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出戻り非常勤日記 17 投稿者:新井 明 投稿日:2015/08/31(Mon) 10:14 No.803

8月某日
 ホームにいる母が入院。
 前の週から風邪をひき、咳が止まらなくなり、かつ、タンを自力で出せなくなりつつあるというのでホームとタイアップしている近くの病院に入院となった。
 ホームでは昼は看護師さんがいるが、夜は当直がひとりになるので、何かがあった時、即応ができないということもある。ホーム入所以来、はじめての入院。
 面会にいったが、まだお迎えが来る感じではない。本人は「もう十分だ」と常に言っているが、なかなか思うようにはいかないものだ。ただ、退院して、どこまで自分用がたせるのか、それは心配。

8月某日
 寒い。雨模様で、室温が20度しかない。今年の夏は7月が長雨、8月半ばまでは猛暑、そして後半ははや秋雨なのか。セーターをだして着る。
 夕方、孫のお迎え手伝い。こんな雨模様で、いうことを聞かない子供を自転車に乗せたり、歩かせたりするのはそれだけでエネルギーが消耗する。できることは手伝うのが退職教員のつとめか。

8月某日
 株価下落が続く。中国発の国際経済の変調の一環だろう。
 中国経済の変調を扱ったものの中では、The Economistの表紙やイラストが秀逸。万里の長城にみたてたチャートが下落している表紙などなかなかのものだ。
 この種の変動に一喜一憂する必要はないのかもしれないが、いろいろな情報に注意しながら、国際経済の変動をしっかり見つめておく必要があるなと思う。

8月某日
 小雨模様なのだが、近くの図書館へ。一日閑居するのもつらいので、傘をもち散歩をかねて出かける。
 公立の図書館なので、一般書を借りることになる。本日は、目について作家関係の本を何冊か借りだす。吉村昭、高村薫、小林信彦などの作品論やエッセイである。ほかに、日銀にいた吉野俊彦さんが書いた『断腸亭の経済学』などもあったので借りる。
 吉野さんの本は、16年前の本。この本、むかし国立高校にいた時に図書館にいれてもらって読んだことのある。荷風の小説や作風が好きなわけではないし、そもそも荷風のような生き方ができるわけではないので、荷風は遠い作家なのだが、『断腸亭日乗』は何度か読み返すことがある。ランティエとしての荷風は経済の観点からも興味深い。また、その社会への視点は、世俗的であり超俗的であることで大変鋭いものがある。
 そういえば、話題の又吉さんの『花火』と同じタイトルの文章を荷風も書いている。高校の日本史の授業で荷風の「花火」の存在を知ったことを思うと、教師の一言はどこで生徒に残るのか、不思議さと怖さも感じる。

8月某日
 メルマガ原稿に挑戦。
 先月号の「三匹の子豚」の数値例を見直したり、機会費用の考え方を調べたり、苦戦をする。
 機会費用に関しては、『経済の考え方がわかる本』を作る時も結構苦戦した。その時は、東大の柳川先生のヒントでそうかと思ったのだが、今回は、名古屋大の荒渡先生のヒントでエコノミストはこう考えるんだとあらためて思い、自分の理解の不十分さにちょっと頭をかかえる。一知半解というのはまさにこのことだ。
 童話や昔話は、経済の授業の事例、つかみの話で使えると感じているが、ちょっと慎重に扱わないと、突っ込みどころ満載の教材になってしまうことがわかる。どつぼにはまってしまった。

8月某日
 入院中の母の面会にゆく。
 症状は少し軽くなってきたようだが、まだセキやタンは消えていない。それでも、新聞を読みたいなどと言い出す。生命力はまだあるようだ。
 夕方、孫のお迎え。今週はほぼ毎日お迎えのアッシー君をやった。年寄りでも役に立っているんだなあ。いや単なる過保護かもしれない。



出戻り非常勤日記 16 投稿者:新井 明 投稿日:2015/08/24(Mon) 16:59 No.802

8月某日
 夏の教室東京中学はじまる。
 本日は朝から雨が強い。最寄駅までの地下鉄が人身事故で不通になり、迂回ルートで会場まで駆けつける。東京の地下鉄は迷路のようだが、縦横にに走っているために、こんなことができる。先週の高校の教室で大杉先生が、コンピテンシーの話をされていたが、このような時に自分の頭で迂回ルートを考え選択するのもコンピテンシーなのかもしれない。
 東京中学では、記録係なので気が楽。今回は会場にパソコンを持ち込まなかったので、メモを取りながら各先生の講義を聞く。内容は、後日アップされるので、そちらを参照あれ。

8月某日
 夏の教室二日目。午後の実践報告の途中で、居眠りをしてしまう。奥田先生ごめんなさい。年をとると昼食後はどうしても眠くなり、自宅にいる時など、食後はたいてい昼寝の時間となってしまう。ちなみに、夕食後も夜寝をすることが多いので、覚醒している時間の方がひょっとすると少ないかもしれない。
 教室の最後は、「みんなで語ろう」なのだが、最近、かなりの先生方がここで帰ってしまう。今年は、ぜひ残ってとアピールをしたのだが、半数以下しか残らなかった。残った先生方の満足度は高いのだが、この方式の限界効用が逓減しているのか、それとも、大阪で特徴的だった、先生方がものを言わなくなってきたことの反映なのか、きちんと分析をしておかねばと思う。
 これで夏の教室も無事終了。全体の動員数は960人近くで、昨年より増えたとのこと。

8月某日
 娘が会社の帰りに病院によりたいというので、孫を1時間ほど預かることになる。
 保育園から無事にキャッチをしたのだが、どうも妻が「おうちへゆこうね」と言ったのが悪かったらしく、我が家に来たら「スネ夫」状態になってしまう。
 本人は、「おうち」とは自分の家だという思いがあったのだろう。ここは違うぜと思ったら、妻から離れない。いつもは好きな自動車のおもちゃや、絵本も見向きもしない。カンガルー状態になって妻にしがみつく。
 熱でもあるのか、どこか悪いのかとこちらはおろおろ。眠いのかと思い、タオルケットをかけようとしたら、それを振り払う。ここで、そうか、すねているんだとこちらもやっと気づいた。
 じゃあママのところに送るよといったら、なんとテーブルの上にあった車のキーを持ってきた。
 わずか1歳半でも、言葉が十分にしゃべれなくとも、理解力はあり、意志をしっかりもっているんだと改めて感じる。こどもはすごいし、恐ろしい。

8月某日
 小石川で補講を行う。非常勤講師なので、通常は補講などはやらないのだろうが、勝手知ったる職場なので、通常の授業の補講と受験対策をあわせたものを行うことにしたため。
 内容は、日本経済の諸問題。戦後の経済史、農業、中小企業、環境、消費者などの問題、それと労働と福祉と盛りだくさん。これを二日間で講義と演習をおこなう予定。
 いつもの講義に出ている生徒にプラスして、二年前に小石川フィロソフィーの講座に参加していた生徒も加わっての授業となった。
 久しぶりの授業なので、最初は調子が出なかったが、防衛法案の話や憲法学者の違憲見解などを話してゆくうちに調子が回復。高3生で、来年は投票する生徒たちであるので、大学生と同じような雰囲気で大人の話ができる。
 ちょっと雑談などが多く、結局、本日は戦後経済史だけで終わってしまう。それでも、70年の経済史を概観できて、私は満足した。生徒はどうだったんだろうか。

8月某日
 ホームの母に会いにゆく。先日から、エアコン風邪らしい状態になり、咳がとまらず部屋で寝かせられていた。
 本人は、みんながいるホールで生活をしたいと思っているらしいが、風邪ひきの人間がいると蔓延するとこまるので、部屋に置いておく処置がとられている。病院の個室と同じで、部屋にいると確実に状態が悪くなる。周りの刺激があることが、老人の生きる力の元になるのだが、それが遮断されるからであろう。
 ホームとしても、そのあたりの事情はわかりつつ、全体の健康管理も必要で、このバランスが難しいのだろう。これからは、少しでも時間があれば、出かける必要を感じる。

8月某日
 そうじもかねて昔読んだ本を引っ張り出す。主に新書が多い。妻からは本はカビと埃のもとだから処分せよと常日頃から「脅迫」されている。
 今日引っ張り出したのは、佐和隆光さんの『経済学とは何だろうか』である。1982年の本だから30年以上の前の本である。岩波新書の黄色版で、かなり紙魚がついている。
 内容は、さすがに名著と言われているだけあり、今読んでも古くなっていない。もちろん、ゲーム理論や行動経済学など現代流行の分野には触れていないのは仕方がないが、主流派経済学の制度化、その行き着く先の経済学会の状況、また左右からの反撃、特に終章での右派からの反撃とサムエルソンらの新古典派総合派の没落の予想などはあたっているのに驚く。
 それでも、制度化された主流派経済学は、日本でも化石化するとか、保守派に可能性は乏しいという予言は、必ずしも当たらなかったと言えるかもしれない。
 現代の主流派経済学である新古典派の経済学は、多くの批判にもかかわらず、そのハードコアはまだ打ち抜かれていないと感じた。
 9月の末に学術会議の参照基準を巡って、所属している学会で特別分科会が開かれ、そこでの発表を依頼されているので、その時の報告にも参考になりそうだ。

8月某日
 『レインボーニュース』のコラム会議に出席。冊子のコラム執筆者が持ちネタをもちより検討する会議である。各自がいろいろな持ちネタを用意してくる。
 夏の教室では、河原先生や奥田先生の授業提案が好評であるが、そのもとになっているネタ研の活動にならって、東京でもそれに類する活動も必要かなと感じていたが、うまくやるそんな活動のコアになるかもしれないとの予感がする。
 ただ難しいのは、おもしろネタは結構あるが、それを経済学や経済教育の文脈のなかでどうとらえ、どう生かすかなのだろう。そこにエコノミストの視点と支援が必要と感じる。
 ともあれ、次回の『レインボーニュース』のコラムに注目されたし。



出戻り非常勤日記 15 投稿者:新井 明 投稿日:2015/08/16(Sun) 23:00 No.801

8月某日
 大阪の教室が無事終了。
 かつては、大阪の教室は、ネットワークの講師の発想に対して批判的な空気が結構あり、質疑が活発におこなわれたが、ここ数年、とてもおとなしくなっている。経済学の発想が理解されたこともあるかもしれないが、一連の「教育改革」でモノ言えば、の状態になっていることもあるのかと感じている。
 大阪市がつくる会の教科書を採択したということが報道されている。大阪よ、君もかという意味では嫌な気分である。
 大阪からの帰りに、『文芸春秋』を購入。新幹線で、芥川賞の二作品を読んで帰る。
 又吉さんのものは、それなりに面白かったのだが、ここまで書くと、次の作品が大変だろうなと感じる。舞台で登場する吉祥寺や井の頭公園、いせやなどは地元でなじみがあり、それだけでも親しみがわく。
 もう一つの、羽田圭介さんの「スクラップ・アンド・ビルド」はあまり話題になっていないが、早く死にたいといっているじいさんと、ピントがずれている孫との介護を素材とした小説。こちらの方が、自分自身の家庭をふりかえるとリアルな家族小説として読めた。

8月某日
 エアコンがやっと入る。
 工事に来たのは、親子で仕事をしているらしい中年と若者のコンビ。その仕事ぶりをみて、職人の仕事ってなかなか素敵じゃないかとおもったりする。
 テキパキ工事をやって、新しいエアコンは冷気を出した。でも、マーフィーの法則ではないが、この暑さもすぐに峠をこすのではと思ったりする。
 エアコンは、温暖化のしくみそのもので、エゴイズムの機械なのだが、この際は、目をつぶろう。

8月某日
 妻の故郷へ、墓掃除に往復。
 朝4時に起床、5時半に出発。途中休憩をいれて、9時前に到着。墓の周囲の草をかり、墓掃除をして、親戚などにより、15時すぎには東京に戻る。自宅に着いたとたんに雷雨にあい、クルマからでられず20分以上閉じ込められる。
 いつも一泊くらいしてゆっくり往復したいねと言っているのだが、なかなか時間がとれない。それでも、今回も地代がわりにとれた新鮮な野菜をもらって帰る。有難い。

8月某日
 アクティブラーニングに関する公開授業をたのまれたので、授業案を検討してもらえないかという先輩の先生と会食しながら話す。
 レストランでランチをしながらの検討。ベテランの先生でも、新しい時代の要請にこたえる姿に励まされる思い。

8月某日
 東京の教室がはじまる。
 今年は、定員を軽くオーバーして満杯となった。経済教室の趣旨、内容が支持されてきているのだろうと、言いだしっぺとしては有難いことと思う。
 内容はいずれアップされる予定なので、そちらに。
 今回は、進行役として、いろいろ介入をする予定なので、どうなるか。又吉新井にはなれないだろうな。

8月某日
 戦後70年の安倍談話がでる。
 四つのキーワードは入ったが、安倍流の発想が随所にでているもの。官僚的作文の典型でもあろうか。言葉はあるが、こころがこもっていない、もしくは別のところに本音がある二重構造の文章と思う。
 とはいえ、この種の文書は、出しても出さなくとも、また、誰が書こうとも上下、左右から批判されるもの。政治的意図は明確なので、あとはそれを周りがどう評価するか、見守りたい。

8月某日
 天皇の慰霊式のお言葉に感銘。
 これも形式的文書なのであるが、それでも真意が読み取れる。
 現在の天皇のお言葉、即位のお言葉から始まって、なかなかのものだと改めて感じる。

8月某日
 息子と寿司やで夕食をとりながら、少々ややこしいはなしをする。
 子育て、家族問題は、やっかいだが、これも親になったが運のつき。責任である。
うまい寿司だったのだが、ちょっと消化不良。



出戻り非常勤日記 14 投稿者:新井 明 投稿日:2015/08/12(Wed) 23:54 No.800

 暑い、暑いといっていたら二週間以上あいてしまいました。なかなか週刊というわけにはいかないなと反省しつつ、この間の報告を。

7月某日
 妻が風邪をひいてしまう。エアコンの部屋で寝たことが原因。普段、文明の利器をあまりつかわない原始生活をしているので、こんなことが発生する。
 そのために、私が命じられて近所のスーパーまで買い物にゆく。OKストアという安売りで有名な店である。この店、庄野潤三の小説(エッセイ)にも登場する。いつもは大量の品を清算するヒトが多く、レジも大混雑するのだが、本日は暑さの故か、比較的すいていた。
 夕食は、私でもできる簡単なものにする。

7月某日
 メルマガ原稿を送付。送信後、「授業のヒント」の三匹の子豚の話に問題ありとの連絡が編集担当者からくる。再検討してみたが、たしかに問題ありであった。困った。恥ずかしい。次回に訂正、補足をしなければ。さて、どこが問題か、みなさん検討してみてください。
 こんなことを書いたら、ちょっと無責任か。

8月某日
 妻に風邪をひかせたエアコンが故障。一年に数回しか運転しないものだが、いざ故障すると困った。この暑さのなかで地獄である。本日は、普段全く使わない、書庫にしている私の部屋(エアコンがあるのです)に避難。でも、今度は喘息になりそう。

8月某日
 エアコンを買いに家電店へ。猛暑で売れ行き好調と新聞にあったが、その一例となってしまった。工事は10日後だという。あと10日はこの暑さのなか、生き延びなければ。

8月某日
 大学をでてすぐ勤めた会社の同僚と20年ぶりに会う。わずか二年の会社員生活だったが、社会人としてのイロハを教えてくれた会社。同期入社の彼には結婚式にも出てもらった縁もあり、年賀状の交換は続けていた。
 お互いの自宅からの中間地点の街が出会いの場所。彼の指定は「餃子の王将」。なかなか味な選択である。この種の店がチョイ飲みのおじさんをターゲットにしているという話は知っていたが、たしかに同類がいる。これも社会勉強。
 会社員生活40年の話や同期入社のみんなの現在をいろいろ聞く。会社で出世するのは、どういう仕事をやったかではなく、上司との縁、社内政治での存在感だというのが彼の分析。だから、われわれの時代はエリートコースだった海外駐在は、その間に社内政治ができないので、今は嫌われているという話などを興味深く聞く。
 ビジネスの世界は、やはり小説になるくらい面白い世界だ。ただし、私はそういう世界は生きてゆけなかっただろうと改めて確認。

8月某日
 大阪での夏の教室のために移動。
 いつもは当日の朝一番の新幹線で行くのだが、すこし余裕をもって行動したいと思い、前泊をいれて2泊することにした。午後はやくに大阪到着。
 大阪も暑い。そのなかを街歩き。楽しむと言うより、計画したから出ると言う感じである。今回は、高津神社、阪堺電車、堺の街というルートである。
 高津神社は、落語の「高津の冨」にでてくるので、一度行ってみたいと思っていた。また、織田作之助の小説にもあのあたりの地形の説明がでてくるので、ゆくべしとなった。しっかりした地図をもたなかったので、通行中の何人かに聞いたのだが、地元の人でもあまり知らない。暑い中歩いて探し出す。大阪は平らかとおもっていたが、高津神社からみると、たしかに上と下にわかれているのが分かる。
 天王寺から阪堺電車にのり、堺へ。堺は通過はするが、ゆくのははじめて。阪堺電車はいわゆる「チンチン電車」である。一度乗りたいと思っていたので、満足。
 堺では、北の一部をあるいただけ。河口彗海が学んだ寺子屋「清學院」というところでは、60歳以上は無料ということで説明員付で見学。町屋が残っている一画を少し歩く。
 還り、住吉大社で降りて参拝。先に触れた庄野潤三はこのあたりの出。庄野さんの父は帝塚山学院の創立者。住吉大社は、神殿が四つあるちょっと変わった神社だった。
 収穫が結構あったフィールドワークだったが、もっと涼しい季節だったらもっとまわれたなと思う。
 夕食は、阿倍野ハルカスで。

8月某日
 大阪での経済教室がはじまる。記録は、後日アップされるはず。
 今回はここまでで息切れ。途中報告である。



出戻り非常勤日記 13 投稿者:新井 明 投稿日:2015/07/28(Tue) 18:13 No.798

7月某日
 三連休の中日。特に計画が無く、閑居。PCでアニメを見る。『時をかける少女』という作品。細田守という監督が気になり、彼の初期作品のこれが無料で見られるのがわかり、視聴したと言う訳。この年でアニメは少々恥ずかしいが、授業で青年期を扱うときや、現代社会論などでは教材としての有効性を感じているので、まあいいだろうということ。
 さて、この作品、原作は筒井康隆で二度映画になっている。原作を読んでおらず、映画も見ていないので、このアニメが初めてであったのだが、なかなか面白い。時間論としてもまた青年期のみずみずしさを感じさせるものとしても傑作かと思う。アニメは原作とは状況設定が違うようだが、東京のいろいろな場所をベースにして世界が描かれている。そんな点もちょっと興味深かった。
 あとで、検索してみたら、設定の場所を巡礼している人間もいるようで、アニメと現実を対比させているルポなどもあった。そんなネットサーフィンをやって半日すごす。ヒマだね。

7月某日
 三連休が終わったと思ったら、急に暑くなる。炎暑である。特に用事がない年よりは、こんな暑いさなか、散歩するのもおっくうであり、下手をすると熱中症になりかねないので、やはり閑居。
 とはいえ、それでは全く毎日が日曜日状態になるので、午後には、図書館に自転車をはしらせる。図書館では、比較的新しい本や、あまり普段は読まない本のコーナーなどを見るのだが、本日は本業の教育関係の本を借りてくる。
 一つは、『なぜ日本の大学生は、世界で一番勉強しないか?』東洋経済新報社刊、という長いタイトルの本。これはアウト。大衆化大学のトリレンマ状況(学生はやる気を見せない→教師は手抜きをする→そのほうが落第もなくて経営的にはOK→…)を捉えてはいるが、結局はアクティブラーニング的な授業をもっと大学はすべきであるという、ごく普通の結論になっている。著者は教育関係ではなくコンサル出身の人間なので、まあ、ビジネス書と同じ感覚で読めばそれなりに参考にはなるだろう。
 二冊目は、橘木俊詔さんの『実学教育改革論』日本経済新聞出版社刊。これは、まずまずか。とはいっても合格とはいいかねる。橘木さんのこれまでの教育関係の本をまとめて、彼の主張をのべたものである。学級数と学力の関係、所得層と学級の関係、非認知能力に関するヘックマンとボウルズらの論争などをコンパクトにまとめている。ただし、後半の働くこと、女性が働くことへのアドバイスに関しては、常識的であり納得できるものもあり、このレベルの話をしていたら間違いなくフェミニストには総スカンを食うというレベルのものもある。教育論としても、人生論としても中途半端で浅いというのが私の評価。
 三冊目は、広田照幸『教育は何をなすべきか』岩波書店刊。これが一番読みでがあり、反芻して考える内容を持った本だった。広田さんは、教育史の専門家だったのだが、教育全般にもっと発言をしなければ学者としての意味がないということで、領域をひろげてきた教育社会学者である。そのためなのかどうかわからないが、東大から日大に移籍をするという学者としては珍しいコースを歩んでいる。
 この本、社会と教育の関係、教師の力量の問題、シチズンシップ教育の問題など多面的に社会のなかの教育をとらえた論考が多い。最後にインタビューの形で自説を述べているが、そのなかで、改正されても教育基本法や学校教育法をしっかり読み込み、「社会の形成者」という部分に注目して、教育の目標を定め、日々の実践を継続することの大切だと説いているところに共感した。また、教える側と学ぶ側のずれを指摘し、豊がになってきたことによる学習の動機づけの転換が必要、などの指摘にも納得した。
 さて、ちょっと面白い質問があった。「決まりやルールを(    )」。さて、( )には何が入ると思いますか。
 目の前のクラスの子を勝ち組にしても、それで社会はおわらない、という広田さんの言葉は上記二冊にはない視点ではなかろうかと思った。
 でも、この種の本は多分、ほとんど影響力を持ちえないだろうなとも思い、暑い日なのにちょっと涼しくなってしまった。

7月某日
 家の前の道路で水道管の入れ替え工事が始まる。
 これは古くなった水道管の付け替えで、更新投資の一つ。まだ、ちゃんと更新するだけの余裕があることを有難いと思い、騒音や交通の不便さは甘受したいと思っている。
 工事は、道路に穴をほり、仮設の管をつけ、そのあとで本管をとりかえるという二段階で行っている。今回は、その二段階目。
 暑いさなか、工事をする人は、仕事とはいえ、大変な思いでやっているのだろうなと、文弱の徒は頭が下がるばかりである。交通整理の仕事などは結構高齢者も多い。多分、下請け、孫請けの非正規従業員かなと、ちゃんと生活できる所得はえられているのかと思いつつ、仕事を見ている。
 ところが、宅配便のおじさんは、工事ばかりで仕事にならないと怒っている。うちの市は、カネが無いというのにこんな工事本当に必要なのかともいう。地元の業者と癒着しているんじゃないのというのがおじさんの言。
 一つの工事を巡って、利害が対立する。どちらも正しい。そんな時に、どうやって真実を探してゆくのか。さらに、どう合意をはかってゆくのか。そんなテーマや問題をしっかり考えさせる授業をやりたいと退職教員は思う。残された時間は少ない。いやもうないかも。

7月某日
 暑い。ほとんど使わないエアコンを運転しようとしたら、冷気がでない。もう取り付けて10数年たつから、故障かと思い、電気屋のちらしを持ち出す。
 幸い、少し経ったら動き始めた。でも、いつダメになるかはわからない。同じように、冷蔵庫も危ないし、水道管の更新と同じように、我が家の家電製品、クルマなど危ないものだらけだ。
 一番危ないのは、この私かもしれないが、そう簡単に更新はできないだろう。だから、それは考えない様にしておこう。

7月某日
 本日も暑い。こんな日は、孫の迎えはないのだが、本日はパパが遅くなるということで、娘が孫と夕食を食べにくることになった。娘は歩いてゆくよ、と言うのだが、この暑さの中で歩かせてくるのも大変だろうということで、結局クルマを出すことにした。過保護なジイサマである。
 いつもは旺盛な食欲をみせるわが孫。本日も、タンパク質には目がない。でも、ごはんは食べなくなっていた。「このところご飯の食べ方がわるくなっている」と娘。保育園のサバイバルとこの暑さで、君も夏バテがはじまったのかと、ジイサマは思う。

7月某日
 老人ホーム行き。暑い最中かだが、母は何枚か着重ねをしている。着ぶくれたホームレスのようだと思うのだが、エアコンの中にいる老人は仕方ないのかとも思う。本日も、本を一冊差し入れ。



Re: 出戻り非常勤日記 13 K.I - 2015/07/30(Thu) 10:13 No.799

細田守監督の『おおかみこどもの雪と雨』がテレビで放映されたので,録画しておき,昨日見ました。
青年期について考える授業に役立つと,私も思いました。大人になるとはどういうことか,旅立ちと別れ,生き方の選択と,さまざまな問題がたてられると思います。今上映中の映画のタイトル「ばけもの」ということばはおもい切ったものですね。DVDになったら是非見たいと思います。
今,憲法の問題・国際社会の問題と,話題に事欠きませんが,学校のなかで,教員通しでこういったことが話に出ず目の前の事務処理に追われているのが現実ではないかと思います。教員が生の政治に無関係な立ち位置でしかいられないということ自体に矛盾を感じます。少なくとも授業では,政治の雰囲気に惑わされずに,立憲国家とはなにかとかいった原理や,中村哲氏のように地道に国際援助にたずわわってきた人の話などしていくことも大事ではないかと思います。
経済に関しては全く素人なのですが,論理的に考えること・公平,公正を考えるといった部分で,生きていく上の基礎を教え感情に流されず自分で考える人間を育てることが,いまこそ大事だと感じています。

私事で恐縮ですが,義理の妹が親の介護に疲れ,離職を考え始めています。ワークライフバランスや育児・介護法,またはそれに準じた企業の規則を調べたり考えたりせずに,まず離職を考えてしまう実態があります。育児と介護の違いも考えずに,「みんな子育てできるんだから,わたしも会社を辞めたらできると思う」という義妹に,なんと言葉をかけていいのか…もう一度就業規則を調べてみたらどう?というメールをだしましたが,彼女の気持ちには届いていない様子。日常の些事と介護のあれこれと,目の前にやるべきことが山積みになったとき,どこから手を付けるかという優先順位を考える手立てもないようです。途方に暮れている義妹に,理屈を話してもなかなか受け入れてもらえず,わたしも困り果てています。やはり,問題をメタレベルで整理したり,優先順位をつけたり,規則を調べたりという基礎を,高校生段階で身に着けることの重要性をあらためて感じています。



出戻り非常勤日記 12 投稿者:新井 明 投稿日:2015/07/20(Mon) 17:10 No.797

7月某日
 小石川で借りた本を返さなければいけないので、急いでメモを取る。
 周防正行『それでもボクは会議で闘う』岩波書店。取調べの可視化などを審議する法制審議会のメンバーになった時の記録。私もその種の審議会の末席を汚したことがあるが、同じような状況、いやもっと強烈な官僚の誘導や抵抗がルポされている。
 栗原敏雄『遺骨』岩波新書。戦後生まれの新聞記者のルポ。海外の戦場での遺骨収集の話し以外に、東京大空襲時の10万人の埋葬なども取り上げられている。最初に勤めた下町の学校は空襲で残った校舎があり、地下には焼死者の亡霊がでるという学校伝説があったが、それは決して伝説だけとはいえないものだったんだと改めて思い出す。
 三木義一『日本の納税者』岩波新書。税金の申告システムの無権利さがよくわかる。これも申告ミス(学校の事務室担当者の間違い)で追徴金を利子つきでとられた経験がある身としてはとても良く分かる内容だった。また、税理士(国家試験通過者45%)の仕組みも良く分かった。
 大江正章『地域に希望あり』岩波新書。「地域消滅」の答申に対抗して出されたルポ。島根県の旧弥栄村のケースがでてきた。この村をむかし島根大学に進学していた教育実習生がとりあげたことがあり、とても懐かしく感じた。
 岩本裕『世論調査とはなんだろうか』岩波新書。著者は週間子どもニュースの三代目のおとーさん。世論調査のからくり、誘導など事例がいっぱい載っていて参考になる。
 笠原敏彦『ふしぎなイギリス』現代新書。毎日新聞の記者の駐在員体験からみた現代イギリスの紹介本。特に、英王室の変貌と役割、イギリスの経済力の背景となったサッチャーリズムなど、コンパクトに紹介している。
 ここまでメモを紹介したが、岩波新書が多いなあ。よく読んでいるなという面と、お金を出してまで買っていないという面の二つが浮かび上がる。どちらが要因として強いのか?

7月某日
 大学入試問題のプロジェクトの後始末をどうするかのミーティングのために、日大にあるネットワークの事務室にでかける。
 入試プロジェクトは2010年から3年間継続して行い、かなりのデータがあつまり、一部は学会などでも発表してきたが、最後の締め、もしくは今後どうその成果を生かすか、宙ぶらりんになっていた。
 今回のミーティングでは、入試問題のレーティングを、教育的に優れたもの・そうでないもの、経済学的に優れたもの・そうでないものの価値軸を二つ用意すれば4つ、ないしそれ以上のレーティングができ、現場でも、入試担当者にも参考になる、など貴重な意見をいただいた。
 秋から再び挑戦する気持ちになってきた。複数の目で見ることが大事であることを実感。

7月某日
 4月からお手伝いしてきた、東証と日商協が出している「レインボーニュース」が完成。
 鈴木敏夫(ジブリ・プロデューサー)さんのインタビューや「はごろも」缶詰の工場見学など読みでのある記事ができたと思う。また、府中東高の塙先生の授業も紹介されている。中高には配送されているが、大学の先生方もぜひ一読を。

7月某日
 台風接近。前日まで晴天で暑い日だったのが、一転して強風・豪雨に。こんな日に出かけなくてすむのは退職教員の有難さ。
 40年前、最初の職場で同僚だった仲間に電話をする。年賀状のやり取りはしていたのだが、コンタクトをとるのは何十年ぶり。
 私は民間会社で社会人生活をスタートしたのだが、その2年間が社会人としての骨組みを造ってくれたと思っている。そのときの同期である。ネットのアドレスを交換して、月末には会う約束をする。どんな話が聞けるか楽しみ。
 夕方は、孫のお迎え。

7月某日
 防衛法案の国会(衆議院)審議が大詰め。
 本日は、委員会で採決強行。あすは、本会議での採決に。
 安倍内閣の強引な手法が目立つ。また、ほころびも同時に目立つ。反対のデモなども、若者が増えているという。
 俳人の金子兜太さんが書いた「アベ政治を許さない」という字(プラカードに使っている人間が多い)がとても印象的。あの字を見ると潮目が変わってきたような印象。

7月某日
 教科書の改定会議に出席。
 使い始めたと思ったらすぐに改定の準備となる。今回の改訂は、大きな変更よりファインチューニングとなるのだが、それでも18歳選挙権、安全保障関係の記述、TPP関連の帰結など、時代の変化に合わせた書き方が必要になりそう。
 とはいえ、「まるで俳句」といわれた教科書の記述をいかに、現場のニーズに合わせつつ、わかりやすくかつコンパクトに書くかという、いつもながらの課題は変わらない。
 それにしても、もっと若い書き手が増えていないといけないようなー、と会議のあとの懇親会でひとしきり話題に。でも、今の現場の忙しさなどから考えると、じっくりステップを踏んで、書き手を育てる仕組みそのものが成立しない。
 いつになったら「ロートルはただ去り行くのみ」と言えるのだろうか。



出戻り非常勤日記 11 投稿者:新井 明 投稿日:2015/07/12(Sun) 20:54 No.796

7月某日
 老人ホームに行く前に、古本屋により100円の本を手に入れる。
 ホームでの母の時間つぶしは、本を読むことである。単行本は重くてダメ。そうなると文庫本になる。それも古典的な小説などもダメ。結局、軽い時代小説、推理小説となる。具体的には佐伯泰英、西村京太郎などのレベルのものを好んで読む。
 ホームにも本棚がありその手の小説が結構あるのだが、入所してから5年以上たつとほとんど読みつくしてしまい、同じ本を何度も読むことになっている。
 古本屋では、まず半額くらいの値をつけ、売れないと100円に下げるという二段階の値付けをしているようだ。だから、端本などが新しくても結構100円のところにある。そんなものを見繕って5,6冊買って差し入れた。でも、そんなに喜ばない。長いホーム生活になるとこの程度の差し入れではだめか。

7月某日
 小石川の講師。一学期の最後の授業となる。テストを返却して、前日に作った時事問題のプリントを使って、話をすすめる。
 ギリシャ問題、集団的安保の問題、18歳選挙権を巡る話など、このところ新聞に取り上げられている事件はいずれも「政治・経済」の授業に関わる問題で、当然入試問題にも取り上げられるはず。受験勉強は楽しんでやるべきという意味もこめて、しっかり新聞やニュースに注目するようにとお尻をたたいた。
 でも、しっかり読んで納得できるような記事やニュースが載っているか、ちょっと怪しい時代でもある。NIEがさかんに新聞社から働きかけられているが、本当にそれに値するニュースを提供しているか、そこから吟味しないといけないのではと思ってしまう。

7月某日
 連日雨ばかり続く。本日、我が家では気温20度、湿度79%を記録した。
 じっと座って本など読んでいると寒い。だからセータを着こんでいる。でも、動くと蒸し暑い。本日は、一歩も外に出ず閑居。退職教員だから閑居ができるのであって、通勤や通学で雨中に出かけなければならない現役の方は大変だと思う。

7月某日
 ちょっと調べたいことがありネットで検索していたら面白い中学入試問題にぶち当たる。
森村学園という学校が神奈川にある。この学校、受験的にはそれほど有名ではないけれど、森村財閥の創始者がつくったユニークな学校で、そこの中学部の入試問題である。
 森村財閥は戦前の中小財閥の一つ。現在のノリタケ、TOTO、日本ガイシなどがそこから出てきている。
 さて、森村学園中の社会科の入試問題。リード文が工夫されている、問題意識がシャープである、こんなことを考えてほしいというメッセージ性があるという三位一体のような問題であった(ちょっとほめ過ぎか)。
 例えば、日本人と桜をテーマにした問題では、昔から桜が日本精神の表れと言われているという文章をだし、そのどこが間違っているか資料文をふまえて論じさせるという問題。インドネシアでのアメリカのたばこ会社の経営戦略を紹介したあとで、もしインドネシアで煙草に対する規制が強化されたら、アメリカのたばこ会社はどんな戦略をとるだろうかという設問をぶつける。
 ちょっとびっくりのレベルの問題である。ほかにも、小平市の住民投票、ヘイトスピーチ、はだしのゲンの閲覧問題、イラク戦争時の自衛隊の違法行為など、しっかり世の中を見つめているなという問題を出している。また、学校で作った憲法を巡って、その問題点を指摘させると言う問題もある。
 ちなみに、同中学の問題には、社会科では、事項をばらばらに暗記するのではなく、相互につなげながら、なぜそうなるかを理解してゆくことが大切、ということを念頭に置いて回答せよとの指示も出している。当然、解答例も公表している。
 この中学、入試を三回+帰国生向けで四回やっている。社会科の問題つくりは三回分だが、それを毎年やっているわけだ。大学入試プロジェクトで安易な大学入試問題を多数みたが、大学の先生方は爪の垢でも煎じて飲んだ方がよいかもしれない、などと思ってしまった。

7月某日
 小石川へでかける。本日は授業はないのだが、成績処理のための登校。
 雨の中、出かけなければいけないのだが、閑居していた人間としては、久しぶりの外出であまり苦にならない。
 電車の中では、行きと帰りに、ホームレスと思われるおっちゃん(別々の人)と出っくわす。この雨の中、たしかに一日雨露をしのぐのは電車に乗ることは合理的選択かもしれない。
 学校では、前日の中学入試問題に刺激されたこともあり、慶応大学の小論文入試の問題をリサーチしてみた。法学部の小論文は、形式としてはオーソドックスだが、資料文の選択がなかなか鋭いものがある。商学部は、論理問題や計算問題、企業倫理、経営戦略など商学や経営学に関連する問題でこれはユニーク。経済学部は法学部に比べるとちょっとシャープさが足りないかなどと思いながら、出典や問題をチェックした。
 中学入試と大学入試は受験者数など全く違った条件のもとの出題なので、簡単に比較はできない。それでも慶応は、頑張ってメッセージ性のある入試問題を作っているなと感心。採点はどうするのか、心配になるが、この種の問題をしっかり出すことで、受験生をスクリーニングするのは良し、と感じる。

7月某日
 日本学術会議の「参照基準」を読む。
 正式名称は「大学教育の分野別質保障のための教育課編成上の参照基準経済学分野」というもの。
 これに批判的な人たちを中心に編まれた『経済学と経済教育の未来』(桜井書店)を読みながら、メモを取る。
 経済学では、日本経済学会が中心になって、いわゆる主流派経済学を中心にした標準型シラバス(大学版学習指導要領)のようなものを出そうとしたのだが、経済学の多様性を主張する他学会から異議がだされ、すったもんだの末、出されたものがこの参照基準である。
 いよいよ大学でもこの手のモノが登場ということなのだが、わが意を得たりという部分と、もうすこし書き込んでほしいなと思う部分、この路線でいって大丈夫かなと思う部分などいろいろ思いが浮かぶ。
 いずれにしても、大学も教育内容の「質保障」が要求される時代になったということだろう。隔世の感あり。

 今週は、雨が連続したこともあり、保育園に孫のお迎え3回。過保護だなあと思いつつ、助けられるなら助けてやらなければ、子育てをしながら仕事を継続することはつらいだろう思うことしきり。




出戻り非常勤日記 10 投稿者:新井 明 投稿日:2015/07/05(Sun) 21:54 No.795

6月某日
 新国立美術館にマグリット展を見に行く。
 マグリットは、多くの倫理の教科書の口絵に掲載されていた。それは、当時の教科調査官がマグリットが好きで、現代社会の特質の箇所で、絵画の例でマグリットを解説にあげていたからである。
 これまで何点かは見てきたが、今回は100点を超える作品が展示されている。これだけの作品を見るチャンスはもうないかと思って出かけたと言うわけ。今回は単独。わが奥さんは、「あんなの好きではない、どうぞおひとりで」とのたまった。
 さて、感想であるが、絵を見ると言うより、アイディアを楽しんだというところである。とにかく多作。また、シュールリアリズムというのが悪く言えば一種のこけおどしということがみてゆくと分かる。
 とはいえ、私たちがなんとなく変だという形で感じている違和感や見落としているものを、ずばりイメージで形にしていると言う点では、見ごたえはあった。
 帰りに、一枚だけ絵ハガキを買ってきて、部屋に飾った。題名は「ピレネーの城」だが、「天空の城ラピュタ」だね、この絵は。

6月某日
 岩井克人さんの『経済学の宇宙』日本経済新聞出版社、を読む。
 長時間のインタビューをまとめたもの。上野千鶴子さんのものも面白かったが、これも非常に面白い。面白いと言うよりちょっとくらくらする内容でもある。
 不均衡動学で新古典派経済学を内側から突破したいという若気の至りが「転落」の始まりと岩井さんは言う。日本にもどり、貨幣論で無限論に接近し、自己循環法こそが経済の本質と喝破し、マルクスをテクストとして読み、法人論、言語・法・貨幣論に進んでゆく軌跡が興味深かった。
 内容的には、かなりヘビーなところもあり、わかったとはとても言えないが、実在論と名目論の総合をめざし、人間科学を追求したいという岩井さんの今後の成果が期待される。
 それにして、猪木さんも、塩野谷さんもそうだったが、アリストテレスに出発点があるというところが目を引いた。また、日本語で考えて文章化、それをモデル化して、英文で世界に発信するという一連のプロセスも、これからの教育のあり方とリンクさせると示唆するものが多いなと感じる。
 ちなみに、大学時代、アメリカ留学のところでは、わが篠原先生も登場しています。

7月某日
 はやくも一年の半分が過ぎた。
 アマゾンに注文していた『シュナの旅』が到着。
 これは、上野さんと鈴木敏夫さんの対談のなかで、取り上げられていたもの。未読だったので、注文。1円+送料である。中身は確かに宮崎駿氏の原点たる作品だと思う。
 ナウシカの原型でもあり、もののけ姫の要素もあり、ゲド戦記にも通じる。とにかく、絶望のなかのかすかな希望がうたわれている。チベット民話が下敷きなのだそうだが、苦い希望の本とでも言える本。

7月某日
 昨年、甲状腺と副腎の腫瘍でばたばたしたのだが、一年たったので観察のために病院にでかける。
 一連の検査の結果、大きくはなっていないということで、二年間の猶予がまた与えられた。「生きていたらまた来ます」と先生に言ったら、「元気そうだから大丈夫でしょう」と言われた。
 昨年の騒動はなんだったのかと一瞬思ったが、人間何が起こるかわからないもの。二年後までもう少し頑張ろうと思う。

7月某日
 このところ世の中が騒々しい。
 新幹線の事件は、現代的。集団就職組の末路の一つ。アリさんの最後なのか、それともキリギリスの自爆なのか。新聞報道だけではよくわからない。
 新聞こらしめる発言も、政治家の劣化を象徴するような話だ。とはいえ、懲らしめられる対象の新聞も、分析や報道の内容や質は決してほめられたものではない。また、くだんの作家が役員をやっていた、NHKのニュースなども本当に報道すべきものをきちんとやっていない。
 そういっている自分自身だって、本当に必要な内容を生徒につたえているのだろうか、伝えてきたのだろうか、と思うこともある。
 本日も、孫のひきとりのためにクルマを出す。この子が成人した時の日本はどうなっているのかと、あやしながら思う。



出戻り非常勤日記 9 投稿者:新井 明 投稿日:2015/06/29(Mon) 00:56 No.794

6月某日
 立て続けに新書を読んでいる。今読んでいるのは、広井良典『ポスト資本主義社会』岩波新書、盛山和男『社会保障が経済を強くする』光文社新書、原田泰『ベーシックインカム』中公新書である。
 広井、盛山本は、現代の資本主義に批判的なスタンスの本である。広井さんのものは、持続可能な福祉社会という定常型社会を主張する。盛山さんは社会学者であるが、主流派経済学を批判し社会保障による成長戦略が可能であると主張する。
 それに対して、原田本は、原田さんが日銀理事になったように、現在の経済制度を基本的に肯定しながら、現行の福祉制度の矛盾をベーシックインカム方式導入で解こうというもの。
 これらを読んでゆくと、社会保障を巡って、大きな対立が横たわっていることがわかる。要は現代の主流派経済学をどう評価するかに帰着するのだが、同じテーマでもこんなに評価や提言が違うのが興味深いというレベルを超えて、ちょっとくらくらするくらいである。
 この種の本を読むには、「ほんまかいな?」と突っ込みを入れながら読むことが必要だと感じる。特に、盛山本は経済学への批判的言辞がつらなっているが、「ほんまかいな!」という部分が多かった。ご本人はこんなにすばらしいことを言っているのに、相手にされていないと怒っているが、それは仕方ないでしょうという感じである。

6月某日
 中耳炎の治療に通っている。
 治療後、「何かほかに心配はありませんか?」と聞かれたので、「この頃声がれがひどくて」と言ったら、すぐに内視鏡で検査された。結果は、加齢による声変わりという。医者曰く、「人間は二度声変わりをするんですよ。一度は、子どもから大人への時期、もう一度は高齢者になる時」。安心すると同時に、いよいよ私も名実ともに高齢者の仲間入りと思わされた。

6月某日
 小石川の非常勤の日。本日は、テストを行う。選択科目なので、授業時間にテストを実施する。問題は、授業の演習でやった入試問題を使って、正誤判定をさせる問題25題と、事前にテーマを与えておいたエッセイ。
 正誤判定問題は、センター対策で受講している生徒が多いので、その準備でもある。単なる正誤だけでなく、間違いを訂正せよとの指示をだしているので、レベルはやや難しいものとなっている。
 エッセイでは、市場経済への評価と、アベノミクスへの評価どちらかを選択させたが、両方とも完全に肯定と否定(批判)が半々に分かれた。生徒でも、これだけ賛否が二分されるのだから、ましてや大人たちも同じかと思う。いや、大人たちの評価の分裂を生徒も受けてこうなっているのかもしれない。
 東京部会に参加するまでに時間があったので、採点をほぼ済ませる。

6月某日
 一日蟄居。夕方雨が降り、孫の迎えに自動車を出す。
 娘に言わせると、とにかく大変。言葉が十分ではないので、何を要求しているのかが分からない。いったんやりたいことがはじまると、それに付き合うと家事など何もできなくなるという。「最後は私も切れて、ほっておくと泣いているよ」と、娘。子育てをしながら母は強くなってゆくのだと思う。

6月某日
 本日は私の誕生日。とにかく、一年で最悪のコンディションの季節が誕生日。もう66歳になってしまった。あっという間である。これからが長い日々になるのだろうなとも思う。
 今日は、松本サリン事件の日でもある。また、永山則夫の誕生日でもある。
 前日、小石川の図書館から借りた、中上健次の小説『鳳仙花』を読む。自分の母をモデルとした一族小説。読ませるが、遠い世界の話のような気もする。

6月某日
 老人ホームにでかける。
 だんだん自己管理ができなくなっている様子。化粧品のふたがしっかり閉められずに、なかが流れてしまい、それを整理してやる。それでもまだ新聞を読み、文庫本を読んでいる。母曰く「昨日、医者にいったら体はどこも悪くないと言われてしまった。こんなに調子がわるいのに」。私「年なんだから仕方ないよ。こっちの方が先に行くかも」。そういったら苦笑していた。高齢社会の現実。
 自宅に戻って、近くの図書館へ。今回借りた本の中では、上野千鶴子の対談集『思想をかたちにする』青土社、が圧倒的に面白い。特に、小熊英二氏とのものと、鈴木敏夫さんとのものが秀逸。とはいえ、団塊世代の老後の生き方を考えるには刺激が強すぎる。



出戻り非常勤日記 8 投稿者:新井 明 投稿日:2015/06/23(Tue) 11:13 No.793

6月某日
 中耳炎になり耳鼻科へ。昨年も同じ時期になってしまった滲出性中耳炎というやつである。自覚症状がなく突然始まるのがこの特徴。医者曰く、鼓膜に穴があいているので黴菌が入ちゃうんですよね。黴菌はどこでもいるからね。そう、世の中は黴菌だらけだから、弱点があれば侵入する。情報流出のどこかの組織のようだ。

6月某日
 本を何冊か読んだり読み直したりしている。
 今読んでいるのは、ジイド『贋金つくり』。岩波文庫の復刊で手に入りやすくなり、購入。この本、家庭小説なのだが、貨幣論と関連して読める。それは、亡き今村仁司氏が『貨幣とはなんだろうか』ちくま新書(これは同新書の第一号の本)で喝破していた。ずーっと昔に今村さんの本を読んでいて気になっていた。
 活字が小さくて読みにくいのだが、傍らに今村さんの本を置きながら読み進む。四つの家庭の崩壊と再生?がテーマ。そこに「すべての存在が本物にして偽物であるという両義的なものが恐怖」という家族関係、人間関係と貨幣関係をパラレルに見通したジッドの透徹した見方がこの小説にはあると今村さんは言う。
 小説には、子どもの家出、贋金を流通させようと言う子供たちのたくらみ、いじめ、自殺など現代に通じる話もたくさんでてくる。今村さんは、「人間の根源的存在のあり方に関する限りでは、文学の方が経済学よりすっと貨幣形式の問題を深く掘り下げている」と書き、さらに「経済学が経済のことしか語らないとすれば、それは人間的現実を本当に説明したことにならない」とも言う。厳しい指摘だ。
 ピケティが『21世紀の資本』でバルザックなどをとりあげていることが批判されることがあったが、文学者の世の中を見る目はかなりたしかということもあるのだと納得。

6月某日
 先日本を読んでいたら、突然映画を見たくなり、アマゾンに注文したDVDが到着。
 読んでいた本は、ジョセフ・ヒースの『啓蒙思想2.0』NTT出版、という本。なんだか、この著者昔読んだことがあると本箱を見ていたら、『資本主義が嫌いな人のための経済学』の著者なんだと発見。そこで同書を読み直そうと思ったら、冒頭に『ブレードランナー』が出てきた。
 『ブレードランナー』は、日経の土曜版のランキングでSF映画の1位になっていたが、未見だった。そこで、本を読むよりまず映画だとなったわけである。
 この映画1982年のものだから、23年たっている。さすがに衣装などが当時のいけいけスタイルで苦笑。まあ、暗い映画だと思いつつ、見てゆく。
 わかもとの宣伝パネル、中国人やアジア人へのステレオタイプなどいかにもハリウッド的偏見にみちた映画だが、人間とアンドロイドの違いは何か、人間にとって時間とは何かなどの難問をエンターテイメントで見せてゆくという点でその力量に関心。でも、何度も見たい映画ではないなと感じる。
 本の方は、なかなかシャープな問題提起で面白いが、沢山の論点がありすぎ、どこかから手を付けようかと思いあぐむ。

6月某日
 近所の床屋にでかける。
 頭は薄くなってしまったが、一定程度伸びるとうっとうしい。そこで気分転換もかねて床屋さんに二か月に一度くらいでかける。この床屋さん、引っ越して以来の付き合いで、なかなか腕がよいので気に入っている。
 お店は、区画整理計画があり、新規投資をしないのでみすぼらしい。だから、若者は来ない。来るのは私のような年寄りばかり。でも、近所の情報や昔の生活ぶりなどを話しながら散髪してもらうのはとても気分がよいものだ。でも、床屋さんも高齢で、区画整理がはじまったら廃業するだろう。そうなったら、どこに行くべきか。これも高齢社会の断片である。

6月某日
 6月の誕生日が私を含め親族に3人いるので、一族集合をかけようかと思ったのだが、孫がやんちゃなので、別々に集まることになった。
 最初は息子一家。我が家に来て昼食をとる。その後、娘の家に移動。ここでは飲み物だけがでるだけ。孫二人は、一つのおもちゃをとりあって大変。やはり一族集合はもう少したってからかもしれない。


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