告が必要。税金は取られるのか、納めるのかという授業をするが、取られるというのが実感。税金で生きてきた人間の矛盾した本音である。介護保険料や健康保険料なども結構高いのが分かる。
 非常勤が完全に終わり、年金生活者になった時にどんな生活をするか、今から考えておかねば。

2月某日
 大学入試問題の解説の仕事をはじめる。
 今年も私が「敵」とする某大学の問題、予備校によって解答が違っている。大学は正解を発表しないので、どれが正しいのか本当のところはわからない。大学の社会的責任だと思うのだが、一向に改善されない。
 そんなことをやっているうちに自滅の道をたどるぞ、と思いながら、取り組んでゆく。

2月某日
 久しぶりに外出。
 まずは大学の図書館に行き、選挙の経済学関係の本を借り出す。アンソニー・ダウンズ『民主主義の経済理論』と小田中直樹『ライブ・合理的選択論』の二冊。
 前者は、選挙も含めた基本書らしい。ダウンズモデルとして、後者で紹介されていた。とにかく年次大会までに目を通しておかなければ。
 次に、小石川に出向き、借りた本を返し、また新書などを借り出す。ここでは、マイナスを扱った数学の新書を何冊かと最近の本を何冊か借りる。数学の本では、古い本だけれど遠山啓『数学入門』岩波新書が明快。名著は古くはならないと感じる。新しい本では、蘇我氏を扱った新書二冊。
 小石川では、ベトナムに行ったという生徒からチョコレートをいただく。
 さらに、出版社による。教科書の原稿の戻し。朱をいれたものを持参して、編集者と打ち合わせをする。
 最後に、東京部会に出席。本日は17名参加。年次大会の準備や教材検討など、なかなか面白い議論ができた会だった。詳しくは部会報告で。
 終了後、懇親会まで出席。ちょっとやりすぎた一日だった。

2月某日
 孫の保育園で音楽会があり出かける。
 小さな保育園なので、年齢別に集合時間をずらして実施。言葉を急速に発するようになって、名前を呼ばれて返事をして、好きなものを答えるところまでは成長した。肝心の音楽は、こんなものやってられないやという雰囲気で、鈴を放り投げ、おもちゃのギターをかきならす真似をはじめた。こんな生徒いるよなと苦笑。将来がおそろしい。
 午後は、前日の疲れが出たのか昼寝二時間。
 そのあと、前日に購入した、石川一郎『2020年の入試問題』現代新書を読む。このひと、かえつ有明という高校の校長さん。センターテストの廃止、新テストの導入などを現場の教員から分析紹介した本。内容がちょっと整理されていないが、なかなか面白い。CTBとかCEFRとかIBとか、ローマ字が沢山出てきた。時代が確実に変わってゆくのが理解できる本。某大学は時代遅れだぞ。
 とはいえ、こんなに前のめりに教育を考えていいのかとも思う。ゆれる非常勤講師である。

2月某日
 お雛様を飾りに、息子の家にでかける。
 ママのインフルエンザもなおり、ほっとする。今回は前日音楽会に出た問題児もつれてゆく。孫1(女)が、孫2(男)のおねーさん役になりいろいろ世話をするのが面白い。
 お雛様は娘が生まれた時に贈られてきたもの。親子二代役立つとは結構な話。

2月某日
 経済教育学会の学会誌の原稿を整理する。
 締め切りを過ぎてしまっていて、督促をいただいた。査読論文ではなく論考というかたちで掲載してもらう予定。昨年、学術会議の「参照基準」と高校の経済教育の関連を扱った分科会の報告レポートである。今回はあまり手を入れずに掲載してもらおうと思っている。乞うご期待。

2月某日
 4年に一度のうるう日。
 天気予報がはずれ、午前はあめ、午後は上がるが寒い日となる。この頃天気予報があたらない。わが妻はデータを取るたびに怒っている。怒ったってしょうがないだろうと言っても、言わなければおさまらないそうだ。「責任者出てこい」の気持ちなんだろう。
 夕方から、若手の先生たちと情報交換会。大半の時間を私がしゃべってしまった。年寄りはだから嫌なんだよねと自戒。
 2月も本日で終了。どうしてこんなに早くすぎるのだろう。



出戻り非常勤日記 31 投稿者:新井 明 投稿日:2016/02/17(Wed) 18:07 No.823

2月某日
 NHKで通信高校講座の録音。
 状況変化に対応して新しく録音が必要になった内容のため。テーマは「エネルギーと環境」。
 NHKに通うのも、多分今回が最後になるだろう。同じことは昨年もこの欄に書いている。変化対応は「政治・経済」の宿命なので出戻りの再登場であったが、さすがに次はないだろう。
 この先何が起こるかわからないという点では、これまで社会科の教員として常識だったことが変わる可能性だってある。教科書もそれに伴い変わる。そんな過渡期に今あるということかもしれないと思ったりする。

2月某日
 ちょっと遠くの図書館の本館まで、散歩もかねてでかける。
 新刊のコーナーにあった、柄谷行人の著作集と内向の世代の初期作品集を借りてくる。柄谷行人は今は国家論や社会論を語っているが、これは初期の文芸評論。ずっと昔に一度読んだ記憶はあるが、手に取ってみて発表当時の時代の雰囲気を思い出した。柄谷自身は、もう文芸評論をやらないが、原点は初期著作にアリとも感じる。
 もう一冊の「内向の世代の初期作品アンソロジー」は文庫本。買ったら1800円もする。阿部昭や古井由吉などの初期の小説が収められている。これも、その時代を感じさせる本だった。阿部昭と編者の黒井千次を除くと、その他の作家のものは、発表当時も再読した今も、違和感しか残らない。無理に肌合いが違う作家のものを読むことはないのだと再確認。1800円出して買うことは絶対にないなとケチな感想も。

2月某日
 散歩で、久しぶりに古本屋を覗く。
 チェーン店で大したものはないのだが、時には見てみるのも社会観察。新書の棚から、橘玲と佐藤優の本を見つけ購入。二冊で500円也。普通はこの種の本は図書館から借りるが、線が引っ張れるので買ってもよいかと思う。
 両方とも一年前の新書で、内容的には軽いのだが、結構面白い知見が書かれている。佐藤本では、イギリスの高校用の教科書を下敷きにして勉強法やモノの見方を書いている。種本にしたイギリスの教科書は、小石川で教科用資料図書として購入して読んでいたので、それをどう佐藤が処理するかが見ものだった。橘の本は、現代の投資方法をリバタリアンの彼がどう書いているかの興味からである。
 内容はどちらもへーそうなのというものだが、多作の秘密の一端はわかる。一つは、種本を使うこと、もう一つはそれをもとにどんどんレクチャーやメルマガを書いてゆくことなんだろう。この2冊とも、数年後には1円にもならずごみになるんだろうけれど、20年30年たったら時代の証言の本にはなるかもしれない。

2月某日
 同世代の知人と会う。
 リタイア人間の情報交換である。昼食を食べながら話をしたのだが、ドイツレストランだったので、私は軽くビールも飲む。昼間からアルコールが飲めるのは退職人間の特権。ただし、そんなに飲める方ではないので、これは例外。
 普段は私が聞き役に回ること多かったのだが、今回は私が結構しゃべった。彼は前年、ちょっと体調を崩したこともあり、それで逆転したのかもしれない。体力に自信がある人間でも、意外な落とし穴があるのだろう。でも、回復してこの冬スキーに四度も行ったと言う話を聞いて、やっぱりかなわないなと思う。

2月某日
 気候のせいか、大きな仕事がないせいもあるのか、一日寝てばかり。
 ものぐさこたつと言うけれど、こたつで仕事をしているので、ちょっと退屈したり疲れたりするとごろっと横になってしまう。そうすると眠くなる。そして寝てしまう。
 本日は、朝寝、昼寝、夜寝と三拍子そろったぐーたらであった。

2月某日
 借りた本を返しに小石川に出かける。
 6年生が自宅学習に入り授業がないので、久しぶりの登校である。
 途中、水道橋の駅で『ビッグイッシュー』の販売員のおじさんに会い、購入。おじさんとの付き合い?も結構長い。
 学校では、本を返却して、また本を借りた。こんな形で接点を持つことで、登校のインセンティブをもたないと引きこもりになるかとも思う。
 借りた本では、加藤典洋『村上春樹は、むずかしい』岩波新書、が面白い。村上作品を三期にわけて、初期の個(点)の世界、中期の対(横軸)の世界、後期の父との対峙(縦軸)の世界とした分析に納得。たしかにそうだよなと感じる。また、初期の村上の作品の背後には中国への関心、貧しい人々と小さな隣人への関心、内ゲバの死者への関心があると分析している個所などは、鋭い観察におどろく。
 加藤典洋さんは、『戦後入門』ちくま新書、という分厚い新書で独自の憲法改正案なども出している。文芸評論と社会論を同時に進めている。その意味では、柄谷行人に似ているが、でも微妙に違う。それは何だろうなどとも考える。

2月某日
 選挙に関する本を読み直したり、ネットで情報収集したりする。
 3月の年次大会の授業提案に「選挙の経済学」があり、そのコメントを自分でも考えなければならなくなり、泥縄で取り組み始めたというわけ。
 18歳選挙権付与以来、公民教育では模擬投票がインフレ状態。そのなかで、選挙を経済の観点から取り上げた事例はほとんどなく問題だと感じていたので、乗りかかった船といった感じでやりだしたのだが、これが意外と難しい。
 カプラン『選挙の経済学』、パウンドストーン『選挙のパラドックス』など一般向けの本はあるのだが、前者は、投票者はなぜ間違えた経済政策を選ぶのかを問題にした公共選択論からの本だし、後者は、選挙制度の欠陥、投票システムの問題を扱ったもので、なかなかドンピシャリのモノが無い。
 若者が選挙に行く、主権者としての権利を行使することが得になるような制度設計をどう考えるのかなどの視点から、文献探しも含めてもう少しじっくりしらべてみようとおもう。

2月某日
 異常な温かさ。老人ホームに母を訪問。
 途中町をみると、Tシャツ一枚の若者もいれば、ダウンを着ている老人もいて、千差万別。こんな気温変化には高齢者は即応できないことがよくわかる。
 ホームで母は、いつもの服装。暑くないかと聞いてもこれでよいという。しかたがないので、一枚だけぬがせてそれ以上は任せることにする。年寄りはがんこだ。これが重なると介護人は堪忍袋が破けるかもしれないと思ったりする。
 本日は、本の差し替え、トイレの介助と爪切りをして帰宅。

2月某日
 孫の幼稚園の誕生会に出席。
 孫のママがインフルエンザになり、一日は息子が会社を休み、送り迎えをしたのだが、次の日は出勤しなければならず、だれかが手助けに行かなければいけなくなったと言うのが事情。ちょうど、その日が幼稚園の誕生会で2月生まれの孫は主役なので、保護者がでないとかわいそうという事情も重なり、老夫婦の出番となった。
 朝、息子の家に行き、孫をピックアップして幼稚園に送り、誕生会に出席。2月、3月生まれの合同誕生会だったので、大きなホールで全員参加でやる。幼稚園なのに小学校の学芸会のような雰囲気。年中組の孫は、一番小さくて早生まれはソンという話が当てはまるなと思ったりする。それでも、しっかり自分の名前を言い、歌を歌っていた。
 家では甘えん坊で、わがままなのだが、集団のなかでは精一杯やっているなあと思い、集団教育の効果を見たように思う。息子の時は、少人数自由保育の幼稚園だったので、保護者参加のこんな会はなく、ある意味新鮮でもあった。
 午後にもう一度、孫をピックアップして自宅に送り届けた。一仕事をやった気分になる。これを毎日やっている子育て中の親は大変だ。

2月某日
 もう2月も半分すぎた。この間、株価は下がる、育休取得を叫んでいた国会議員が辞職する、介護職員が逮捕されるなど世の中いろいろな事件が発生している。経済は別として、子育ての大変さ、介護というディーセントワークの難しさなど、自分自身も関連している問題での事件が気になる。
 経済に関しては、マイナスの価格という概念の理解が必要になっていることがわかる。そんな出来事を考えていたら、本日は、教育課程審議会では、新科目「公民」導入の代わりに、「現代社会」の廃止を考えているという報道が入ってきた。予想された流れではあるが、「現代社会」の歴史をしっかり総括しないと「公共」も空中分解(空洞化)する可能性があるなという思いが湧いてくる。そうなった時の公民科の役割、意義はどうなるか。
 これは次の世代の宿題かな。



Re: 出戻り非常勤日記 31 新井 明 - 2016/02/17(Wed) 18:12 No.824

訂正:新科目は「公共」でした。



出戻り非常勤日記 30 投稿者:新井 明 投稿日:2016/02/02(Tue) 13:31 No.822

1月某日
 朝から大雪。
 都内で会合があるので、出かける。電車は動いていたのだが、間引き運転で10分に1本程度しか来ない。10時開始の会議だったので8時前には家をでたのだが、駅のホームに入るのに規制がかかり、まずそこでかなりの時間がかかる。ホームに入ったら、吹きさらしの状態で立錐の余地がない。
 やってきた電車も満員状態で、せいぜい2〜3人が乗れる状態。一度ホームに入ってしまうと、戻ることも難しいという状態になってしまった。
 覚悟を決めて並んでいたら、何本目かに、隣の駅から臨時の始発電車が目の前に到着。やっと乗車できた。この間、約1時間半。会議には遅刻だったが、会場に近い参加者ほど到着が遅くなるという逆転現象が起きていたのが興味深い。一部私鉄では半日くらい混乱が続いたというニュースもあり、雪に弱い東京の弱点が露呈された日だった。
 この日印象的だったこと二つ。一つは、駅での乗客のマナー。とても自然に規制を受け入れ、仕方がないと言う様子でじっと雪の中をまっている。すべての駅でこうではなかっただろうが、ある種民度の高さを感じた。
 もう一つは、都心と郊外の落差。こんなに苦労してでかけたのに、都心に入るとその混乱が全くなかったかのような日常が広がっていた。この落差はなんだろうと考えてしまった。まあ、ビジネス街と住宅街の機能の差なんだろう。長靴もはかずに出かけて正解ではあったけれど、都心は特殊な町だなあとあらためて思う。

1月某日
 上智の講義の最終回。今回は、模擬授業のこり一人とレポート返却などを行う。
 レポート返却では最後のリアペに感想を書かせた。厳しめの評価には、多くは勉強不足だったと反省を書いている。中には納得できないという勇気ある告発をする学生もいたが、主観的に頑張っても、他者を説得できないのはダメだよということで引き取り願う。
 F(落第)をつけた学生を呼び、なぜこうなるのかを話をする。本人たちははじめてこんな指摘を受けたとの言。この種のやりとりを繰り返すことで成長するはずなのだが、いかんせん、それだけのフォローは、物理的にも制度的にもなかなかできない。
 この講義は、来年も継続することになったので、非常勤生活はもうすこし続きそう。

1月某日
 ネットワークの冬の教室に参加。
 また雪になるかという空模様であったが、40名を超す参加者が各地からあつまり、面白い教室となった。
 宮尾先生の講義、金子先生の生徒を巻き込む授業提案など、2時間という短い時間ではもったいない内容だった。
 興味深かったのは、裏切りやフリーライダーがでてくる囚人のディレンマを、協力を大事だとする学校や教室、授業でやることは本当に必要なのかという疑問が出されたところ。理論としてはわかるけれど、それが教育の文脈のなかでどう位置づけられるのか、この点はしっかり考えなければいけないなと思わせる議論だった。
 終了後のご苦労さん会。現役の学生さんも含めて、若手の先生などが集まり、面白いひと時を過ごす。

1月某日
 恒例の老人ホーム訪問。
 着ているものがだんだん古くなり、順番に入れ替えをはじめる。ホームに入所してから5年。外出用のものはほとんど不要になり、室内で生活するための実用的なもの必要度が増してきた。そんな入れ替えや、買い替えが必要になる。
 本日は、カットソーという衣類を持って行ったが、好みの色や新しいものはいやという年寄りのわがままなどもあり、手こずる。だいたい95歳の女性向けの衣類などは探すのが難しいんだといってもなかなか納得しない。人間何歳になっても、自分の欲望にこだわるんだなと思いながら帰宅。

1月某日
 「レインボーニュース」の取材で京都往復。iPS研究所の山中博士のインタビューがあり、その立会いのため。
 晴天だったので、富士山が良く見える。沿線の工場の変化などにも注目。岐阜の安八町にある旧サンヨーの工場が解体されていた。太陽光パネルのちょっとかわった建物(オブジェ?)があり、ランドマークだったのだが時代の変化を感じる。
 新幹線の沿線ではあまり新しい施設ができているという感じはなく、日本の製造業の現状を表わしているかとも思う。
 京都では少し早目についたので、街歩き。地下鉄の丸太町で降り、御所の一本南の通りを京大まで歩く。途中で、京野菜料理店がランチをやっているので、飛び込みで入る。にこみうどん680円也を食すが、なかなかの味。コスパの良さに驚く。これ裏街歩きの利得。
 京大についてもまだ時間があったので、吉田神社まで往復した。節分の準備をしているらしく、ちょうちんに名入れをしたり電気の配線をしたりして神社の雰囲気ではなかったが、そんな騒音のなか、神主さんがひとり祝詞をあげていたのが印象的。京大の正門では、受験生らしい親子連れが写真をとっていた。
 インタビューは一時間弱。なかなか面白い話がきけた。内容は、次回「レインボーニュース」でご覧あれ。
 帰りは、京都駅で購入した駅弁を食しながら帰宅。でも、コップが手に入らなかったので缶ビールを口から飲間ざるを得ず、これはいただけないなと反省。ビールをのむならまずグラスだ。

1月某日
 孫の誕生日。二歳になった。
 プレゼントの絵本をもって夫婦で娘宅を訪問。この孫、甘いものがすきではなく、お誕生日ケーキに見向きもしないで、「おせんべいは?」とのたまう。ということで、ケーキは年寄りと親で食すことになる。おいしいケーキなのにもったいない。
 三つ子の魂があるとすると、この孫どんな大人になるんだろうかとちょっと楽しみ。

1月某日
 雑誌『経済セミナー』が届く。
 『経済セミナー』を置いている本屋を探すのが難しく、アマゾンから購入することにしている。なにしろ郵送料無料だから楽。でも、この楽の背景にあるものを考えると複雑。
 今回の号は、特集が「文学と経済学」。巻頭の大竹先生と又吉さんの対談が面白い。又吉さんの経済学に対する考え方の変化、生活のなかでの違和感や疑問が経済学を知ることで、腑に落ちてゆく事例などが語られてとても興味深い。又吉さんの話を、情報の非対称性や機会費用という概念で説明する大竹先生の話もなかなか納得である。
 経済学に何を期待するかという大竹先生の質問に、貧困と答える又吉さん。世界の貧困問題を解決して、みんなが幸せになる経済学を打ち立てる必要があるなと対談を読んで、改めて思う。
 残念なのは、『経済セミナー』は多分、それほど読者が多くないはず。みんなに読んでもらいたいなと感じる。昨年の夏の教室で、大竹先生に学校教育の効果、逆機能を語ってもらったが、今年は文学と経済教育を語ってもらえるといいなとも感じた。

1月某日
 もう一月もおしまい。早い。一月はゐぬ、といわれるが本当だ。
 妻から片付けろといわれて、処分待ちの本を引っ張り出して読む。今日は、林敏彦先生の『大恐慌のアメリカ』である。この本1988年の本で、林さんが45歳の時の本。まだ、バブルの最中、阪神淡路大震災前の出版。前書きで「この本で描いてみたいのは、激動の時代に懸命に生きたアメリカ人の軌跡」と書いてある通り、いきいきと当時の時代の人間像を描いている。何回目かの読書であるが、これは処分してはいけないなと、あわてて本棚に戻す。
 経済学者も人間や時代を書けないといけないと改めて思う。



出戻り非常勤日記 29 投稿者:新井 明 投稿日:2016/01/16(Sat) 11:39 No.821

1月某日
 元旦である。
 夫婦二人なので、特にめでたくもなし。雑煮も簡単。おせちもほとんど作らずの簡素なモノである。こどもたちは、それぞれの連れ合いのところで越年。それも良しである。
 いつものように、近くの神社に初もうで。本年のおみくじは「吉」。昨年が「中吉」であったから、すこし運勢は落ちつつあるか。でも、おみくじは教訓として読むと面白い。悪くても、それを自覚して生きろということか。もう一つ、運勢を占う。これは易。結果は非公開。ここ数年易に関心があり、最初は『易経』に挑戦しようとしたのだが、これは難しすぎ。そこで、何冊か概説本を読んで時々占う。おみくじよりは当たるというのが実感。
 世の中全体は、今年は大変な年になるかもしれないと思う。これは私の勝手な予想。どうなるかは一年後に総括してみたい。

1月某日
 近くの電気店に朝早くからでかける。バーゲンねらいである。しかし、すでに遅しで残念でしたであった。おみくじの予想が当たってしまった。世の中には同じように考えている人間がいるんだと改めて思う。
 狙っていた商品が買えなかったので、アマゾンで購入。これがバーゲン値段と同じくらいで意外と安い。送料無料なので、ばたばたバーゲンねらいをするよりは合理的か。でも、実際に店に足を運ぶのも世の中の「気」を知るには大切と思う。

1月某日
 本屋に出かけて、孫へのプレゼントの本と新書などを購入。
 孫のプレゼント用は、学習雑誌。これも世の中の動向を見るには勉強になる。男の子用と女の子用の内容になっていて、まったく編集のスタイルが違う。ジェンダーバイアスという点では、しっかり小さなときから路線が決められている感じである。そこからはみ出したら大変だということがよくわかる。
 新書は、『昭和史のかたち』保坂正康、岩波新書。小石川の図書館で借りたのだが、手元に置いておいた方がいいだろうということで購入。この本、昭和史のテーマを図形でとらえようと言う本。複雑な歴史を図形でとらえることで過度の単純化がされてしまうおそれはあるが、これまで昭和史に関する足で歩いた、また、オーラルヒストリーの手法をつかったすぐれたノンフィクションを書いてきた著者の総括的な本ということで、興味深く読む。この本をヒントにして、経済教育でも図形化して教えることはできないかと思いながら、読んでゆく。

1月某日
 一日閑居して、補講プリントとメルマガ原稿を作成。
 補講プリントは、センター直前にやってみようと思い、政治・経済の最後の勉強のためのプリントを作ってみた。いままで、こんなことはやらなかったのだが、非常勤講師というのはその時だけいるだけだから、受験指導などもかゆいところに手が届かない部分がある。それを補うための無駄な努力である。
 メルマガは、授業のヒントにお札の話を入れた。これは、年末にジンバブエが中国の人民元を法貨にしたというニュースから、取り上げてみることにした。お金は、経済の入り口としては入りやすいが、本当に難しい。でも、どこまで深く扱うことができるか、興味深い対象である。

1月某日
 補講のプリントを印刷するために小石川へ。
 補講を予定した日が忙しそうなので、事前にプリントを印刷しようということである。久しぶりに電車に乗り、気持ちが引き締まる。水道橋では、「ビッグ・イッシュー」販売のおじさんと会い、二冊購入。学校はまだ、休み中だったが結構先生方は出勤していた。印刷をして、冬休み前に借りた本を図書館に返却。棚をみたら、新しく入った本があったので、10冊近くまた借りてしまう。6年生の授業はないので、もう出勤はしなくともよいのであるが、本を返しにゆくと言う名目で出かけるのも良しと思ったりする。
 小石川から上智に回り、ここでも図書館で借りた本を返却。事前に調べておいた丸山真男の座談を借りる。この本、地元の図書館にもあるのだが、欠本が何冊かあり、それだったら大学図書館から借りた方が良いと思い、借りることにした。全9冊あるので、さしあたり6冊を借りた。こんなに本を借りて、読む時間があるのかしらと自分でも思うのだが、イモづる式勉強法のくせが抜けず、とにかく目を通そうと思っている。
 なぜ丸山か。昨年読んだ荻生徂徠の自伝小説から、丸山の『日本政治思想史研究』にゆき、丸山の未読のものにと広がってきたというわけ。関連して、福澤諭吉が登場。ディレッタントそのものである。どこかで止めないと本業(経済教育)が吹っ飛んでしまう。

1月某日
 本日は四つのことをやった。
 一番目は、通信高校講座のためのインタビューのために、NHKのスタジオに。新しく収録するために、早稲田の有村俊秀先生のから地球環境問題に関してのお話を伺う。30分近く話を伺ったのだが、使うのは2〜3分。もったいないし、申し訳ないのだが仕方がない。
 それが終了してから、補講のために小石川へ。予想通り少人数であったが、それでも時間を割いて出席してくれた生徒がいたので、ホッとする。3時間ほどかけて全体を見渡してみた。どこまで役立つかは1週間後にわかるはず。
 終了後は、上智へ。本日の講義は、模擬授業。二人の学生さんが公民の模擬授業に挑戦。本当は、全員にやらせたいが、70名近くの登録学生がいるので手をあげた学生にやらせている。今回は倫理の導入部分と中学公民の文化学習の二つ。期せずして両方とも大阪出身の学生で、話し方ややり取りなど関西風で、地域性がでていて面白かった。課題とした最終レポートを回収。これからこれをみて、コメントをつけて最後の講義で返却する。
 講義終了後、学生さんと話をする。教員になりたいという経済学部の学生さん。決意を聞いたり、これからの勉学方法などのアドバイスをする。経済学部の学生の受講者そのものが少なく、免許をとっても民間企業に就職してしまうことが圧倒的なので、少数のこういう学生さんは大切に育てたいと思う。
 四つ仕事をやったが、この種の仕事はあまり疲れない。でも、これは一日だけだからできるのであって、これが毎日だったらとても無理。非常勤生活のメリットである。

1月某日
 一族集合の日。
 まずは、息子夫妻と孫を老人ホームに連れてゆく。前回の訪問がよほど楽しかったのか、ホームの母はひ孫の訪問をとても楽しみにしている。今回も、周りのお年寄りに愛想をふりまいて、「かわいいね」と言ってもらっていた。母も嬉しそうであり、周りのお年寄りも嬉しそうであった。今回も孫よでかしたである。
 一族集合といっても、我が家で昼をみんなで囲むだけである。昨年は、娘の子どもと息子の子どもは、ケーキをとりあったり、椅子を取り合ったりしていたが、今年は、4歳になった上の子がききわけがよくなり、成長を感じる。これは、幼稚園の教育の成果なのか、発達の結果なのかはわからない。でも、成長と教育の関係は観察していると面白い。
 本日私は、アッシーじいなので、アルコールが飲めない。ソーダ水で乾杯。それでも十分満足。

1月某日
 一日レポート採点。
 昨年から、中間レポートを提出させたりしているので、質は平均化している。ことしからAは2割程度とすべしと成績評価が厳しくなったため、それを見越して評価をつける。何枚もレポートを読んでゆくと、うんざりするので、時々、借りてきた本を眺めながら、だらだらやってゆく。
 なぜ、この評価になったのか、わかるようにコメントするのは意外と難しい。それでもオリジナルな教材を開発しようとした意欲作がでてくるとうれしくなる。逆に、通りいっぺんのモノに関しては、厳し目のコメントを入れる。最近の特色であるアクティブラーニング風の授業案が多いのだが、本当にこれで生徒のあたまをアクティブにできるかまで考えられたものが少なく、この点は問題だと感じる。70部ほどを三日をかけて読む。

1月某日
 妻と東京フォーラムにタカラヅカを見にでかける。
 妻は、本当は娘(彼女もファン)と行きたかったのだが、娘の仕事が忙しく、券がもったいないからということで私が代理でひっぱりだされた。
 今回は歌とダンスが中心の舞台。天井桟敷から見ていると、主役以外のまわりの人間がどう動いているかがわかり興味深い。いまは、大柄な役者が多い中で小柄(といっても実際は結構おおきいのだろうが)の役者がしっかり踊っているのをみると、なんだかそれだけで感激してしまう。集団を組織して、それぞれを生かすにはどうすればよいかを考えるにはふさわしい事例だと思いながら、おつきあいをする。代理だが、結構たのしんだ半日だった。

1月某日
 もう一月も半分来てしまった。
 今年は動乱の予兆と年初に予想したが、すでに、北朝鮮の核実験、各地でのテロ事件、株の下落など内外の政治経済の動きは激しい。国内でも、バス事故は痛ましい。規制緩和、過当競争、安全性の無視という負のループの結果のような気がする。規制緩和がプラスになるような施策や制度設計、さらにそれを運営する人間のモラルなど検討しなければいけない事柄は多い。まだまだ楽隠居はできないな。




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出戻り非常勤日記 28 投稿者:新井 明 投稿日:2016/01/01(Fri) 00:46 No.818

12月某日
 先輩と国立ランチ。
 リタイアしてからの恒例になりつつある先輩との交流である。最初は、退職したので時間があるだろうという気楽なところからはじめたのだが、学会発表や研究会での講義の内容などをお互いに検討しながらの会となった。
 今回は、お互い課題はないので気楽なランチである。東洋文庫で入手した17世紀のオランダ東インド会社が使っていた世界地図が印刷されているクリアーファイルと、『レインボーニュース』を先輩に渡す。
 次回は、桜の咲く春にしようということで別れる。

12月某日
 『レインボーニュース』の取材で大手町の三菱地所サイモンという会社を訪問。
 大手町は、40年前社会人としての一歩をはじめた町。再開発が進み、当時の面影はほとんど残っていない。取材先も建て替えられたビルの中にあり、セキュリティの厳格な当世風のビルのなかにあった。昔の大手町は、新聞社や農協ビルなどがあり、丸の内に比べ、ちょっと殺風景な町だったが、違ってしまったなあと思う。
 取材は90分ほど。あらかじめ質問票を送っておいたので、順調。内容は『レインボーニュース』で読んでいただければと思う。

12月某日
 栃木県佐野まで取材。
 三菱地所サイモンが運営するアウトレットモールの実際を見てこようと言う趣旨。新宿から高速バスで2時間かからずに到着。こんなに早いんだというのが感想。
 アウトレットモールは、異空間。アメリカの東海岸の町を模した街並みで、180の店舗がある。イメージは、ディズニーランドに近い。日常品もあるが、ほとんどはブランド品、高級品のアウトレット商品が扱われている。アウトレットに人気がある理由が実際に話を聞いて、歩いてみるとよくわかる。この内容はやはり『レインボーニュース』で。
 取材を終えて、町にでて名物の佐野ラーメンを食す。澄んだ鶏がらスープと太麺が良くあい、名物になる資格ありと思う。

12月某日
 経済教育の仲間と忘年会。
 たんなる飲み会ではなく、経済教育の伝統をいかに伝えてゆくかというまじめな話をしながらの飲み会。たしかに、経済教育の後継者は少ない。世代的に教員の採用が少なかった時代の先生たちであるから、絶対数もわれわれ団塊の人間に比べ圧倒的に少ないのだが、法教育などに比べて、後継者不足は否めない。それをどうしてゆくかを議論する。
 ハーフシリアスというのは、冗談半分と訳されているが、この日の会合は、お酒をのむ楽しみと真面目な議論で、本来の意味でのハーフシリアスだったと思う。伝統継承の課題はこれからも続く。飲み会も続く。

12月某日
 一日、年賀状作りをする。
 私の年賀状は、まだプリントごっこで作っている。携帯電話をもたないのを「売り物」にしているアナログ人間なので、年賀状もアナログでプリントごっこを使い、できるまで作ってやろうと考えている。
 実は、プリントごっこは数年前に製造を中止していて、インクや電球などは市販されていない。昨年、楽天で販売している店を見つけて、買っておいたものがあり、ことしはそれを使える。ただし、来年は分からない。
 年賀状の原板は、手書きにして近況や思いを書くことにしている。それをわが妻は「へだら」という。私は「おことば」という。ことしも、その「へだら」を書いた。
 年賀状ができると、宛名書きと一言書きで一日かかる。それをやって、やっと年末という気分になる。

12月某日
 毎日一冊平均で本を読んでゆく。
 最近読んだ本を並べてみる。佐藤雅美『知の巨人』がある。これは荻生徂徠の伝記。小説だが、当時の雰囲気や徂徠の思想が比較的よくわかる。比較的というのは、そんなにすらすら読める小説ではなかったからである。これは徂徠の問題か、作家の問題か。多分両方なのかもしれない。徂徠を読んだので、本棚から丸山眞男の『日本政治思想史研究』を引っ張り出して、読み始める。また、苅部直『丸山眞男』岩波新書も引っ張り出す。
 柴田透『比較経済学教育の研究』という本も読んだ。
 柴田さんは新潟大学の教育学部で経済学を教えている人。経済教育学会で、この本は賞をうけている。この本をアマゾンで入手した。趣旨は経済学の教育には複数アプローチが必要であり、そのためには比較が必要であるという。ただ、どの論考も趣旨は面白いし、わかるのだが、展開が途中でとまっていて中途半端。丸山と比較してはいけないのだろうが、これでは経済学教育は太刀打ちできないという印象。ちょっと残念。
 デューイ『学校と社会』。これは岩波文庫。本棚にあったのを掃除中に発見。そういえばきちんと読んでいないなということで読みだす。これは100年以上前の本だが、面白い。体験的学習、総合的学習、自由主義の学校の原点はここにあると確認できる。ここにある、論点は100年たっても変わらず残っている。先日のイシューズ中心の経済教育の提案も、デューイ流の問題発見型の学習としてみることもできる。いまさらデューイではないのかもしれないが、温故知新である。

12月某日
 今年も大詰め。
 一年間を総括してみた。
 公的分野では、非常勤生活が延長したことが大きい。小石川に特任講師で出講することで現場の感覚を維持できた。同時に『レインボーニュース』の編集に参画したことも大きかった。取材でいろいろなところを回ったり、授業を見学したり、とにかく活動範囲が広がった。ネットワークのお手伝いも、部会の出席、夏の教室、メルマガの編集と継続してできた。
 私的には、育じいがはじまったことである。娘の職場復帰、孫の保育園入園。それをバックアップする老人という構図である。母のケアは、老人ホームにお任せだが、それでも数えたら、年間69回ホーム、病院に足を運んだ。保育園と老人ホーム。現代日本の二つの問題を身を以て体験したという感じである。
 すでに前期高齢者になった身であるが、もうすこし非常勤生活を続けられたらとも思っている。その意味で、無事に年越しが出来そうで有難い。



出戻り非常勤日記 27 投稿者:新井 明 投稿日:2015/12/20(Sun) 18:37 No.817

12月某日
 都内で午前中に会議があり出席。
 昼食に、日本橋たいめいけんのラーメンを食す。ここのラーメン、最近の家系のラーメンと違い、東京風の古典的な味を残している。むかし食べた時に、大変感心したので時々、といっても数年に一度であるが、食べてきた。どんな食べ物でも限界効用が逓減するので、こんな味だったかと思うのだが、間がかなり空いたので、今回もおいしくいただく。ラーメンに名物のキャベツ(50円也)をつける。まあ許せる値段だ。
 帰りに、丸善による。大型書店は、本が多すぎて目がくらくらする。経済の本は買わず、今回は、『ガリバー旅行記』(中野良夫訳、新潮文庫)にする。ロビンソンクルーソーは経済に多く出てくるが、ガリバーは、経済に関しての記述はほとんどなく、人間性や当時の政治批判の文脈で取り上げられることが多い。有名な割には、しっかり読むことがなかったこともあり、再読の為に購入。一読三嘆となるか。

12月某日
 授業の見学に川崎にでかける。
 川崎と言っても東西に長く、今回は多摩川沿いの一番奥の方の中学である。授業は、ケーザイの三つのトビラを使った中三公民の授業。しっかり生徒を参加させ、かつ思考させているのに感心。その内容は、次回の『レインボーニュースに』掲載予定。おたのしみに。
 授業が先生方の研修会の一環でもあったので、終了後、そちらに合流。最近の研修は、KJ法の簡単な手法で、グループ討議と発表と言うスタイルになっているのに、これも新鮮な気分を味わう。
 惜しむらくは、企業の授業の最後のおとしどころをどこに置くかの焦点化やそれをめぐる論議が深まらなかったところ。これを突破する役割は、ネットワークの課題であると感じる。

12月某日
 小石川今学期最後の授業。
 6年生は、1月からは自宅学習になるので、実質的には本年度の最後の授業となる。答案を返却し、センターテスト対策の最後のポイントなどを語る。
 あとは、成績処理。これで終了であるが、センター前に補講をやって直前の発破をかけようと考えている。また、小論文を見ている生徒もいるので、まだご縁は続きそう。

12月某日
 休日なのだが、都内某所で一日会議。
 缶詰でいろいろな作業や討議を行う。こんなロートルにもまだお役があるのは有難いことかもしれない。休日の官庁街は、閑散。そんな街を帽子をかぶり、マスクをしてバッグを背負って歩く。ちょっと何かに疑われるようなヤバイ風体のおっさんである。
 警官に誰何されなくてよかった。

12月某日
 NHKの通信教育講座の番組に使うためのインタビューにでかける。
 テーマは労働問題。相手は、安藤至大先生である。場所は安藤先生の研究室。夏の教室でお世話になったので、私の方は緊張せずに済んだ。安藤先生は質問事項に20分近く明快に回答してくれたのだが、使うのはせいぜい2〜3分なので、申し訳ない気分でもある。
 放送は、1月下旬の予定。それまでに、インタビューを踏まえて、原稿を書きなおして、収録にのぞまなければ。

12月某日
 ネットワークの東京部会に出席。
 今回は、宮尾先生が参加され、二つの報告をされた。後半の「シェリング・エコノミー」は興味深かった。日本でも、新聞などをよく見ると「民泊」や「カー・シェアリング」という言葉が随分取り上げられているんだと改めて感じる。それだけでなく、参加されていた院生さんは、学会参加の時に仙台でそれを使ってきわめて安く宿泊できたと、あとで教えてくれた。しらぬはおじさん(じいさん)ばかりなり、なのかもしれない。
 終了後、懇親会。午前様にならずに帰りつく。

12月某日
 アマゾンで、1000円也で19世紀末のアメリカの経済教科書を購入。
 アメリカの経済教科書を推薦する約束があり、いろいろネット検索をしていたら、INSTITUTES OF ECONOMICSという本が目につく。この本、上智の図書館に古いものがあって借りたことがあったんじゃないかと思い出した。復刻版でそれも1000円なら安いもの。それに送料無料だし、ということでクリックして購入してしまった。まさに今どきの買い物。
 アメリカは結構リプリントが発達していて、ずーと昔の大学院生の時には、丸善や紀伊国屋、あとは大学出入りの古本屋などからかなりの金額と時間をかけて購入したこともある。この本も、著作権切れの古典をリプリントしたもので、1897年ボストン刊となっている。
 100年以上昔の本を読む、いや眺めるのも年寄りの趣味としては良い時間つぶしになるか。

12月某日
 アメリカFRBの政策金利の値上げに対応して、日銀が量的質的緩和の補完政策発表。
 いよいよ、出口戦略を探す時期となったということなんだろう。日銀の対応に関しては日経平均は一日で800円近く乱高下するという反応。週明けの動向が注目される。ここまでは、ニュース風。
 日銀に関して、気になるというか、釈然としないのは、二年間で2%の物価上昇が無ければ責任を取りますといった某エコノミストの発言。コミットメントという言葉を使えば、このコミットメントはどうなっているのだろうか。こんな感想をいだくのは、大人になっていない証拠なのかな。




「シェアリング・エコノミー」を経済学で考える 投稿者:TM 投稿日:2015/12/14(Mon) 15:22 No.816

「シェアリング・エコノミー」を経済学で考える

このところ日本でも、個人が自分の家の部屋などを旅行者に貸し出す「民泊」が話題になっていますが、欧米ではもうここ5〜6年このような動きが広がっており、現在は発展途上国も含む世界各国に拡大しています。
実際に、この分野のサービスを仲介する米国の大手ベンチャーである「エア・ビー&ビー」(Airbnb)は、世界中190か国、3万4000都市でサービスを提供しており、これまで延べ6000万人がこのサービスを利用して宿泊したと言われています。
実は日本でもこのようなサービスが「深く静かに」進行していたのですが、このところの海外旅行客の急増と宿泊施設の不足を背景に、政府が国家戦略特区方式を採用し、また自治体は「民泊条例」を作って、少しずつ現実を追認し始めている一方で、ホテルや旅館による強い反対があり、また民泊に伴う騒音やゴミの問題などが発生しているようにマスコミが報じていることはご存知の通りです。
それでは、このような動きを個人対個人の貸借を中心とする「シェアリング・エコノミー」として幅広くとらえた場合に(海外では自家用車によるシェアライドなどのサービスも一般化しています)、どのような経済学的な分析ができ、またその課題はなにかを、以下箇条書き的に概観してみることにします。

I. シェアリング・エコノミー(共有型経済)の定義:
「典型的には個人が保有する遊休資産(スキルのような無形のものも含む)の貸出しを仲介するサービスであり、貸主は遊休資産の活用による収入、借主は所有することなく利用ができるというメリットがある。貸借が成立するためには信頼関係の担保が必要であるが、そのためにソーシャルメディアの特性である情報交換に基づく緩やかなコミュニティの機能を活用することができる」(平成27年版「情報通信白書」)

II. 米国での急拡大の背景:
2004年よりFacebook等のSNS普及、2007年よりiPhoneスマホの普及、
2008年8月よりエア・ビー&ビー(民泊)、2009年3月よりウーバー(ライドシェア)、
2008年リーマンショック以降、正規雇用の抑制とパート・副業・シェアリングの拡大

III. 特徴:
代表的なシェアリング・プラットフォーム・サイトの確立(エア・ビー&ビー、ウーバー)
貸借サービスのオープン化・自動化(ウーバー:配車、ルート、支払等の自動化)
貸手・借手の相互評価と公開:安全・効率性確保、業界(ホテル・タクシー)保護不要

IV. 経済学的な意味

1.市場効率化のプラス側面
(1A)取引費用の削減
リアルタイムでのオンディマンド型の需給調整、所有と賃貸の最適な組み合わせ
(1B)情報非対称性の縮小
貸手・借手の相互評価とソーシャルメディアでの公開
(1C)個人の収入源の拡大と多様化
個人の職業機会増大と時間の有効利用

2.市場の失敗のマイナス側面
(2A)負の近隣効果の発生
住宅地区での業務サービス提供による騒音、混雑、ゴミ問題等
(2B)規制の差によるモラルハザード
業務用必要な安全性や質の保証などの規制の骨抜き(ただし過剰規制は是正も)

3.所得分配上のプラスとマイナス面
(3A)プラス面:低所得者や失業者の副業・雇用創出
(3B)マイナス面:既存産業の正規雇用縮小とパート・副業・低所得層の拡大

V. 日本での課題:
・実名ソーシャルメディア普及の遅れによる情報の非対称性と質の保証等の問題
・消費者の享受するプラス面よりもマイナス面の強調と既存の業界保護の優先
・所得分配に与えるプラスとマイナスの面についての実証的・規範的議論の必要性

(宮尾)

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