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出戻り非常勤日記 26 投稿者:新井 明 投稿日:2015/12/08(Tue) 12:56 No.815

12月某日
 12月になった。師走だが、もう半分「師」ではなくなっているので、走らないでも済みそうなのだが、今年は予想外の展開があり、走らなければいけない12月になりそうである。
 アイヒマン裁判を紹介した上智の授業に触発されて、小坂井敏晶『社会心理学講義』筑摩書房などを読み散らす。小坂井さんは『責任という虚構』で非常に感心したのだが、日本ではあまり注目を浴びないのだろう。この本も13年にでた初版のままのようだ。たしかに、人間の主体性なんかないという結論は、私たちの神経を逆なでする部分がある。しかし、それも大事な視点であることを認めなければと思いつつ読みすすめる。

12月某日
 社会心理学から行動経済学に芋づる式に読書範囲が広がってきた。
 カーネマンの『ファスト&スロー』を読み直したり、『自滅する選択』などをひっくり返す。行動経済学を大胆にまとめてゆくと、注目すべきはプロスペクト理論、双極割引の二つかななどと思ったりする。カーネマンの本は、物語的であり、研究内容をすべてぶちこんでいるので、教科書的に整理したものが欲しいなと感じる。大垣・田中『行動経済学』が教科書を目指しているが、ちょっと難しい。もっとたくさんの教科書がでてきて行動経済学の市民権が確立してゆくのだろう。

12月某日
 小石川での授業。本日は二学期のテストを行う。
 今回は、センター試験関連の知識問題と、今回は戦後日本史もしくは世界史を指定された単語15を使って、600字程度でまとめさせる論述とした。ほとんどの生徒が、二次試験で日本史か世界史で受験するので、大きく時代の流れを頭のなかに入れておくには丁度よいと考えたからだ。
 帰宅後採点。21名(1名欠席)だったので、ちょっと根を詰めてその日のうちに終了。問題の予告はしてあったので、みんなそれなりに準備はしてきていたが、やはり勉強の差がでてくる。ちなみに、論述は60点配当。用語を間違えなく文脈のなかで使っていたら1個3点。ダメな場合は1点。全部できると45点分。あとの15点は、5点刻みで全体の構成で加点というアバウトなもの。適当なのだが、意外と生徒の力を見ることができるのではというのが採点後の感想。

12月某日
 上智の講義。今回は、政治や法に関するテーマ。
 二つシミュレーションをやらせる。一つは模擬投票、もう一つは模擬裁判。模擬投票は18歳選挙権で注目されている方法。模擬裁判は「殺おおかみ事件」(三匹のこぶた)である。これをリアペの検討や記入を含め90分でやる。ちょっと入れ込み過ぎだが、まあこのくらいの情報量の流すのも必要かと思ったりしている。終了後、次回からの模擬授業の担当者を集めて、事前のレクチャーをする。

12月某日
 あまりに経済学の本を読んでいないので、本屋に出向き何かを仕入れようとおもったのだが、食指が湧かない。
 文庫本の新刊のところに、猪木武徳先生の『自由と秩序』中公文庫、があったので購入。この本、ソフトカバーの時代に買いそびれていたのだが、丁度いいチャンスなので早速読み始める。15年ほど前に書かれたものなのだが、ほとんど古びていない。というより、今しっかり読んでおくべき本という印象を受ける。碩学の本の力かと思う。内容的にはその通りだと思わせる部分が圧倒的だった。
 ただ、一か所これはと思った箇所がある。「高等教育と経済学」というエッセイのなかのもう一つの教科書問題という箇所である。ここで、日本の教科書の薄さの問題、教科書協会が公取委から独禁法違反で排除勧告をうけた事例をあげて、悲しい事態だと書かれている。でも、これは教科書の定価が決められていることから起こるのであり、その指摘がない。うーん、教科書の薄さが問題だとすると、教科書の価格問題まで視野に入れて論じてほしかったなというのが正直なところ。碩学にも盲点アリということか。
 それにしても、こまかいところが気になるのは困ったものだ。

12月某日
 締切の原稿があり、休日(毎日が日曜日なのだが、やはり土日は休日)なのに机(いやこたつ)上のPCに向かってパシャパシャやっている。行動経済学でいえば、宿題をいつやりますかという問題である。私の答えは、直前までやらない。それまであそんでいるわけではなく、グダグダ考えている。いろいろな文献を読み散らしている。でも、追い詰められてエイヤッという気持ちにならないと動かない。でも、やりだすと結構スムーズと思っているのは、単なる錯覚かもしれない。
 合間をぬって、老人ホームへ。9月の入院以来、逆に元気になっている。下手をするとこれでは100歳まで生きるか。本人は「もう十分」と会うたびに言っているが、本音はどこなのだろうか。



出戻り非常勤日記 25 投稿者:新井 明 投稿日:2015/11/22(Sun) 17:03 No.814

11月某日
 かかりつけの内科に行く。
 ぜんそくを治してもらった縁で、もう10年近く世話になっている医者である。ただし、最近の医者らしく、PCの画面をみながら「調子はどうですか?」、私「特に異常はありません」、医者「じゃあ、いつものくすりを出しておきましょう」。この間、1分ほど。よく3分治療というがそれより短い。それで、1450円也を支払う。医療費の壮大な無駄なのか、健康維持のための必要経費なのか、考えてしまう。以前はひと月に一度来いと言っていたのだが、保険の切り替えの時に、「二か月分の処方箋を出してください」と要求したら、しぶしぶ了解して、それいらい二月に一度となった。ささやかな抵抗である。
 とはいえ、このプロセスの結果なのか、私のぜんそくは時々咳が出る程度(薬ですぐおさえられる)、血圧は120〜130前後で安定している。

11月某日
 小石川へ。
 6年生向けの選択講座なので、受講生はセンター対策で受けている。それでも、政治分野に入って、模擬投票をしたり(彼ら、彼女らは18歳選挙権のトップバッター)、日本のパワーエリートはだれなのかを考えさせたり、大学への接続を考えながら授業を進めている。本日は、戦後世界政治史。70年分の歴史を45分で語る。これだけ圧縮されると、何が重要か考えなければならないので、逆に構造的に世界をみようと私自身が考えてしまう。結論、21世紀になってから、間違いなく世界は新しい段階になった。もう冷戦は歴史であり、新しい流動化の段階がはじまっている。その出発点は9・11テロかな。
 生徒は、あまりにも話がコンパクトすぎて、自分で考える暇がなさそう。でも、受験勉強は教養をつけるための最強の機会であることがわかってもらえると出講している意味があると勝手に思っているのだが。

11月某日
 国立高校時代の担任だったクラスの保護者の集まりに出かける。
 国高は三年間クラス替えなしの持ち上がりシステムだったこともあり、生徒以上に保護者との関係が深くなる。今回のあつまりは二度目の担任の親たち。子どもたちは30歳になる。結婚して子供がいる生徒もでていて、その活動ぶりの様子を聞くのも楽しい。
 ただ集まるだけではもったいないということで、本日は、東洋文庫でしいれた16世紀の世界地図のクリアーファイルと「レインボーニュース」を持参。東インド会社の話や、「レインボーニュース」の取材でたちあったエピソードなどを話す。教師は、100まで踊り忘れずである。
 帰宅後、パリでテロ事件発生の報道に接する。

11月某日
 のどが痛くなり、風邪をひいたらしい。熱はない。
 先週は、仙台にいったり、そのあと会合が続いて、私としてはオーバーワークだったことが原因だろう。このごろあまり風邪をひかないので、ちょっと油断をしたのかもしれない。ホームに母を訪問したあと、昼寝。夜は早めに寝ることにする。

11月某日
 パリの事件は、先に書いた、新たな段階の象徴的事件なのかもしれない。

11月某日
 上智の授業。アイヒマン裁判を扱う。私の「おはこ」の授業の一つ。今年は、ジンバルドーの『ルシファー・イフェクト』を読んでいたので、少し違った話ができたかもしれない。ジンバルドーは、ハンナ・アーレントの「悪の陳腐さ」に対して、「善の陳腐さ」もありうると同書で言っている。そんなヒントを出しながら、アイヒマンは有罪か否かをリアペで書かせる。どんな内容がでてくるか、楽しみである。
 授業準備で、ゾルゲ事件関連の本を引っ張り出したり、アーレントを読み直したり、研究者ではないので、新しい知見などは出てくるわけではないのだが、すこしづつ内容が深まっているのかとも思うが、それは聞いている学生諸君が判断してくれるであろう。

11月某日
 風邪も回復。妻と高尾山に紅葉狩りにでかける。
 本当は、もう少し前に出かける予定だったのだが、体調や気候もあり、延び延びになっていた。妻はこんなに近くても私は行ったことが無いと非難めいた口調で言う。私の方は、生徒の遠足で高尾山はおなじみだったが、最近はご無沙汰。
 テレビでも紹介されているし、土曜日なので、相当の人出があることを予想。それでも行こうとなったため、朝7時には自宅をでる。電車を乗り継ぐと1時間弱でケーブルカーの駅に到着する。予想通りケーブルカー駅前は沢山の人。でも、7分刻みでピストン輸送をしているために二度見送っただけで乗車できる。山頂駅から、薬王院(真言宗)を経て、山頂へ。久しぶりの晴天で、スカイツリーも、富士山も見えた。
 山頂滞在10分でひきかえす。下山すると、ケーブルカーの待ち人がびっくりするくらい長蛇の列なので、早起きは三文の得を実感。名物のそばではなく、スパゲッティをふもとで食し、帰宅。おみやげは、酒饅頭二つのみ。
 帰宅後、昼寝。さすがに疲れた。でも、その気になれば、観光気分になれるちょっとした散歩であった。
 今回の日記を読み直して、経済の本が全く登場しない。私は経済がきらいなんだろうか。



出戻り非常勤日記 24 投稿者:新井 明 投稿日:2015/11/13(Fri) 12:25 No.813

11月某日
 カズオイシグロ『忘れられた巨人』読了。
アーサー王伝説を下敷きにしたファンタジー小説。最初は、なぜこんな話を書くのかの理由が分からなかったが、著者のインタビューを読んでその謎が氷解。謎が分かると、現代的なシリアスな小説であることが分かる。キーワードは記憶。その記憶が沈潜していても、何かの切っ掛けで噴出しはじめる。作者は、9・11テロ、旧ユーゴの内戦がモチーフと言っている。その点では、村上春樹よりヨーロッパの人たちにはストレート届く作品になっているかな、などと思う。

11月某日
 息子一家と老人ホーム訪問。
 ホームの母から見るとひ孫であるわが孫が今回も活躍。母本人もとても楽しそうで、なんとひ孫と一緒に歌など歌い出した。また、まわりの老人たちもことのほか喜んだ。孫よ、でかした。

11月某日
 岐阜の知人より柿が送られてくる。
 先日の日記でも登場した名古屋であった先輩である。立派な柿でびっくり。その柿は、知人の職場の同僚が、農家に婿入りをして農民になり、そこで修業の末につくりあげたものだとのこと。柿は剪定が大事だそうで、近所の老人に「この頃やっと様になってきた」と言われるようになったとのエピソードが添えてあった。
 娘などにもおすそわけをして、有難くいただく。おいしい柿だった。

11月某日
 メールトラブル発生。
 夜、送信しようとしたら、できない。翌朝もダメ。あれこれやってみるがダメ。ケータイ電話を持たないでもなんとか生きて行けるが、メールがだめになると、仕事に差し支えが出る。ちょっと焦る。
 仕方がないので、プロバイダーに電話。かなり待たされたが、親切にアドバイスをしてくれて、解決した。原因は、古い設定をそのままにしていたことらしい。パソコンだけでなく、現代のIT機器は、ちょっとしたことでもご機嫌が悪くなる。便利な世の中は、恐ろしい世の中でもある。
 結局、ばたばた半日かかってしまう。

11月某日
 大学の講義で、「いのちの値段」について話をする。
 「あなたのいのちの値段はいくら?」というアンケートの結果と、その質問の背景となる問題を例年取り上げている。例年、プライスレスが多いのだが、今年の受講生は、半数近くがその回答をした。まじめなんだ、素直なんだと思いつつ、もうすこし、この種の「あぶない」質問の意図を読み取る学生がいてもいいかななどと思ったりする。
 講義で、プライスレスなのだが、値段はついてしまう、ついているという話をしてゆく。多くの事例を紹介してゆくと教室に緊張感が走るのがわかる。経済と倫理の関係に関して、こんな切り口から深めてゆくこともできるという例である。ちなみに、「お前らは一銭五厘だ」というのはお分かりになりますよね。

11月某日
 社会科教育学会に出るために仙台に向かう。
 このところ、日帰りでの参加が多くなっている。昨年は静岡で滞在時間半日であった。
 今年も朝4時半起床。6時半過ぎの新幹線で仙台へ。8時、雨の仙台到着。バスで会場へ。自由研究6本の最後なので、自分の発表前に5本ほど発表を聞き、いよいよ本番。今回は20分で大体話し切る。質問3人。みんな顔なじみ。
 12時終了。そのままバスに乗り仙台駅に戻る。13時、知人と会い、食事をとりながら歓談。16時半、仙台発の新幹線に乗り、今度は逆のルートをたどり自宅到着19時半。家人曰く「あら、早いのね」。
 30分のために、一日を使うが、これも「趣味」。発表は、中学生の経済理解に関する調査。ちょっとショックな結果もでていて、東京部会で報告するつもり。

11月某日
 大学生に課した中間レポートを読む。
 いままでは、出席とレポートで採点していたが、授業案のレポートの質が下がってきているので、中間レポートを課して取り組ませる手順を昨年からはじめた。手をいれれば、たしかに水準はあがるが、こんなことができるのも非常勤講師で1コマを担当しているだけだからだと思う。
 この頃の学生さんの授業案の特徴は、活動型授業が多いこと。ただし、その空洞化が早くも進行している。話し合い、共有化、主体的な授業などの言葉が氾濫。でも、内容がない。もしくは手順だけを書いた授業案すらでてくる。うーん、困った傾向だと思いながら、「課題多し」のコメントを書き入れる。

11月某日
 久しぶりに神保町まで足を延ばす。
 岩波のブックセンターで、普通の本屋では手に入らない岩波文庫本を二冊買う。ついでに他の棚をみていたら、新聞の書評にのっていた『ルシファー・イフェクト』が目に飛び込む。700頁ちかい本なのでちょっと躊躇したが、購入する。
 この本の著者のジンバルドーは、スタンフォード実験と言う有名な(悪名高い?)実験をやった心理学者である。高校の授業でアイヒマンを取り上げる時に、この実験を下敷きにした映画『エス』を使う。その意味からも、スタンフォード実験を紹介したこの本は読むべしとなったわけである。
 大部だが、スラスラ読める。ただし、内容はそんなに楽しいものではない。サブタイトル「普通の人が悪魔になる時」の「普通の人」は私なんだろうなと思いながら、読み込んでゆく。大学の講義では、これから倫理分野の話になるので、この本も紹介してゆこう。




出戻り非常勤日記 23 投稿者:新井 明 投稿日:2015/11/03(Tue) 18:17 No.812

10月某日
 小石川は中間考査。非常勤講師は授業の無い日は自宅研修ということで、出勤をしなくともよいことになっている。一日閑居して原稿書きなど。
 途中で飽きたので、近所の小金井公園に散歩に出かける。歩いて15分ほどで着くのだが、普段はなかなか足を延ばさない。平日なので閑散としていて気分は良好。往復30分。早足で歩く。せっかくの好い環境があるのだから、これを毎日続ければ健康間違いなしなのだが、それがなかなかできない。ダメ人間たるゆえんである。

10月某日
 高松から知人が上京。四ツ谷で会うことに。昼食を食べながら情報交換をと考えていたのだが、普段はすいているはずのレストランが予約がはいっていたため、良い席がとれず、別の店でとなった。食後お茶でもと思ったら、これが昼食時にぶつかり、なかなか思うような店がない。やっと適当な店があったと思ったら、禁煙ではなく、これも退散。
 四ツ谷から番町のお屋敷街をとおって結局、半蔵門まであるいてやっとホテルのカフェで話ができた。しかし、ケガの巧妙で、番町の町を散策することができ、良い東京見学になった。
 このあたりは、いたるところに旧跡があり、小さなビルの入り口でプレートを見ていたら、掃除のおばさんと目があい、話を交わす。昔はお屋敷が一杯あったが、今はマンションばかりになっちゃったね、とおばさん。どんな人が住んでいるんですか?と私。結構な金持ちか、単身赴任の男の人もいるよ、とおばさん。へー、家賃高いのに豪勢ですねと私。人とかかわらなくていいから好む人もいるみたいよ。エレベータでも挨拶しないし、そっぽ向いているものね、とおばさん。
 こんな会話を交わした。街歩きの面白さかもしれない。

10月某日
 保育園に行っている娘の子の運動会があり、近所の小学校に見学に出かける。息子の子どもの幼稚園は大規模でびっくりの出来であったが、こちらは総勢51人のこじんまりしたもの。それでもかけっこや組体操などもあり、好天の半日を楽しんだ。
 2歳児クラスの孫は、勝手で、衣装を着るのをいやがり、ブランコなどにのりたがり大変。こんな子供を毎日世話をしてくれる保母の先生たちに感謝である。

10月某日
 教科書の編集会議に出かける。
 教科書の批判は簡単だが、制約のなかで情報を書き入れるのはやはり大変。さらに分担執筆なので、トーンや書き込み方を統一整理するのも大変。しっかりした内容、正確な記述の教科書は売れないという私のテーゼから言えば、良い教科書作りは逆説に満ちている。そこを何とかクリアしたいと思ってきたが、今回はどうだろう。あの教科書は良い教科書だったねと言われるものを残したいと思う。

10月某日
 北海道の菅原先生から、新著『使えるミクロ経済学』を寄贈される。ベストセラーになった一昨年の『高校生からわかるマクロ・ミクロ経済学』、昨年の『使えるマクロ経済学』に続く三冊目の一般書。現役高校教師でこの生産性は驚異的。日頃の研鑽の成果と思う。
 今回は、ミクロ経済学、ゲーム理論、行動経済学の三つの理論で社会を読み解くことを目指している。教員の経済学の理解に役立ちそうだ。メルマガにも紹介することにする。

10月某日
 アマゾンで経済セミナー別冊を注文。いままでは、学校出入りの本屋さんに届けてもらっていたのだが、非常勤になってそれができなくなった。ところが、この種の専門雑誌はかなりしっかりした本屋さんにゆかなければ手に入らない。
 水道橋を使うので、一歩足を延ばせば神保町なのだが、その一駅往復がなかなかできない。適当な本屋さんがない。仕方がないのでアマゾンでということになる。送料無料なので定価で手に入るので問題はないが、びっくりするほどの大きな箱に雑誌がそこにへばりつくように入っているのを見ると、もったいないと思ったりする。
 手に入れた「これからの経済学」を読んで、ちょっとくらくらした。61人が61人流に百家争鳴をしている感じである。学問なんてそれでいいのだろうけれど、教育という観点になるとそのギャップにめまいを感じる。まあ自分なりに考え、結論を出すことだろうと改めて思う。

11月某日
 もう11月になってしまった。
 本日は雨模様。寒い。朝は10度。昼も気温が上がらず15度程度。45分の授業のために本日も出かける。それでも行く場所があることは有難いことだ。
 学校に着くと、外は寒いのだが校内は結構熱気がある。若い生徒が集まっている場所はエネルギーが違う。そのエネルギーに対抗するには教員も体力、気力、そしてなにより知力が必要だと思わされる。
 借りた本を返し、今日は小説を借りてくる。カズオイシグロ『忘れられた巨人』。ひさしぶりの小説。楽しみだ。



出戻り非常勤日記 22 投稿者:新井 明 投稿日:2015/10/19(Mon) 11:54 No.810

10月某日
 妻の風邪が治らない。本日は、熱が下がらず、家事は私がやることになる。家事と言っても簡単な食事つくり。今は、スーパーにゆけばお惣菜は売っているので、それをベースに味噌汁や一品手作りのものをつくるとそれで何とか夕食になる。
 上野千鶴子に『おとこおひとりさま』という本があり、それを読んだことがある。いずれはそういうこともありうるということを前提に、いまからすこしずつ家事が自分でできるようにこころがけなければと殊勝なことを考える。

10月某日
 久しぶりの晴天。そのかわり朝晩は寒い。妻に命じられて、庭の草むしりをする。雑草なんか今に枯れるからいいじゃないかと言ったら、そんなものではないと一喝される。
 草むしりのような作業ははじめると面白い。今度は、逆に、そんなに張り切らなくともよいと忠告される。縁石が見えるだけでも良いのだとアドバイスをされ、そうしたら確かに全部をきれいにしなくとも何とかみられるようになった。生活力のない元教師はだめなものだ。

10月某日
 小石川に出勤。本日は午後3時間。少し早目にでかけて学校の図書館へ。新書の新しいのが入ってますよという司書のかたの情報で早速9冊ほど借りる。今は新書が軽くなり、お金をだして所蔵したいものは少なくなっている。だから、図書館は有難い。
 借りた中では、高橋源一郎『ぼくらの民主主義なんだぜ』、堤未果『沈みゆく大国アメリカ』などがまあ面白い方。これもジャーナリスティックな興味からであり、じっくりしっかりという時代ではないことが良くわかる。ほかは駄本。
 授業終了後、ネットワークの東京部会に出席。久しぶりに宮尾先生とお目にかかる。報告、質疑と良い部会だった。

10月某日
 上智の講義へ。ここでも図書館により、本を借りる。ウエイツキンというチェスの名人の書いた『習得への情熱』が面白い。映画『ボビー・フィッシャーを探して』(未見)の主人公が、今度は太極拳へとシフトしてその格闘技である推手に挑戦する話である。全く私とは違うトップの世界の話だが、身体論、学習論として参考になることが多い。こんな本は高校の図書館にはなかなか入らない。もう一冊は、中国の研究者が書いた『日本の右翼』という本。戦前から現代まで右翼思想とその担い手に関して、よく研究しているのに驚く。訳者も中国考証史学の伝統ではと書いているが、文献をもとにしているのだろうが、感心する。現代では、作る会の教科書をめぐる記述が、外からはこう見えるんだと言うことであらためて整理ができた。
 授業は、青年期。リアペを読むと、悩みや迷いながら、それを前向きに受け止めているきわめて健全、めぐまれた学生たちなんだということがよくわかる。

10月某日
 娘の風邪が治らず、孫と一日我が家に避難。亭主が友人の結婚式に出ると言うので、子どもがいるとゆっくり昼寝もできないだろうという親こころ、いや過保護な年寄りの行動である。昼食を食べたら、娘も孫と一緒に3時間以上寝ることができて、すこしは休まっただろう。孫には、「ママは、イタイイタイなんだ」と言い聞かせたら、あまりダダもこねない。愛いやつだ。

10月某日
 老人ホームの母訪問。退院後、おどろくほどの回復。それでもおなかの調子が悪いということで、行っている間にトイレの介助3回。毎日ではないので、この種の介助も淡々とできるが、これが在宅介護だったらと思うと、こんな程度で大変だと言ってはいけないと思う。

10月某日
 息子の子供の運動会にゆく。今年は、年中さん。昨年、幼稚園の教育の力を実感したが、今年も同じことを感じる。大きな幼稚園でそれも二つの園の合同なので、小学校の運動場を借りた見ごたえがあるものになっている。
 孫はかけっこ、遊戯、集団演技の三つに登場。年長さんたちは、全員リレーや組体操までやる。来年はあれをやるのかと思いながら年長さんたちの演技も見る。

10月某日
 日銀で会議があり、出席。今までは地下鉄経由でいったが、今回は神田駅から歩いた。意外と近くて驚く。むかしはどんどん歩いたんだと思う。神田駅の近くは小さな飲食店が多く、雑多な感じであるが、日銀の区画にはいると店が消え、全く違う世界に入った感じである。都市の面白さだなと思いつつ到着。
 会議では、授業案を巡って辛口の発言をする。活動型の授業を作ると言う方向はよいのだが、しっかりした経済理論や学習構造をもたないと、楽しかった、盛り上がっただけのものになってしまう。時には小言辛兵衛になることも年寄りの役割かと思う。

10月某日
 ネットワークの名古屋部会に出席のために名古屋へ。
 午後3時からだったので、その前に大学時代の知人と会い、じじいデートで、トヨタ産業記念館の見学に行く。展示は、自動織機と自動車の二が大きなテーマで、両方とも大変良くできた展示で感心。特に、織機の部門は、綿の花から綿糸、それを綿布にしてゆくプロセスなど、あらためて学ぶことができる。それを機械化してゆく工夫や努力もよくわかる。繊維産業は産業革命の担い手になった重要産業であることがよくわかる展示だ。
 昼食はすぐちかくにあるノリタケの森のレストランで。ここも先月取材をしたTOTOのルールなので、一度行ってみたいと思っていた。レストランでは、外国人のツアー客が入り、ちょっと騒々しかった。逆に、大声を出しがちな年寄りにとっては、気分のよい話ができ、有難かった。
 名古屋部会は、少人数だったけれど、ネットワークらしい、現場教員とエコノミストのコラボができた会だったと思う。ただ、名古屋の先生方との情報交換がもう少しできればよかったなとちょっと残念。夜10時には帰宅する。



授業方法の評価:UCLAの学生へのアンケート結果 投稿者:TM 投稿日:2015/10/08(Thu) 10:12 No.809

授業方法の評価:UCLAの学生へのアンケート結果

宮尾尊弘(筑波大学名誉教授、UCLAおよびUSC客員教授)

2015年の1月から6月まで冬学期と春学期に、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)で「開発経済学」を教えた際に、授業方法を学生に評価させるアンケート調査を行った。以下がその結果をまとめたもの。
これによると、
(1)頻繁なテストを通じた学生自身のためのフィードバック、
(2)イシュー(論点)中心の教え方と学び方、
(3)予習のためにビデオ講義を予めウェブに掲載
といった方法が好評であり、学生にやる気を起させる上で役立ったことが分かる。

( )内の数字は5段階評価で最高点を付けた学生の数(冬学期、春学期ともクラスサイズ約120名)

自己採点小テスト: 冬(72)、春(86) [注1]
イシュー中心の授業:冬(66)、春(72)
ビデオ・レクチャー:冬(55)、春(58)
隔週の本格テスト: 冬(46)、春(54) [注1]
少人数クラス体験: 冬(26)、春(26) [注2]
----------------------------------------------
クラス・レクチャー:冬(20)、春(28)
クラス・ディベート:冬(11)、春(27)
クラス・質疑応答: 冬(13)、春(24)

[注1]
「自己採点小テスト」は、毎週行う簡単なテスト(クイズと呼ばれる四択問題集)で、テスト後に示される正解を見て学生が自分で採点するもの。
『隔週の本格テスト』は、一つのイシュー(論点)に2週間かけて取り組んだ後に、それについて本格的な試験を行うもので、学期を通じて5〜6回行う代わりに、中間テストや期末テストは行わない。
このような頻繁なフィードバックを通じて、学生たちは自分の努力と進歩の具合が自分自身で確認できる。

[注2]
学生数が約120名という大きなクラスにもかかわらず、少人数クラスで使われる手法(ディベートや質疑応答を中心とする教え方)がどこまで適用可能かを試した結果で、色々と講義のやり方、ディベートや質疑応答のやり方を大人数のクラスでも有効に行う方法を模索したが、かなり難しいことが判明。
ただし、その後夏学期に南カリフォルニア大学で、実際に少人数のクラスでディベートや質疑応答を中心に行ったクラスでは、非常に有効で学生の間でもおおむね好評であった。

(宮尾)



出戻り非常勤日記 21 投稿者:新井 明 投稿日:2015/10/04(Sun) 12:58 No.808

9月某日
 母退院。付添いをすることになり、雨の中をでかける。予想よりも元気で、ホームの所長さん(最初に母の担当だった人)に帰ってきたというように手をあげていた。これからゆっくり元の生活にもどしてゆくとホームの担当者。経験で、どのくらいで戻るのか、戻らないのかの判断ができるのだろう。ここは専門家にに任せということにしようと思う。
 予定をしていた教材検討委員会に出席ができず申し訳なし。

9月某日
 経済教育学会に出席。会場が日本体育大学(猪瀬先生の大学)だったので、はじめて桜新町にゆく。
 桜新町は、サザエさんの長谷川町子さんが住んだ町で、美術館もある。駅を降り南に下ると古いお屋敷町になる。地名のとおり桜並木の町。春はいいだろうな。大学は歩いて15分くらいのところ。手前に都立高校があった。
 学会では、ネットワークのメンバーに多数お目にかかる。今回は経済倫理がテーマで、全体のシンポジウムは、基調講演が北大の橋本努さん。「経済倫理−あなたは何主義」という本の最初にある四つの質問をもとに、経済倫理のパターンを分類説明した。私は、近代卓越主義という保守主義のパターンの一つになり、自分ではびっくり。このタイプは、プライドが高く、自己愛が傷つけられることがきらいなタイプで、最近の学生さんに多いと言う。うーん、このあたりはちょっとあたっているかな、などと思う。
 懇親会に出席して帰宅。

9月某日
 経済教育学会二日目。私は特別分科会に出席。この分科会は、学術会議が出した参照基準(経済学)を巡る論議をふかめようという趣旨で設けられた分科会である。出席者は四人。うち三人は『経済学と経済教育の未来』(桜井書店)という本のなかで、参照基準を批判している大学の先生たち。私一人が、高校教師でかつ参照基準の主流派経済学を擁護する立場の人間。これってかなりの非対称なのだが、高校の現場と大学の経済学教育の接続に関して物申すつもりで出席。
 シンポジウム形式ではなかったが、午前と午後で問題提起の先生方との情報交換の会となった。それはそうで、擁護派の大学教員を出せば、経済学のパラダイムを巡る論戦があったかもしれないが、格が違いすぎる。
 用意していったレポートは、学会誌に掲載の予定であるが、ネットワークの部会などでも何らかの形で紹介したい。
 終了後、参加の先生方と桜新町まで出て、お茶をして帰宅。収穫の多い会となった。

9月某日
 午前中に老人ホームに行き、母の状況をチェック。予想以上に回復していて、新聞を読み出し、本も読みだした。入れ歯をずっと外していたので、表情が変わったが、ほかは8割がた以前に戻っていた。老人の生命力に驚嘆。
 午後は、小石川の非常勤に。授業は1時間のみ。政治学習の冒頭。生徒は良く聞いてくれる。図書館で、新書など何冊か仕入れる。野田洋二郎というロックシンガーの本(『ラリルレ論』)を見ていたら、「先生こんなの読むの?」と生徒に言われた。全く知らない人間で、たまさか手に取っていただけなのだが、何かの縁だと思い、これも借りる。若者に人気があるロックシンガーだと分かる。YOUTUBEで聞いてみる。尾崎豊など比べると、時代の変遷がわかり、現代の若者の心象風景が浮かび上がる曲だ。本もなかなか面白い。これは収穫。
 桜新町に行ったと地理の先生に話をしたら、そこの学校に勤務していたことがあるとのことでこれもご縁。わかもと製薬の社長のお屋敷を東京都が買って、都立高校を作ったのだそうだ。在職中は、地域住民からは迷惑施設のようにみられて、風景と内容は違うよと教えられる。いまはどうなんだろう。
 桜新町を扱った、鈴木博之『東京の地霊』(ちくま学芸文庫)という本を紹介される。この本、むかし読んだことがあると思い出す。いろいろなご縁があるなあと思う。

9月某日
 この夏は、どこにもゆくチャンスがなかったので、妻の慰労もかねて、小旅行。
 フィールドワークもかねて、館山まで行く。途中、首都高速の新しい地下トンネルを通り、湾岸線から国道16号線に出る。国道16号線はクレヨンしんちゃんの春日部を通る。また、前回の日記にも書いた『冷血』の舞台にもなっている。注目の道路である。
 16号線の木更津までは、工場地帯を通る。京葉工業地帯である。殺風景な風景であるが、工場の道路側がみごとに森になっていて、宮脇昭さんが提唱していた工場緑化の一つの回答かと思う。
 富津岬によりそこで簡単な昼食。東京湾の水がきれいなので、驚く。環境問題はある程度解決できるのだとここでも実感。旧道を通って館山へ。
 館山では、50年前の高校生の時に、臨海学校で遠泳をさせられた宿泊施設が同窓会の手で新しくなっていたのを確認。和船もあった。毎年、後輩はここで鍛えられ、大人になってゆくのだろう。

9月某日
 旅館で朝ぶろ。風呂から富士山を眺めることができた。
 帰りに、一人2000円分の商品券(地域振興券)をもらう。妻と二人で4000円。本当に使えるの?と確認。大丈夫ですとフロント。バンプレットにある販売店に寄り、4000円分の買い物をする。地野菜とおみやげ。地域振興とはいえ、涙ぐましい努力。それだけ危機感があるのだろう。
 アクアライン、うみほたるを経由して、多摩川ぞいを一般道を通って帰宅。アクアラインはETCをつけていないので、3090円。ETCだと800円。まあ、4000円も得をしたのだからいいか。
 昼過ぎ帰宅。館山で買った巻きずしで昼食。収穫の多い旅であった。

10月某日
 10月になってしまった。締め切りのある仕事が結構たまっている。こんなものを書いていないで、どんどんやらねば。

10月某日
 大学の非常勤がはじまる。講義の前に、図書館により、本を数冊借りる。大学の非常勤のよさは、図書館を利用できることだ。講義に関しては、おいおい報告したい。



出戻り非常勤日記 20 投稿者:新井 明 投稿日:2015/09/23(Wed) 16:30 No.806

9月某日
 「レインボーニュース」の取材で、小倉まででかける。飛行機に乗るのは久しぶり。窓側だったのだが翼の上で、視界はよくなかった。それでも、日本アルプスの上に点々と雲が並んで浮かんでいるのがわかり、地形と気候の関係が見えて面白かった。また、上空には西から流れてきた雲があるのだがそれが茶色い。これって中国の汚染もしくは黄砂なのかと思ったりする。
 小倉ではTOTOの開発部門の方の話を聞いたり、実験を見学。また、開館したばかりのミュージアムを見学。百聞は一見に如かずであった。
 終了後、福岡から羽田経由で帰宅。10時半には家にたどり着く。小倉ははじめてだったので、一泊すれば周辺のフィールドワークができたのだが、今回は日帰り。福岡でも日帰りできてしまうのは良いような、ちょっともったいないような。

9月某日
 先輩の先生と国立でランチ。お互いに、リタイア後もいろいろ課題をもっているので、情報交換の場を設けるようになった。春から三回目。
 今回は、私の方から経済教育学会での発表のドラフトの意見を聞くことがテーマ。忌憚のない意見を出してくれるので、足りないところ、もっと突っ込んでおくべき内容などが浮かび上がる。有難い話だ。
 帰宅後、さっそくドラフトに手を入れる。

9月某日
 豪雨。気温は18度。寒い。
 2週間ぶりに非常勤の授業にでかける。外は寒いが、学校は暑い。若い人たちのいるところはやはり違うと思う。行事週間だったが、この間の不順な天気で、結局体育祭は中止になったとのこと。応援団などをリードしてきた6年生は不完全燃焼部分もあったようだが、文化祭での演劇でエネルギーは発揮できたようだ。
 授業は、国際経済の、為替やIMFの歴史などの部分。まだお疲れさん気分がのこっているのだろう。とろんとした感じで、気持ちの切り替えは十分ではなさそう。
 孫のお迎えがあるので、授業終了後すぐに帰宅。

9月某日
 図書館から借りた高村薫の『冷血』を読む。
 高村薫は、『レディージョーカー』で注目して読みだした作家なのだが、『晴子情話』からの深沢三部作ではなぜこれを書くのかが分からず、10年近く読んでいなかった。
 『冷血』は歯科医家族4人の強盗殺人を行った二人組を巡る話。高村ミステリー作品にでてくる会田雄一郎(刑事)が再び登場する。この二人は、裏サイトで知り合い、連続強盗、そして一家惨殺を行い、奪ったカードから1200万円近くを下す。すべてが深い理由はない。会田は、二人がなぜこんな行為を行ったのか、それを捜査官としてまた、一人の個人として、理由を発見しようとする。そのプロセスをかなり冷静に書いた小説である。
 二人のうち一人は、埼玉北部の暴力団がらみの砂利業者の息子。もう一人は、四日市の教師の息子。前者は、躁鬱傾向を持った、粗暴、いかれヤンキーであるが、人たらしのところがある。こういう生徒っているよなと思わせるところがある。後者は、秋葉原事件の犯人に近い育ち方をしている設定。これもこんな例はあるなと思わせる。
 二人が出会うのは東京池袋。歯科医殺しは、東京の赤羽。コンビニ強盗など、ほかの事件は国道16号線沿いで発生させている。土地勘がある場所が多く出てくるので、その点でも興味を持って読んだ。
 赤羽の事件とされている場所などは、グーグルマップで見てしまった。ドキュメンタリーのように正確にその場所が書き込まれていた。また、殺された子供二人は筑波大学附属小と附属中に通っているという設定になっている。これって学校で問題にならなかっただろうかとも思ってしまった。
 読んでいて楽しい本ではないが、現代日本の底辺をみごとに掬っている小説だと思いながら読了。

9月某日
 シルバーウイークはじまる。母が入院、妻は風邪をこじらせ、せきがぬけずに体調不良。どこにもゆかずに、静かにすごすことになりそう。
 この間に、教科書改訂の原稿の手入れもしなくては。

9月某日
 落語を国立演芸場まで聞きにゆく。
 卒業生のご主人が落語家で、独演会の案内をいただいていたのだが、うまくスケジュールがあわず、5年ぶりの落語会への参加となる。
 半蔵門までは我が家から不便なので、結局往復四ツ谷駅から歩いてしまう。ちょっとした都内散歩。休日なので、人がいないのでちょっと不気味。
 会は35周年記念の落語会だったので、ゲストが沢山出た。だるま食堂なるグループを初めて知る。こんなおもしろいグループがあったんだと見直す。
 本命の落語は、「ねずみ」という演目だった。はじめて聞く話で、これが落語か、という語りの話。でも、最後のさげがとても効いている話で、感心。師匠は、ゲストで登場した春風亭昇太師匠のような、華やかなタイプではないので、自分のスタイルでじっくり聞かせようとしたんだと納得。チケットに「まだまだ途中」とあり、教員としての私も同じ心境なので、これも納得。
 ちなみに、この師匠のなまえは三遊亭好太郎という。お見知りおきを。

9月某日
 入院中の母に会いにゆく。一か月寝たきりだったので、もう十分と言う。早く出してほしいと言うのだが、連休中は病院もホームも動かない。退院は連休明けになりそう。




Re: 出戻り非常勤日記 20 新井 明 - 2015/09/23(Wed) 16:40 No.807

大事なことを書き忘れた。
安全保障関連法案、成立。社会科の教師としては関心を持たざるをえないテーマである。
安倍首相は、通ったら時間がたてば忘れると言っているらしい。
国会の議席数から言えば、通過阻止は難しいのは当然。問題は、敗け方である。これからどうなるか、いや私自身がどうするか、じっくり考えて行動したいと思う。



出戻り非常勤日記 19 投稿者:新井 明 投稿日:2015/09/15(Tue) 11:48 No.805

9月某日
 非常勤先の小石川は行事週間。非常勤講師はその間は自宅研修ということで出勤をしなくて済む。日勤講師の時は、授業がなくとも一日拘束されていた。自宅で閑居するのと、電車にのって出かけるのとどちらが良いかは微妙だが、まあ、有難いと思わなければ。
 このところ、突然、『徒然草』を読む気になって、現代語訳付の文庫本を買ってきた。きっかけは、阿部謹也さんの『「世間」とは何か』講談社現代新書を再読したこと。阿部さんの本では、近代人兼好とされているが、角川版の解説ではそうではないとなっている。まあ、当方はどちらでも結構。
 経済の観点からも面白い部分がある。金持ちの欲望を扱っている217段なんかそうだ。また、人生論や老人論は現在の私の心境や、指針になりそうなものもある。これを高校生に読ませても無理だ。とはいえ、高校の時に読んでいなければ、この年になって手に取ってみることもないだろうから、若い時の教育は大事だ。

9月某日
 孫の発熱に続き、娘が風邪をこじらせたらしく高熱を出す。孫は元気になったので、保育園に預け、娘は我が家へ避難する。家事をやらなくて済む分だけ、回復ははやかろうという思いだが、過保護でもある。病院から薬をもらい、半日寝ている。
 夕方、孫を保育園から引き取り、親子を一晩預かる。子守の決定打はパソコン。前回YOUTUBを見せたのに味をしめて、今回もいくつかの番組を見せる。本日のお気に入りは、アキレスケンタウルス体操とイギリスの幼児番組で登場するバス。機関車トーマスは、まだストーリーを理解できないので、あまり興味を示さない。子育ては、時代とともにという感じである。
 久しぶりに、小さな子をお風呂に入れるが、泣かれて大変だった。

9月某日
 古典回帰のついでに、小西甚一『古文研究法』をひもとく。この本、数年前に古本屋でみつけて、懐かしさのあまり買ってしまったもの。この本にお世話になった受験生は多いはず。この本がわかるのは年がわかるかもしれない。
 内容もしっかりした本だが、書きぶりが面白い。例えば、「歴史的理解」という部分では、文学史に関して、こんなの出すなと書きつつ、文学史は魅力的な分野であるとも書く。小西さん自身、学士院賞を取るだけの研究者でありながら、受験参考書を書く。最初はアルバイト気分だったのかもしれないが、これだけの本を研究しながら書くと言うことは、現在では有るこは難いことだとも思う。
 受験参考書とはいわないが、誰か経済学者が、しっかりした高校生向けの教科書を書いてくれないかと思ってしまう。

9月某日
 「レインボーニュース」の取材で長野に行く。長野に新幹線でゆくのははじめて。東海道新幹線の感覚で何とかなるだろうとおもって東京駅にいったら、なんと指定席は全席埋まっていた。こりゃ立ってゆかなければいけないかと思ったが、自由席はまあ満席だったが、それでも空席もちらほら。長野駅で見たら、指定席はぎちぎちで、自由席の方がゆったり感があり、皮肉なものだと感じる。2時間かからずに長野に着き、新幹線の威力を感じる。
 取材の学校は、女子バレーで全国一に何度もなった学校で、今年も優勝し、垂れ幕がさがっていた。授業は、効率と公正をテーマに、アクティブラーニングをいれたもの。良く考えられていて、これなら全国の先生に紹介して活用してもらえるかと思う。教室には、バレー部の生徒もちらほら。運動部の生徒はそれぞれ文化をもっていて、髪型や雰囲気でわかる。先生にお聞きしたら、全国制覇した生徒はクラスのリーダー的な仕事もよくやり、いい影響を与えているとのこと。
 帰りは、駅まで歩き、途中でソバ屋があったので、そこで昼食。出されたソバの量にびっくり。ソバでおなかがいっぱいになるというのも得難い経験。
 取材の結果は、秋の「レインボーニュース」で紹介される予定。乞うご期待。

9月某日
 大雨で、鬼怒川決壊。常総市というのだが、一体どこだと言う感じである。平成の大合併で全国の地名が致命的!に失われた。地図を見たら、常総市は水海道だったことがわかる。地名からその土地の歴史も様子も想像できたのだが、それが無くなってしまっている。ともかく、映像を見て、洪水のすさまじさがわかる。
 決壊の要因の一つに、自然堤防を地域発電業者がけずってパネルを設置していたことが問題視されていた。原因はいろいろあろうが、自然エネルギー推進の担い手が、こんなかたちで自然の逆襲に手をかしてしまっていることの皮肉を感じる。この種のパラドックスをしっかり見つめる教育をしなければとも思う。

9月某日
 朝方、地震で目が覚める。我が家の近くの調布市が震度5弱。揺れ方から見ると我が家は震度4くらいか。揺れは大きかったが、ものが落ちてこないので、これなら大丈夫というと安心してまた寝てしまう。
 本日は一日閑居。経済教育学会の報告のドラフトを書く。高校からみた学術会議の参照基準への意見だが、なかなか論旨がきまらず苦戦する。言いたいことはあるのだが、それを言葉で現せないのは少々癪である。ひょっとすると、言いたいことは錯覚で、こんなことどうでもいいんじゃないという本音がどこかにあるからなのかもしれない。
 年をとった証拠なのか、現代のニヒリズムにおかされているだけなのか。それとも『徒然草』を読んだ影響か。とはいえ、どうでもよくない本当のことに直面したら、うろうろするだけだろうともおもうもう一人の自分もいる。人間はこまった動物だ。



出戻り非常勤日記 18 投稿者:新井 明 投稿日:2015/09/07(Mon) 10:35 No.804

8月某日
 二学期の授業日。
 近頃は二学期の開始が9月1日でなくなっている。小石川は9月に二週間にわたって行事週間を設けているので、逆算して8月後半から二学期が始まる。
 本日授業は、国際経済の比較生産費説の箇所。センター演習で、完全特化でないケースを紹介して、教科書のリカードの説明だけではないことに注意を喚起する。比較生産費説は、機会費用をつかって正確に教えたいのだが、そこまで時間的に手が出ない。このあたりは入試問題がこれまでの完全特化だけのケースでない事例をあげてゆくだけでも影響を与えられるのではと思う。
 久しぶりに学校の図書館により、新書を中心に10冊近く借りだす。

9月某日
 「レインボーニュース」のインタビューに立ち会う。
 今回は、大田区の町工場の女性二代目社長、諏訪貴子さん。町工場、二代目、女性というハンディを逆転させる発想と実行力に感銘。特に、従業員教育とモチベーションをあげる工夫は、学校での指導に生きるだろうと思う。まずは、とにかく、挨拶と清掃から。そして一人一人を見て寄り添う。なかなかできないことだ。
 こんな取材の場に立ち会えるのは、出戻り教員としては有難い限り。

9月某日
 小熊英二さんの『生きて帰ってきた男―ある日本兵の戦争と戦後』岩波新書を読む。圧倒的に面白い。
 この本は、小熊さんの父、小熊謙二氏のライフヒストリーの聞き書きである。単なる聞き書きだけでなく、社会史とクロスさせた記述となっている。
 小熊謙二氏は、私の亡父とほぼ同世代。戦争末期に補充兵として徴兵されたところも、また、戦後、「都市下層の商業者」(小熊謙二氏の自称)として生きてきた軌跡も近いところにある。その点で、親近感を覚えながら読み通した。
 私の父の部隊は、満州配属になったが、父と数人だけは、中国の済南の陸軍病院の衛生兵で残されて、帰国できた。謙二氏は、シベリア抑留、帰国、結核と苦難の道を歩んだが、一歩間違えれば、私の父も同じであっただろう。そうなると、間違いなく、現在の私は存在していない。
 私の父は、簡単な戦争中の自分史を残しているが、生前、もっと聞いておけばよかったと思うこともある。ただ、親子ゆえに、聞きづらいものもあり、自分の父親の聞き語りをするのは抵抗があった。それをこえて一書をものにした小熊英二さんの学者としての立ち位置に関しては、少々驚きを覚えたのは事実。
 ちなみに、小熊さんは、私の高校の後輩らしい。戦後の生活の中で、でてくる地域は私の生活範囲と重なっているので、余計にこの本が身近に感じるのであろう。

9月某日
 母の入院先の病院にでかける。
 ホームに入る前にも、入院をしていたことがあったのだが、その時と同じような症状がではじめている。つまり、認知が危うくなり、妄想がはじまっていた。
 病状は回復基調なのだが、動けない高齢者が入院すると、時間の感覚はなくなり、現実と夢が混同してくるのはやむを得ない。それでも、「ボクがだれだかわかる?」と聞くと「明だろ」と答えるので、その点はまだ大丈夫と安心。
 「食事が半分でも食べられるようになったら退院だから、がんばって食べな」と伝えたら、「がんばる」というような反応を示した。まだ、生命力は残っているようだ。

9月某日
 孫が発熱。保育園に行けないので、一日預かる。
 熱があっても、食欲はあり、動き回る。子どもってそんなものなんだと思いつつ、遊ばせる。子守には、おもちゃもあるが、現代ではTVが第一。Eテレの幼児向け番組は、とても良くできている。それでも、まだ小さいので、難しい番組もある。そこで、本日は、パソコンでYOUTUBを開く。結構幼児向けのものがある。
 彼のお気に入りは、「働くクルマ」である。この歌は、30年前のわが子の子育て中にも聞いたなあと思いつつ、一緒に楽しむ。
 それでも、一日預かると、どっと疲れがでる。子守は体力勝負だ。

9月某日
 ネットワークの部会に出席。
 本日は、札幌と大阪からの参加を得て、盛況。それぞれ地域の特色や問題を踏まえた、情報提供や授業提案があり、印象的。外からのカゼは活性化のために大切だと思う。
 本日ドームでは、矢沢栄吉のコンサートがあるらしい。おそろいのTシャツやタオルを着たファンをたくさん見る。結構いい年のおじさん・おばさんもいる。むかし、今の総理大臣のジイサマが、後楽園球場の観客を「声なき声」と称したが、それと同じかどうか、気になるところだ。

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