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非常勤日記 65回 投稿者:新井 明 投稿日:2015/02/08(Sun) 22:05 No.773

2月某日
 中学3年生のクラスでチョコの食べ比べを行う。経済分野を担当したのは3年ぶりなので生徒対象の食べ比べは久しぶり。小遣いの額などを考えるといくら頭で理解してもフェアトレードのチョコを支持する生徒は少数かと推定していたが、予想よりも多くの生徒が高くても買うという意思表示をしていた。家庭層や情報の広がりなどを考えると不思議ではないかもしれない。
 食べ比べで購入した日本のチョコレートのパッケージには、生産者への寄付をしているとある。企業の社会的責任として、生産者まで視野に入れた製品つくりが大切な時代になってきていることがわかる。

2月某日
 イスラム国に人質にされていた後藤さんが殺害される。この間、中学生の教室でもお金を出すべきか、取引に応じるべきかなどの議論がされていた。生徒のなかには映像を見た者もいるらしい。この事態をどううとめてそれを教育のかたちで昇華できるか、教員として問われているなと感じる。

2月某日
 本日より入試と採点がはじまる。非常勤は本部づめなど比較的楽な仕事を回してもらえている。しかし、採点は一般教員並みに動員される。ほとんどが記述問題なので、複数の教員の目で協議をしながら、慎重に採点を行う。間違いが許されないのは当然であるが、今は情報開示に対応して、説明責任が果たせるような採点を行わなければいけない。神経を使う日々である。
 昼の支給弁当は、なかなか豪華なものを親睦会が用意してくれた。社会科の先生たちと一緒におしゃべりをしながら食す。束の間の楽しみである。

2月某日
 少し余裕ができたので、本日も朝のフィードワーク。今日は、一駅手前で降りて、富士登山をする。というのは、富士講がある富士神社が学校の近くにあり、そこに寄ってきたというわけである。10メートルくらいの小山が富士山で、その上に神社がある。
 そこまでの階段をのぼっていたら、近所のおばさんが「急だから気をつけてね」と声をかけてくれた。まだ、こんな人情の残っているのだと感心。とはいえ、「気をつけて」と言われるくらいよたよたしていたんだろうか?

2月某日
 図書委員の生徒のインタビューを受ける。本の推薦の記事を書くのだそうだ。毎月どのくらい読みますか?うーん、30冊くらいかな。生徒に薦める本は?たくさんありすぎて困るけれど、ハンナ・アーレントの『イエルサレムのアイヒマン』かな。ハンナ・アーレントってだれですか?……と続き、約一時間話してしまった。
 考えてみると、とにかく乱読、雑読である。最近も、『タックス・イーター』(志賀櫻)、『沈みゆく大国アメリカ』(堤実果)、『農山村は消滅しない』(小田切徳美)、『ロボットは東大に入れるか』(新井紀子)、『死刑肯定論』(森炎)、『超入門経済学』(高橋智也他)、『プレップ経済倫理学』(柘植尚則)、『街場の憂国会議』(内田樹他)、『次の本へ』(苦楽堂)、『その問題経済学で解決できます』(ニーズイ、リスト)など雑多な本を買ったり借りたりしている。
 生徒には、ちょっと背伸びをして活字にふれてごらんとアドバイス。どこまで通じただろうか。

2月某日
 NHK第二放送での通信高校講座の録音にでかける。今年の収録はこれが最後。リタイア前のカウントダウンが近づく。とはいえ、高校講座、来年もベースは今年のモノを使うそうだから、ラジオではまだ現役が続く。関西芸人流にいえば「ちゅーと半端やなー」。




非常勤日記 64回 投稿者:新井 明 投稿日:2015/01/31(Sat) 14:33 No.772

1月某日
 少々体調が良くなったので、朝、乗り換えの駅から学校まで歩いてみる。普段は地下鉄で三駅なのだが、歩くと30分ほどの道のり。太陽が当たる歩道をあるく。左手に後楽園遊園地や東京ドームをみて、北上。講道館前を通り、区役所(シビックホール)のわきを越えさらに北上。途中、こんにゃく閻魔のある西方の交差点を過ぎどんどん北上。このあたりは古い商店街がまだ残っている場所でいろいろな店がある。さらに北上し、ビルの谷間の通りを白山下まで歩く。歩きながらどんな店があるかに注意する。化石を扱っている店(見るだけの客は入るなという表示があった)や、ギリシャ風の竪琴を扱っている店があり、ちょっとたちどまり眺める。コリアブックセンターがあるビルは、朝鮮総連が本部を追い出されたら移転するとうわさされている建物かな。白山をすぎると学校まではもうすぐ。マラソンで有名な東洋大学を右手に見て千石の交差点に着く。ここから右に折れるとすぐ勤務校。社会科見学もかねての朝の散歩であった。昔は、みんなこの程度は歩いたものなのだろう。また、都電もはしっていて街を見ながら通勤、通学ができたはず。
 学校の近辺でまだ歩いていない場所も結構あるので、3月までに何回かフィールドワークをしてみようと思う。

1月某日
 授業でサイコロを使うので、それを求めて店を探す。サイコロなんてどこで入手したらよいか、皆目見当がつかなかったのでまずは100円ショップにゆく。一件目は探せず、二件目に行って、店員の人に聞きおもちゃ売り場(ゲームなど)にあることを教えてもらう。あることはあったが大きさが不ぞろいで使えず。こんどは近くのディスカウントショップに行き、同じくゲームのコーナーで発見。ただし、小さくてどうしようかと迷ったが、探索費用を考えてこれを購入。6個入り80円ほど。それを二つ購入。
 授業では、為替の変動をサイコロで振らせたが、予想通り紛失。それでも無くなったのが一個だったので4クラス無事終了。生徒は結構、真剣にやっていた。ちょっとした細工で授業が変わる体験をする。

1月某日
 恒例の図書館から本を大量に借りてくる。今回面白かったのは、『ゆとり批判はどうつくられたのか』(太郎次郎社エディタス)という本。筑波大学の社会学と教育学の若手研究者のコラボ本である。ゆとり世代の言説がどこから生まれたのか、ゆとり世代はダメなのかを実証分析した本である。社会学からは世代論批判、教育学からはゆとり教育の功罪をとりあげている。共感するところとまだ分析がたりないという二つが浮かぶ。共感するところは、世代論で切ることの危うさの部分である。私は世代論が好きなので、警告という意味で共感した。また、ゆとり世代が低学力であるというのは必ずしもそうとは言えないと言う部分もたしかにという共感を持った。分析がたりないと思うのは、ゆとり教育の検証部分での総合学習の部分である。総合学習がはいったことで、他の教科がしわ寄せを食ったという紹介はその通りだが、教師にカリキュラム編成を試みさせたという評価をして、最終的に総合を肯定してしまっている。これは中途半端である。理想を語ってしまって墓穴を掘ったという感じ。だから、教育学はダメなんだと思わず口に出してしまった。

1月某日
 雑誌『経済セミナー』の最新号の特集が教育の経済学で、面白く読んだ。対談のなかで、日本では家庭状況まで踏み込んだ調査ができないということが指摘されていた。そうだろうなと思うと同時に、学力に関する環境要因を知る単純で決定的な問いは「あなたの家がどれだけちらかっているか?」という問であるという指摘があり、うなってしまった。
 また、大竹先生の「隠れた教育カリキュラムと経済的価値観」という調査で、反市場のエートスを持つ生徒が出てくる要因として、反競争主義的教育をしたことの逆機能、意図せざる結果であるという指摘も面白かった。教えている大学生のなかに新しい歴史教育の会に共感を示す学生の背景や理由を聞くと、高校までの熱心な人権平和教育を受けてきたものがいたこともあり、それが数値で実証されていたのでこれもうなってしまった。それにしても、教育を測定したり、制度設計することは本当に難しいと感じる。

1月某日
 東京は朝から雪。足元が悪く難儀する。最近女性はこんなときちょっとかっこよい長靴をはいている。男性向けのかっこよい長靴ってないなと思いながら、電車でいろいろな人の足元を見ている。
 学校に行くと、悪天候にもかかわらず、生徒(中ぼう)は元気だ。入試が無いので、ノーテンキな顔をして廊下でじゃれあっている。良さと悪さは裏表だと思う。



非常勤日記 63回 投稿者:新井 明 投稿日:2015/01/24(Sat) 18:06 No.771

1月某日
夫婦二人の、正月である。息子、娘はそれぞれの連れ合いの実家にゆき、後日集合することになっている。二人なので、特に正月料理ということもなく、多少、正月らしいおかずがでておしまい。
妻は受験生相手の内職仕事をする。私は、頼まれ仕事の原稿書きをしたり、本を読んだりの正月である。町内の神社へ初もうでをして、100円也でおみくじを買う。これは恒例の行事。今年は「中吉」。昨年が「大吉」だったから、わが運勢は下降ぎみか。

1月某日
腰痛がまたはじまる。きっかけの自覚がないのだが、くしゃみか何かで、何か強く圧迫したことがあるのだろう。今回もシップと鎮痛剤でごまかす。

1月某日
遅ればせながらの一族集合。妻は前日から張り切って、料理を仕込む。私は命令されたことを忠実に実行する執事役である。ただし、ことしは腰痛があるので、そろりそろりである。
新年会の前に、ホームにいる母のところに息子一家をつれて挨拶。小さな子供が行くと、母だけでなく、ホーム入居の人たちが大変喜ぶ。老人の元気の元は、子どもたちであることが良くわかる。自分の親だけでなく社会的親孝行をした気分である。孫よ、でかした。

1月某日
本日から、登校。まだ学校ははじまっていないので、生徒のいない学校である。机の上に、ピケティの『21世紀の資本』が乗っていた。年末に届けてくれたのだろう。早速、眺める。これは読むのではなく、何が書いてあるかを全体に眺めるのである。
2時間ほどで冒頭の結論部分読み、全体を眺め終わる。翻訳が出る前に内容の紹介やガイドブックまででてしまっているので、なんだかデジャブな気分である。本物が出る前に解説がひろがるというのは、いつものことなのだろうが、なんだか釈然としない。本そのものは、翻訳の力もあり、読みやすい本で、専門書もこの程度に書かれるべしと思われる内容である。もちろん、結論に至るまでの膨大なデータ整理があり、仮説となる理論があり、その検証があるのであろうが、格差社会の実感とそれへの対応をこれだけシンプルにまとめている力業はたいしたもの。
なにより印象的だったのは、内容より、ピケティ自身が経済学より、フランスの社会学、哲学などの伝統を極めて高く評価して、その流れの中に自分を位置づけたいと言うことを述べている個所である。主流派経済学のある種の浅薄さ、機能主義的な合理性に対するフランス人らしい知的対応だと思った。内容より、文化的伝統の差を強調する彼のスタイルがきわめて興味深い。

1月某日
新学期が始まる。休み中に海外に旅行していた先生たちからお土産をいただく。そのなかにベトナムのコーヒーがあり、さっそく入れてみんなで飲む。ベトナムコーヒーは、ロブスタ種といって、われわれが良く飲むアラビカ種とは異なる風味がある。ベトナムは1975年の統一以降、このロブスタ種のコーヒー生産を国家の政策として大量に作らせ始め、世界のコーヒー市場に殴り込んだといういわくつきのものである。
正直、飲んでみて私は好まないというのが結論であった。それでも同僚の先生の中にはこれはこれでおいしいという人もいて、人それぞれだと感じる。ちなみに、ベトナムのロブスタ種は、缶コーヒーなどに大量に使われているとのこと。缶コーヒーを飲まれる方は、原材料のところに注目されるとよいかもしれない。

1月某日
非常勤の大学に出講。内容は模擬授業。今回は、功利主義と青年期の二つをテーマにした授業を聞く。多くの受講生のなかで手をあげて挑戦をしたこともあり、なかなかしっかりした授業で関心。授業後、予告をしていた最終レポートを回収する。

1月某日
土日を使って、レポートのチェックを始める。約70人分。授業案を書かせるレポートである。これを一週間かけて、見て、コメントをいれて、評価をして、返却する。非常勤で一コマの担当だからできることだと思っている。
今年は、二年生の受講生が多いせいか、レポートの質が落ちている。まず、授業案のベースはしっかりしたテーマに対するリサーチであることが分かっていないので、教科書、市資料集、ネット情報程度で授業案を作成しているものが多い。不合格のFをつけた数が、例年になく多い。基本的な文献を参考に上げている学生のものは、表現や作法に多少問題があっても内容はしっかりしている。また、オリジナルな教材を開発した学生(社会保障人生ゲーム、サイコロ貿易ゲーム)もいて、感心させられるものもある。とにかく、学生との対話だと思い、コメントを書き込んでゆく。

1月某日
中三の授業がはじまる。三学期は、国際経済を扱う。中学公民では国際経済はほとんど扱われていないので、高校の教科書をもとにテキストとプリントを作成して進めることにする。内容は、高校でやっていたもののダイジェストになる。中学生の理解力、発達段階からみてどこが不要で、どこが本当に必要なのかを考えながら授業を進めるのは、しんどいがエキサイティングな体験である。リタイア寸前の老教師にとっては、良い場所を与えられたという感じである。
本日は、貿易の現状と比較生産費説を一時間で語る予定だったが、半分で終わってしまう。うーん、詰め込み過ぎだったかという反省から三学期がスタート。先は短いが思いやられる。

1月某日
孫からうつされたのか、妻が発熱。腰痛も軽くなったので、私の出番。むかし妻が動けなかった時は料理も洗濯もしたことがあったが、このところ、ほとんど家事をやらないで済んできたので、勝手がちがうことおびただしい。
夕食は、簡単なのでナベにした。言われた通り味付けをしたのだが、なんだかしまらない。食べ始めて、そうだネギを入れ忘れたと私。いかにもあなたらしいと妻。あわててネギをいれたら、どんぴしゃり。いつもの味に戻る。野菜の偉大さを実感した晩だった。

1月某日
非常勤の日。最後の講義なので、レポートの返却とコメント、それとチョコレートの食べ比べ、40年周期説という私のおはこの内容を紹介する。
レポートに関しては、リアペで返却をうけてという内容を書かせてみた。多くは、納得したという感想を書いていた。「知識不足、構成の難しさ、なにより自分が教師として子どもたちを教える立場になるという覚悟が必要だと思った。この授業案から成長してゆきたいと思う」。と書いた学生がいて、教師冥利を感じる。
チョコレートは、値段が高くともフェアトレードのものを買うという学生が結構いて、フェアトレードの思想の広がりを感じる。もちろん、大学の雰囲気やひごろの講義なども影響しているのかと思うが、すこしづつ変化があることを感じさせる。
終ってから、何人かの学生さんとご苦労さん会をやる。大学生の意識や生活ぶりがわかり貴重な場であった。

1月某日
中学生の授業は国際収支を扱う。高校レベルだし、表記が変わってテキストも変えなければいけない箇所だが、冒険的にやってみる。どこまで理解したか、心もとないのだが、この表から日本経済の特徴(第一次所得収支の黒字)を読み、世界、特にアメリカの国際収支と対比させて、世界のものとお金の流れを解説する。学年末で、このすぐれものの構造をどの程度理解できているか、確かめたいと思っている。

1月某日
病み上がりの妻とタカラヅカの公演を見に行く。妻は、せっかく切符を手にいれたのだから這ってでも見に行くといっていた。完調ではないが、一応回復したのでよかった。
今回は大劇場ではなくホールでのミュージカル芝居。最近妻が熱をいれている主役がでる江戸モノの喜劇。世評ではB級グルメで面白いという評価。熱演でかつ内容もそれなりに面白く、楽しめた2時間だった。

1月某日
気が付いたらもう一月も終わりに近くなっている。この日誌もかなり間があいた。次回は少し早目に書いてゆこうと思うが、ローソクの最後の燃え方が激しくなるのと似て、非常勤のカウントダウンも、なんだか慌しく過ぎてゆくのだろうか。後の反動がこわいところだ。



非常勤日記 62回 投稿者:新井 明 投稿日:2014/12/29(Mon) 11:50 No.769

12月某日
選挙に出かける。投票は権利であると同時に義務だと思っているが、投票所は閑散としていた。結果は低投票率。自公で3分の2を超える議席獲得。憲法改正は争点として出てこなかったが、発議可能な数字に。社会科教員としては新たな対応が必要な段階になったのではと感じる。若い先生方の取り組みに期待したい。

12月某日
おしゃべりをやめない生徒がいたので強く注意。教室が凍りつく。聞きたくないのならもう話さないと宣言。該当生徒がごめんなさいと私に言いに来たから、あやまるのは私じゃないだろうと指摘したら、みんなに謝った。それだけわかっているのにできないのは精神的に幼いのか、それとも時期なのか。悪気があるわけではないのだろうが、中三というのは内部にうごめくものをコントロールしきれない時があるようだ。

12月某日
終業。今の勤務校は、三学期制なので修業式があり、生徒は通知表をもらう。二期制にしている学校にも勤務してきたが、やはり学校は季節感とともに動くべきだと感じる。生徒はこれから冬休みだが、猛烈に沢山の宿題がでるとのことでそれほど嬉しそうでもない。各教科が良かれと思ってやることが集まって生徒を圧迫する。合成の誤謬の典型例だろう。良心的な教員は要注意だ。
注文していたピケティの本は届かなかった。読み残しの本はたくさんあるので、冬はそれに取り組むか。

12月某日
年賀状の印刷をする。私のはまだプリントごっこである。パソコンで作ったものはどうも気に入らない。といよりデジタル人間としての一種の意地でもある。プリントごっこはもう製造しておらず、電球やインクなども販売中止であるが、アマゾンで在庫が販売されていて、昨年それを購入。部品がなくなるまでは続けたいと思っているが、来年までがせいぜいか。老兵は消えゆくのみということなんだろう。

12月某日
労働政策研修研究・機構というところにインタビューに行く。NHKの通信高校講座のなかで使うインタビュー部分の収録である。対応してくれた研究員の方は、景気上昇で就職状況良好な高卒労働市場の現状、SOSの出し方やコミュニケーション能力の開発など高校生に必要な課題などを、明快に述べてくれた。40分以上お話を聞くが、使うのはせいぜい1,2分。もったいないが仕方がない。あとはどう番組を組み立てるか、生徒と同じように私も宿題をしっかりやらなければ。

12月某日
頼まれた講義があり、仙台へ。先生向けの2時間の講義。クイズ、レクチャー、実験、話し合いと盛りだくさんのしかけと内容で進む。いつもこんなので良かったのかと思い悩むが、終了後質問に来てくれた先生に、「生徒の時にこんな授業をうけたら社会科の先生になっていたかも」と言われてホッとする。お世辞でも有難い言葉だ。
終了後、大学のサークル仲間と久しぶりに会う。同い年なのだが、先方は現役・一留、私は一浪・4年間卒業で、先輩だったのだが同期である。先にリタイアした彼と、本や作家、思想家、リタイア後の生活などの話題を肴にうまい日本酒を、私にしては結構飲む。それでもその日のうちに帰宅できた。仙台は近い。

12月某日
老人ホームに母を訪問。この間、ノロウイルスがでて面会ができなかったので10日以上の間隔があいてしまった。この種の施設はどこでも人手不足だが、それでもしっかり対応してくれたようだ。以前と変わらずの生活ぶりであった。「また無事に年越しができるね」といったら、「もう十分だよ」との返答。「まだお迎えがこないからね。それまでは無理だよ」と息子の私。高齢社会の一コマ。
帰宅して、年賀状のあて名書きを始める。今年もこんなで暮れる。



非常勤日記 61回 投稿者:新井 明 投稿日:2014/12/14(Sun) 00:30 No.768

12月某日
早くも師走。本日より期末考査がはじまる。わが公民は初日の午後。生徒は一日4科目の考査がある。嫌な予感がする。公民は捨てられる可能性があるなということである。テストの時は、普通は訂正などに回るのであるが、私は教室周りはせず、ミスが見つかったら指摘せよとしている。その指摘が正しければ+1点加点することにしている。今回はどのくらいミスが見つかるだろうか。

12月某日
採点を始める。冒頭からミスが出て頭をかかえる。GDPがDGPとなっていて、それに気付かなかった。英文を出したのだが、she decideとしてあったのを一人だけ指摘した生徒がいてこれは脱帽。ちなみに、この箇所、東京部会でテスト問題を検討した時、篠原先生はすぐに見つけて間違いがあるぞと言われた。これも脱帽。出来は予想よりよくなく、なぜなのかをしっかり考察する必要があると感じながら採点をすすめる。

12月某日
東京部会に出席。事務的な意思決定と並んで、経済教育のそもそも論を語る時間を設けた。出席の先生方が一人一言を語ったのだが、中川先生の、原理をしっかり教える人間がしっておかないと、教員自身も暗記に走るし、生徒に暗記を強要することになるから、先生のための経済教育が大事という発言に納得。篠原先生のスタンダードが必要ではという発言も含めて、ネットワークの活動の方向性、ひろくは経済教育の原点の確認が必要と感じながら帰宅。

12月某日
期末考査の平均点は63点。高校だったらこれは普通の平均だが、もう少しできてもいいのではと思っていたので、アンケートを作り、答案返却時に書かせることにした。なぜできなかったのかの自己分析をさせようというもので、やらなかったからできないのか、先生の教え方が問題なのか、それとも経済の問題自体が難しすぎるのかなど、大雑把でもわかるといいと考えてはじめて実施する。どんな結果がでるのか、楽しみでもあり、不安でもある。
考査に関しては、「キャピタルゲインで何をするか?」という問いなげかけたのだが、何と4分の1の生徒が寄付と書いた。これはびっくり。東日本大震災の関係者、フェアトレードの商品を買う、国境なき医師団へなどが出てくるが、学校の図書館や教育施設にというのもでてきて、感心する。これは、家庭の層や勤務校の教育全体の反映なんだろうと思う。さらに投資するという生徒も少数ながら存在。経済教育の観点では寄付と投資とどちらを進めるべきか、なかなか興味深い結果である。結果がまとまったらどこかで発表したいという気持ちになる。

12月某日
久しぶりに近くの本屋にゆき、ブックハンティング。新書で、中島隆信さんの『なぜ家庭はうまくゆかないのか』祥伝社、を購入。中島さんいわく、家族の問題を経済モデルだけで扱うことには限界を感じる。だから、経済を基軸にはしているけれど学際的とでもいうべき内容になっている。キーワードは論理的思考とインセンティブ。家族はマネジメントする組織であり、その失敗が家族問題を引き起こしているという。コストやロックイン、ガバナンス、共有地の悲劇、フリーライダーなど経済学ではおなじみの用語もでてきて、とても面白い。夫婦の問題、親子関係などとならんで、沖縄の家族問題、民法と現実のずれなど幅広く問題を扱っている。総合学習論でいえば、家族を巡る総合学習の成果として合格点の本だと思う。

12月某日
新聞やテレビが劣化している。今回の選挙の争点はアベノミクスではなく、安倍政権そのもののやり方のはずだが、それを指摘しきれていない。特にNHKが問題だと感じる。朝日も慰安婦、原発でのごめんなさいから、説得力のある意見を出し得なくなっている。意見だけでなく広告の質の低下は目を覆う状況。経営的な苦しさが如実にでていて、日本のクオリティペーパーであると自称していた面影がない。こんななかで新聞を使った教育が声高に進められている。本当に必要なのはマスコミのあり方に対する批判的視座だろうが、それを生徒につたえ切れていないもどかしさを感じている。

12月某日
出入りの本屋さんにピケッティの『21世紀の資本』の翻訳を注文。いろいろなところで論じられているので今更読んでもしょうがないと思っていたのだが、好奇心もあり本屋さんの顔をみたら思わず注文してしまった。アマゾンに注文したのと違い、手に入るのは少し時間がかかるだろう。冬休みの読書課題としたいと思う。

12月某日
非常勤で行っている大学の授業は、模擬授業となる。若者の貧困と社会福祉をとりあげたものと、ハイデガーの二本。一人30分の授業でしかないのだが、自分の勉学の成果がでる場として貴重な体験の時間となっているのではと感じる。本当は全員にやらせたいが、なにしろ70名を超える受講生がいるので希望者のみ。意欲的に手を挙げた(うかうか手をあげてしまった者もいるようだが)若者に幸あれ、と感じる。
終わって、ご苦労さん会。ハイデガーをみごとにまとめた哲学科の学生さんはほとんど本を読まないと言う。そんないまどきの大学生の生活と思想がわかり興味深かった。



非常勤日記 60回 投稿者:新井 明 投稿日:2014/12/01(Mon) 22:07 No.767

一ヶ月、投稿ができませんでした。
なぜかは知らねど、11月は多忙で、なかなか書く余裕を持てなかったというのが実情です。以下、11月の多忙日誌。

11月某日
中学生の授業は、レモンのパート2、マクロ経済の部分に入る。ストーリーは石油危機を背景としたコストプッシュインフレーションなので、さすがに時代を感じさせるが、ケインズ理論をやさしく紹介するには格好の教材なので使い続けている。はたしてイマドキの中学生が共感をもって読むだろうかというのが不安材料。

11月某日
レモンを読みながら、マクロの講義を行う。中学生を教える効用は、高校では当たり前に教える知識部分が本当に必要なのかの振り返りができることだ。例えば、国民所得の計算方法などは高校生でも全くいらないのではと思う。この部分は何度やってもうまくいったという感覚が持てなかったが、その理由は教える必要ない内容を無理矢理教えようとしたのだということを実感する。経済学習も、そのような思い込みを排除すれば、難しいと忌避されることはないのだろうと感じながら授業をすすめている。

11月某日
月末に開催される社会科教育学会に総合学習論をエントリーしているので、そのドラフトを書き始める。最初は書きあぐねていたのだが、受講した生徒、元生徒にアンケートをとってみれば実態が分かるのではと思ったところからおもしろくなり出した。本日は、非常勤の上智大学生にアンケートを採る。予想通り、総合的な学習の時間は、肯定的な結果はでていないのだが、必要かどうかを聞いたところ過半数が必要と回答していて、びっくり。無駄だ時間だと思えばやめろという要求がでるかと思ったのだが、これは再検討の余地ありと思い出す。でも、正確な調査でなくともこの種のアンケートでも、検証できる部分もあり、実証の必要を痛感。

11月某日
非常勤ででている上智の懇談会に出席。非常勤講師を招いての懇親と懇談の会で、二年に一度くらいのペースで行われているもの。教職課程の非常勤は参加者が少なかったが、専任の先生方との情報交換ができ有意義な会だった。一般大学での教職課程は、教員養成系の大学とは異なる条件、特色を持っている。その点で、私のような教科教育法を教える意味やその内容を振り返るにはこの種の情報交換がもっと必要と感じる。

11月某日
孫の七五三にでかける。帝王切開、2100グラムで生まれた小さな子供がここまで大きく成長したことを感謝するのみ。母親が子供の時に着た着物で歩き回る孫を見て、次世代に何を伝えるべきかなどを考えてしまうのは職業病かもしれない。

11月某日
土曜日であるが、学校は公開授業で出勤。1時間目の授業であったので参観者はほとんどなくほっとする。午後は休暇をとり、「秋の経済教室」に出向き、宮尾先生の講義を聴く。40人近くが集まり、熱心に耳を傾ける。それにしても、教材や授業をビデオで取り、それを活用して学生の学ぶ姿勢を高めるという宮尾先生の情熱に脱帽。

11月某日
学会発表の総合学習論の準備で、昨年総合を受講した5年生(高校二年生)にアンケートを取る。出てきた結果でびっくり。昨年あれほど苦戦をしてきたのだが、意外に生徒はしっかり受け止めてくれていた。もちろん、3割近くの生徒は冷ややかだが、過半の生徒は内容を覚えていて、まじめに受講していたよと回答していた。ほんまかいな、という突っ込みをいれたいところだが、まあ素直に受け止めよう。総合は必要か?にたいしては6割の生徒が必要と回答。大学生と同じ傾向が見られ興味深い。

11月某日
もう一人の孫(男の子)がやけどをする。あつい味噌汁を腕にかけてしまって救急車を呼ぶ騒ぎになった。私は大学の非常勤で帰宅が遅かったので、その場にはゆかなかったのだが、妻がSOSで呼ばれて駆けつけて後で話を聞いた。母親(娘)はおろおろして大変だったとのこと。あと、救急隊員から事故の時の様子をかなりしつこく聞かれていたと妻から聞く。虐待を疑われたようだ。これも時代か。孫は全治二週間。顔や頭でなくてよかったと思う。治療の時は泣いていたそうだが、そのあとはまた活発に暴れ出したとの話でホッとする。

11月某日
学校の図書館から、新書などをたくさん借りてくる。四方田犬彦『日本映画の100年』、木畑洋一『20世紀の歴史』、高原・前田『中国現代史、開発主義の時代へ』、駒村康平『日本の年金』、石原千秋『打倒!センター試験の現代文』、橋本治『古典を読んでみましょう』、川田順造『運ぶヒトの人類学』、伊藤比呂美『女の一生』、小林秀雄『学生との対話』など。全く何でもありのラインアップ。よく言えば教養主義。いずれも結構おもしろく、石原さんのセンター試験撲滅のためのガイドは我が意を得たりというもの。それにしても、経済の本は一冊しかない。嗚呼。

11月某日
もう期末考査の準備を始めなくてはいけなくなった。中間と期末の間は8回しか授業ができない。テストとテストの間に授業をやっている感じだが、伝えた情報量は結構多く、貨幣量と物価のオークションや、財政再建ゲームなど、アクティビティも入って多彩だったと感じる。ただし、感じているのは教えている教師だけかもしれない。

11月某日
日本社会科教育学会に参加のために静岡大学にでかける。一日のみ、発表時だけの参加で、朝5時に起床、7時の新幹線で静岡へ。9時から自由研究発表がはじまり、11時過ぎで終了。すぐにバスで静岡駅に引き返し、12時37分の新幹線で帰宅。こんなに早く帰ってきたのと妻に驚かれた。大学滞在時間2時間強。なんという慌しさ。心がなくなるわけだ。
発表は、総合学習論と実践報告を兼ねたもの。前者の総合学習論は廃止論のアジ演説のようなものになってしまう。それでも現場の本音なんですよねと発表後、何人かの人から声をかけられる。後者の実践報告では、地方の私立大学の国際関係論の先生から、いくつかの箇所を授業で使って構わないかと言われる。喜んでどうぞとお答えする。書き上げたペーパーは本文16ページ。資料も含めると27ページにもなってしまった。どこかに公表したいと思うが、学会誌では絶対無理だろう。
妻に言わせると、お値段がかかる趣味ですねということなのだが、それでも参加してよかったと思う。

12月某日
やけどをした件の孫が昨日7歩、歩いたとの報告あり。よかった。




「秋の経済教室」(11月15日)の報告 投稿者:TM 投稿日:2014/11/17(Mon) 21:41 No.766

皆様

去る11月15日(土)の午後4時から日本大学経済学部で、「先生のための秋の経済教室」(経済教育ネットワーク主催、東京所見取引所共催)で行われました。
中学・高校の先生方を中心に40名以上が集まり、皆で経済の授業をどうしたらもっと分かりやすく楽しいものにするかを考えた1時間半でした。
その最初の20分ほどの講義のビデオ、および私の報告を、写真とともに以下のブログに掲載しましたので、ご覧いただければと思います。
http://miyao-blog.blog.so-net.ne.jp/2014-11-16

(宮尾)



教え方3「経済学の何がすごいのか」をアップ 投稿者:TM 投稿日:2014/11/14(Fri) 10:15 No.765

皆様

すでにお知らせしました「シンプル経済教室」(https://sites.google.com/site/econeduvideo/)の「教え方」のシリーズで、第3弾として「経済学の何がすごいのか」のYouTubeビデオ(http://youtu.be/s-dmFxOED9o)をアップしました。

ここでは、私のMIT時代の先生方であったポール・サミュエルソン教授やロバート・ソロー教授の発想法などを紹介して、経済学がどのような考え方やアプローチの仕方を取っているかを説明しています。
生徒に経済や経済学に興味を持ってもらい、勉強する意欲をもってもらうためのエピソードとなるかもしれません。

これで「教え方」のシリーズが完結しましたので、以下3つを改めてリストしておきます。

「教え方1」では、いかに経済の授業を「楽しく、ためになり、役立つ」ものにするかについて説明しています。
「教え方2」では、経済という「ハード・スキル」の獲得と並んで、学び方、態度、習慣といった「ソフト・スキル」の獲得が重要であること、またこのところ世界的に教育のあり方が大きく変化していく中で、「教師の役割」とは何か(リーダー、マネージャー、コーチの役割をどう果したらいいか)について問題提起をしています。
「教え方3」では、経済学が他の学問分野に比べていくつか「すごい」面があることを説明しています。特に現実を説明するとともに、効率性や最適性の判断も提供してくる点や、社会の特殊性や具体性から出発して、共通性や一般化に向うといった発想法を強調している点などを、具体的な例やエピソードを交えて説明しています。

経済教室0:教え方1「いかに意欲を持って学ばせるか」
ビデオ(YouTube: 8分39秒): http://youtu.be/mQ4f_94yjtM

経済教室0:教え方2「何をどう学ばせるか」
ビデオ(YouTube: 8分54秒): http://youtu.be/kDw1h_4epTk

経済教室0:教え方3「経済学の何がすごいのか」
ビデオ(YouTube:7分37秒): http://youtu.be/s-dmFxOED9o

ぜひ3つともご覧いただき、ご意見やご感想をお寄せ下さい。
宮尾



非常勤日記 59回 投稿者:新井 明 投稿日:2014/11/01(Sat) 17:09 No.751

10月某日
中間考査の問題つくりをする。中間考査は採点の日程が厳しいので、半分は記号式、のこりの論述も細かく指示をだして採点が楽なような問題にする。教員もこれだけやってきているとずるくなる。今回は中三対象ではじめての経済のテストとなる。事前にこれを勉強しろという「傾向と対策」プリントを配付、その上での問題つくり。テストは日頃の授業の反映であり、生徒との対話でもある。どのくらいできるか楽しみである。

10月某日
久しぶりに早稲田大学に出向く。山岡道男先生が一年間のニュージーランド滞在から帰国したので、山岡グループの現状報告と懇親会。大学構内を歩いて、外国人と高齢者が目立つのに時代の流れを感じる。外国人では中国系、高齢者はエクステンションセンター主催の講座に出席するひとたちなのだろう。非常勤で出講している上智は国際学部があるのでキャンパスは国際色豊かだが、早稲田もそうなってきているのだろう。ただし、平日だったら日本人学生があふれているのだろうからこんなことは感じなかったかもしれない。
懇親会では旧知の先生方だけでなく、名古屋から伊藤先生、京都から下村先生も参加、ネットワークメンバーの方々ともお目にかかることができた。

10月某日
母の老人ホームで、家族対象の懇談会があり出席。普段は兄がゆくのだが、本日は代理。担当ヘルパー制度の導入や隣接地に保育園ができることなどの連絡と懇談が行われる。懇談では、ヘルパーとの関係やケアのレベルの差の問題、夜の一人体制への不安や疑問などが出されていた。母がいるのは、ケア付きの有料老人ホームだが、人手不足、質の維持など結構大変な状況であるのがわかる。私たちの世代が全員後期高齢者になる2025年問題が新聞紙上などでも話題にされているが、現在でも十分にその深刻さがわかる会合であった。ケアの問題は、お金だけでは解決できない問題でもあろうと感じさせられた一日。

10月某日
中間考査最終日。午後から、東京証券取引所の見学に生徒とでかける。ストックリーグに参加をしている選択講座の生徒たちである。今年も東証の石山さんの案内を受け、見学を済ませる。生徒の感想を聞いたら、戦時国債や株券の本物など、今は無くなったものに強い印象を受けたようだ。また、かつての場立での取引の手サインやその様子などにも興味を示していた。現在は電子取引になってしまっているが、ニューヨーク取引所やシカゴの商品取引所のように見えるものを残しておくことはできなかったのかとちょっと残念。石山さん、今年も有難うございました。

10月某日
北海道の菅原晃先生から、新著『図解使えるマクロ経済学』中経出版、KADAKAWA発行の寄贈を受け、さっそく読む。菅原先生の前著『高校生からわかるマクロ・ミクロ経済学』河出書房新社、はベストセラーになり経済雑誌などでも紹介されている。今度の本は、前著のマクロ部分をコンパクトに解説した1,2部と経済学の誕生から現在の経済学説までをまとめた第3部の三部構成になっている。基本的に見開き、左に文章、右が図解なので読みやすく、よくわかる本となっている。ただし、著者自身がいっているように内容は「200年の骨太の経済理論をベースにしているので10分でわかったような気になる本では」ない。今度の本は高校生からすぐわかるわけではないが、腰巻にある「ビジネスに役立つ」というより、現場教員にとってはマクロ経済の基本と現状を知るガイドとして役立つだろう。とにかく、これだけのものを書く蓄積と研鑽には頭が下がる。

10月某日
同僚の世界史の先生から、水野和夫『資本主義の終焉と危機』集英社新書を借りて読む。一時間ほどで読了。要するに、資本主義は地理的にも時間的にもフロンティアがなくなり、利潤を生まなくなることと、資本主義を支持するインセンティブが無くなっていることで終焉と危機にあるという。前者はフロンティアはなくなることはないだろうという点で疑問だったが、後者のインセンティブが無くなっていると言うのは個人的な実感としてはわかるが、これも世界全体を見た時にはどうかなという印象。最終的にはゼロ成長、定常化社会を主張するのだが、それがどんな社会になるか「私にもわからない」という。21世紀のホッブスやデカルトよ出よ、というのが結論。やはり一時間で読む本で、買わないでよかった。
そのあと、岩井克人さんの『資本主義を語る』ちくま学芸文庫、を読み直す。差異を原理として資本主義を考えるなら、20年近く前の本だが、手がかりとなると感じる。

10月某日
考査の採点、非常勤の授業二つとちょっとオーバーワークで風邪気味となる。特に今週は金曜日の講義が、みなし金曜日として火曜日にうつり、火、水と二日続けて非常勤があり、少々グロッキー。年齢には勝てないと身に染みる。
本務の定期考査は出来が良く、平常点を加えたので、平均点が80点近くなってしまう。ちょっとやさしくし過ぎたのかもしれないが、中学生には授業に対するモチベーションとインセンティブを維持するためにはこの程度もよいかと思う。
とにかく疲れには睡眠確保が大事。風呂に入って早く寝てしまおう。




シンプル経済教室に「教え方」のシリーズをアップ 投稿者:TM 投稿日:2014/10/23(Thu) 18:51 No.748

皆様

すでにお知らせしました「シンプル経済教室」(https://sites.google.com/site/econeduvideo/)で、これまでの経済のシリーズに続き、「教え方」のシリーズをアップしました。

「教え方1」では、いかに経済の授業を「楽しく、ためになり、役立つ」ものにするかについて説明しています。
「教え方2」では、経済という「ハード・スキル」の獲得と並んで、学び方、態度、習慣といった「ソフト・スキル」の獲得が重要であること、またこのところ世界的に教育のあり方が大きく変化していく中で、「教師の役割」とは何か(リーダー、マネージャー、コーチの役割をどう果したらいいか)について問題提起をしています。

経済教室0:教え方1「いかに意欲を持って学ばせるか」
ビデオ(YouTube: 8分39秒): http://youtu.be/mQ4f_94yjtM

経済教室0:教え方2「何をどう学ばせるか」
ビデオ(YouTube: 8分54秒): http://youtu.be/kDw1h_4epTk

ぜひ両方ともご覧いただき、ご意見やご感想をお寄せ下さい。
宮尾

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