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再度のコメントです。 投稿者:K.i 投稿日:2015/06/17(Wed) 23:53 No.792

先生のおっしゃるように,介護職の賃金や労働環境の問題などは,1990年代から2000年の初めのほうの文献にはけっこう出てくるのですが,今はなかなか広く語られていません。介護ヘルパー・作業療法士・訪問看護士・ケアマネージャーなどがすべて関わりながら共通の相手に対し,サービスを行っているにもかかわらず,お互いの労働条件を語る場と時間がないようです。また理念が先に立ち低賃金に甘んじながらも働き,かつお互いの労働環境を何とかしようとしている人たちは,大阪など西側の地域に多いような気がします。(そういう本が出ているのが西側に多いのです)事業所間の考え方の差もまた大きくなってきているようです。介護保険法の改正が進むたびに,仕事をロボット的にこなすことしかできない環境になっているのも問題です。介護保険の利用者とサービスを行う事業所・ヘルパーの間で,お互いの「理解のなさ」をあげつらうような関係を作り出してしまう複雑なしくみが大きなネックでもあります。ここをどうクリアしていくか,ケアマネと利用者をつなぐさらなるしくみが必要かもしれません。そこを行政が請け負わない(負担しない)ところがどうにかならないかと思うのですが…必要以上に細かいコメントになったかもしれませんが,このようなことをずっと考えています。



出戻り非常勤日記 7 投稿者:新井 明 投稿日:2015/06/14(Sun) 22:13 No.789

6月某日
 一歩も外に出ず。発表用のppを作成。できるだけすっきりわかるようにあまりこまかくせず、ドラフトの骨子をまとめる形にする。

6月某日
 大学図書館により本を数冊借りてくる。前日、インターネットの放送(OTTAVA)で紹介していた三浦淳史という音楽評論家の本。大学図書館には入っていた。
 日大のネットワークの事務所により、掃除。コンビニで買ってきたサンドイッチとコーヒーで昼食。この頃は、昼食は軽くても十分になってしまった。
 学校に行き、授業準備。本日は1時間のみ。

6月某日
 アルバイトの入試問題解答の問い合わせが来る。これがくるとグルーミーになる。なぜなら、ミスの指摘が多いからである。見落としや調査不足などが理由で、編集サイドでチェックされたミスの訂正の確認が多い。ただし、大学が正解を発表していないので、編集サイドと見解が違う例もでてくる。
 本日のものは、この例がでてきた。地方自治の本旨の一つの住民自治がどこの影響のものかという設問で、イギリスかアメリカのどちらかというもの。本来イギリス起源なのだからイギリスとすべきというのが編集サイド、そこまで教えていないし、憲法制定の過程を考えるとアメリカでよいのではというのが私。最終判断は編集部に任せることになるのだが、もし大学がイギリスをもとめているとすると、それをしっかり理解してたどり着ける受験生なんて、この大学では(失礼!)いないよな、と思いつつ返事を出す。


6月某日
 妻の故郷へ往復。
 妻は「不在地主」なので、地代を受け取りにゆくのである。といっても、地代は年5000円。お土産を持参しての請求行脚である。また、実家も空家にならないように、土地と一緒に使ってもらっている。これも家賃0円である。それでも、耕作してくれる人がいるので荒れ地にならないし、実家もなんとかまだ家として生きている。
 とはいえ、いつこのバランスが崩壊するか。高齢化の現実を見ると時間の問題であることは事実。さしあたりは引き伸ばしをはかるしか対応策は、我が家に関してはなし。

6月某日
 孫が自動扉の間に手をはさみ、大変だとの電話がはいる。前に味噌汁を腕にかけ、救急車を頼んだことがあり、その二の舞かと思ってあわてて娘のマンションに駆けつける。
 幸い、大したことがなく、シップをする程度でホッとする。保育園帰りにマンションの子供用のプレイルームで遊び、なかなか帰りたがらないのをむりやり引っ張って返そうとした時の事故とのこと。孫は。妻に「そんなわがままを言ってはダメ」と叱責されたら、娘にだきついて泣いていた。
 こどもでも怒られたことが分かるんだと変なところで感心。甘やかすことと、禁止することを分けながら育てることの大切さも感じる。でも、よかった。

6月某日
 小石川の授業は午後3時間。前半2時間は国民所得。今回は、少しうまく説明ができたのか、まあ、納得した顔つき。終わってから雑談をしたり、質問を受けたりする。授業での応答も少人数だとやりやすいが、こんな雑談から彼らの意識や生活ぶりがうかがえる。
 「お金で幸せになれるか」という質問を授業中にしたのだが、こんな問題みんなで話すことある?と聞いたら、「ない」との答え。多分、どこかでその種のまじめな話をしたいと望んでいるはずなのだが、その種のしゃべり場の不足を感じる。でも、教員もそれに近いかもしれない。

6月某日
 学会出席。今回の発表テーマは哲学対話。経済教育の新井君が哲学だってと、朝合った某氏に揶揄されてしまった。
 今回は、事前にドラフトを数人の関係者に読んでもらっていたので、それを踏まえての発表である。
 自分の発表よりも、他の発表にいろいろ質問をしてしまった。生活つづり方を東北の現実のなかで書かせられないかという発表に対しては、「私たち教員に生活がないのだからそれは無理」と言って顰蹙をかってしまった。とはいえ、社会科教育に関しては、社会科教員の生活からでてくる思いがない、薄くなっている、そんなことに関わらない…ということは事実ではないかと思わざるを得ない。
 生活がない新井君がそんなことをいう資格はないのかもしれないが、いろいろな発表がつまらないのは、教師の実存が教育にないからだと思っているのは本音。
 学会終了後、参加の若い先生、研究者のたまごと私と先輩の先生5人で懇談。老人二人の怪気炎に若手は押されっぱなしだったかもしれない。
 学会で気になったこと。全く憲法問題の議論がないこと。ほんとうにこれで大丈夫なのかと思った。もう一つ、私が聞いた発表のうち、ppを使ったのは私一人だったこと。これもびっくりだった。プレゼンの指導は教員からかもしれない。



Re: 出戻り非常勤日記 7 K.I - 2015/06/15(Mon) 00:14 No.790

元教員です。つい最近実父の死亡や財産放棄の手続きをしたり、難病の義母の介護と介護保険にかかわる多くの手配など経験して、教員の頃には考えられなかった現実を前に、また教壇に立ったらきっと前とは違う感じ方ができるだろうなと思っています。教員でいた時、最後の10年近くはまったく教材の話や「まじめな話」を教員どおしでできませんでした。教師の実存、というのはどこにあるのでしょうか。そういえばオイコノミアで又吉直樹さんのことばは、説得力があります。(彼の本を読んでから見たらなおのこと)自分の丈に合った話をどう展開できるか、難しいですね。介護保険でのケアマネ事情や制度のこと、医療保険との関係や看護・リハビリ、食事の大切さ、座ることの意味など勉強しながら、こういう知識もできれば社会的に活用させてくれる場があるといいなと感じています。きっと多くの人が介護保険ではつまずいてばかりだと思うので。実際、わたしも家族というしがらみの中で、制度を十分活用できない経験を積んでいますが。ケアプランの立て方にしても書籍として出ているものでは不十分です。学校という場や経済教育という場ではぴったりはまらないかもしれませんが、もっと多くの学びを共有し合える場があるといいと思ったりしています。あまり新井先生の文章には関係ないことになってしまったかもしれません。失礼しました。



Re: 出戻り非常勤日記 7 新井 明 - 2015/06/16(Tue) 20:16 No.791

コメント有難うございます。
 おっしゃるように、最近の10年は「まじめな」話が同僚とできなくなってしまったことは私も実感しています。東京都の場合は、日の丸君が代からそれがはじまり、職員会議の位置づけ変更、自己申告制と連続してそうなってきたということだと思っています。もとに戻すことはもう不可能かと思うので、あとはその条件のなかでいかに押し返せるかが問われるわけです。少しでもそういう雰囲気を伝えたいと思い生きてきました。どこまで伝わるか、これから実証されてゆくかと思っています。
 家族の問題は私事ですが、やはり私たちの教育活動に反映しますね。私は、比較すればまだ恵まれた状態かもしれませんが、介護問題は家族を崩壊させかねないことはこれも実感として持っています。このような思いはストレートに授業に出すことは抑制していましたが、取り上げたテーマによっては、潜在的な問題意識としてもっていました。
 教師の実存などと口走って、恥ずかしい限りです。本日もホームの母に会いに行ってきましたが、頭でっかちな新井先生も、老母のトイレを手伝ったり、片づけをしたり、体が動くように少しずつ訓練させられています。(妻の叱責も大きな動因ですが)
 関連して、制度的な問題もそうですが、本当に必要な労働がなぜ十分に供給されないのか、また、その仕事がどうして低賃金なのか、それをどう解決してゆくのか、そんな疑問に応えてくれる本は本当に少ないなと思っています。制度を語り、制度設計を考えるのと並行して、素朴だけれど、本質的なと思われる疑問にきちんとこたえられる経済教育が必要と、コメントを読みながら考えました。



出戻り非常勤日記 6 投稿者:新井 明 投稿日:2015/06/07(Sun) 22:05 No.788

6月某日
 大嫌いな6月になった。とはいえ、からっとした暑さ。梅雨はまだはじまらない。
 本日は、午前中から会議があるため早めに自宅をでる。途中、本を返却するために大学による。返却だけで引き返そうと思ったのだが、新刊のコーナーをちらっと見たら何冊かおもしろそうなものがあったので、借りてしまう。
 一冊は、『経済学と経済教育の未来』桜井書店。学術会議の参照基準に絡む本である。冒頭の八木紀一郎さんの文章に、経済教育山岡組のテストの紹介があり、NCEEのスタンダードなどと参照基準の類似点を指摘し、その批判をしている。立派に批判の対象になったという意味ではここまでが無駄ではなかったと変なところで感心。なにしろ参照基準には、経済学部生が学ぶべき概念のひとつに機会費用が挙げられているのである。この本は、買わなくてはいけないと思いなおす。
 ほかには、ハーグリーブス『知識社会の学校と教師』金子書房、翁邦雄『経済の大展開と日本銀行』岩波書店、大澤真幸『自由と言う牢獄』岩波書店。みんなちゃんと読まなければいけないような本。眺める以上の読書は難しい。
 会議は途中で中座して、学校に。
 本日は1時間の授業。効率は悪いが、教えることは面白い。

6月某日
 塙先生の授業見学に府中東高校へ。直線にしたら近いのだが、意外と交通が不便で、結局駅から30分近く歩く。
 授業は、現在価値をテーマにした「アリとキリギリス」のもの。三年生のなかなか元気なクラスで、生徒とやり取りをしながらテンポよくみごとにまとめていった。一番中心となる現在価値はおおよそ分かればよいというスタンスで、計算はさせなかった。これはこれで見識だろう。帰って、自分だったらどうするか、授業の流れのメモを作る。
 久しぶりに他校での授業を参観した。若い先生がはつらつと授業をやっているのを見て、次の時代は大丈夫と思う。

6月某日
 孫がちょっと不調ということで、一日預かる。集団生活でストレスをためているのかもしれない。せきと鼻水がでるが、元気なのでホッとする。こちらも小さな子の動きが少しわかりかけたので、手抜きができるようになりあまり大変さを感じなくなってきていることは有難い。
 保育園が整備されても、そこでの適応や細かいケアはどうしても個人差が出る。これは高齢者も同じ。施設に預けたらそれでおしまいということではなく、家族の配慮が必要となる。幼児と高齢者を同時に見ていて、ケアの難しを実感。

6月某日
 さわやかな日となる。非常勤の授業のために出かける。本日は3時間。少し早目に出て、同じ非常勤(日勤講師)の先生と昼食を一緒に食べる。昼に準備室でコーヒーを入れる役を3月までやっていたこともあり、本日は私がみんなのコーヒーを入れる。こんなちょっとしたことでも、現役の先生方がすこしホッとする時間や空間ができればいいなと思っている。
 とはいえ、ジイサマ方のしゃべり場と化しているだけなのかもしれない。
 授業は、国民所得の箇所。なんどやってもうまくゆかない。今回は生徒の顔がわかったという顔にならなかった。ちょっぴり癪である。

6月某日
 同年齢で、退職して故郷に帰った元の仲間の先生と合うために東中野まで出かける。彼は、地理の先生で管理職までやったのだが、親の介護もあり故郷に戻ったのである。現役の時の仕事を生かして、社会保険労務士の資格をとり、活動しているとのこと。本当は非常勤で教壇に立ちたかったが地方だと講師の需要が無かったとも言っていた。
 高校の同期生のうち5人が故郷で社労士になっているそうだ。それも彼を含めた3人が退職後の第二の仕事にしているとのこと。高齢者の一つの生き方だなと感心。
 地場産業や地方での企業活動の様子などを話題になった。面白そうな企業名をいくつか聞いたのだが、取材するのはちょっと遠いなあと思う。でもチャンスがあれば行ってみたいものだ。

6月某日
 ホームの母が不調との連絡が入り、出かける。軽い風邪のようだが、家族がゆくと安心したらしくそれなりに復調。それでも、老化のステージが一歩進んだようだ。車いすを代えたり、訪問の回数を増やすなどしなければいけなくなるかもしれない。
 それにしても、地震の話題になった時、「早くお迎えが来ればよい、もう十分だ」と常々言っている母が、「怖くてベッドの手すりにつかまっていたよ」とのたまったので、笑ってしまった。「人間はいざというときには、言葉とはうらはらに、最後まで生きようとするんだね」と言ったら、母も苦笑していた。
 あすは、公民学会の発表資料をつくらねば。




出戻り非常勤日記5 投稿者:新井 明 投稿日:2015/05/31(Sun) 22:07 No.787

5月某日
 冊子の取材で焼津まででかける。静岡までは新幹線、そこから東海道線に乗り換え3駅目。駅前商店街は、半分くらいはシャッター。婦人物の衣料品店が目立つ。かつては地元の人たちがたくさん集まったんだろうなと思わせる風景。
 取材先は、ツナ缶の工場。缶詰工業は日本の産業革命ともからむし、戦争、海外輸出など多様な側面を持っているので、ぜひ取り上げたいと思っていた。また、取材先の「はごろもフーズ」はシーチキンブランドでツナ缶の国内市場を開拓したフロンティア精神を持った会社でもある。
 事前に予習をしていったが、百聞は一見に如かずである。冷凍まぐろを解凍し、それを蒸し、切断して、皮や内臓をカットしてゆく一連のプロセスは、かなりの迫力。リアルに私たちは生き物を食べているんだと言う実感がわく。ラインには、外国人(インドネシアだそうです)の研修生もいて、国際的であることが分かる。
 見学後、質疑応答。人と自然をおいしくつなぐというキャッチフレーズが嘘ではないことを確認。印象的だったのは、とにかく食べ物なので安全性に最新の注意を払っていたこと。また、ほとんど廃棄物を出さないクローズな工場であること。
 これをどうまとめてゆくか。編集者の力量が問われるなと思いながら、帰宅。

5月某日
 奥さんとバラを見に行く。近くに大きな都立公園があり、そこにバラ園があり、満開との情報ででかける。駐車場が一杯になる前に到着するために、少し早目に出る。それでも、結構な人出。遠足の幼稚園児、保育園児、小学生と我々のような高齢者が多い。
 バラは盛りをちょっと過ぎていて、残念。写真を向けている人のほとんどが高齢の男性。高価そうなカメラで写真をとっていた。でも、ちょっと孤独。
 けちな奥さんの指令で、駐車時間1時間で帰宅。慌しい見学だったが、それでも外にでかけるのは気持ちが良い。

5月某日
 大竹先生の『経済学のセンスをみがく』日経新聞出版社刊を読む。日本経済研究センターのホームページのコラムを集めたものなので、読みやすく、かつ経済学が役立つ事例が多く取り上げており、お勧めの本。
 内容は、四つに分かれていて、第1章はなぜ農家はレタスを処分するのか、第2章は情けは人のためならず、第3章は軽減税率はお金持ちに有利? 第4章は教育の思わぬ効果である。それぞれの章に小さな文章が組み込まれている。
 レタスのケースは、この欄でも大竹先生が取り上げたことがあるテーマ。教科書の扱いもそれをきっかけに変わっていったはず。夏の経済教室で大竹先生にお願いしているテーマである教育に関しては、4章の5にある「反競争的な教育が助け合いを減らす?」がそれにあたる。
 小さな本だが、内容は詰まっている。授業で使える事例やヒントも多い。一読あれ。

5月某日
 退職後、大学院に行った先輩の先生とお目にかかる。校長まで経験したのだが、とにかく金融を勉強したいということで、正規の受験で大学院にゆかれた。修士論文と科研費の報告書をまとめて『金融リテラシーを測定する尺度の提案』東京学芸大学出版会、という本(冊子)を出された。3月に贈られたのだが、ばたばたしていて最近読み、質問などをやり取りをしたら、会って話しましょうということになった。
 夕方駅で落ちあい、ちかくのレストランへ。先輩はワイン、私はビールで乾杯。あとはいろいろな雑談。また、研究の方法や内容の話など。とても愉快な会であった。退職したメリットの一つだろう。
 先輩は46歳で管理職になってしまったが、人生失敗だったと述懐されているのが印象的だった。教壇にたって、研究をしてゆけばもっと早く成果がでたかもしれないという。私のように管理職から逃げた人間には何とも言えないが、ひらの教員をやっていても、この程度であるのだから、どちらが良いのかは棺桶にはいるまでわかりませんねと、答えた。これでいいんだろうなあ。

5月某日
 中間テスト明けで、久しぶりに授業に出る。3時間連続だと疲れるが、受験生でもあり、6年生(高3)にもなっているので、内容をしっかり受け止めている感じがあり、健康的な疲れ方。本日は、一つのクラスで、需給曲線と市場の失敗を語り、もう一つはレモンの2を訳読する。

5月某日
 キャリアガイダンスを頼まれ大学へ。教員とはどんな職業なのかという観点で「職業としての教師」というタイトルの話をする。一年生140名弱が参加。今どきの大学は親切だ。一年からガイダンスを行う時代になった。
 クイズをいれたり、質問をして解答を求めに出向いたりして、難しい話はしなかったせいか、学生さんの評価はまずまずか。
 この日、かつて担任した生徒の保護者の方にお目にかかる。保護者と言っても大学の先生(経営学者)で、著書をいただき、かつ、私の講義を聴講される。恥ずかしいけれど、教師冥利に尽きる思いも浮かぶ。こんなこともあるんだ。
 終了後、ネットワークの事務所により、掃除などをする。

5月某日
 やっと休日になった。朝から快晴である。それでも、パソコンの前でこちゃこちゃ何かを書いている。となりのリタイアしたご主人は、自転車(ロードバイク)にのって颯爽と出かけてゆく。まあ、何と辛気臭い生活だこと。
 でも、本を読んだり、音楽を流しながら文章を書いたりするのが、性に合っているのだろう。明日は、ホームに出かけなければ。



出戻り非常勤日記4 投稿者:新井 明 投稿日:2015/05/24(Sun) 22:20 No.786

5月某日
 朝から孫の調子が悪いとの娘からの連絡。ひきとって小児科に連れてゆき、家で面倒を見ることになる。
私は、午後から授業があり、出かけるが、セイフティネットも大変。それより週の初めからこんな状態だと思いやられる。

5月某日
 やはり孫の調子が悪く、本日は一日預かる。ぐったりしているわけではないので、テレビを見せたり、本を読んでやったり保父さんをやる。食欲はあり、昼は良く食べる。保育園でのサバイバル生活に比べれば、安心するのかもしれない。それでも昼食後は3時間近く昼寝。本調子ではないのだろう。夕方に娘に返す。

5月某日
 本日は、孫は保育園に。午後から大学の図書館に本の返却と新しい本を借りに行く。来週、頼まれてキャリアガイダンスで、教員を紹介するので教育関連の本を借りる。リスト関連の本、アベノミクス関連の本などを借りる。
 その足で、授業見学の打ち合わせ、さらに、東京部会へ。
 東京部会では、夏の教室の準備、授業案の検討などを行う。今回は、授業案が三つでてきた。事務関係の打ち合わせから教材の発信のための集まりになってゆくことが部会活性化とすると、いい方向性かと感じる。

5月某日
 また、孫の調子が悪く(登園拒否ぎみ?)預かる。午前中は、バギーに載せて消防車を見せに行ったり、一緒に遊んだり。午後、昼寝をしたので、前日借りてきた本を眺めはじめる。
 教育関係では、戦後の教育科学論争を扱った文章(河野員博)が面白い。そもそもそんな論争があったことを知らなかった(勉強不足!)のだが、清水義弘が教育実践記録における、「呪術的性格」を指摘し、その「不完全性と主観性」、「文芸的記述のパターン」「英雄主義や過度の一般化」という三つを欠陥として指摘したという部分は、納得してしまった。でも、広島系だけでなく、今の教育実践報告は、ロマンがなくちっとも面白くないとも思っているので、先祖帰りをしてもよいのかとも思ったりする。
 経済の本では、野口旭『世界は危機を克服する』東洋経済新報社、をぱらぱら読んでゆく。野口氏はリフレ派であるが、アベノミクスの2年間を総括するということで書き下ろしたものだそうだ。このなかで、宮尾先生が1990年代に日銀の金融緩和を主張するリフレ派の先駆の一人として書かれていた。へーそうだったのかと思う。宮尾先生が帰国されたら聞いてみたいとも思った。この本そのものは、ケインズ主義2.0と称して、今や、財政政策だけではなくリフレ政策の金融政策こそがケインズUであるという主張をしている。
 さて、本当にそうなのか、このあたりは専門家に聞いてみたいところである。
 孫の昼寝の間の読書なので、きちんと読めているわけではないが、こんなすき間の読書が意外に効果的なのかもしれない。

5月某日
 前回書いた、元教科書編集者の知人からメールが入る。
 30年ぶりの邂逅の時に抜き刷りを二つ渡したのだが、その感想を書いてくれる。入試プロジェクトは「コロンブスの卵的な新鮮さを感じました。とてもクリエイティブな作業と思います。」と評価してくれた。また、高校の政経教科書の分析は、「教科書は、こっくりさんの如く、その時代の教員の集合的無意識を表現していると考えられるわけでありまして、教科書の歴史的分析という作業は、正史からは読み取れないコンテキストを探る社会史の如き創造的なアプローチ」だとも評してくれた。
 この種の励ましは、たとえお世辞だとしても有難いものだ。入試プロジェクトは最後のダメ押しができず中途半端になっているが、教育界をはなれた人間からのエールをうけて再挑戦の作戦を考えてもよいかと思ったりする。
 また、いま彼が担当している医療系のコンサルの仕事から、「病院経営のトップマネジメントを担う医師が、財務について驚くほど無知なことです。減価償却費の意味するところもよく理解していない、損益計算書とキャッシュフロー計算書の相違もつかめていない、況んや損益計算書とバランスシートの関係も腑に落ちていないというのが日常の風景です。これで従業員を抱えて銀行から金を借りて投資しようとするのですから、実におそろしい話です」とあり、「これって高校以下の学校教育の責任も小さくないと思うところです」と書いています。
丁度、東京部会で大倉先生の減価償却の教え方が検討されたが、やはり減価償却など基本的な部分は、小さなうちから自然に教えてゆく必要ありとも感じた。

5月某日
 孫の風邪がついに私にも来た。のどが痛く、声がでない。それでも老人ホームにはゆかねばならぬ。退職教員も大変だ。



出戻り非常勤日記3 投稿者:新井 明 投稿日:2015/05/17(Sun) 09:47 No.783

5月某日
 非常勤講師で午後から学校へ。リタイアしてから朝の時間がゆっくりになった。それだけ緊張が少ないということかもしれない。
 非常勤は本日は1コマのみ。午後1時に家を出て、2時15分学校到着。2時45分から授業開始(45分×7時間の学校です)。3時半終了。片づけをして退勤。5時に自宅に戻る。45分の授業のために3時間余を使う。ボランティアに近い仕事。時間コストが高いのか安いのか。

5月某日
 内職の入試問題の解答をする。ほとんどは教科書レベルの標準問題なのだが、時事問題にとんでも問題がはいってくる。韓国の3人の大統領の名前を書かせたり、ミャンマーの首都名を書かせたり、君は何様と思うような問題が飛び出す。その大学のホームページをみたら、社会問題に関心を持つことを期待するという出題者の解説が書かれていた。その言は良しなのだが、ちょっと、いや、かなりアンバランス。

5月某日
 借りてきたリストの本を読む。リストと言う人はかなりエキセントリックな人なんだということが分かる。本そのものは大部だが、数式などはほとんど出てこないし、歴史的な記述が多く、読みやすい。リスト自身の、敵はスミス、セイであり、リカードはほとんど出てこない。教科書ではリカードの後にリストが対比的に出てくるが、ややミスリードかと思う。
 リストが教科書に残っているのは、その思想よりも、日本におけるリスト研究(例えば、大河内一男『スミスとリスト』など)の蓄積や研究者の影響力によって残ったのかもしれないなどの仮説が浮かぶ。

5月某日
 近所の古本屋に段ボール3個分の本を持ち込む。売れそうな本を持ち込んだつもりだったのだが、かなりの本が引き取りを拒否される。こんなの売れないの、と聞いたら、ここではだめですねと店員。近所の専門書、教養書を扱う店がどんどん廃業していて、結局、新しいものは引き揚げ、あとは処分をまかせる。さて、次にこの本をどこに持ち込もうか。

5月某日
 先に書いた元教科書の編集者と30年ぶりに再会。一挙に昔に戻り、話がはずむ。現在はシンクタンクに勤めている彼の話は面白い。採用試験の話、若手の弱点、出身大学による差、地方自治体の職員の能力とやる気など、教員世界とは違う視点からの情報が新鮮。公立の一貫校の入試問題の質は良いというのが、小学生の親としての意見だった。そうだろうと思う。あの問題を本当に解ければ学力問題などは吹っ飛ぶかもしれない。
 ジャーナリズム論では、池上彰さんを「ファミレスのセントラルキッチンのシェフ」と彼は称して評価していた。さて、そのこころは? 皆さんが考えてみてください。
 チャンスがあれば再会をということで別れる。

5月某日
 職場の歓送迎会がある。
 リタイアのはずが、まだ出講しているので、挨拶では「昔の名前ででています」と称した。またお花をいただき、帰宅後花瓶に生ける。花があると家がパット明るくなる。なかなかお金を出してこんな豪華な花は購入しないので、リタイアの役得か。




出戻り非常勤日記2 投稿者:新井 明 投稿日:2015/05/11(Mon) 08:38 No.782

5月某日
 連休はじまる。特に外出の計画もなく、こちらは通常の日々。それでも休日なので世の中は静か。
本日は、地元の図書館に行き、何冊か借りてくる。経済の本では、井堀利宏『大学四年間の経済学が10時間でざっと学べる』KADOKAWA、バナジー&デュプロ『貧乏人の経済学』みすず書房、佐藤勝・鎌倉孝夫『はじめてのマルクス』金曜日など。
 井堀さんの本は、タイトル通り。東大経済学部をざっと卒業できますという、カバーの言葉が浮いている。丁度、ドラフトを書いているので参考になるかとおもったのだが、表面的過ぎてこれでいいのかなと思う。それでもあんちょこ風には使えるかなというレベル。二冊目の『貧乏人の経済学』は、センのケイパビリティ論を下敷きにした金融教育のペーパーを書いているので、これも参考にしようとおもってのぞいてみる。開発経済学と行動経済学をミックスした内容で、貧困問題に対する新しいアプローチかと思う。山形浩生さんが訳者なので読んでみたところもある。これは面白かった。三冊目の佐藤・鎌倉対談は半分面白く、半分はよせいやいという感じ。私の時代に宇野経済学に興味があった人間は鎌倉孝夫氏の名前を憶えているのではないかと思うが、いまだ資本の支配をおわらせるためにというような言説を述べる無残さを感じる。また、金日成の思想を賛美したりなど、おいおいとも思う。佐藤勝の良く言えば多面性、悪く言えばグロテスクさのようなものも垣間見えてそれはそれで面白いが、これにお金をだして買う気にはならない。
 そのほかに、小説やエッセイを借りた。小説では阿刀田高さんの『地下水路の夜』新潮社が面白かった。阿刀田さんは西高の卒業生なので、周年行事で講演を聞いたこともあり、親近感がある。この小説、東京の多摩地区や杉並などがでてきて土地勘もあり、そんなところも面白く読めた理由かもしれない。テーマは高齢、死というものだが、ひねりのきいた短編集である。もう一冊、全くあてずっぽうに、新野剛志『明日の色』講談社、を借りたのだが、阿刀田さんの本に比べ記述が過剰で、途中で放棄。若手とベテランの違いを感じる。

5月某日
 気温差が大きい。妻は孫からうつされて風邪をひき始めたらしい。二人でいちにちごろごろ。私は、少し家事を手伝う。

5月某日
 老人ホームに息子一家を連れてゆく。前にも書いたが、小さな子がくると母だけでなく、ホームのお年寄りがとても喜ぶ。本日も、孫は老人たちのアイドルであった。その後は、ごくろうさんの会食。久しぶりに吉祥寺に出る。
 吉祥寺は、かつて私も住んでいた町だが、関東では住みたい街のトップに位置するという。私が住んでいた時に比べても、街も店もかなりの変貌を遂げている。連休中、自宅の周りは静かだが、さすがにここは人出が多い。まあこれでなくては経済が維持できないけれど、人ごみは嫌い。妻もあまり体調がよくないので、早々に引き上げる。

5月某日
 妻は午後から東京宝塚へ。我が家のケーブルテレビで契約している宝塚チャンネルの抽選にあたって招待されたので、いそいそと出かけた。風邪はなおっていないのだが、這ってでも行くとハイテンション。私は留守番。夕方、芝居は盛り上がらなかったが、ダンスは素晴らしかったと喜んで帰宅。退団公演なので、トップの後援会が出待ちをしていて見ものだとも。帰宅後は感想の嵐。聞き役はつらい。でも、これで風邪が吹っ飛べば有難い。

5月某日
 突然の電話とメールが飛び込む。
 電話は、恩師三戸公先生から。94歳になるはずで、このところご無沙汰であったが、先生のほうから電話をしてくれた。申し訳ない気持ち。元気で、驚く。それだけでなく、論文を書いて大学の紀要に掲載すると言う。第二次リタイアなどとのんきなことを言っているわが身のだらしなさを反省。あと30年とはいわないが、恩師の言う、「学び問え」をわが身にも課したいと思う。
 もう一つは、30年ぶりのもの。最初に教科書関係の仕事をした時の編集者だった人だ。これもある意味では、恩人である。退職したという情報を聞いたので、会いたいと言う。有難いことだ。月末に再会を約束をする。

5月某日
 連休もあけ、活動再開。
 本日は、午後から授業の日。三時間、2クラス。経済史と経済学史の話と問題演習を行う。メルマガに書いた、二つの問いから四つの世界へと言う部分を力説して話す。6年生(高校3年)くらいになると、こんな抽象的な話でも良く聞いてくれる生徒がでてきて、4年生の時に教えた時と違ってきているのが分かり、面白い。
 帰りに、久しぶりに本屋により、新書を購入。一冊は、安藤至大『これだけは知っておきたい働き方の教科書』ちくま新書、もう一冊は、坂井豊貴『多数決を疑う 社会的選択理論は何か』岩波新書である。
安藤さんは、ネットワークの年次総会で労働問題を経済学者の立場から解いてくれた方。その時も分かりやすく明快な話しぶりだったが、この本もそれと同じで、経済学の知見をベースに、労働の本質、現代の労働問題を若い人向けにコンパクトに語った本。
 坂井さんの本は、民主主義の根本問題、難問である社会的選択問題への手引きとなる本。コンドルセの問題やアローの不可能性定理なども含む様々な多数決に関する理論を整理して、現在までの到達点まで説明する。憲法改正の国民投票、大阪の住民投票など政治的にもしっかりした理論が必要な今、経済と政治の双方を視野に入れたこの本は刺激的な一冊である。
 二つの本、記述のスタイルなどは対称的だが、若い経済学者の啓蒙書として面白く読んだ。

5月某日
 土曜日だが、午後から会議があり、その前に大学の図書館に出向く。大学に関係してメリットがあるのは、図書館を利用できることだ。今回は、F.リストの『政治経済学の国民的体系』を見てみようと思ったからである。リストだけでなく、教科書には書かれているが、その原本を読んだことが無い本はたくさんある。また、これまで書かれているから惰性で掲載したり、内容も、自分の目で、頭で確認せずに概説本で教科書をかいてしまっているケースは多い。リストもその一人だったのを反省。とにかく翻訳でもしっかり見ておこうということで借りに行く。ついでに、リスト関係の伝記や研究書にも手を伸ばしてみようと数冊借りてくる。
 リストに関しては、翻訳者の小林昇先生は、私の母校の先生だった方。グータラ学生だったので、経済学史が必修から外れたのを良いことに、小林さんの講義の単位を取らずに卒業してしまった。今思えば、なんともったいないという思いである。碩学が一生をかけて研究した成果はしっかり受け止めて、残してゆかねばと翻訳を読んで思う。先日の恩師三戸先生の電話でも思ったが、問題意識をもち、それを継続させるこそが求められていると思う。
 リストは、悲劇(最後は自殺)人物で、現代経済学ではほとんど無視をされる存在になってしまっているが、経済学史のなかでもう一度振り返る必要あるだろう。また、教科書もリカード、リストと対照する単純な書き方ではなく扱いたいが、どのように書くべきか、これは課題だと思う。



出戻り非常勤日記 4月 投稿者:新井 明 投稿日:2015/04/30(Thu) 21:12 No.781

 4月から第三ステージに突入と思いきや、旧勤務先の都合で、特任の非常勤講師を担当することになりました。特任と言うのは、講師が探せない場合、講師登録をしていない元教師などが臨時で応援するものです。
 今回は、週4時間、二日にわたって出講します。これまでは、週4回、日勤講師ということで一日の拘束で働いていましたが、これから数か月は、本当の時間講師で教壇に立ちます。三月にお別れの言葉を言い、花束などをもらって、おしまいになった人間が再び登場。歌の題名にならっていえば、「昔の名前で出ています」。
 ここの日記も、タイトルを変えて書き綴ります。貴重な討論の場をこのような私的文章で埋めて申し訳ないと思いつつ、やめろとの声が大きくなるまではお許しください。

4月某日
 本日より、年金老人、フリーター生活が始まる。とはいえ、春休みの延長なのでそんなに感慨はない。基本は、ホームにいる母の介護手伝い、仕事に復帰した娘と孫のセイフティーネット、経済教育関係のお手伝い、後期に大学の非常勤一コマというところが生活の柱になる。あとは、余裕があれば趣味の生活となるのだろうが、無芸無趣味を標榜してきたので、本を読む程度でスポーツも、旅行などのレジャーも無縁である。さて、どうなるか、興味半分、不安も半分のスタートである。

4月某日
 終日、家で原稿書き。以前非常勤でやった筑波大学での経済学の特講のプリントの文章化。昨年途中まで書いていたのだが、気持ちが乗らず、途中でやめていたもの。とにかく、まずはやったことをきちんと総括することから第三ステージがはじまると思い、思い切って取り組み始める。
 タイトルは「教えるための経済学入門」。つまり、先生として教壇に立とうと思う学生向け、もしくは若い先生たち向けの経済学のテキストを目指している。ミクロ経済まで書き上げていたので、マクロ経済から書き始める。ドラフト全体が書きあがったら、どこかに売り込めるレベルにしたいなと思いつつ、文献をひっくり返す。

4月某日
 お手伝いすることになった冊子の編集会議にでかける。久しぶりの電車である。毎日電車に乗らなくなって、時間がゆっくり流れている。でも、電車に乗るのは精神を少し緊張刺させてくれる運動である。会議では、授業でやったような簡単なKJ法を取り入れて、動きのある話し合いができた。会議もアクティブラーニングだと実感。

4月某日
 冊子の取材先となったジブリの鈴木敏夫さんの本を6冊ほど図書館から借りてくる。ジブリはわが東小金井にあり、お隣さんなのでとても親近感がある。また、ジブリ作品を教材として使ったこともあり、インタビューが楽しみ。
 鈴木さんは私の一歳年上、団塊の世代としては接近遭遇している人である。中学受験、大学時代の学生運動体験、徳間書店時代、そこからアニメージュ創刊、宮崎、高畠との出会い、ジブリ設立、その後の飛躍とプロデューサーという縁の下の力持ちの役割をどう担ってきたのか、芸術と組織化、持続的に作品を世に出す秘訣などが語られている。教員にとってもヒントになる話がたくさん聞けそうだ。
 彼の本は、インタビュー集なので、そこをはみ出すような質問ができるといいなと思いながらメモを取る。

4月某日
 毎日雨ばかり。本日は雨中に老人ホームに面会に行く。年よりは寒いのに弱く、冬物をいまだ着ている。さらに、好みの色があるのか、同じものを着たがるようだ。ちゃんと着替えを用意しているのだから変えなよと言っても、また同じものを着る。いずれ私もそうなるのだなあと思いつつ、本日は爪を切ってやる。

4月某日
 本日も雨。復帰した娘が孫を保育園に迎えに行くのに、雨中では大変だろうということで、駅まで迎えに行き、ピックアップ。その足で保育園、娘の家と回る。アッシー爺である。過保護だと思いつつ、このくらいのセイフティーネットがないと、女性が子育てをやりつつ働くのは難しいと感じる。それでもこれは、我が家と娘の家が近いこと、保育園が同じく近くに入れたこと、私の自由時間が増えたことなどの条件があったからであり、どのひとつが欠けてもこういう訳にはいかない特殊な事例と感じる。

4月某日
 地域社会デビューの準備として、銀行に払込みに行く。いつもは妻の同伴であるが、自立せよとのご指摘で、自転車で出かける。行ってびっくり、ATMの前にずらりと高齢者が並んでいる。ああ、年金の支給日なんだと改めて思う。高齢化の現実と、私もその一人となった自覚を強烈にうけた瞬間だった。
 係員に「近くにもっとすいているATMは無いんですか」と聞いて、「台数があるからそんなにかかりませんよ」と言われてしまった。時間コストはずっと安くなったんだから、並べばいいんですよね。

4月某日
 ネットワークの部会に出席。電車に乗るのもひさしぶり。内容は部会報告で。

4月某日
 妻と美術館にでかける。ブリヂストン美術館が改装で、その前に特別展をやっているので、それを見学するため。平日の昼間に出かけられるのは老人の特権である。
 印象的だったのは、東京駅の地下街の変貌ぶり。ラーメン横丁に長蛇の列。これはビジネスパーソン。反対側にはお菓子ランド、キャラクターストリートなどが並ぶ。いままでここに足を踏み入れたことが無かったので、ワンダーランドぶりにびっくり。10周年ということなので、10年も知らなかったんだと、田舎者ぶりを自覚する。キャラクターストリートなど、現代の子供を知るには格好のスポットだと感じる。
 本来の目的の美術展は、教科書で見た作品が沢山あり、とても贅沢な展覧会だった。これを個人で作り上げた石橋正二郎氏に敬服。

4月某日
 ドラフト原稿がほぼ完成。やる気になれば、できるものと自己満足。あとは、本当に役立つ内容にするにはどうすればよいか、付加価値を考える必要ありかと思う。

4月某日
 鈴木敏夫氏のインタビューに出かける。鈴木さんは小柄で、作務衣を着て登場。写真どおりの方である。インタビューアーの渡辺マリさんと鈴木さんの息子さんが大学の同窓生であるということで、すっと話がはじまり、あとは鈴木さんの独演。一時間近く、様々なエピソードまじえて、はなしが進んだ。私は、話のポイントを考えながらメモを取る。子育て、後継者育成、お金の話など話題豊富。
 インタビューの内容は、7月には皆さんが目にする冊子に掲載の予定。乞うご期待。

4月某日
 特任の講師はじまる。出講途中で、『ビッグイッシュー』販売のおじさんに久しぶりに会う。二冊購入。
 講師は、最初に触れたように、想定外の仕事が入ったことになるが、最後のご奉仕と思い、よろこんで引き受けた。本日は、午後3時間連続。もう一日は1時間のみ。こんな条件では引き受け手はいないだろうと思う。対象は、6年生(高校3年生)の選択授業。16人と6人と少人数。受験勉強だけでなくすこし背伸びをした話をしたいが、どうなるか。ミスマッチをおこさない様にしなければ。
 授業は経済からはじめる。ちょうどドラフトで書いた部分が使える。でも、内容がありすぎて、生徒も私もオーバーフローをおこしそう。久しぶりに3時間話をしたので、声ががらがらになる。

4月某日
 孫が風邪をひいて発熱。小児科につれてゆき、一日我が家で預かる。いよいよ「ジジ・ババ保育園」の開園となる。幸い高熱ではないので、元気で遊びまわる。子どものエネルギーにはとてもかなわないと思う。こんな機会に、成長の過程などをしっかり見つめておくのも年寄りの義務かもしれない。

4月某日
 祝日だが、一日会議があり都心へ。休みの日にもかかわらず、電車が混んでいる。よくみると学生さんが多数。そうだ、最近の大学は、半期15コマの授業確保で休日返上なのだと思い至る。大学生は勉強をはじめた。中高生の方が、学校5日に縛られ、かつ様々な課題を背おわされ、本当の勉強をしていないのではと感じる。
 会議後、息子と合い、少々込み入った話をする。これも親の義務。

4月の総括
・リタイアしてから、本を買わなくなった。今月買った本は、鈴木敏夫『仕事道楽新版』一冊のみ。あとは図書館から借りた本多数。昔買った本を読み返したり、参考文献で眺めたりで済ませる。極端に財布のひもがきつくなった。
・老人ホーム訪問4回。これは少々少ない。
・孫の送迎、預かり7回。少々多い。セイフティーネットとしては仕方がないか。
・電車に乗った回数11回。予想より多い。
・閑居した日数10日。ドラフトを書いていたので、こんなものだろう。
・妻と外出2回+α。買い物などは結構付き合っている。
・授業時間4時間。特任が始まったばかり。
・リタイアした知人との会食2回。
・予定してやっていないこと。旅行、映画館に行く、競馬場に行く、マージャンをやる、地域のサークルに入るなどなど。
・今後は、週刊報告のスタイルで時事問題も含めて続けたい。



非常勤日記 67回 投稿者:新井 明 投稿日:2015/03/29(Sun) 10:31 No.780

 一か月日記の投稿が滞ってしまいました。私は元気です。ただし、この三月は多忙でした。最後の授業、最後の会議など最後が一斉に押し寄せてきた感じです。そんな年末師走ならぬ、学年末師走を報告します。

3月某日
 学年末考査はじまる。今回の目玉は600字のエッセイを書くことと、10年後に覚えているとするとどんな言葉になるのかというアンケート風の問いかけである。
 600字エッセイはディベートのテーマを再論するもので、序論、本論、結論の三部構成、本論では三つの論拠をあげて論ずることを条件にしている。事前に予告をして準備しておけと指示をだしているので、ほとんどの生徒はしっかり書いている。ディベートでリサーチもしているし、討論もある程度やっている。そんなことがあるので採点も楽である。
 覚えているであろう言葉の第一位は比較優位である。第二位が価格、第三位に機会費用がはいる。ちょっとできすぎだが、明らかに三学期の授業に引きずられている。それでもこんなテストができ、反応が返るのは有難いことなんだろう。

3月某日
 小石川フィロソフィーという学校設定科目で実施している「哲学対話」の最終回を行う。行うと書いたが、実際にやるのは上智大学の哲学科卒業生。本日のテーマは個性。個性は勇気がいる、個性とは自分の内部の問題より外からの視線と絡むのではないかなどの意見がでてなるほどと思うシーンがいくつかあった。終了後、花束をいただき写真をとる。カウントダウン近しの観アリ。

3月某日
 採点をしていたら、授業中に怒った生徒の感想に、経済が好きになって将来は起業したいというものが出てきた。書いたのは「悪がき」くんで、担任の先生から毎日のように怒られている生徒である。でも、どこか見どころがあるとは思っていて、「あいつは場所や人とうまく合えば何かができるやつじゃないか」と同僚とは話をしていたが、こんな形で反応がでてきたのはうれしい限りである。

3月某日
 このところ連日のように医者に通っている。三月末で健康保険(組合健保)が終了。そのまえにやれるものはやっておこうというもの。本日は眼科。10年前に涙目(流涙症)の手術をしたその後のケア。明日は内科で喘息と血圧の薬をもらうなど。別に医者通いがすきなわけではないが、これもけじめの季節の風景か。

3月某日
 忙中読書をする。板谷敏彦『日露戦争、資金調達の戦い』新潮選書、という本である。すすめる人がいて手に取った。板谷さんは和製ヘッジファンドの代表者で文筆も行う人。サブタイトルに高橋是清と欧米バンカーとあり、日露戦争の資金調達を巡る様々な人物とその駆け引きを扱っている。高橋是清の資金調達は中学の歴史教科書でも扱っているところがあり興味深い内容である。金融市場の面から日露戦争とその時代の国際金融市場をとりあげたこの本、なかなか面白かった。高橋是清の自伝や、かつて大学院時代に読んだTHE HOUSE OF MORGANなどの本を再読したくなったが、そこまでの余力はなさそうだ。

3月某日
 最後の授業が続く。テーマはおはこの40年周期説。1945年を起点として前後に40年ずつ見てゆくとあるカーブが描けるのではないかと言う仮説を提示。最後は第三の「敗戦」にならないためにどうするかを考えてみようという話で終わる。中三生が結構真剣に聞いている。
 一クラスだけ1時間はみ出したので、加藤先生が監修されている「幸せの経済学」を使って講義をする。こちらは、進学と就職まで扱い、そこから格差社会の話にもってゆくという展開にしてみた。
 この授業に升野先生が見学に来校。授業を見学された。40年やってもこんなものと言う実態をご覧いただいた。お恥ずかしい最後である。

3月某日
 非常勤教員のお別れ会。8名参加。今年は三名が退職する。私が満期卒業。お一人は3年目だが大学へ転進、もう一人の方も3年目だが自由に自分のやりたい時間が欲しいということでやめることに。『医者いらずになる1分間健康法』という本をいただく。そういう仲間がいたことが有難い。

3月某日
 本当の最後の授業。社会科の先生方が見学。最後に花束をいただき、生徒が拍手で送ってくれた。いろいろ怒ったり、手を焼いたり(中学生としては当たり前)もしたが、終わりよければということかもしれない。

3月某日
 ジジ・ババ保育園の開業。娘一家が引っ越しをするので、その間孫を預かる。4月からはこんなことが多くなるのだろうと言う意味では予行演習である。男の子で自動車や電車にすでに興味を示している。これってジェンダーバイアスなのかと思いつつ、動き回る子供を追っかける。

3月某日
 国立情報学研究所の新井紀子先生の講演が小石川である。新井さんは、東大にロボットを入学させようと言うプロジェクトの代表で目下注目の人。『経済の考え方がわかる本』の共著者でもある。
 この講演、小石川セミナーという企画でだれか適任者がいないかと聞かれて、推薦した経緯がある。新井さんは、私の退職記念プレゼントの一つとして多忙な中で時間を割いて来校してくれた。
 講演は、大変刺激的で、コンピューターは入試問題を解けるかからはじまり、将来的には人工知能の発達で仕事や社会が大きく変化するだろうという内容であった。仕事に関しては半澤直樹タイプの仕事は減り、中抜け現象が起こるだろうという予測を提示された。統計と論理以外の仕事なら生きる道はあるというのが救いだが、教員はどっちになるのだろうか、聞きながら考えてしまった。ただし、私がこれからメインとする介護と保育は個別対応が必要な領域だそうで、これはホッとすると同時に、40年周期説とリンクするとある種の時代イメージが形成できるかとも思った。
 生徒も刺激的だっただろうが、先生方から面白い話だったという感想が多く出て、仲介の労をとった身としてはホッとした。

3月某日
 終業式。まずは職員向けに挨拶。「隠れて生きよ」と「自然に生きよ」をモットーにした5年間に感謝するという話をした。生徒向けには、Know Yourself. とDo you know what you are?という言葉を翻訳なしで贈った。分かる人にはわかる、分からない人にはわからないというメッセージ。ちょっと意地悪ジイさんになった気持ち。でも、何人かの生徒からは手紙や花束をいただき、感謝。

3月某日
 連日、会議が続く。年度末で仕事のけりをつけるものなのだが、どちらも来年度も継続の仕事が残り、承諾書を出すことになる。ゲームオーバーには簡単にならず延長戦が続く。

3月某日
 学校に私物を取りにゆく。5年間で段ボール9箱分になった。本など買わない様に、身軽に行こうと思っていたのだが、結構な量になった。これで、本の処分を巡り妻とバトルが必要になりそうだ。もちろん勝者は相手だが。

3月某日
 ネットワークの年次大会に出席。記録は別稿で。



非常勤日記 66回 投稿者:新井 明 投稿日:2015/02/25(Wed) 00:09 No.774

2月某日
 授業でディベートはじまる。
 ディベートは一時流行になったが、現在は定着したのか、それともディベートのもっている弱点が問題となったのか、あまり実践に関する報告を聞かない。それでも、先日送られてきた社会科教育学会の紀要にディベート論があって、注目していた。
 授業は中三なので、テーマをこちらから出し、死刑制度や原子力発電など比較的これまでも議論されていたことを経験させるというスタンスで取り組ませた。
 予想通り、クラス差、生徒差が大きく、しっかり準備したグループ、適当なグループが分かれる。これは想定内。一番問題だと思ったのは、聞き手の態度。それでも、質問タイムをとったら、これまであまり発言をしたことのない生徒が結構、積極的に手をあげて、生徒の多面的な様子を見ることができた。それを見ただけでもまあよかったのかもしれない。

2月某日
 授業で生徒を怒る。
 ディベート授業であまりにもいいかげんな態度を見せる生徒たちが数人いたので、終了後集めて、怒鳴る。それで良いのかという怒りが先にたつ。生徒にとって授業とは、先生から与えられた内容を覚え、それを暗記し、答案にかければそれに良しというイメージなんだろう。だから、ディベートのような調べ学習、発表学習的なものに対する態度がゆるくなってしまう。そういう生徒の、いいかげんな態度、甘えた態度が許せないというのが新井君の怒りの源泉。生徒からいえば、このおじさんなんでこんなに切れるんだろうということになるのだろうと感じつつ、徹底的に「おれはお前たちの勉強や社会に対する姿勢が許せない」と叫ぶ。
 怒る新井君である。はたしてこの怒りは通じるか?

2月某日
 図書館で借りた、池上彰・佐藤優『新・戦争論』を読む。
 集団的自衛権の解釈、テロの問題、北朝鮮情報、ウクライナ、中東情勢などの解説はおもしろいものがある。対談では圧倒的に佐藤優の発言が面白い。この種の対談本ではきちんと検証していない発言がそのまま書籍化されるケースが多い。だからあまり信用してはとんでもないことになる。この本でも細かい箇所だが、中島飛行機は陸軍の隼をつくっていて海軍のゼロ戦はつくっていないという池上発言(ゼロ戦の製造は三菱より中島のほうが多かった)や、日大は紛争後に学生が集まる広場を作らない(そもそも法学部や経済学部は街中なので紛争前から広場はない)という佐藤発言は間違いだろう。多分、この手の発言は結構あるのかと思うが、まあ目くじらをたてないのが「おとな」か。
 それにしても、御両人の多産ぶりには敬意というか、驚きを禁じえないが、そんなに多産してどうするのという疑問も浮かび上がる。

2月某日
 ワークショップのために川口に出かける。我が家からだと、新宿経由、埼京線、赤羽乗り換え、京浜東北線というルートが最短のようだ。赤羽駅は久しぶり。昔は赤羽線のホームから京浜東北線に行くまでに長いアップダウンをこえていった(何年前のできごと?)のだが、いまは駅ナカのモダンなショップなどもあり見違えるようになっている。京浜東北線の遅延があり、駅ナカの蕎麦屋で昼食をとり、西川口に。
 西川口駅周辺はオートレースや競艇場のある町として、その名残をとどめているが、B級グルメの街で町おこしをしようと言う意気込みも感じる面白そうな店もある。昼食をたべてしまったので、そんな店には入れずに残念。目指す仲町中学は住宅街がはじまる縁のところに位置する、落ち着いた中学であった。
 ワークショップでは、大杉先生の話も、三枝先生のシミュレーションもとても面白く聞けた。仲町中学の生徒が企画した、おかしもいただき、満足の土曜日の午後であった。


2月某日
 入試問題の解答作業がはじまる。20年近く続けている「内職」だが、入試問題を解くことは、教員にとって大事な勉強と思いながら続けている。幸い、もうお年だからおやめくださいとは今年は言われなかったので、例年通り某大学から開始する。
 この大学、やけに細かい知識を要求する問題があり、今年も正解が分からない問題が出て来た。ネットや専門書をひもといてやっと正解を見つけたが、こんなの学校では教えないし、当然生徒は知らないだろうというものである。入試プロジェクトで、随分、この種の問題の問題を取り上げてきたが、改善されず。出題者出て来い。大学は正解を公表せよと叫びたい気持ちである。とはいえ、これは全問正解できない教員の恨み言(ルサンチマン)かもしれない。

2月某日
 退職手続きはじまる。
 本日は、非常勤教員などの退職予定者の説明会があり出席。会場のホールが満席になるくらいの出席者がいる。全都では1000人近くが3月で退職するとのこと。これに定年退職者を加えると教員世界がいかに高齢化しているかがわかる。
 飛行機のエコノミーより狭い席に押し込められ3時間弱。保険、年金などの話を聞く。4月からの「毎日が日曜日」生活まであと一月弱。今はどんな生活スタイルになるのか、ちょっとまだ想像がつかない。

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